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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました
最終章

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聖都脱出とピンクのウイルス(The Great Escape)

白銀の滑走体(The Silver Slider)


 大聖堂の中庭。  アクスが放った「マグネシウムの閃光粉」が炸裂し、僧兵たちの視界を奪った隙をついて、三人は裏手の資材置き場へと駆け込んだ。


「アクス! 馬を奪うか!?」 「いいえ。聖騎士の魔法馬相手では、普通の馬は恐怖で足がすくみます。……彼らに頼ります」


 アクスが覆い布を引き剥がすと、そこには奇妙な光景があった。  車輪のない、マンガン鋼フレームの軽量なソリ。  そして、それに繋がれていたのは、十数頭もの巨大な**「極北犬(そり犬)」**の群れだった。分厚い毛皮に覆われ、狼のような鋭い眼光をした犬たちが、主人の命令を待ちわびて低く唸っている。


「い、犬だと!? こんな数、どうやって御すのだ!」  ヴァレリウスが叫びながら、老皇帝レオナルドを座席に押し込む。 「彼らはプロフェッショナルです。そしてこのソリは、摩擦係数を極限までゼロに近づけた特別製です」


 アクスが御者台マッシャーズ・バーに飛び乗り、手綱ではなく、犬たちへの号令をかけた。 「ハイク(進め)!!」


 ワンッ!!  十数頭の犬たちが一斉に吠え、雪を蹴った。  ヒュンッ!!  音がしない。ソリが雪を噛む音すらしない。  アクスがランナー(滑走部)に塗布した特殊ワックスと、超硬度マンガン鋼の平滑さが、氷上を滑るような異常な初速を生み出したのだ。犬たちの荒い息遣いだけが響く。


「うわぁぁぁっ! 低い! 地面スレスレだ!」  視線の低さに皇帝が悲鳴を上げるが、すぐに歓喜に変わる。「はっはっは! 獣の背に乗っているようだ!」


情報をばら撒く(Information Spam)


 聖都は山頂にある。出口までは巨大な下り坂だ。  十数頭の犬たちの牽引力に加え、重力加速度を味方につけたソリは、生き物のような柔軟さで石畳の坂道を駆け下りていく。


「アクス、追手だ! 聖騎士団が来るぞ!」  後方から、魔法で強化された巨大な軍馬に跨る騎士たちが迫る。蹄の音が雷のように響く。直線スピードでは彼らが上だ。


「迎撃しますか?」 「いいえ。追手の進路を『市民』で塞ぎます」


 アクスは巧みな体重移動でカーブを曲がりながら、皇帝に指示した。 「陛下! 足元の麻袋に入っている『ビラ』を! ありったけ空へばら撒いてください!」 「これか! ええい、持ってけ泥棒ども!」


 皇帝がばら撒いた大量の紙片が、吹雪のように街へ舞い降りる。


 【号外:ニッケル暴落! 聖主国、破産確定!】  【兵士の給料は停止! 今すぐ銀行へ急げ!】


「なんだこれは……ニッケルが紙屑?」 「銀行が閉鎖されるって書いてあるぞ!」


 沿道の市民がビラを拾い、パニックが伝染する。  人々が「俺の金を返せ!」と大通りに雪崩れ込んだ。 「どけ! 公務だぞ!」  追手の聖騎士たちは、怒り狂う市民の壁に阻まれ、急減速を余儀なくされる。犬ぞりはその隙間を縫うように走り抜ける。


欲望のバリケード(The Barrier of Greed)


 大通りが塞がれたため、アクスは犬たちを誘導し、スラム街の細い路地へと突っ込ませた。  壁ギリギリを高速で擦り抜けるスリル満点の滑走。犬たちは生き生きと障害物を避けていく。


「前方、検問! 槍兵がいるぞ!」  路地の出口を、飢えた目をした守備兵たちが塞いでいた。 「止まれ! 止まらんと犬ごと串刺しだ!」


「強行突破は危険です」アクスは即断し、ブレーキペダルを踏み込んで減速した。「ヴァレリウス閣下、積み荷の『本』と『酒』を投げてください!」 「あのエロ本か!? ええい、ままよ!」


