推しの幸せが私の喜び
ラミ・レミルバは気がついてしまった。
ここは…この世界は…
前世で読んだ小説の世界だと。
ラミは、しがない子爵家の三女である。
レミルバ領は、のどかな田園風景が広がる広い盆地の地帯で気候は年中温暖。
過ごしやすい気候でありながら、田園風景以外には何もなく、観光産業も盛んではない、いわゆる田舎である。
可も無く不可もない、それがレミルバ領への印象であり、レミルバ子爵家も同じく平凡な子爵家として知られている。
そんな平凡な子爵家で、平凡な容姿を持ちこの世に生誕したラミは、一応貴族令嬢ではあるが、幼少期から平民の年の近い子供たちと平原を駆け回り健やかに逞しく成長した。
そんな絵に描いたように平凡なラミは、一つだけ他の人と違うところがある。
それは、前世の記憶を持っているというものだった。
前世のラミ自身の詳細は覚えていない。というより、年月を重ねるごとに朧気になっていった、という方が正確だろう。
ただ、この世界とはまったく違った世界だと言うのはわかっていた。
そんなラミも、一応貴族の端くれ。
今までは、領地内の学校で勉学に励んでいたが、16歳になる年に王都の貴族学園へ進学することが決まった。
三女の自分にまで進学費用を用意してくれていた両親に感謝しつつ、幼馴染みたちとの涙の別れを経てラミは王都へと旅立っていった。
王立ダーストリアム学園。
その荘厳な佇まいの建築物を見た時、ラミの脳内がスパークしたように、様々な記憶が蘇った。
金髪碧眼の王子様の様な美男子。
黒髪紫眼の俺様美形。
そうだ、前世読んでいた、あの小説の…。
「ラミ?」
付き添いの母に声をかけられ、ハッと意識を戻す。
そうだ、今日は学園の寮へ入寮する日なのだ。
荷物を持つ学園の使用人が、ラミの指示を待っていた。
「あ、ごめんなさい。私が入寮するのは…あっちの寮みたい」
入学案内を見ながら使用人に指示を出す。
「じゃあね〜」
と、軽いあいさつで母と別れ、ラミは学園の門をくぐった。
「ふぅ…」
使用人に運んでもらった荷物を荷解きして、ラミは備え付けのソファに腰を下ろし一息ついた。
さすが貴族学園である。家具は全て備え付け、寝具も綺麗に整えられていた。
ラミは先ほど思い出した記憶を落ち着いて整理することにした。
王立ダーストリアム学園。
同名の小説は、前世では少女向けの恋愛冒険譚として知られていた。
前世のラミは、その小説の大ファンだったのだ。
ラミが成人した頃にその小説のアニメ化が決定し、キービジュアルが公開された時の胸のトキメキが鮮明に蘇る。
煌めく金の髪に夏の青空のような輝く瞳。
聖魔法使い、カイトのビジュアルに、完全に胸を射抜かれたのだ。
同じ様な乙女が多かったらしく、アニメグッズ展開ではカイトのグッズが多く発売され、ラミも新社会人の少ない給料をやりくりしてコレクションしまくった。
推しに課金する幸せ。
その境地に前世のラミは到達していた。
ダーストリアム学園の建造を見た時、それが前世のアニメ化の際に何度も見たものだとすぐにわかった。
なら、ココにはもしかしてカイト様が…!?
いや、落ち着けラミ。
本当にここが前世でラミが知る世界とは限らない。
異世界転生なんて、そんなのフィクションである。
百歩譲って、ここがあの小説の世界だとして、推しと自分が同世代とは限らない。
落ち着け…落ち着け…
そう自分に言い聞かせながら、ソファ前の机に置いてあった入学式のしおりと学園案内をパラパラとめくる。
新入生一覧の名前を何気なく見て、ラミは固まった。
アンジェラ・カランデュラ
それは、あの小説の主人公の名前。
カイトは主人公の2つ上。つまり今年3年生。
ラミと同じ学び舎で、同じ空気を吸っている。
推し様が!
