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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました
第3章

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新しい官僚たち(OS書き換え)

処理落ち(The Freeze)


 北の工業地帯が稼働し始め、帝国の経済規模が爆発的に膨れ上がった頃。  帝都の中枢、財務省は、静かなる「死」に瀕していた。


 深夜になっても明かりが消えない執務室。  山積みになった羊皮紙の前で、世襲貴族の徴税官たちが呆然と立ち尽くしている。


「……無理だ。計算が合わん」 「北部の関税収入だけで、昨年の国家予算を超えているだと? 桁を間違えているんじゃないのか?」


 彼らはそろばんを弾き直し、指を折って数えるが、目の前の数字――ベネツィア式複式簿記で記された、複雑怪奇な金の流れ――を処理できない。  彼らの脳(CPU)は、「麦の束を数える」ために最適化された中世のスペックしかない。  そこに、産業革命という名のスーパーコンピュータ級のデータ量が流し込まれたのだ。


 結果、行政機能はフリーズした。  港には荷揚げ許可を待つ船が溢れ、国境では関税計算待ちの馬車が数キロの列を作っている。  物理的なインフラは進化したが、それを運用するソフト(人間)が旧式すぎた。


 視察に訪れたアクスは、床に散乱した書類と、過労というよりパニックで倒れた老貴族を見て、冷徹に診断を下した。


「宰相閣下。システム障害の原因は明確です。  ハードウェアのスペック不足ではありません。**オペレーターの能力欠落スキル・ミスマッチ**です」


 ヴァレリウスは、頭を抱えていた。 「……分かっている。だが、貴族たちを全員クビにするわけにはいかん。彼らの『家柄』こそが帝国の秩序なのだ」


「秩序を守るために国を止めるのですか? 非効率です」  アクスは即答した。


「新しいOS(基本ソフト)をインストールしましょう。  私に時間をください。……三年です。  北の工場を作ったのと同じ期間で、この国の脳みそも作り変えてみせます」


インストール(Boot Camp)


 一ヶ月後。帝都の外れに、周囲を高い壁で囲まれた閉鎖的な施設が建設された。  看板には**『帝国行政大学』**とあるが、その実態は「教育機関」というよりは「人間加工工場」だった。


 集められたのは、全国から選抜された1,000人の若者たち。  商家の三男、貧しい村の秀才、没落貴族の息子。  共通点は二つ。「家柄がないこと」と「数字に強いこと」。


 入学式の日。アクスは壇上で、分厚い法典と簿記の教科書を積み上げた。


「諸君。これより三年間、君たちからは『感情』と『常識』を削除デリートします」


 アクスは宣言した。 「外出は禁止。私語も禁止。  朝6時から夜10時まで、ひたすら『論理ロジック』と『コード』と『計算アーキテクチャ』のみを脳に書き込みます。  ついて来られない者は即時退学(廃棄)。……卒業できるのは、半分もいないと思ってください」


 地獄の三年が始まった。  詩も、歴史も、神学も教えられない。  教えられるのは、「いかに効率的に税を徴収するか」「いかに法的に正しく特権階級を論破するか」という、実務的なアルゴリズムのみ。


 一年目で300人が脱落した。  二年目でさらに200人が精神を病んで去った。  そして三年目の冬。  生き残った450人の若者たちは、もはや「若者」の顔をしていなかった。  その瞳には、人間的な迷いが消え、代わりに冷徹な理性の光――システム管理者アドミニストレータの目が宿っていた。


バージョンアップ(System Update)


