なんでこうなった
「ラミー!」
鈴を転がすような声にラミは振り返る。
「アンジェラ!」
向こうから輝くような美少女が手を振りながらラミへと駆け寄ってきた。
無事に入学式を終え数ヶ月。ラミはアンジェラと仲良くなっていた。
完全に想定外である。
まだアンジェラは聖女の力には目覚めておらず、男爵令嬢として家格の近い子爵令嬢のラミと仲良くなるのは自然な流れであったのだ。
アンジェラがラミの腕に自身の腕を絡めてきて、2人でくっついて歩き出す。
ラミと同じ様に平民の子供たちと遊び過ごしてきたというアンジェラは、スキンシップが多い。
今日の授業の予習はしたか、など何気ない話をしていると、ある一画から黄色い声が響いた。
その声の中心にいたのは、カイトとジンである。
「相変わらず凄いねー」
そう言ったアンジェラは中心から少し外れた場所にいる人物を見つめて頬を赤らめた。
その視線の先にいるのは聖騎士のバードだった。
コレも完全に想定外。
小説の中では、アンジェラとバードには恋愛フラグは立っていなかったはずだ。
二人の間にあるのは友愛のはずだった。
そして最も大きな想定外の出来事が…
「ラミ…」
囁くような低音ボイスが耳元で聞こえた。
それと同時に後から抱きすくめられる。
それが誰かなんて考えるまでもなかった。
先ほど見かけた場所からここまではかなりの距離があるはずなのに…
「ジン先輩!やめてください!ラミが固まっています!」
腕を組んでいたアンジェラが、一瞬で移動してきたジンに抗議しながらラミの腕を引っ張る。
「嫌だね。お前が離せよ、ガサツ女」
そう言いながら、ジンはラミを抱きしめる腕に力を入れた。
「アンジェラ…痛い…。ジン先輩、離してください」
また始まった…とラミは無気力に抗議した。
ホント、なんでこうなるんだ…?
事の始まりはこうだった。
入学後、尊い推し様を生で拝見しようと、ラミは鼻息荒く高学年の校舎へ突き進んでいたのだ。
そして見つけたカイトを、物陰からムフムフと観察する。
「はぁ〜、2次元の時も麗しかったけど、3次元のカイト様も素敵だわ。完全解釈一致。マジ王子」
「カイト好きなの?同じ学年のジンは?カッコいいだろ、ジンも」
「ジンはねぇ…性格がちょっとね、ああいう俺様系?タイプじゃないんだよねー」
「へぇ~、なかなか言うじゃん。平凡ブスの割に」
「はぁ!?誰がブスじゃい!」と振り返った先に、不遜な笑みを浮かべるジンがいたのだ。
カイト観察に夢中で、話しかけられてつい本音が出てしまっていたのに、その時気づいた。
以来、ジンに“おもしれー女”認定をされてしまい、この様なウザ絡みを度々されている。
ギャイギャイと耳元で言い争うアンジェラとジンに
「2人とも離してあげなよ。彼女、痛そうだよ」
と止める声が聞こえた。
地上に舞い降りた天使、カイトである。
遠くの世界へ旅立っていたラミの思考は、瞬時に現世へ帰還し、カイトへ全集中した。
今日も今日とて大変麗しいカイトは、困ったように眉を八の字にしてラミに「ねぇ?」と同意を求める。
ラミはヘッドバンギングの勢いでコクコクと頷き、その勢いでウザ絡みの一環でラミの耳元に顔を寄せていたジンが顔面を強打した。
「ウグッ!」
とうめき声をあげジンが離れる。
ちなみに石頭ラミはノーダメージである。
その様子を見てアンジェラは「けっ!いい気味だわ」とラミの腕に再び絡みついた。
「あー…まぁ自業自得だね。大丈夫だったかい?えーっと…」
「ラミです!」
ちなみに、この自己紹介は3回目だったが、カイトもラミも気づいていない。
「そう、ラミさん。災難だったね、ごめんよジンには僕からも注意しておくからね」
「そんなぁ!恐れ多いですぅ~」
「うわ、キモっ!なんだ、その話し方」
後ろで、復活したジンが声を上げる。
「え。ジン先輩どうしたんですか?鼻血出てますよ?昼間っからエロ妄想ですか?」
ラミが少し引きながら聞くと
「お前のせいだろうが!」
とジンが抗議した。
「えっ、私で…エロ妄想?セクハラやめてください」
「ちげーよ!つーかお前頭痛くねーの!?石頭!?」
「ちょっと今カイト先輩と話してるんで黙っててくれます?」
そんな遣り取りの中、ラミはアンジェラが絡みついていた左側の温かさが消えていることに気づいた。
ギャイギャイうるさいジンを無視して視線を彷徨わせると、アンジェラがカイトと話しているのを見つけた。
(推し様が!!意中の女性とお話をされている!)
