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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました
第3章

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パケット・インスペクション(検閲なき監視)

カナリアの罠  帝国の血管とも言うべき「ベネツィア郵便ポステ・ベネツィア」が開通して三ヶ月。赤い馬車は今日も帝都の石畳を軽快に駆け抜けていく。  だが、その心臓部である中央集配局の地下には、光の届かない部屋があった。


 宰相ヴァレリウスは、アクスに呼び出され、その「黒い部屋ブラック・チェンバー」に立っていた。  テーブルの上には、一通の手紙が置かれている。封蝋は切られていない。


「……アクスよ。これは私が、先週部下に書かせた手紙だな?」  ヴァレリウスは、探るような目でアクスを見た。  実は、これは罠だった。ヴァレリウスは、アクスが本当に情報を抜いているのか試すため、架空の「皇帝暗殺計画」を仄めかす偽手紙を、身内の部下宛てに送らせたのだ。


「はい。宛先不明エラーとして処理しました」  アクスは平然と答えた。 「宰相閣下。あなたの部下である騎士団長の筆跡にしては、筆圧が弱く、インクの乾き具合も不自然でした。また、通常この二人の間でやり取りされる通信頻度トラフィックから逸脱したタイミングでの発信でした」


「……中身は読んだのか?」 「いいえ。読む必要はありません。  『ヘッダー情報(宛先、差出人、日時)』と『属性(筆跡、紙質)』の不整合だけで、これが偽造パケットであることは明白でしたから」


 ヴァレリウスは背筋が寒くなるのを感じた。  アクスは封を開けてすらいない。ただ、外側の情報メタデータだけで、これが「演習用の偽情報」であることを看破し、配達を止めたのだ。


「……恐ろしいな。貴様には、封筒の中身よりも、封筒そのものが雄弁に語るというわけか」


メタデータの告発 「本題に入りましょう」  アクスは、さらに数枚の書類――通信記録のグラフ(チャート)を提示した。


「西部の有力諸侯、ガストン男爵。……彼の通信パターンに、異常なスパイク(突出)を検知しました」


 グラフには、ここ数週間で急増した通信記録が記されていた。 「彼は普段、月に一度しか手紙を書かない筆不精です。ですが、この十日間で、特定の『武器商人』と『傭兵団の頭領』宛てに、計四十二回もの急使を走らせています」


 ヴァレリウスが眉をひそめる。 「……武器と傭兵か。だが、ただの領地警備の強化かもしれんぞ。中身を見なければ断定はできん」


「断定は不要です。確率プロバビリティの問題です」  アクスは冷徹に告げた。 「平時に、これだけの頻度で軍事関係者と通信を行い、かつその直後に自身の銀行口座から巨額の資金が移動している。……この行動パターンが『謀反』以外である確率は、0.002%未満です」


 アクスは、ガストン男爵が昨日出したばかりの、分厚い封書をテーブルに置いた。 「これは、隣国のランティア王に宛てた親書です。……通しますか? それとも、ここで止めますか(ドロップしますか)?」


 まだ封は開けられていない。  だが、状況証拠は真っ黒だ。


誤検知(False Positive)の涙  ヴァレリウスは、手紙に手を伸ばそうとして、ふと横にある「保留箱」に目が留まった。  そこには、ガストン男爵のものとは違う、香水の匂いがする手紙が無造作に放り込まれていた。


「……これはなんだ」 「ああ、それは誤検知フォールス・ポジティブです」  アクスは興味なさげに答えた。 「ある商人の妻が愛人に宛てた手紙のようですが、『私の胸は焦がれる炎』『今すぐ城を抜け出して』といった比喩表現が多用されていたため、担当者が『放火および逃亡の暗号文』と誤認してフラグを立てました」


「……なんだと?」  ヴァレリウスは愕然とした。 「では、この女の手紙は、担当者の判断ミスで、恋人の元へ届かなかったのか?」


「はい。紛らわしい表現を使うのが悪いのです。全体のセキュリティ維持のためには、疑わしきは隔離クアランティンするのが基本ですから」 「貴様……人の心をなんだと思っている! たかが担当者の都合で、無実の民の想いを握り潰したのか!」


「一万通に一通の誤差です。許容範囲内アクセプタブル・リスクでしょう」  アクスは眉一つ動かさない。 「それとも閣下。この女の恋路を守るために、検閲フィルターを解除しますか? そうすれば、ガストン男爵の謀反通信も、誰にも気づかれずに国境を越えますが」


 二者択一。  個人の尊厳か、国家の安全か。  アクスは、その残酷な天秤をヴァレリウスの前に差し出したのだ。


共犯者の捺印  重苦しい沈黙が、地下室を支配した。  ヴァレリウスは、震える手で「誤検知」された恋文を撫で、それから目を閉じて、それをゴミ箱へと放り込んだ。


「……捨て置け」  苦渋の声だった。 「大義の前には、小事の犠牲はやむを得ん」


 そして彼は、ガストン男爵の封書を手に取った。  帝国の法では、信書の開封は重大な罪だ。たとえ宰相であっても、明確な証拠なしに貴族の手紙を開くことは許されない。  だが、今ここで開かなければ、一ヶ月後に内戦が起き、数万人が死ぬ。


「……アクスよ。貴様は『見ていない』のだな?」 「はい。私はただ、通信エラーの報告をしただけです。その手紙を開封し、中身を確認する権限(ルート権限)は、管理者のあなたにしかありません」


 アクスは責任を回避した。あくまで「道具」に徹する構えだ。  ヴァレリウスは自嘲気味に笑った。 「……ずるい男だ。汚れ仕事は人間にやらせるか」


 バリッ。  乾いた音が響き、封蝋が砕かれた。  中から現れたのは、詳細な「帝都進撃計画」と、隣国への「領土割譲の約束」が記された密約書だった。


「……黒だ」  ヴァレリウスの声には、安堵と、決定的な一線を超えた者の虚無感が混じっていた。


エピローグ:見えない檻  翌日、ガストン男爵は捕らえられた。  理由は「不審な金銭移動の調査」という名目だったが、尋問の末に謀反を自白した。帝国の平和は守られた。


 執務室にて。  ヴァレリウスは、窓の外を行く赤い郵便馬車を見下ろしていた。  市民たちは、その馬車が自分たちの言葉を運んでくれる「自由の翼」だと信じている。だが、ヴァレリウスだけは知っている。それが、一挙手一投足を監視する「見えない檻」であることを。


「……アクス」  背後に立つアクスに、ヴァレリウスは背を向けたまま命じた。


「今後も、ネットワークの『保守点検』を励行せよ。……異常なパケットがあれば、私の机に回せ」 「了解コピー。……最適化を続行します」


 アクスが去った後、ヴァレリウスは引き出しの奥から、一本の鍵を取り出した。  それは、アクスから渡された「黒い部屋」の合鍵だ。


「……私は今日、国を救った。だが、その代償に魂の一部を悪魔に切り売りしたな」


 ヴァレリウスは鍵を握りしめた。その冷たい金属の感触は、アクスというシステムの一部になったかのような、不快で、しかし頼もしい重みを持っていた。  赤い馬車が、蹄の音を響かせて走り去る。  その音は、もはや希望の響きではなく、帝国全土を締め上げる鎖の音のように、ヴァレリウスの耳には聞こえていた。

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