心臓がレモンでできた女の子
あるところに、心臓がレモンでできた女の子がいました。名前はミリーといいます。どうしてミリーの心臓がレモンなのかは、お医者さんにも分かりません。まだ彼女がちっちゃな赤ちゃんだったころ、レントゲンをとったお医者さんたちが、心臓の形がレモンと同じであることと、その心臓から体全体に送り込まれる血にレモンの果汁がたっぷりと入っていることを発見したのです。みんなの心配をよそに、ミリーはすくすくと育ち、八才になりました。
ミリーはいつも、レモンのさわやかなにおいがします。お母さんやお父さんがミリーをぎゅっとだきしめると、レモンのきりをたっぷりとあびて、すっきりした気分になるのです。ミリーが泣くと、レモンジュースがぽろぽろと目から流れました。ころんでケガをしたら、おひざからもレモンジュースが出てきました。
ある時、ミリーがお家でおるすばんをしていると、チャイムがなりました。だれかがお家に来ても、ドアを開けてはいけないとお母さんからきつく言い聞かされていましたが、ミリーはいいつけを破ってげんかんに行きました。お友だちがあそびに来たんだと思ったのです。
ところが、ドアの外に立っていたのは、ミリーの知らない女の人でした。とても美人だけど、おけしょうで真っ白な顔をしています。つやつやした黒いかみの毛が、腰まで伸びています。着ているワンピースも、真っ黒でした。
「あなたがミリーね?」
女の人は、そう聞きました。見た目は若そうに見えるのに、声はぎょっとするほどしわがれています。ミリーはこくんとうなずきました。
「心臓がレモンでできているというのは、本当なのかい?」
また、ミリーはうなずきます。すると女の人は、ばっと手をのばし、ミリーをつかまえました。そして、どこからともなく大きなほうきをとりだしてまたがると、あっという間に空に飛び上がりました。
ミリーがきゃーっとさけぶと、女に口をふさがれてしまいました。
「静かにおし」
ほうきにのった、女とミリーは、どんどん空高く昇っていきます。ミリーの家や、学校や、でんしんばしらが豆粒のように小さくなってしまいました。
女は雲の上や下を、まっすぐ西に向かってびゅうびゅうと飛んで、いくつもの国と海をこえ、とうとう山の中にある真っ黒な城にたどり着きました。屋根の先っぽが針のようにとがっていて、ただよう雲をつきさしていました。真っ黒なペンキをぬりたくった城のかべには、なめくじやいやな虫がたくさんはっていました。
そこは、女の家でした。ミリーをさらってきたのは魔女で、人里はなれた山の中で薬や魔法を発明しながらくらしていたのです。魔女の薬は、病気やケガによく効くとひょうばんでした。また、困っている人が魔女の城をたずねて行くと、困りごとを解決するために魔法を使ってくれるのでした。
できないことは何もないといわれていた魔女でしたが、たった一つ悩みごとがありました。それは、彼女がどんどん年老いていくことです。空を飛び、重いものを持ち上げ、病気を治し、動物と話すことができる魔女であっても、つもっていく時間に逆らうことはできませんでした。
毎朝毎晩、魔女は自分の部屋の鏡をのぞきこみ、しわやしらがの数を数えました。日に日に顔にぬるおしろいの量は、ふえていきます。おまけに、ちょっと動いただけで、すぐ疲れてしまうのです。
いつまでも美しさをたもつために、魔女はありとあらゆる本で勉強しました。そして、レモンというくだものが体にいいことや、若さをたもつために小さな女の子の心臓を食べた魔女がいたことを知りました。
そこで魔女は、レモンの種をたくさんとりよせ、庭にまきました。芽が出て、木が育ち、レモンがたくさん実をつけると、もいだ実を全てジュースにして、毎日たくさんのみました。あまったジュースは、おふろのおゆにまぜました。
そしてある時魔女は、ミリーという心臓がレモンでできた女の子がいることを知ったのです。女の子の心臓を食べるのは、なんだかかわいそうに思いましたが、背に腹はかえられません。
魔女からこう聞かされたミリーは、あまりに恐ろしくて、泣きだしました。泣くとこぼれる涙を、魔女がコップで受け止め、ごくごくのみました。ミリーが泣きやむと、魔女は言いました。
「一日だけ、時間をあげる。この城の中で、何でも好きなことをしてあそんでいいよ。城にあるものは、すべてお前のものだ」
でも、一日をすぎたら、ミリーは心臓をとりだされてしまうのです。
魔女がおけしょうを直すのに夢中になってしまったので、ミリーは城の中を見て回ることにしました。
