神の雷と避雷針(Lightning Rod)
国境の合流(Rendezvous)
雪煙を上げ、白い悪魔のような速度で爆走してきた蒸気装甲車が、帝国軍の前線基地へと滑り込んだ。 プシューッ! 凄まじい排気音と共に停止した鉄塊から、煤だらけの三人が転がり出る。
「へ、陛下! ご無事で!」 ヴォルフ軍務伯が率いる鉄騎兵団、そして本隊の兵士たちが駆け寄った。 泥と油にまみれた皇帝レオナルド三世の姿を見て、兵士たちは涙を流して歓呼した。 「皇帝陛下万歳! 生きておられたぞ!」
ヴァレリウスは煤を払い、ヴォルフに向かって力強く頷いた。 「ヴォルフ、全軍に告げよ。交渉は決裂した。 ……これより、我々は聖都へ進軍する。奪われた誇りと、未来を取り戻すために」
おぉぉっ! と鬨の声が上がる。 士気は最高潮だった。マンガン鋼の新型戦車、後装式ライフル、そして何より「皇帝の帰還」。勝利は目前に見えた。
だが、その熱狂を冷や水を浴びせるように、異変は起きた。
「……おい、なんだあれは?」 兵士の一人が、北の空を指差して声を震わせた。
聖都の方角から、物理的にあり得ない速度で、漆黒の闇が広がっていた。 風向きを無視して膨張する巨大な積乱雲。その腹の中では、紫色に輝く稲妻が、生き物のように蠢いている。
「……雲? いや、あれは魔力だ」 ヴォルフが青ざめた。戦場の古傷が疼くような、生物としての本能的な恐怖。 それは、ただの嵐ではなかった。「神の怒り」そのものが、質量を持って押し寄せてきていた。
聖王の癇癪(Tantrum of God)
同時刻。聖都の宮殿。 聖王は、モニター越しに帝国軍の合流を確認し、ギリギリと爪を噛んでいた。
「ふざけるな……。経済もダメ、文化もダメ……なら、消し飛ばすしかないだろ」 彼はポテトチップスの袋を床に叩きつけた。
彼には、転生特典として与えられた最強のユニークスキルがあった。 『天候操作』。 大気中の電子を自在に操り、局地的な災害を引き起こす、文字通りの「神の力」だ。
「僕の箱庭に、可愛げのないNPCはいらない。 ……黒焦げになれ、バグども」
彼はコンソールに見立てた石板に指を走らせ、座標を帝国軍の本陣――皇帝がいる一点に固定した。 最大出力の落雷。それは一撃で城をも砕く、戦略級の魔法攻撃だ。
迷信とパニック(Fear of God)
帝国軍陣地は、真昼の闇に包まれていた。 ゴロゴロゴロ……!! 腹の底に響くような重低音と共に、空気がビリビリと震える。兵士たちの髪の毛が、静電気で逆立った。
ドォォォン!! 前触れもなく、一撃目の雷が見張り塔を直撃した。 石造りの塔が、まるで積み木のように弾け飛び、粉々になって降り注ぐ。
「ひ、ひぃぃっ!」 「天罰だ! 聖主様がお怒りだ!」
兵士たちの心が折れた。 マンガン鋼の盾も、最新のライフルも、空からの「神の鉄槌」の前には無力だ。 彼らは武器を捨てて逃げ惑い、あるいはその場にひれ伏して祈り始めた。 「お許しください! 我々は悪魔に騙されただけです!」
「ええい、立つんだ! これは敵の攻撃だ! 祈って助かるものか!」 ヴァレリウスが剣を抜いて叱咤するが、その声は雷鳴にかき消される。 軍隊としての規律が崩壊しかけていた。中世の人々にとって、雷とは「回避不能な死刑宣告」なのだ。
ファラデーの檻(Lightning Rod)
混乱の中、アクスだけが冷静に空を見上げていた。 その青い瞳には、雲の中を走る電子の奔流が、数値データとして映っている。
[解析]大気中の電位差、臨界点突破。 次弾、本陣直上より飛来予測。着弾まで残り120秒。
「……物理現象です」 アクスは呟いた。魔法などではない。ただの大規模な放電現象だ。 タネが割れれば、対処は可能だ。
「ヴォルフ軍務伯! 工兵隊を動かしてください!」 アクスは、パニックに陥るヴォルフの胸倉を掴み、怒鳴るように指示した。 「予備の『長槍』をすべて持ってこい! それと、通信線敷設用の『銅線』の束をありったけだ!」
「な、何をする気だ!? 鉄は雷を呼ぶぞ!」 「ええ、呼びます。呼んで、逃がすのです」
アクスの迫力に押され、工兵たちが動いた。 皇帝がいる天幕を中心にして、数十本の長い鉄槍を円形に地面へ突き立てる。 さらに、アクスはそれらの槍を太い銅線で結び、その末端を濡れた地面の奥深くへと埋め込ませた。
簡易的な**「避雷針」、あるいは「ファラデーケージ(静電シールド)」**の構築だ。
「アクスよ、これで助かるのか?」 老皇帝レオナルドは、震えることなくアクスに問うた。 「はい。雷は『通りやすい道』を選びます。人体よりも、鉄と銅の方が、彼らにとっては快適なハイウェイですから」
アクスは懐中時計を見た。 「……来ます。目を閉じて」
接地(Grounding)
聖王が拳を振り下ろした。 「死ねぇぇぇ!!」
空が割れた。 雲の裂け目から、目が潰れるほどの極光が、皇帝のいる天幕を目掛けて垂直に落下した。 それは間違いなく、皇帝の脳天を貫く軌道だった。
カッッッ!!
