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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました
最終章

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32/39

信用崩壊と嘲笑う神(システム・フラグメンテーション)

信用の蒸発(Credit Crunch)


 ベネツィア中央銀行の本店前は、怒号と悲鳴の坩堝るつぼと化していた。


金貨ゴールドだ! 紙屑じゃなくて金貨で返せ!」 「俺の老後の資金が……!」


 群衆が押し寄せ、鉄柵が悲鳴を上げて歪む。  ルカは窓からその光景を見下ろし、震える手で冷や汗を拭った。


「……どうしてこうなったんだ。ベネツィアの資産は健全だぞ。工場には最新の機械があるし、倉庫には在庫がある。帳簿上は黒字なんだ!」


 隣に立つギルド幹部が、絶望的な顔で首を振った。 「黒字でも、現金キャッシュがありません。ニッケル不足で工場が止まったせいで、『ベネツィアの手形はもう決済できない』という噂が流れたのです」


 信用収縮クレジット・クランチ。  アクスが築き上げた経済は、「明日も成長する」という信用によって、実体以上の通貨を循環させるシステムだった。  だが、その回転が止まった瞬間、人々は魔法から覚めた。  彼らは気づいてしまったのだ。「紙幣」はただの紙切れであり、本当に価値があるのは「金」や「食料」だけだという、古臭い現実に。


 ガシャン!  投石によって窓ガラスが割れた。  ルカは頭を抱えた。アクス様、あなたの作った最強のエンジンが、燃料切れで自壊しようとしています。


反近代の同盟(The Anti-Modern Alliance)


 同時刻。北の聖主国、首都聖都サン・クオーレ。  雪深い山頂にそびえる大聖堂の奥、「円卓の間」には、周辺諸国の王たちが集結していた。


 西の騎士国、南の穀物国、東の山岳小国。  彼らの顔には、共通して「恐怖」と「憎悪」が刻まれていた。


「帝国の鉄道は、我々の国境を無視して走り回っている!」  騎士国の王が拳を叩きつけた。 「我が国の誇り高き騎士たちが、あの黒い煙を吐く鉄の塊に怯えているのだ。剣の技など無意味だと言わんばかりに!」


「我が国もです」  穀物国の代表が呻くように言った。 「ベネツィアの安い綿製品が入ってきたせいで、村の織物職人が首を吊りました。……あの国は『便利さ』という毒で、我々の伝統と雇用を殺しに来ている」


 彼らが聖主国に集まったのは、信仰心からではない。  「近代化」という得体の知れない津波に対する、生存本能的な恐怖からだ。


「静粛に」


 凜とした声が響き、円卓が凍りついた。  奥のとばりが上がり、一人の少年が姿を現した。


 聖王ホーリー・ロード。  外見は10代半ばの美しい少年だが、その瞳だけが異様に老成していた。数百年の時を見つめてきたかのような、深淵の如き無機質な瞳。  彼は豪奢な法衣ではなく、奇妙に洗練された純白の衣(それは現代の医療用スーツにも見えた)を纏っていた。


「ようこそ、迷える子羊たちよ」  聖王は、玉座に深く腰掛けたまま、退屈そうに頬杖をついた。 「恐怖する必要はない。帝国が誇る『科学』とやらも、所詮は砂上の楼閣だ」


 彼は空中に指を走らせた。  すると、何もない空間に光の文字が浮かび上がり、帝国の現在の惨状――暴動と火災の映像――が映し出された。  王たちが「おお、奇跡だ……」と息を呑む。


「見なさい。あれが『進歩』の末路だ」  聖王は、モニターの光に照らされた顔で、冷ややかに微笑んだ。 「人間は賢くなりすぎてはいけない。便利さを求めれば求めるほど、その社会は複雑になり、脆くなる。……たった一つのニッケルがないだけで、彼らの誇りは瓦礫の山だ」


