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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました
第1章

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損益分岐点の攻防(ゼロサム・ゲーム)

 監査補の席を得て三日目。最初のエラー(トラブル)が発生した。  市場の巡回中、アクスは「ルカ・デル・ポルトが捕縛された」という報せを受けた。  容疑は「塩の密輸」。


[解析] 対象=ルカ(現地協力者/ガイド)。 状況=拘束。 予測=拷問による自白強要、およびアクスの関与の捏造。 [結論]敵対勢力による、アクスの「手足」をもぎ取るための攻撃。


 アクスは即座に城の地下牢へと向かった。  足早に歩きながら、コスト計算を行う。  ルカを見捨てる選択肢はあるか?  イエス。代わりのガイドを雇えばいい。  だが、現在のアクスは「監視付き」の身だ。新しい協力者を見つけ、信頼関係プロトコルを再構築するには、推定120時間を要する。  対して、ルカを救出するコストは?


「……計算しましょう」


***


 地下牢の空気は、湿気とカビ、そして古い血の臭いで淀んでいた。  鉄格子の向こうで、ルカがぐったりと座り込んでいる。頬が腫れ、唇が切れている。尋問という名の暴行がすでに行われた後だ。


「よお、監査補様」  机に足を乗せていた牢番長ゴメスが、下卑た笑いを浮かべた。  ゴメスは、以前から港の荷抜き(横領)で噂のある男だ。今回の逮捕も、彼が主導したのだろう。


「お友達が大変だな。鞄から『密輸塩』が出てきたぜ」  ゴメスは証拠品とされる袋を放り投げた。 「罪は重いぞ。……だがまあ、罰金で許してやれんこともない。銀貨五百枚だ」


 あからさまな賄賂要求。  五百枚。アクスが現在動かせる資金の十倍以上だ。払えるわけがないことを知って吹っかけている。


「払えなければ?」 「鞭打ち五十回の上、鉱山送りだ。……お前が『俺がやらせました』と証言すれば、少しは軽くしてやるが?」


 狙いは明白だ。ルカを人質に、アクスを失脚させること。  アクスは表情を変えずに、ゴメスの手元にある分厚い帳簿――「押収品リスト」を指差した。


「取引を提案します、ゴメス牢番長」 「ああん? 金がねえなら帰れ」 「金はありません。ですが、私は『監査補』です。……あなたの業務を監査する権限を持っています」


 アクスは鉄格子の前に歩み寄り、冷徹に言った。 「ルカの鞄に入っていた塩は、およそ2キログラムですね」 「……だから何だ」 「先月、あなたが捕らえた密輸船の記録を見ました。押収された塩は『100袋』と記録されています。……ですが、港湾クレーンの使用記録ログと照合すると、重量ベースで『120袋分』の負荷がかかっている」


 ゴメスの眉がピクリと動いた。 「……何が言いたい」


「消えた20袋。どこへ行きましたか?」  アクスは続ける。 「塩だけではありません。先週の没収ワイン、先々月の干し肉。……押収記録と、実際の在庫に、常に『2割の誤差』がある。あなたが裏ルートで換金し、懐に入れている分ですね?」


 ゴメスが立ち上がり、剣の柄に手をかけた。顔が赤い。 「……貴様、適当なことを言うと、ただじゃ済まさんぞ」 「適当ではありません。計算です」


 アクスは懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。  そこには、アクスがこの三日間、夜を徹して分析した「港湾局の全押収データ」と「闇市場の流通量」の相関グラフが描かれていた。  言い逃れのできない、横領の証拠ログ


「プランA:私はこの足でヴォルフ軍務伯の元へ行き、このレポートを提出します。あなたは横領の罪で首を吊ることになる」  アクスはゴメスの目を見据えた。 「プランB:あなたは今すぐ、ルカの所持品を再検査する。すると不思議なことに、塩だと思っていた粉はただの『砂』だったことが判明する。……誤認逮捕です。あなたは彼を釈放し、私はこのレポートを破棄する」


 ゴメスの額に脂汗が滲む。  彼はアクスを睨みつけた。殺意がある。だが、ここでアクスを殺せば、それこそヴォルフ軍務伯が黙っていない。アクスはすでに評議会に席を持つ「公人」なのだ。


「……脅すつもりか、若造が」 「いいえ。損益分岐点の提示です」  アクスは淡々と告げた。 「ルカ一人の命と、あなたの首。……どちらがコストが高いですか?」


 長い沈黙。  地下牢の重い空気が、ギリギリと音を立てる。  やがて、ゴメスは忌々しげに舌打ちをし、鍵束を投げた。


「……連れて行け。二度と俺の前に顔を見せるな」


***


 城門を出たところで、ルカは膝から崩れ落ちた。  アクスは肩を貸さず、ただ立って見下ろしていた。


「……アクス、お前」  ルカは腫れた口で、何とか言葉を紡ぐ。 「俺のために、あんな危ない橋を……。あいつは本気で俺たちを殺す気だったぞ」 「訂正します。危険はありませんでした。彼の保身欲求(リスク回避)は98%と予測されていたため、論理的に最も安全な交渉でした」


 アクスは歩き出した。 「それに、新しいガイドを雇って教育するには、最低でも120時間かかります。あなたを回収する方が、コストパフォーマンスが良い」


 ルカは呆気に取られ、それから乾いた笑い声を上げた。 「……ははっ。コスト、かよ。俺は安上がりな道具ってわけか」 「はい。現時点では」  アクスは振り返らずに言った。 「ですが、代わりの効かない道具ユニーク・アイテムになりつつあります。……メンテナンスは私がしますので、壊れないでください」


 それは、人間的な「友情」とは程遠い言葉だった。  だが、ルカは泥だらけの顔を袖で拭い、立ち上がった。 「……上等だ。使い潰せるもんならやってみろよ、相棒」


 感情のない計算機と、利己的な人間。  その間に生まれたのは、温かな絆ではなく、冷徹だが強固な「相互依存リンク」だった。


[ログ更新] 変数『信頼』の定義を修正。 信頼とは、好意ではない。 「相手が裏切った時の損失が、裏切る利益を上回る状態」を指す。 ――現在、リンク状態:安定。


 アクスは、夕陽に染まる街を見渡した。  横領、賄賂、捏造。  この社会のバグは根深い。だが、そのバグを利用して脅せば、道は開ける。  彼はまた一つ、この世界の「攻略法」を学習していた。

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