兵士たちが悲鳴を上げ、顔を覆う。 だが、その瞬間。 雷の軌道が、不自然に捻じ曲がった。
皇帝の頭上数メートルで、雷撃は目に見えない壁に弾かれたように拡散し、周囲に立てられた鉄槍の先端へと吸い込まれたのだ。 バリバリバリッ!! 凄まじいスパーク音。数十億ボルトの電流は、槍から銅線を伝い、火花を散らしながら地面の底へと駆け抜けていった。
轟音が去り、静寂が訪れる。 焦げたオゾンの匂いが漂う。 恐る恐る目を開けた兵士たちは、信じられない光景を目にした。
鉄槍の先端は赤熱し、ドロリと溶け落ちていた。 だが、その中心に立つ皇帝とアクス、そしてヴァレリウスは、煤ひとつ付かずに無傷で立っていた。
神話の崩壊(Myth Busted)
「……い、生きている?」 「神の雷が……逸れた?」
呆然とする兵士たちに、アクスは淡々と告げた。 「雷は神の怒りではありません。ただの『電気』です。 水が高い所から低い所へ流れるように、電気も抵抗の少ない道(鉄と銅)を選んで、地面へ帰っただけです」
アクスは赤熱した槍を指差した。 「見なさい。神の雷など、ただの物理現象に過ぎない。 理屈さえ分かれば、コントロール可能です」
その言葉は、兵士たちの心にあった「迷信という名の鎖」を断ち切った。 神は絶対ではない。知恵があれば防げる相手なのだ。
老皇帝レオナルドが、一歩前に進み出た。 彼はまだ熱を帯びる槍のそばに立ち、雷雲を見上げて高らかに笑った。
「見よ! アクスの科学は、神の雷さえも飼い慣らしたぞ! 恐れるな、我が兵たちよ! 奴は全能の神ではない! ただの癇癪持ちの『雷使い』に過ぎん!」
その言葉に、兵士たちの顔から恐怖が消えた。 代わりに湧き上がったのは、神をも恐れぬ熱狂だった。
「うおおぉぉっ! 皇帝陛下万歳!」 「科学万歳! あのインチキ野郎をぶっ飛ばせ!」
士気は完全に逆転した。 未知の恐怖は、既知の攻略対象へと変わったのだ。
反撃の狼煙
聖都の宮殿。 モニター越しに、無傷で歓呼する帝国軍を見た聖王は、力なく椅子にへたり込んだ。
「嘘だろ……。僕の最強魔法が、あんな鉄の棒きれに……」 彼の手から、ポテトチップスの袋が滑り落ちた。 彼に残された手札は、もう何もない。
国境の空。 雷雲が去り、雲の切れ間から一条の光が差し込んだ。 ヴァレリウスが剣を抜き、聖都を指し示した。
「全軍、前進! 偽りの神を玉座から引きずり下ろし、この茶番劇に幕を引くぞ!」
地響きと共に、マンガン鋼の戦車隊が進撃を開始した。 もはや彼らを止めるものは、物理的にも精神的にも存在しなかった。 目指すは聖都。そして、引きこもりの「神」が待つ玉座の間だ。