「いょっしゃァァァ!!ヒョーーーー!!」
ガッツポーズで立ち上がり奇声を発したラミの部屋に、何事かと両隣の寮生が部屋に駆けつけるまで、ラミの興奮は止まらなかった。
「はい。すみません。ゴキブリと勘違いしてしまって…」
パンフレットに書かれたイラストを、ゴキブリと見間違えたという苦しい言い訳を押し通し、駆けつけた寮生と寮母にペコペコと頭を下げ、ラミは部屋のドアを閉めた。
そして、再び静かに感動に打ちひしがれる。と同時に、詳しく小説の内容を思い出さなければと思い至った。
“王立ダーストリアム学園”は、男爵令嬢のアンジェラが聖女としての力に目覚め、黒魔術師の陰謀を阻止しようと共に戦う仲間を集める、というストーリーだ。
アンジェラが集めたメンバーは
勇者、ジン。
聖魔法使い、カイト。
聖騎士、バード。
全て学園での生活で出会い意気投合した実力派である。
アニメ化の際、人気を二分したのが、ラミの推しのカイトと勇者のジンである。
カイトは金髪碧眼の爽やかな美男子であり、王道の王子様系男子。
ジンは黒髪紫眼の何様俺様勇者様、と評される唯我独尊俺様系男子。
2人は親友であり、共にアンジェラへの恋心を持つライバルでもあった。
事態が変わったのが物語の後半、ジンの闇落ちである。
信頼する仲間とアンジェラを守るため強さに固執していったジンは黒魔術師の策に嵌まり、人を殺める事で強さが増していくと信じ込んでしまう。
圧倒的な強さを持つ勇者に対抗できるのは、聖魔法使いのカイトだけだった。
殺戮を繰り返すジンを止めるためアンジェラと力を合わせジンと闘っていたカイトだが、最終的にカイトはジンの息の根を止めてしまった。
それしかジンを止める術がなかったのだ。
その後もカイトの心の中にはその出来事が暗く影を落とし、アンジェラや仲間たちともギクシャクする展開が続く。
意中のアンジェラとも、仲が深まりそうになってもジンへの罪悪感から距離をとり…
最終的にアンジェラは別の男性の手を取ってしまう、という展開だ。
ラミは、その当時のもどかしさを思い出した。
推しの幸せは私の幸せ。どう足掻いても2次元へは行けない自分に代わって、アンジェラにカイトを幸せにして欲しいのに!
そう思っていた。
そして今、何の因果か自分はカイト様のいる世界へと生まれ変わっている。
ムフムフと含み笑いと煩悩が湧き上がる。
推しを幸せにするのは…私では?と。
そして瞬時に気づき、備え付けのドレッサーの鏡を覗くと…そこには平凡な容姿の少女が1人。
邪な煩悩は現実と相殺された。
アンジェラは艶やかな赤毛に新緑の瞳を持つ抜けるように白い肌のソバカスがキュートな美少女である。
一方ラミは茶色い髪と良く焼けた小麦色の肌の良く言えば健康的な、言ってしまえば庶民的な容姿の少女である。
比べるまでもない。金髪碧眼王子様系美男子と釣り合うのはどちらか。
ラミはすぐに切り替えた。
自分の幸せではなく推しの幸せを優先する主義である。
この世に生を受けたからには推しが幸せになる為に全力を尽くす所存だ。
つまり、カイトとアンジェラが結ばれる様に全力でサポートする。
その為には…
ジンの闇落ちを回避するのが優先だ!
ラミはそう結論づけた。
ジンが闇落ち回避すれば、ジンとアンジェラにフラグが立つ可能性も出てくるが、それもラミが立ち回り潰していけばいい。
ラミが強く頷くと鏡の向こう側のラミも頷いた。
唯一、貴族らしいと言われていた薄い色彩の瞳がキラキラと輝いていた。