 三年後。  帝国の官庁街に、静かな異変が起きた。


 財務省の予算会議。  上席に座る老伯爵(局長)が、いつものように適当な丼勘定で予算を通そうとした時だ。


「……異議あり」


 手を挙げたのは、新任の主計官補佐――行政大学を首席で卒業した、元農民の息子だった。  彼は上司である伯爵に対し、分厚い資料を叩きつけた。


「局長。この予算案における『その他雑費』の比率は、過去の統計データから見て異常値アノマリーを示しています」


「な、なんだと!? 貴様、誰に向かって……わしは伯爵だぞ!」


「行政法第12条に基づき、あなたの決裁権限は**『凍結』**されました。以降の業務は、すべて私の承認スタンプが必要となります」


 老伯爵は震える手で若者に縋り付いた。 「ま、待ってくれ。わしにも家族がおる。多少の融通は……『温情』というものはないのか?」


 若者は、無表情で首を振った。 「温情? 定義されていない用語です。それはシステムにおける『ノイズ』であり、排除対象です」


 伯爵は衛兵に引きずり出された。  その光景を見ていた他の職員たちも、恐怖に震え上がった。この新しい官僚たちには、「話」が通じない。賄賂も、泣き落としも、昔ながらの人間関係も、すべて「エラー」として処理されるのだ。


歯車の熱狂と、こぼれ落ちる砂(Fanatics and Rejects)


 その年の建国記念日。  帝城の大広間は、かつての優雅な舞踏会ではなく、熱気溢れる「作戦会議室」の様相を呈していた。


 黒い詰め襟の制服を着た若き官僚たちが、グラスを片手に議論を戦わせている。  彼らの話題は、女でも芸術でもない。「鉄道網の敷設効率」と「次期主力小銃のコストダウン」についてだ。


「北部の輸送ロスを0.5%削減できたぞ」 「素晴らしい。浮いた予算で、国境要塞の壁をあと2メートル高くできる」 「すべては陛下のために! 帝国のために!」


 彼らは熱狂していた。  アクスに教え込まれた「論理」という武器を使って、巨大な国家を自分の手足のように動かせる快感。  家柄のない彼らにとって、帝国というシステムこそが、自己を証明する唯一の神となっていた。


 バルコニーの暗がりから、アクスとヴァレリウスがその光景を見下ろしていた。


「……三年か。よくぞここまで育てたものだ」  ヴァレリウスは、眼下の若者たちを、愛おしそうに眺めた。 「彼らには迷いがない。家のしがらみも、古い因習もない。ただひたすらに、国を富ませ、強くすることだけに特化した『純粋な機能』だ」


「はい。システム出力は定格の200%を記録しています」  アクスは淡々と報告した。 「ですが……彼らは少し、過剰適応オーバーフィッティング気味です」


 アクスは一枚のレポートをヴァレリウスに渡した。  それは、輝かしい経済成長グラフの裏にある、暗いデータだった。


【帝都精神衛生報告書】


失職者数: 過去最多。旧式の職人、役人が次々と職を失い、再就職できていない。


自殺率: 前年比15%増。


失踪者: 「北へ行く」と言い残して消える者が急増中。


「効率化の速度に、人間ハードウェアがついていけていません。  はじき出された『不適合者』たちが、社会の底に沈殿し始めています」


 ヴァレリウスは、レポートを一瞥して鼻で笑った。


「構わん。脱落者は置いていく。  アクスよ、ブレーキなど要らん。彼らが作った道路は軍を運ぶためにあり、彼らが貯めた金は火薬を買うためにある。  ……貴様が三年かけて研ぎ上げたこの『剃刀』たち、私が存分に使わせてもらう」


 階下では、誰かの音頭で乾杯が行われていた。 「帝国に栄光あれ(グロリア・インペリウム)!!」


 その声は、かつてのような儀礼的なものではない。  論理で武装した狂信者たちの、腹の底からの咆哮だった。


 アクスは無言でグラスを傾けた。  ふと、窓の外を見る。  帝都の路地裏には、職を失い、新しいシステムの言葉ロジックを話せない老人たちが、寒さに震えてうずくまっていた。  その一人が、北の空を見上げ、何やら祈りの言葉を呟いているのが見えた。


 ――神よ。我らを救い給え。


 効率化された世界からこぼれ落ちた者たちがすがる先は、もはやこの国にはない。  その祈りは、遠く北の地にある「聖主国」へと向かっていた。


 夜明け前。  眠ることを忘れた官庁街の窓には、青白いガス灯が灯り続けている。  それは理性の光であり、同時に、人間を「機能」としてしか見ない時代の、冷酷な監視の目でもあった。

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