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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました
最終章

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科学の進軍と紙の爆撃(The March of Science)

雷を無効化する行軍(Mobile Grounding)


 聖都へと続く街道を、帝国軍の主力部隊が進軍していた。  先頭を行くのは、マンガン鋼で装甲された蒸気戦車隊ではない。奇妙な荷車を引いた工兵部隊だ。  荷車には、空高く突き出た「長い鉄の槍」が積まれ、そこから太い銅線が地面を引きずるように伸びている。


 北の空、聖都の上空には、依然として不吉な黒雲が渦巻いている。  ドォォォン!!  前触れもなく、雲から紫電が迸った。聖王による「神の裁き」だ。


「来るぞ! 伏せろ!」  帝国兵が一瞬身をすくませる。だが、その雷撃が兵士の頭上に落ちることはなかった。


 バチバチバチッ!!  雷は空中で軌道をねじ曲げられ、荷車の上の「鉄の槍」へと吸い込まれた。電流は銅線を伝い、地面アースへと火花を散らして消滅する。


「……観測終了。電位差正常化クリア」  装甲馬車の屋根で、アクスが淡々と告げた。 「移動式避雷針、機能しています。全軍、前進を継続」


 隣で剣を構えていたヴァレリウスが、呆れたように笑う。 「神の怒りを『ただの電気』扱いか。……あの雷を見た時の、聖主国兵士の顔が見ものだな」 「ええ。恐怖の正体が分かれば、それはただの自然現象です。そして物理法則は、信仰心よりも公平です」


 老皇帝レオナルドが、窓から身を乗り出して叫んだ。 「見たか! 我らの科学は神をも防ぐぞ! 恐れるな、進めぇぇ!」


崩れゆく信仰(Soldier's Perspective)


 聖都の城壁の上。  守備隊の兵士たちは、信じられない光景に震えていた。


「嘘だろ……。聖王陛下の雷が、あいつらには効かないのか?」 「避けたぞ! あの鉄の棒が雷を食ったんだ!」


 彼らの心の支えであった「聖王の絶対的な力」が、目の前で否定されていた。  神が殺せない相手に、どうやって勝てというのか。  しかも、彼らの腹は限界まで減っていた。ニッケルショックで給料は止まり、配給のパンすら届かない。


「……おい、お前。昨日の『アレ』持ってるか?」  一人の若手兵士が、震える声で先輩に尋ねた。 「……馬鹿野郎、大声出すな。督戦官に見つかったら死刑だぞ」


 先輩兵士は懐から、ボロボロになった**「薄い本(娯楽小説)」**を取り出した。あの日、アクスたちが脱出時にばら撒いていったものだ。  彼らは恐怖を紛らわせるために、隠れてそれを回し読みしていた。


「……ここ、主人公が肉を食うシーン。読むだけで腹が鳴るよな」 「俺はこっちの、聖女様がデレるシーンが好きだ……。  なあ、帝国の連中は、こんな面白いものを毎日読んで、腹一杯肉を食ってるのか?」


 神の雷が効かず、豊かな物資と娯楽を持つ敵。  彼らの戦意は、恐怖と羨望によって、ボロボロに侵食されていた。


紙の爆撃(Paper Bombardment)


 帝国軍が、城壁から目と鼻の先に到着した。  弓兵が矢をつがえる。「撃て! 近づけるな!」  だが、帝国軍は止まらない。彼らは大砲を設置したが、その砲身は空を向いていた。


「装填完了。……撃てッ!」  ヴァレリウスの号令と共に、大砲が火を噴いた。  だが、飛んでいったのは鉄球ではない。  城壁の上空で、砲弾がパンッ!と破裂した。


 バササササッ……!  雪のように舞い降りてきたのは、数万枚の**「紙片」**だった。


「毒か!? 触れるな!」  司祭が叫ぶが、空腹の市民や兵士たちは、たまらずそれを拾い上げた。  そこには、整った美しい活字で、衝撃的な内容が記されていた。


 【告ぐ。帝国軍は食料を解放する。降伏せよ】  【投降した者には、ハムとパン、そして温かいスープを約束する】  そして、一番下には太字でこう書かれていた。


 【本日発売。『騎士リリィ』第4巻、および新作『転生勇者』第1巻。】  【我々は「続き」を持ってきた。ネタバレされる前に門を開けよ】


活版革命(Gutenberg Revolution)


「な、なんだこの文字は……!?」  ビラを拾った老司祭の手が震えていた。 「手書きではない……。すべて同じ形の文字だ。こ、こんな大量の文書を、一瞬で作ったというのか!?」


 聖主国では、本とは修道士が何年もかけて手書きする「聖遺物」だった。知識は特権階級に独占されていた。  だが、このビラは違う。  アクスが持ち込んだ**「活版印刷」**技術は、知識と娯楽を、パンのように大量生産し、ばら撒くことを可能にしたのだ。


「悪魔の技だ! 捨てろ! 読むな!」  司祭が叫び、ビラを破り捨てる。  だが、その行動が決定打となった。


「やめろ! まだ読んでないんだぞ!」  一人の市民が、司祭に殴りかかった。 「聖主様はパンをくれない! 本も読ませてくれない! 俺たちはもう我慢の限界だ!」


 その叫びは、都市全体に溜まっていた不満のマグマを決壊させた。 「門を開けろ! 帝国軍を入れてくれ!」 「パンをよこせ! 続きを読ませろ!」


 市民が暴徒化し、城門へと殺到する。  守備兵たちは、銃を構えたが――撃てなかった。彼らのポケットにも、続きが気になって仕方がない「薄い本」が入っていたからだ。


開かれた城門(Open the Gate)


 ギギギギ……!!  巨大な蝶番が悲鳴を上げ、難攻不落の聖都の正門が、ゆっくりと開いていく。  内側からこじ開けたのは、帝国軍ではない。聖都の民衆と兵士たちだ。


「来たぞ! 帝国の補給部隊だ!」  歓声が上がる。  入城してきた帝国軍の先頭車両から、兵士たちが投げ渡したのは、銃弾ではなく「缶詰」と「刷りたての新刊本」だった。


「並べ! 押すな! 全員分ある!」  ヴァレリウスが呆れた顔で指揮を執る。 「……信じられん。戦争とは、もっと血生臭いものではないのか?  まるで、祭りの配給所じゃないか」


 アクスは、避雷針の付いた馬車の上で、静かに答えた。 「情報は、独占すれば『権威』になりますが、共有すれば『娯楽』になります。  ……そして人間は、崇高な権威よりも、目の前の娯楽とパンを愛する生き物です」


 アクスは聖都の中央、丘の上にそびえる宮殿を見上げた。  そこにはもう、雷雲はない。あるのは、民に見捨てられた孤独な王の気配だけだ。


「行きましょう。  最後のデバッグ(聖王の排除)の時間です」


 帝国軍は、一滴の血も流さず、拍手と歓声に迎えられて聖都を制圧した。  それは、剣の時代の終わりと、情報と経済が支配する新しい時代の幕開けだった。

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