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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました
第1章

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囚人のジレンマと河の鏡

川が死んだ。  都市の北を流れる大河。その中流を、河川都市同盟リバー・アライアンスの艦隊が鎖で封鎖したのだ。  物流パケットの完全遮断。


 市場の塩の価格は、一夜にして三倍に跳ね上がった。  評議室は怒号の渦だ。 「通行税を五倍にするだと!? 強盗だ!」 「払わなければ積み荷を没収、抵抗すれば撃沈……。奴ら、本気で我々を干上がらせる気だ」


 軍務伯ヴォルフが机に剣を突き立てる。 「舐められたものだ。我が軍のガレー船を出して鎖を引きちぎる。全面戦争だ」 「却下します」  アクスが即座に割り込んだ。 「敵艦隊は20隻、こちらは12隻。勝率ウィン・レートは30%未満。仮に勝っても、川底に沈んだ商船が航路を塞ぎ、物流復旧には数ヶ月を要します(デブリによる閉塞)」


「では、指をくわえて餓死しろと言うのか!」 「いいえ。……敵の『一枚岩』を砕きます」  アクスは地図上の都市同盟を指差した。 「彼らは『同盟』ですが、財布は別々です。アマル、ベルガ、コルノ……互いに商売敵同士が、一時的に手を組んでいるに過ぎない。ここに脆弱性セキュリティホールがあります」


 アクスはヴォルフとミラに向き直った。 「ヴォルフ様は艦隊を出し、中州の手前で『射撃陣形』を敷いてください。ただし、絶対に撃たないこと」 「威嚇か? それだけで奴らが引くとは思えんが」 「引かせません。……『誘い込む』のです」


***


 翌朝。川の中州に、奇妙な構造物が設置された。  巨大な木製の掲示板――「河の鏡」。  その前には、ヴォルフの艦隊が砲門を開いて睨みを利かせている。  対する同盟艦隊も、導火線に火を近づけ、緊張が極限に達していた。


 アクスは、小舟に乗って中州の中央へ進み出た。拡声の魔道具を使う。


「河川都市同盟の商人の皆様! 当『潟湖のラグーナ』は、あなた方の要求する通行税増額を拒否します!」  同盟側の旗艦から、嘲笑が漏れる。「なら戦争だ!」


「ですが!」  アクスは声を張り上げた。 「我々は『個別契約』なら歓迎します! この『河の鏡』をご覧ください!」


 掲示板の覆いが外された。  そこには、三つの枠が書かれていた。


 【第一契約枠:通行税ゼロ + 優先荷役権】(残り1枠)  【第二契約枠:通行税50% + 通常荷役】(残り2枠)  【第三契約枠以降:通行税200%(懲罰課税) + 入港制限】


「早い者勝ち(ファースト・カム・ファースト・サーブド)です!」  アクスは叫んだ。 「最初に我々と条約を結び、封鎖を解いて船を通した都市には、今後一年にわたり『関税ゼロ』の特権を与えます! ……ですが、二番目以降はメリットが減り、最後まで封鎖を続けた都市には、報復として『永久に関税二倍』を課します!」


 同盟艦隊の空気が凍りついた。  彼らは「全員で圧力をかければ、全員が得をする」という合意(談合)のもとに動いていた。  だが、アクスが提示したのは「裏切った者だけが独り勝ちする」という毒餌だ。


 同盟の旗艦で、司令官が怒鳴る。 「耳を貸すな! 敵の罠だ! 結束を乱すな!」  だが、その背後にいる副官たち――各都市から派遣された商工代表たちの目は、泳いでいた。


 (……もし、隣の商業都市ベルガが先に契約したら?)  (ベルガは関税ゼロで商売ができる。うちは二倍の関税?)  (そんなことになれば、うちの商売はあいつらに全部食われる!)


 囚人のジレンマ。  協力すれば利益はあるが、相手が裏切った場合の損失が大きすぎるため、論理的帰結として「裏切り」を選ばざるを得ない状況。


「待ちたまえ!」  ベルガの旗を掲げた船から、商人が身を乗り出した。 「話を聞こうじゃないか! 我々は平和を愛している!」 「貴様、裏切る気か!」司令官が剣を抜く。 「黙れ軍人! この戦争の費用を出してるのは誰だと思ってる! 一番枠は我がベルガがもらう!」


 均衡(ナッシュ均衡)が崩れた。  一人が動けば、雪崩カスケードは止まらない。 「ずるいぞ! コルノが先だ!」 「どけ! アマルが通る!」


 さっきまで鉄の結束を誇っていた同盟艦隊が、我先にと中州へ殺到し、互いの船体をぶつけ合い始めた。  砲門は、アクスではなく、ライバル(味方)に向けられようとしている。


 アクスは中州で、淡々と契約書の準備をしていた。  横で見ていたヴォルフが、呆気にとられて剣を収める。 「……恐ろしいな。一発も撃たずに、奴らを仲間割れさせるとは」 「撃ち合うよりも、安く買収される方が『合理的』だからです」


 アクスは、先頭で息を切らして上陸してきたベルガの商人に、羽根ペンを差し出した。 「おめでとうございます、賢明なる第一契約者様。……サインを。ヴォルフ様の艦隊が見届人です」


 商人は、ヴォルフの背後の大砲と、背後から迫るライバル都市の船を交互に見て、震える手でサインした。  これで商業都市ベルガは、潟湖の街の経済圏に組み込まれた。抜け駆けした彼らは、もう同盟には戻れない。


 夕暮れ。  「河の鏡」には、契約の進行状況ステータスがリアルタイムで張り出されていた。  封鎖用の鎖は撤去され、我先にと商品を運ぶ船が川を上ってくる。


 ミラが、呆れた顔でアクスにホットワインを手渡した。 「……性格が悪いわね、本当に」 「最適化と言ってください。全体を敵に回すより、個別に撃破デバイド・アンド・コンカーする方が処理負荷が低い」


 アクスは、川面に映る自分を見た。  そこには、かつての無機質な光ではなく、人間の欲望を計算式に組み込んだ、狡猾な管理者の顔が浮かんでいた。


[学習] 同盟の強度は、裏切りの利益率に反比例する。 この鏡に映ったのは、真実ではない。彼らの「疑心暗鬼」だ。

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