 彼は知っていた。サプライチェーンの弱点も、信用経済の脆さも。  まるで、遥か未来の失敗の歴史を見てきたかのように。


「私が世界を『管理』するのはそのためだ」  聖王は王たちを見下ろした。 「変化を望むな。停滞こそが幸福だ。私の庭で、私が許した道具だけを使って生きていれば、魂は安らかでいられる」


 王たちは平伏した。この少年こそが、暴走する時代を止めてくれる唯一の「管理者」だと信じて。  聖王は、その光景を冷めた目で見つめていた。  (……愚かなNPCたちだ。だが、これでいい。俺の快適な箱庭を、リセットさせられてたまるか)


復権する亡霊たち(Reactionary Forces)


 帝国の足元でも、黒い亀裂が広がっていた。  帝都の高級サロン。そこに集まったのは、アクスによって権限を奪われた旧貴族たちだった。


「聞いたか? ベネツィアの銀行が潰れるらしいぞ」 「ふん、ざまあみろだ。所詮は成金どもの遊びだったのだ」


 彼らは高笑いし、ワイングラスを掲げた。  彼らは「株」や「工場」は持っていない。だが、「土地」を持っていた。経済が混乱し、紙幣が信用を失えば、人々は最後に「食料を生む土地」にすがるしかない。


 そこへ、聖主国のスパイ――目立たない修道士姿の男――が囁くように言った。 「……閣下。時機は熟しました」 「うむ。皇帝が『謝罪の旅』に出た直後だな?」


「はい。聖王陛下は、あなた方の復権を支持しておられます。  帝都の門を封鎖し、食料を独占なさい。そして宣言するのです。『悪魔の機械を捨て、農地へ戻れ』と」


 それは単なるクーデターではない。時計の針を逆回転させる「反動リアクション」だった。  進歩についていけなかった者たちの、逆襲が始まろうとしていた。


売り浴びせの罠(Short Selling)


 出発前夜。帝城の地下、秘密の作戦室。  皇帝レオナルド三世は、目の前の男――アクスを見て、戦慄していた。


 国が滅びかけ、皇帝自身が敵国へ土下座しに行くというこの局面で、アクスの目は不気味なほど冷静に、青白く発光していたからだ。


「陛下。旅支度は済みましたか?」 「ああ……。だがアクス、本当にこれで勝てるのか? 余が泥にまみれている間に、国が乗っ取られるのではないか?」


「乗っ取らせるのです」  アクスは、一枚の巨大なチャート図を広げた。  それはベネツィア通貨と帝国国債の暴落を示すグラフだった。


「現在、市場はパニック売り(セリング・クライマックス)の状態です。  旧貴族や敵国の商人たちは、ここぞとばかりに帝国の資産を『空売り』しています」


「空売り……? 破滅に賭けているということか」


「はい。彼らは『帝国は終わる』という未来に全財産を賭けている。  ……ですから、その未来を裏切ってやればいい」


 アクスは、通信機のような小さな魔導具を指で弾いた。 「私は裏ルートを通じて、暴落した自国通貨と株を、底値で買い集めています。  陛下が聖都で時間を稼ぎ、私が『代替素材』を完成させた瞬間……この紙屑はプラチナに変わる」


 アクスはニヤリと笑った。それは商人の笑みではなく、獲物を罠にハメた狩人の笑みだった。 「敵が油断し、限界まで売りポジションを積み上げた時が、反転攻勢ショート・スクイーズの合図です。  ……聖王とやらが『停滞』を愛するなら、教えてあげましょう。市場において停滞とは、死と同義であることを」


 皇帝は、ゴクリと唾を飲み込んだ。  この男は、自分の敗北さえも投資の材料にしている。   「……わかった。余は最高の道化を演じよう。  行ってくるぞ、カノッサへ」


 翌朝。  みすぼらしい修道服に身を包んだ皇帝一行が、雪の舞う街道へと歩き出した。  背後では市民の罵声が飛び、窓からは旧貴族たちが嘲笑い、遠く北の空では聖王が見下ろしている。


 だが、誰も気づいていない。  この屈辱の行軍こそが、世界をひっくり返すための、壮大な「仕込み」であることに。

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