魔女の部屋は、とがったやねのすぐ下、六階です。ほうきで空を飛んで、窓から出入りするので、一番上の階に部屋があるのでしょう。ミリーはまず、五階にある部屋に入りました。
そこは、魔女が魔法を研究する部屋でした。すきとおった水晶玉や、ぶきみな人形や、いろんな木からできたほうきがありました。かべの本だなはぶあつい本でびっしりとうまっていました。その中の一冊を取り出して読んでみましたが、知らないことばで書かれているので、ちっとも読めません。
四階は、薬を作る部屋でした。部屋に入るなり、へんてこなにおいがミリーの鼻をくすぐりました。おまけに、もくもくと上がる色とりどりのけむりで部屋の中がよく見えなかったので、ミリーは窓をしばらく開けっぱなしにして、空気をいれかえました。そうしないと気分が悪くなってしまうのだと、お母さんに教えてもらったのです。けむりをすっかり追い払ってしまうと、干したキノコや、薬草を育てている植木鉢や、薬を混ぜ合わせるためのビーカーやフラスコなどが置いてあるのが分かりました。こっちの部屋の壁には、本ではなく完成した薬の瓶がずらりと並んでいます。
三階には、怪獣たちがいました。巨大なクモや、うろこがびっしり生えたトカゲのようやつや、頭が四つもあるライオンなどです。ミリーを見るなり、ぐわっと口を開けて、おそいかかろうとしたので、あわてて下の階に逃げました。きっと、魔女のペットなのでしょう。
二階は、食事をする部屋でした。天井からきらきら光るシャンデリアが下がっていて、部屋の中を明るく照らしていました。大きなテーブルが部屋のまんなかにあり、そのまわりにいくつもイスが並んでいます。だれかを招いて食事をすることもあるのでしょう。
一階は、台所でした。世界中のありとあらゆるたべものがおいてありました。その中でも、ひときわ高くつみあげられた山は、魔女の庭で収かくされたレモンでした。
そのレモンを見た時、ミリーはいいことを思いつきました。
さっそくレモンを一つもらって、ミリーは魔女のいる六階の部屋にもどります。すると、まだ鏡を見ていた魔女が、振り返りました。
ミリーはレモンを後ろにかくして、言いました。
「魔女さん、じつはあたしも、魔法が使えるの。レモンができた心臓をね、とりだすことができるの」
魔女はおどろきました。
「そんなことができる人間がいるなんて、聞いたこともないわ」
ミリーは自信たっぷりに答えます。
「できるわ。ほら、見て!」
ミリーは右手を胸にあてて、かがみこみました。そして、うんうん言いながら苦しんでいるふりをします。そしてかくしていたレモンをさっと前に回し、魔女にさしだしました。
「どうぞ! あたしの心臓です。あげる!」
魔女はよろこんでレモンを受け取りました。けれど、ふしぎに思ったようです。
「心臓をとりだしたのに、どうしてお前は生きているんだい?」
「今のあたしは、ゆうれいなんです。だから、もう死んでるの」
そう答え、ミリーは堂々と魔女の部屋を出ていきました。魔女は今しがたもらったレモンに夢中で、もうミリーのことは気にも留めませんでした。
魔女の部屋を出るなり、ミリーは走って五階の部屋にかけこみました。そして、部屋の中にあったほうきにまたがり、窓から飛び出します。ほうきはすいっと空中をすべるように飛んでくれました。そのまま、ミリーは東の方向へ向かってまっすぐ飛んで、魔女の城から逃げました。
ところが、五階にあったのは作りかけのほうきだったので、そんなに長いきょりは飛べなかったのです。
知らない港町の上空にさしかかった時、ほうきはすうっと下に降りていってしまいました。そして、ミリーを地面に下ろすと、ころりと転がって動かなくなりました。ミリーがどんなに呼びかけても、またがってぴょんぴょん飛び上がっても、もう空をまた飛ぶことはできませんでした。
ミリーはすっかり困ってしまいました。ほうき以外は何も持ってこなかったのです。港には船がたくさんとまっていますが、その中のどれがミリーのいた町の方角へ行くのかも、さっぱり分かりません。おまけに、船にのるお金もないのです。
とほうにくれたミリーが、あてもなく港を歩いていると、一人の船乗りが声をかけてきました。港を小さな女の子が歩いているのはめずらしいことだからです。
「おじょうさん、そこで何をしているのかね? はやいところ、お家へお帰り」
それを聞いたミリーは、泣きだしてしまいました。ミリーだってお家に帰りたいのです。でも、どうやって帰ればいいのか、分からないのです。
おどろいた船乗りは、ミリーをつれて酒場にいきました。そして、まだ宴会もはじまっていない酒場で、あたたかいココアをごちそうしてくれました。