 ヴァレリウスは荷台の木箱を蹴り倒した。  雪の上に散らばる、数千冊の**「木版刷りの小冊子」と、瓶詰めされた「蒸留酒」**。


 それは、帝国の地下印刷所で大量生産された娯楽小説だ。表紙には、聖主国の禁欲的な教えとは真逆の、豊かな肢体の聖女と勇者が描かれている。


「!! 酒だ! 本物の酒だ!」 「おいあれ見ろ! 噂の『騎士リリィ』の続きじゃないか!?」


 兵士たちの殺気が霧散した。  給料未払いで娯楽に飢えきっていた彼らにとって、それは金貨以上の輝きを放つ「宝の山」だった。犬たちが興味深そうにクンクンと鼻を鳴らす前で、人間の秩序が崩壊する。


「俺のだ! どけ!」 「3巻はどこだ!」


 兵士たちは槍を捨て、雪の上で取っ組み合いを始めた。  アクスは短く号令をかけた。「ハイク!!」  犬たちが再び力強く走り出し、欲望に塗れた兵士たちの横を滑り抜けていく。


最後の関所(The Last Gate)


 路地を抜け、ついに外壁の巨大な城門が見えた。  だが、門は固く閉ざされ、守備隊長と数十人の銃兵が待ち構えている。


 アクスは犬たちをなだめながら、ソリを横滑り(ドリフト)させて停止させた。  十数頭の犬たちが、ハァハァと白い息を吐きながら、大人しくお座りをする。その整然とした姿は、皮肉にも人間の兵士よりも規律正しかった。


 アクスは静かに告げる。 「隊長さん。街の騒ぎが聞こえますか?」  遠くから暴動の音が響いている。


「……貴様らが扇動したのか」 「事実を伝えただけです。ニッケルは暴落しました。あなた方が命がけで守っているこの国は、明日には給料を払えなくなります」


 隊長の顔が強張る。彼もまた、家族を抱え、数ヶ月無給で働いている一人だった。


「私を捕まえて、紙屑になる勲章をもらうか。  それとも……ここにある『退職金』を受け取って、家族を守るか」


 アクスは、荷台に残っていた最後の麻袋を蹴り落とした。  中から転がり出たのは、帝国の紋章が入った純度の高い**「缶詰」と、高価な「抗生物質(医療キット)」**の山だ。


「これらは、今の聖主国通貨の100倍の価値があります。  ……選びなさい。愛国心で餓死するか、これを持って家に帰るか。残り時間5秒」


 隊長の手が震える。後ろの部下たちは、すでに銃を下ろして缶詰を見つめている。  隊長は、ゆっくりと銃口を下げた。


「……犬を使った奇妙な集団が、制御不能で門を突破した。我々は避けるしかなかった。……そうだな?」 「ええ。野生動物の暴走は予測不可能です」


 ギギギ……と重い音を立てて、城門の扉が少しだけ開いた。  アクスは再び号令をかけ、その隙間へとソリを滑り込ませた。


国境の彼方へ(Mission Complete)


 聖都を脱出し、白銀の雪原を犬たちが軽快に駆けていく。  もはや追手はいない。聖都は今頃、金融パニックと暴動、そして娯楽への渇望で機能不全に陥っている。


 国境付近の森の陰に、帝国軍の旗が見えた。ヴォルフ率いる鉄騎兵団だ。


「……ふぅ。寿命が縮んだわ。まさか犬に命を預けることになるとは」  ヴァレリウスがソリの座席に深々と沈み込む。 「だが、恐ろしいな。聖都の精鋭たちが、あんな紙切れと砂糖で職務を放棄するとは」


 アクスは犬たちを労いながら答えた。 「人間は『意味(信仰)』だけでは生きられません。  抑圧された環境ほど、強烈な『娯楽』と『実利』は感染します。  ……あれは、我々が経済戦争の裏で仕込んだ、最強のウイルスです」


「くくく……」  隣で、老皇帝が肩を震わせていた。  彼の手には、脱出のドサクサでちゃっかり確保していた一冊の「薄い本(木版刷り)」があった。


「しかしアクスよ、この『勇者がハーレムを作る』という物語……妙に俗っぽくて面白いではないか。  聖王とやらは、これを禁止していたのか? 愚かな奴め」


 アクスは背後の聖都を見やった。 「ええ。独り占めしたかったのでしょう。  ……ですが、面白い物語コンテンツは、誰にも止められませんよ」


 雪原に残された無数の犬の足跡と、一本のソリの轍。  それは、神の国に刻まれた、消えない「人間臭さ」という名の傷跡だった。

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