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評判という名の刃

市場の噂が、街の血流を澱ませていた。「評判台帳の“支給優先印”が止まった」——その一言が、パンを求める人々の列に目に見えない棘を生む。

「噂が落ちるまで在庫は出さない」ミラは目を細めた。「前に出すほど、背中を刺される」


半円形の評議室で、アクスは三枚の草案を差し出した。

一つは、町の信用ノートとなる「評判台帳二・〇」。

二つ目は、時間差決済を可能にする「パンと塩の双券」。

三つ目は、荷役同士で損失を分け合う「港湾ミューチュアル」。


そして、と彼は続けた。

「現在出回っている偽の告知に対抗するため、三段構えの真偽テストを導入します」

軍務伯ヴォルフが低く唸る。「小細工で秩序は作れん」

「ですが、小細工がなければ胃袋は待ってくれません」アクスは静かに応じた。「これは、子どもでもできる方法です」


ミラが首を傾げた。「ただの紙切れで、どうやって偽物を見分けるのさ」

「三つの仕掛けを施します。第一に色。この青はただの青ではありません。特定の工房だけが配合を知る“公式の青”です。ギルドと契約し、色そのものを印章にする」

「第二に形。通知の右上に、市庁舎が管理する型抜き具で三角の切り欠きを入れます」

アクスは一枚の紙に水を垂らしてみせた。水は丸い玉となって弾かれる。

「そして第三に、この耐水性です。紙を漉く際に使う膠に、ミョウバンを特定の濃度で加える。この処理は指定した工房でしか作れません。庶民が出回っている安価な紙は、水を垂らせばすぐに滲む。この差は誰の目にも明らかです」


エドアルドが頷いた。「なるほど。透かしや封蝋といった“権威の技術”を、誰でも触って試せるレベルに翻訳するわけか。面白い」

マグダラは短く頷く。「試行は三日。検証卓は配給所のすぐ横に置く」


正午、広場に設置された検証卓で、人々はアクスの説明通りに告知を試した。青い点、三角の切り欠き、そして水滴。滲む紙と弾く紙。真実が、自分の手で確かめられる。噂は急速に力を失い、パニックは嘘のように静まっていった。


怒号は消え、石は地面に戻った。人々は自分の手で紙を撫で、水を落とし、確かめるたびに顔を上げ、次の人にやり方を教える。真実は連鎖する。噂もまた連鎖するのだから。


夜、アクスは帳面の余白に書いた。

〈測れば歪む。歪むなら、測り方を変える〉

〈正面は最後。まず行動の順序を〉

信頼は決定変数。未知は資産。文字は設計図で、鏡は現場監督だ。

そのとき、外港に旗がいくつも立った。川沿いの都市連合の小艦隊。

「通行税の増額を要求する、とのことです!」

ヴォルフが肩で笑う。「次は外か」

アクスは空を見上げ、わずかに頷いた。

「正面は最後——まずは、鏡をどこに立てるか、ですね」

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