闇落ち属性持ち男子の本懐
最近、ラミは寂しかった。
聖女としての力に目覚めたアンジェラは、授業もそこそこに教会に出向き、聖女としての能力の使い方を学んでいる。
他にも友人はいたが、全員貴族令嬢としての嗜みがある。
アンジェラの様な気安い関係やスキンシップが、ラミは恋しかった。
「ラミ」
相変わらず後ろから抱きすくめてくるジンに対して、強く引かれる左手も、ギャーギャー騒ぐ騒音もなく、ラミはお腹に抱きついたジンの手をポンポンと叩く。
するりと離れたジンと向き合うと、ジンはラミの頭をグリグリと撫でた。
「どうした?元気ねーじゃん」
「アンジェラ居なくて寂しいです」
「あ〜、あのガサツ女、聖女だったんよな。まぁ、なんだ。他にも友人はいるだろ………俺とか」
予想外の言葉に思わずジンを見つめた。ポリポリと頭を掻きながら目を逸らすジンにフフッと笑いが漏れる。
「ジン。また彼女に迷惑をかけてるのか?」
爽やかな声にラミが目を向けると、カイトがそこにいた。
ジンはチラリとラミを見て
「別に〜」
と答える。
「本当に?君、大丈夫か?」
カイトの青空の様な瞳にラミが写った。
「はい。ジン先輩に渡したいものがあって話していたんです」
そう言ってラミはカバンからハンカチを取り出した。
「先日の刺繍ハンカチです。家庭科の先生には良い出来栄えだと褒められましたよ」
「え?マジ?いいのか?」
チラチラとカイトを見ながらジンはハンカチを受け取る。
「先輩がいるって言ったんじゃないですか」
「そうだけどさ…」
そんな2人の遣り取りを見て、カイトはハッと気づいたようだった。
「あぁ、済まない。邪魔をしてしまって…てっきりジンが迷惑をかけていると思っていたんだが、2人はそういう関係だったんだね」
「え?」
ラミが声を上げる。推しに誤解される!そう思い訂正しようとしたが、すかさずジンが邪魔をした。
「まぁ、ラミがどうしてもって言うから仕方なく?俺様モテるから仕方ないよな」
そう言って、ラミの肩に手を回す。
振りほどこうと肩を動かそうとしても、その大きな手がガッチリ肩を掴み動かない。
そうしているうちに、そうか、とカイトは満足そうに頷き爽やかに立ち去った。
ニヤニヤしたジンが憎らしい笑顔で
「あーあ、愛しのカイト君に誤解されちゃったねぇ〜」
と言うので、腹に一発お見舞いしたが、鍛えられた腹筋は硬く、まるで鉄板を殴った様にラミの拳が痛くなるだけだった。
コンコン、と窓が叩かれる。ラミはため息をついて窓を開けた。
「ジン先輩、なんですか?」
「ラミが寂しそうだったから、来てやったんだよ。中に入れろ」
「嫌ですよ。見つかったら退学なんですから」
「バレなきゃいいんだよ。皆やってっから」
「マジですか」
窓際での押し問答も目立つため、ラミは渋々ジンを招き入れた。
「あー、聞いたか?あの話…」
「どの話?」
「カイトの…」
「あぁ、婚約されたんですよね。」
「……大丈夫か?」
「?別に、大丈夫ですよ?」
今更だが、カイトは公爵家の跡取りである。
聖女となったアンジェラとは釣り合いが取れるのだが…
先日、カイトは隣国の公爵令嬢との婚約が決まったと風の噂で聞いた。
なんでもお相手は聡明な方で、たまたま外遊に出ていた折にカイトと出会い、少し前の横領事件も2人で真相を突き止め国王に報告していたのだとか。
一歩間違えれば魔王を召喚し王国を乗っ取られていたかもしれない国王は2人の手柄に感謝し、この婚約に大賛成だとか。
その話を聞いて、ラミは思った。
隣国の公爵令嬢、転生者だなと。
そして、完全敗北と認めざるを得なかった。
遠回しに推しの幸せの為に、推しの親友闇落ち回避!などと言っているうちに、サクッと諸悪の根源を絶ち、推しのハートを拐っていった手腕は賞賛に値する。
ラミの望む形ではなかったが、推しが幸せならそれでいいのだ。
不意に、ジンがラミを抱きしめた。いつもの様に後ろからではなく、正面から。
視界がジンの胸板で覆われ、ライムの様な柑橘系の香りがした。
「先輩…?」
「泣いていいぞ。特別だ、俺様の胸を貸してやる」