なみだをふきふき、ミリーはココアをのみました。
「もしかして、迷子になってしまったのかね?」
船乗りにそう聞かれて、ミリーはうなずきました。
「魔女にさらわれて、黒いお城につれてこられたんです。家に帰りたいけど、どうしたらいいか分からないの」
「そいつは災難だったな」
船乗りはしみじみと言いました。
「おじょうさん、お名前は?」
「ミリー」
「ミリーがいた町は、なんという国にある、なんて町だね?」
「ドッチ共和国の、ココって町」
船乗りは、にっこりと笑いました。
「ココか。じつはおれたちも、その近くに船で出かけるんだ。よかったら、おれたちの船に乗らないかね?」
ミリーはよろこんで承知しました。
船乗りに連れられてミリーが乗ったのは、とても大きな船でした。大金持ちの商人が、外国と商いをするための船で、まっしろな白い帆と、へさきにほりつけられた、いるかの像が目印です。たくさんの船乗りが、荷物をつみこむために忙しく働いていました。
ミリーをさそってくれた船乗りは実は船長で、船乗りたちに彼女を紹介してくれました。荒くれ者ばかりでしたが、小さな女の子には優しい男ばかりです。ミリーは船にいる間、コックのお手伝いをすることになりました。
船の旅は、とても長いものでした。船はたえず小さく大きくゆれていて、さいしょのうちはミリーも船酔いしてしまいましたが、何日ものっていると、慣れてしまいました。ところが、次はちがう病がはやりだしたようなのです。
船乗りの中の何人もが、元気が出ないといって、船の底の部屋に寝ているようになりました。日に日に彼らは顔色が悪くなり、立って歩くのもむずかしいほどになりました。ふしぎなことに、彼らはみな、体のどこかに大きなあざができていました。
ミリーが心配していると、船長が悲しそうな顔で言いました。
「これは、船乗りの間でよくある死の病なんだよ。こうなったら、治す手だてはないのだ。うつるといけないから、あいつらに近づいてはいけないよ」
それを聞いたミリーは悲しくなりました。あの魔女がここにいたら、病気を治すことができるかもしれない、とも思いました。
次にその病にかかったのは、他でもない船長でした。船長は船の指揮を仲間にゆずって、船の底で休むようになりました。会いに行ってはいけないと言われていましたが、どうしても心配になったミリーは、ある晩こっそり船長をたずねていきました。
船長は他の病人と同じように、横になって、青い顔をしていました。そして足には、大きなあざがありました。
「船長さん、具合はどう?」
ミリーが声をかけると、船長はほほえみました。
「今日はだいぶいいよ」
それはうそだと、ミリーにはすぐに分かりました。
「なにか、面白い話をしてくれないかね」
そこで、ミリーは船長のそばに座って、ミリーの心臓を食べようとした魔女の話をしました。船長は、おどろいたり、面白がったりして話を聞いてくれます。それからミリーは、お母さんやお父さんや、友だちの話をしました。好きだった絵本の話も、してあげました。
ミリーが話しつかれたころ、船長は寝床から起き上がっていました。顔色が、少しよくなっています。
「なんだか、本当に元気が出てきたようだ」
ミリーは大喜びして、船長に飛びつきました。ミリーの体から、レモンのきりがばあっとあふれます。
次の日から、船長は部屋を出て、船の指揮をとれるようになりました。船乗りたちにどうして病が治ったのかと聞かれると、彼はこう答えます。
「ミリーと話していたら、ふしぎと元気になったんだよ」
それを聞いた船乗りは、他の病人とも話してくれないかとミリーにお願いをしました。ミリーはよろこんで承知します。その日から、病気になった船乗りとたくさん話すことが、ミリーの仕事になりました。
ミリーと話した船乗りたちは、みな元気になっていきました。一体どういうわけでしょう。もしかしたら、ミリーの、レモンでできた心臓が、船乗りたちの病気を治してくれるのかもしれませんね。
ミリーがいた町の港にたどり着いた時には、船乗りたちはみなすっかり元気になっていました。お礼に、船乗りたちはめずらしい貝がらや、真珠のつぶをミリーにくれました。
船長といっしょに、ミリーはお家に帰りました。ミリーのことをとても心配していたお母さんやお父さんたちは、ぶじにもどってきたミリーを見て、おおよろこびしました。
ミリーは船長に、家にあったレモンやオレンジの実をどっさりあげました。そして、お別れのあいさつをした後は、久しぶりのお家のベッドで、ぐっすりと眠ったのでした。




