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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました
最終章

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停滞という名のバグ(System Freeze)

1. 無機質な楽園(The Sterile Garden)


 聖都の頂にそびえる宮殿。  アクス、ヴァレリウス、そして老皇帝レオナルドの三人が足を踏み入れた最奥の「玉座の間」は、異様な空間だった。


 そこには、中世の城特有の重厚さも、宗教的な荘厳さもなかった。  あるのは、磨き抜かれた白い大理石の床と、壁一面に埋め込まれた発光する石板モニター。そして、部屋の中央に置かれた、人間工学に基づいたオフィスチェアと、機能的なデスクだけだった。


「……遅かったね、バグの運び手たち」


 デスクの向こうで、一人の少年が頬杖をついていた。  聖王。  彼はポテトチップスなど食べていなかった。その目は、目の前の石板に映し出された数千のデータ――暴徒化した市民、崩壊する経済、逃げ出す兵士たち――を、氷のような冷たさで見つめていた。


「君たちが壊したんだよ。僕の完璧な『箱庭サンドボックス』を」


 聖王が指を鳴らすと、部屋の空気が変わった。  外は吹雪だというのに、肌を撫でるような快適な室温。湿度も完璧に管理されている。


「快適だろう? これが僕の魔法だ」  聖王は淡々と言った。 「僕は知っているんだ。文明が進めば、人間は必ず不幸になる。蒸気機関は空を汚し、銃は大量殺戮を生み、資本主義は貧富の差を拡大する。  ……だから僕は、この世界の時間を止めた(フリーズさせた)。  科学を与えず、変化を許さず、清貧と祈りだけで一生を終えさせる。それが、最も幸福な『管理』だからだ」


 彼はアクスを見据えた。 「君は余計なことをした。彼らに知恵のイノベーションを与えてしまった。……その責任、どう取るつもりだい?」


2. 熱力学の欺瞞(The Thermodynamic Lie)


 ヴァレリウスが圧されて沈黙する中、アクスだけが平然と部屋の中を歩き回っていた。  彼は壁に手を当て、次に床に耳を当て、何かを計算していた。


「……議論の前提が間違っています」  アクスは聖王に向き直った。 「あなたは『文明の弊害を避けるために科学を封じた』と言いましたが……嘘ですね」


「なんだと?」


「この部屋の快適な室温。……これを維持するエネルギーソースはどこですか?」


 アクスは、壁の一角を指差した。 「魔法だけで、これほど精密な温度管理(サーモスタット制御)は不可能です。魔法は出力が不安定すぎる。  ……裏で、物理的な『調整弁』を使っていますね?」


 聖王の眉がピクリと動く。  アクスは躊躇なく、壁際に置かれていた装飾的なタペストリーを引き剥がし、その裏にあった隠し扉を蹴り破った。


 ドォン!!


 そこから漏れ出したのは、ムッとするような熱気と、腐敗臭、そしてうめき声だった。


「うう……回せ……止めれば殺される……」


 壁の裏の狭い通路。そこには、鎖に繋がれた数百人の奴隷たちがいた。  彼らは巨大な団扇とふいごを、死に物狂いで動かしていた。地下の炉から来る熱風を、人力で微調整し、この部屋に送り込み続けているのだ。  足元には、力尽きて倒れた者の遺体が転がっている。


「……これが、あなたの言う『幸福な管理』ですか」  アクスは冷徹に告げた。 「あなたは科学(ボイラーと自動制御)を否定した。  その結果、機械がやるべき仕事を人間に押し付け、彼らを『生体部品バイオ・パーツ』として使い潰している。  ……これは高潔な停滞ではありません。ただの『非効率な搾取』です」


3. 設定崩壊(Setting Collapse)


「黙れ!」  聖王が立ち上がった。その顔から余裕が消え、焦燥が浮かぶ。 「犠牲は必要経費だ! 少数の犠牲で、多数の平穏を守る。それが管理者だろ!  君だって難民を労働力として使ったじゃないか! 僕と君の何が違う!」


「決定的に違います」  アクスは懐から、一冊のノートを取り出した。  それは逃走中に回収した、聖王が転生直後に書いた『理想国家計画書』だった。


「私のシステムは、昨日より今日が良くなるように設計されています。  ですが、あなたのシステムは……」


 アクスはノートの一節を読み上げた。


『民衆は愚かなままでいい。彼らが賢くなれば、僕の“チート”がただの技術だとバレてしまうからだ』


 聖王の顔色が蒼白になる。


「あなたは平和のために科学を封じたのではない。  『自分が特別な存在(神)であり続けるため』に、他人の成長を阻害ブロックしただけだ。  ……それを、こちらの世界では『老害レガシー』と呼びます」


「や、やめろ……それを読むな……」


「さらに、ここにはこう書いてあります」  アクスは容赦なく続ける。 『いつか魔王が現れたら、僕が隠していた力で華麗に救う。そのための自作自演シナリオ……』


「やめろぉぉぉぉ!!!」


 聖王が絶叫し、雷撃を放とうと手をかざす。  だが、窓の外の避雷針がその魔力を吸い取り、空しく火花が散るだけだった。


物理法則ルールは変わりました。  あなたの魔法は、もう『奇跡』ではありません。ただの『電気エネルギー』です。  ……そして、電気なら誰でも作れる」


4. 敗北の味(The Taste of Defeat)


 聖王は崩れ落ちた。  神性が剥がれ落ち、そこには自分の保身のために世界を止めていた、卑小な独裁者の姿しかなかった。


「……殺せ」  聖王は震える声で言った。 「どうせ、僕は用済みだ。……僕の作った世界は、もう君のウイルス(金と娯楽)に汚染された」


 老皇帝レオナルドが前に進み出た。  彼は、聖王のデスクにあった皿――食べかけの、薄く切って揚げたジャガイモに手を伸ばし、一枚口に放り込んだ。


「……ふむ」  カリッ、と乾いた音が響く。


「悪くない塩加減だ。……これを作らせたのはお前か?」 「……ああ。この世界の芋は不味いから、品種改良させたんだ……」


「ならば、生きよ」  皇帝はニヤリと笑った。


「お前の『管理』は最悪だったが、この『チップス』という発明だけは評価に値する。  アクスよ、こいつは殺すな。  その魔力を帝国の発電に使わせろ。そして、余った時間でこの芋を量産させよ」


 アクスは頷き、システムログを更新した。


[対象:聖王(Admin)] [処理:権限剥奪(Demote)] [新規ロール:生体発電ユニット 兼 食品加工担当]


「……了解しました。  あなたは神であることを辞め、社会の歯車コンポーネントとして、初めて世界に貢献するのです」


5. 新しい風(System Reboot)


 アクスが壁の隠し扉を完全に破壊し、奴隷たちを解放した。  よどんだ熱気が抜け、窓からは新しい時代の風――石炭と鉄、そして自由の匂いを含んだ風が吹き込んでくる。


 聖王は、床に座り込んだまま、解放されていく奴隷たちの背中を呆然と見つめていた。  彼らは「神様」になど目もくれず、「助かった」「腹減ったな」と言い合いながら、自分の足で歩き出していた。


「……僕の箱庭が……」


「箱庭ではありません」  アクスは背を向けて言った。 「ここは『世界サーバー』です。  予測不能で、制御不能で、だからこそ進化し続ける場所です」


 アクスたちが部屋を出ると、遠くから蒸気機関車の汽笛が聞こえた。  停滞の冬は終わった。  騒々しく、無秩序で、エネルギーに満ちた「近代」が、聖都のドアをこじ開けた音だった。

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