「いや、別に泣くほどでは…」
「いいから!しばらくこうしてろ!」
ぎゅうぎゅうと馬鹿力で抱きしめるので、ラミはジンの背中に両手を回し、ポンポンと叩いた。
すると少し力は弱まったが、解放されることはなかったので、ラミは諦めてジンの胸板に顔を寄せる。
早鐘のような鼓動がどちらのものなのか、自分でも分からなかった。
その少女の第一印象は、普通、だった。
ジンが、3年の校舎に向かう途中で物陰からのぞき見している瞳が、キラキラと黄金色に輝いていたので少し気になった、ただそれだけ。
その瞳が見つめるのが親友のカイトだったのが気に入らなかったから。そんな理由で絡み始めた少女は、いつもカイトをキラキラとした瞳で見つめる。
自分に向ける素っ気ない軽口も、カイトの前では鳴りを潜める。
そんな少女が気に入らなかった。
何度話しても、カイトはラミの名前を覚えないのに。
そんな事気にもしないで、何度も名前を伝えるラミに腹がたった。
そんなヤツ、見なくていいじゃないか。
俺のほうがお前を見てるのに。どんな人混みにいても、すぐに見つけられるのに。
そのキラキラ煌めく黄金の瞳は、なぜ他の男を見ているのか。
「そうか。お前も人並みに恋愛するんだな」
「はぁ!?俺様が?あの地味女に?何言ってんだバード」
「違うのか?今の話ではそう聞こえたが」
バードに言われ、一気に自覚した。
そうか、俺は…あの瞳に自分を、自分だけを映して欲しかったんだ。
「俺、ちょっと行ってくる」
「今からか?寮に?」
引き止めるバードの声を無視して、ラミの元へ向かったが、勢いで向かった為、何から伝えればいいのか分からず、あ〜とかウーとか言っているうちに時間が経ち、気づけばラミは刺繍をしていた。
チクチクと刺繍をするラミの瞳が綺麗で、ずっと見つめていた。
カイトから婚約の話を聞いた時、真っ先にラミの顔が浮かんだ。
ラミは泣くだろうか。あの黄金の瞳からハチミツのように流れる涙を想像し、ジンはラミの元に向かった。
「……あの、先輩?これ、いつまで…」
どれだけ時間が経っただろう。ラミがジンの胸元でもぞもぞと身じろぎをする。
泣くかもと思っていたラミは、ジンが思っていたより平気そうで、思わず抱きしめたのはいいが、今は完全に辞め時を見失っていた。
「お前、なんで泣かないんだ?」
「何でと言われましても…」
「………」
「………」
ラミのアホ面にムカついて思い切り抱きしめる。
ぐぇ、と色気のない声がした。
「お前さぁ、もう諦めて俺にしとけよ」
「何がですか」
「もうムリじゃん。相手は公爵令嬢だし、結構美人だぜ」
「そうなんですね」
「俺って顔が良いし?腕も良いから、騎士団にスカウトされて入団決まってるし?チョー強いから直ぐに団長にまでなれるぜ。きっと」
「あっ、先輩。騎士団に就職決まったんですか、おめでとうございます」
「子爵家の三女なんて、どうせ碌な男が寄ってこないんだしよ。…俺にしとけよ」
「………」
「好きなんだよ。幸せにするから」
モゾモゾと胸元でラミが動こうとするので、抜け出せない様に更に強く引き寄せた。
「………私なんかで、いいんですか?別に私、美人じゃないし」
「ラミは可愛いよ。なぁ、俺を見ろよ」
抱きしめる腕の力を緩めると、ラミの黄金の瞳がジンを映していた。
ずっと、願っていた瞬間だった。
キラキラ煌めく黄金から、ポロポロと流れる涙に唇を寄せると、やっぱりハチミツみたいに甘かった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
「推し様を救いたい!」と意気込んだはずが、気づけばまったく違う方向へ転がっていった本作ですが、ラミとジンのやり取りを少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
もし少しでも面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。
また別のお話でお会いできたら嬉しいです。