カイトがアンジェラを見つめる瞳には、熱が籠もっている。気がする。
今はバードに仄かな恋心を抱いているアンジェラも、もしかしたらカイトに惹かれていくかもしれない…そうすれば、ラミの願う推しの幸せが達成されるだろう。
「………いいのか?」
隣でいつの間にか静かになっていたジンがラミに尋ねる。
「カイト先輩の幸せが私の幸せなんです」
ほぅ、と頬を赤らめ麗しい男女を見つめるラミに
「変な女…」
とジンは呟いた。
その見た目の良さから圧倒的に女子に人気のジンに絡まれるラミは、当然それを面白く思わない女子達の不興を買って…いなかった。
まったくもって、全然、嫉妬を向けられなかった。
理由は一つ。
『あんな地味な女にジンが惹かれる訳がない。あの地味女の隣にいる美少女のアンジェラが本命だろう。その証拠に、ジンが地味女に絡んではアンジェラと楽しそうに話している』
まったく、失礼な話である。
しかし特に不都合はないので、訂正はしなかった。
地味女であるのも、ジンが地味女に惹かれる訳がないのも事実なので。
それよりも、ラミには重要なことがある。
この世界が、ラミの知る小説とは違う流れになっていると言うことだ。
先日、ラミが床に落ちていた紙を踏んづけて盛大にすっ転ぶというハプニングがあった。その際、膝を擦りむき、まぁまぁな出血をしたのだ。
「大丈夫〜?」と手持ちのハンカチをラミの膝に押し当てたアンジェラの手から黄金の光が溢れ出し、ラミの傷は完治した。
こうして、アンジェラの聖女としての力が発現した。
本来なら、来月のアンジェラの誕生日に教会で洗礼を受けて発現するはずだったのに。
黒魔術師の陰謀もそうだ。
件の魔術師は先月横領罪で拘束され、家宅捜索で黒魔術により魔王を召喚し王国を乗っ取る計画をしていたと暴かれた。
つまり、物語は始まらない。
聖女アンジェラは、魔王を召喚しようとする黒魔術師の陰謀を阻止するための仲間集めは必要なくなったのだ。
勇者、聖魔法使い、聖騎士。
これから付けられる予定だった肩書は消え去り、ジンもカイトもバードも、ちょっと強い普通の学生のまま学園を卒業するのだろう。
平和なのは良い事だ。
良いことなのだけれど…
「トキメキが足りないわ!!」
寮の部屋で立ち上がり、ラミは声を上げた。
もう慣れたのか、ちょっとやそっとの大声では、両隣の寮生は反応しなくなっていた。
平和なのは良いことだ。それは間違いない。
しかし、アンジェラとカイトが絆を深め恋に落ちるには、数々の試練があったのだ。
その中で育まれる恋愛フラグに、前世のラミはときめいていたと言うのに…。
この平和な日常では、それは期待できない。
どうやって2人の仲を取り持てばいいのか…
部屋をウロウロしながら思案していると、コンコン、と音がしてラミは窓を見た。
「ヒィ!」
と恐怖の悲鳴をあげる。窓の外のベランダにジンがいたのだ。
慌てて窓をあけ
「ちょっ、ジン先輩!どうやって!?ここ3階ですよ!!」
と小声で囁くラミに構うことなく、「どうやってって…登って?」とジンはズカズカと乙女の秘密の花園へ足を踏み入れた。
当然だか、ここは女子寮であり男子禁制である。
これが知れたら退学物、学園への進学費用を用意してくれていた両親に顔向けできない事態である。
「入ってこないでくださいよ!何の用ですか!?」
「へぇ~、結構綺麗にしてんだな」
ラミの話も聞かずドサッとベットに腰掛けるジン。
「ちょっと!ベットがよごれるじゃないですか!ベットにはお風呂に入ってからしか座らないって決めてるんです!」
「おいおい…風呂に入ってこいってか?ずいぶん積極的だねぇ」
「ソファに座れって言ってんですよ!」
ラミの聖域を荒らす不届き者を、グイグイと押してソファへ座らせる。
その横へ座り、ラミはジンに聞いた。
「で?何の用です?こんな時間にわざわざ…」
「それより、先に茶くらい出せよ〜お客様だぜ?」
「もう座ったから嫌です。そもそも招いてないので」
「じゃあ、喋らねーし、帰らねー」
ふんぞり返る黒髪を引き抜いてやろうかと思いながら、ラミはため息をつきポットの中で温くなっていた水をコップに入れてドンと机に置いた。
「どうぞ、白湯ですが」
ニッコリ笑うラミに、渋々と言った様子でジンが頷く。
この俺様は、こちらが強気に出ると案外素直になると最近ラミは気づいたのだ。
「それで?」
ラミが促すと、あー、とか、ウー、とか言いながら一向に話さないジンに、何がしたいんだか…と内心ため息をつき、ふと目に入った刺繍枠を手に取った。
来週までに提出する課題のハンカチ刺繍である。
ジンが話すまでその課題をしようと思ったのだ。
チクチクと針を刺すラミにジンは何も言わなかったので、遠慮なく刺繍に没頭することにした。
「なぁ」
ジンの声がして、集中していた刺繍から目を離す。時計を見ると、あれから30分は経っていた。
「なぁ、それ、カイトに渡すのか?」
ジンが刺繍を指さす。
「これは、家庭科の課題です。採点後には返却されますが…」
「くれ」
「え?」
「くれ。それ。そんな下手くそな刺繍、カイトが貰っても迷惑だろ」
手元を見る。そんなに下手くそだろうか、割と綺麗に刺せてると思うが。
「下手くそなら、人にあげません。雑巾にでもしますから」
「ダメだ。寄越せ」
「なんで?」
「なんでも。いいから、返却されたら俺に渡せ。いいな?」
こうなったら聞かないのが俺様系男子である。
「まぁ、いいですけど」
ラミが答えると、ジンは満足そうに笑い
「じゃあな」
と言って窓から出ていった。
「結局、何の用だったの…」
1人呟いたラミは、先ほどのジンの笑顔が頭から離れなかった。
どうして自分の頬が熱を持っているのか、分からないふりをした。




