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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました
第3章

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規格の独占(ベンダーロックイン)

噛み合わない歯車  北の工業地帯シュヴァルツ・インダストリアルが稼働し始めてから半年。  帝国の市場は、「黒い鉄」の洪水に飲み込まれていた。  安くて高品質なベネツィア製の農具や鍋が出回り、帝国の鍛冶屋たちは廃業に追い込まれている。


 帝都、近衛軍兵器廠。  ヴァレリウス宰相は、脂汗を流す技術将校たちを見下ろしていた。


「……まだできんのか。たかが大砲の車輪ひとつだぞ」


 帝国軍は、輸入したベネツィア製の大砲を分解・模倣リバースエンジニアリングし、国産化しようと試みていた。だが、作業は頓挫していた。


「申し訳ありません、閣下。形は真似できるのですが……部品が『合わない』のです」


 技術長官が、悲鳴のような声を上げる。 「ベネツィアの部品は、すべてが恐ろしいほど同じ寸法で出来ています。Aの大砲の車輪を外して、Bの大砲に付けても回ります。  ですが、我々の職人が作った部品は、手癖で微妙に大きさが違うため、Aには入ってもBには入りません」


「職人の腕が悪いのか?」


「いいえ。……『定規』が違うのです」  長官は、一本のボルトを見せた。 「このネジ山の溝の間隔ピッチ。これが、帝国のどの定規にも当てはまらない。  我々が手作業で似たようなネジを作っても、ベネツィア製のナットには噛み合わず、無理にねじ込めば破断します」


 ヴァレリウスは、その冷たく光るボルトを手に取った。  精緻な螺旋。それは職人の勘ではなく、冷徹な数学によって刻まれた工業製品だった。


(……なるほど。アクスめ、単に物を売っているのではないな)


 ヴァレリウスは瞬時に理解した。  大砲を買わせたいのではない。**「修理部品を永遠に買い続けさせる」**つもりなのだ。  一度この規格を取り入れれば、帝国軍はネジ一本に至るまで、ベネツィアに首根っこを掴まれることになる。


メートル原器の独裁  数日後。帝都の建設現場。  ベネツィア製の蒸気クレーンが唸りを上げ、巨大な鉄橋の建設が進んでいた。


 視察に訪れたヴァレリウスを、アクスが出迎えた。  アクスは、現場事務所の机に置かれた、一本の白く輝く金属棒を指差した。


「ご紹介しましょう、宰相閣下。これが新しい王です」


「……ただの棒に見えるが」


「**『メートル原器』のレプリカです。  今後、この現場および帝国に納入される全ての工業製品は、この棒の長さを基準とした『ベネツィア工業規格(VIS)』**に基づいて生産されます」


 アクスは淡々と宣言した。 「ネジのピッチ、鉄板の厚み、レンガの寸法。すべてこの規格で統一します。  それに従わない帝国の鍛冶屋の製品は、我が社の部品と噛み合わないため、市場から排除ロックアウトされます」


 ヴァレリウスは、わざとらしく顔をしかめてみせた。 「横暴だな、アクス。  帝国には帝国の『尺』がある。地方ごとに伝統ある『親方の肘の長さ』や『大麦の粒の大きさ』を基準とした単位があるのだ。  それを無視して、貴様の作った棒切れに従えと言うのか? それは文化の破壊だ」


「それを**『文明化シビライゼーション』**と呼びます」


 アクスは一歩も引かなかった。 「バラバラの基準は非効率の極みです。  あなた方は、不便な自由ローカル・ルールを捨てて、便利な依存グローバル・スタンダードを選ぶしかない。  ……見てください、あの橋を」


 アクスは建設中の鉄橋を指差した。 「あの橋のボルト一本が壊れた時、帝国の鍛冶屋には直せません。規格が違うからです。  直したければ、私の工場から純正部品を買うしかない。  ……もう二度と、我々から離れることはできませんよ」


 ヴァレリウスは、鉄の檻のように組み上がる橋を見上げた。  完全な依存。技術的な隷属。  アクスは勝利を確信しているようだった。


「……よかろう」  ヴァレリウスは、苦渋の表情で頷いた。 「便利さには勝てん。軍の装備も、公共事業も、すべて貴様の規格を採用しよう。  ……我々は、貴様の作った箱庭の中で生きるしかないようだ」


統一という名の果実  帰路の馬車の中。  ヴァレリウスの表情から、苦渋の色は消え失せていた。  代わりに、彼の膝の上には、アクスから譲り受けた「メートル原器」のレプリカが置かれていた。


「……閣下、悔しくはありませんか?」  同乗していた技術長官が、唇を噛んで言った。 「あんな他国の定規を押し付けられて……。これでは、帝国の職人たちは全滅です」


「愚か者め」  ヴァレリウスは、愛おしそうに金属棒を撫でた。 「これは『他国の定規』ではない。これからの**『帝国の定規』**だ」


 ヴァレリウスは窓の外、広大な帝国の領土を見渡した。


「知っているか? 私は過去に三度、帝国の度量衡を統一しようとして失敗した。  東の領主は『俺の足の長さが基準だ』と言い、西の商人は『昔からのますしか使わん』と抵抗したからだ。  国が広すぎるゆえに、言葉も単位もバラバラ……それが帝国の弱点だった」


 ヴァレリウスは、不敵に笑った。


「だが、アクスがやってくれた。  奴が圧倒的な安さと品質という暴力で、頑固な地方の鍛冶屋や領主たちをねじ伏せ、この『メートル』という統一規格を隅々まで行き渡らせてくれる。  私が手を汚すことも、恨まれることもなく、帝国のインフラが統一されるのだ」


「し、しかし……それでは部品の供給をベネツィアに握られたままです!」


「今はな」  ヴァレリウスの声が低くなる。 「だが、規格が統一されてしまえば、それを学ぶのは容易だ。  職人たちに、この『メートル』を徹底的に叩き込め。ベネツィアの製品を模倣し、同じ規格のねじを作れるようになれ。  ……奴らが普及させたインフラの上で、奴らと同じものを作れるようになった時、もはやベネツィアに頼る必要はなくなる」


 ヴァレリウスは、白く輝く棒を握りしめた。


「アクスは『ロックイン(囲い込み)』したつもりだろう。  だが、囲いの中が一つにまとまれば、それは強固な岩盤となる。  ……礼を言うぞ、アクス。貴様は私の代わりに、この巨大な帝国を『一つの形』に鋳造し直してくれているのだ」


 アクスは「自社製品への依存」を目的とした。  ヴァレリウスは「国家の統一」という視点でそれを利用した。


 鉄橋の建設音は続く。  それはアクスにとっての「支配の音」であり、ヴァレリウスにとっては「帝国再編の槌音つちおと」でもあった。クレーンの排気音が、帝都の空に勝利のファンファーレのように響き渡っていた。

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