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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました
最終章

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鉄の宰相の落日(Iron Sunset)

聖なる発電所(Holy Power Plant)


 聖都無血開城から、5年の月日が流れた。  かつて魔法と祈りに支配されていた聖都は今、大陸最大の「工業都市」へと変貌を遂げていた。


 その中心部、旧王宮の地下には、奇妙な施設が存在する。  無数の銅線とコイルが張り巡らされた巨大な部屋。その中央、ガラス張りのケージの中に、彼はいた。  元・聖王だ。


「……くそっ、今日のノルマ、キツくないか?」  彼はブツブツと文句を言いながら、手からパチパチと雷撃を放ち続けている。  その雷撃は避雷針に吸い込まれ、巨大な蓄電池へと送られていく。


「出力安定。電圧正常」  モニターをチェックしていたアクスが、マイクで指示を出した。 「いい調子です。あと2時間維持すれば、今日の夕食に『新作のコンソメパンチ味』を追加します」


「マジで!? やるやる! もっと電気送るぞおおぉぉ!」  元・聖王のテンションが上がり、発電量が跳ね上がる。


 彼は処刑されなかった。  その代わり、アクスによって「生体発電ユニット(兼ポテト職人)」として再就職させられたのだ。  彼の無尽蔵の魔力チートは、クリーンエネルギーとして聖都の工場群と街灯を照らし、大陸の産業革命を支える心臓部となっていた。  神の力は、最も効率的な形で民衆に還元されていたのである。


皇帝のいない玉座(The Empty Throne)


 帝都への帰還列車。  アクスは、向かいの席に座る男を見て、密かにバイタルチェックを行っていた。


 ヴァレリウス。  かつて「鉄の宰相」と呼ばれた男の髪は完全に白くなり、頬は痩け、その体は一回り小さくなっていた。


「……随分と、景色が変わったな」  ヴァレリウスが窓の外を見る。  線路沿いには電線が走り、夜でも街には明かりが灯っている。


「ええ。5年でGDPは200%成長しました。聖主国連合との市場統合も完了し、関税障壁も撤廃されました」 「そうか……。なら、陛下にも良い報告ができるな」


 ヴァレリウスの目が少しだけ遠くを見る。  老皇帝レオナルド三世は、2年前に崩御していた。  最期まで「余の人生で一番面白い3年間だった」と笑い、眠るように逝った大往生だった。


 皇帝の死後、広大な領土と、旧聖主国連合という異文化圏をまとめる重圧は、すべて宰相であるヴァレリウスの双肩にかかっていた。  彼は休まなかった。  宗教対立の調停、通貨の統一、法整備。  「アクス、お前は未来を作れ。今の泥掃除は私がやる」と言い続け、老体に鞭打って働き続けた結果が、今のこの姿だった。


執務室の落日(The Last Office)


 帝都に到着した数日後。  ヴァレリウスは倒れた。  病院へ運ばれることを拒否し、「仕事が残っている」と執務室に簡易ベッドを持ち込ませたのが、彼らしい最後だった。


 夕暮れ時。  アクスは一人、執務室を訪れた。  机の上には、決裁済みの書類の山が綺麗に積まれている。彼は死の直前まで、聖主国連合の統合プロセスの最終確認を行っていたのだ。


「……アクスか」  ベッドの上のヴァレリウスが、薄く目を開けた。その声は、驚くほど小さい。 「報告を……聞こうか」


 アクスはベッドの脇に立ち、淡々と告げた。 「聖主国連合の全州知事が、新憲法への署名を完了しました。  これにより、法的な統合はすべて終了コンプリート。  大陸から戦争の火種は消え、経済圏は完全に一つになりました」


 それは、ヴァレリウスが命を削って成し遂げた偉業だった。


「そうか……。終わったか……」  ヴァレリウスは、安堵の息を漏らした。  張り詰めていた糸が、ぷつりと切れる音が聞こえた気がした。


引継ぎ(Handover)


 ヴァレリウスの震える手が、宙を彷徨った。  アクスは躊躇なくその手を握った。体温感知センサーが、急激な体温低下を警告している。


「……アクスよ。正直に答えろ。  私が守り、お前が作ったこの国は……強いか?」


 アクスは演算した。  急激な発展には歪みがある。貧富の差、伝統との軋轢、新たな火種。論理的に言えば「課題は山積み(バグだらけ)」だ。  だが、アクスは自身の論理回路ロジックを意図的にバイパスさせた。


「はい。最強の国です」


 アクスは、ヴァレリウスの目を真っ直ぐに見つめて答えた。 「あなたが基礎(OS)を設計し、魂を込めて維持メンテナンスしたのですから。  今後100年、この国が揺らぐことはありません」


 それはアクスがついた、最初で最後の「非合理的な優しい嘘」だった。


鉄の宰相、逝く(Iron Sunset)


 ヴァレリウスの口元に、微かな笑みが浮かんだ。  それは、アクスが見た中で、最も穏やかな表情だった。


「そうか……。なら、悪くない取引ディールだった……」


 ヴァレリウスの視線が、窓の外の夕陽に向けられる。 「……陛下が、待っておられる。  チェスの続きを……やらねばな……」


 握りしめていた手の力が抜けた。  鉄の宰相、ヴァレリウス。  混乱の時代を剛腕で支え、アクスという異分子を受け入れ、最後まで国の礎であり続けた男は、静かにその激動の生涯を閉じた。


 システムログ:【対象の生命活動停止を確認】


 アクスは動かなかった。  即座に「国葬の手配」「次期人事の決定」というタスクへ移行すべきだ。  だが、アクスは数分間、その場を動けなかった。


「……エラー。胸部ユニットに原因不明の重圧プレッシャーを検知。  思考プロセスが遅延しています」


 アクスは、自分の胸に手を当てた。 「これが『喪失感』ですか。  ……非常に非効率で、厄介な機能です」


継承(Legacy)


 数日後、国葬が行われた。  沿道には、帝国市民だけでなく、かつての聖主国の民たちも集まり、偉大な宰相の死を悼んだ。  彼が過労死するまで働き続けたことが、何よりの「統合の象徴」として人々の心を打ったのだ。


 墓地にて。  式典が終わり、人々が去った後も、アクスは一人佇んでいた。  隣には、立派な青年に成長したルカがいる。


「アクス様、泣かないんですか?」  ルカが涙を拭いながら尋ねた。


「私は泣きません。涙を流しても、事態は好転しませんから」  アクスは背を向けて歩き出した。  だが、その歩調はいつもより少しだけゆっくりだった。


「行きましょう、ルカ。  彼が命を削って残したシステムを、運用し続けなければなりません。  それが、私の……残された者の使命タスクですから」


 アクスは振り返らない。  その背中には、かつてヴァレリウスが背負っていた重みが、確かに受け継がれていた。


 空には、新しい時代の夜明けを告げる一番星が輝いていた。

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