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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました
第3章

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エピローグ:黄金の鎖

1. 皇帝の朝食

 帝都の冬は寒い。だが、今年の冬は、帝城の暖炉には惜しげもなく薪がくべられ、食卓には湯気の立つ白パンと、脂の乗った肉が並んでいた。  つい数ヶ月前まで、餓死寸前だったことが嘘のような豊かさだ。


 若き皇帝、レオナルド三世は、銀のナイフでパンを切り分けながら、傍らに控える宰相に問いかけた。


「……ヴァレリウスよ。このパンは美味いな」 「はい、陛下。ベネツィアの船が南方の彼方より運んできた、最高級の麦でございます」 「民も、これを食っているのか?」 「はい。帝都の隅々まで行き渡っております。飢える者は一人もおりません」


 皇帝は満足げに頷き、そしてふと、手元の銀食器の刻印に目を留めた。  そこには、帝国の双頭の鷲ではなく、天秤を掲げた獅子の紋章――ベネツィア、リアルト銀行の刻印が打たれていた。  食器だけではない。燭台も、タペストリーも、そして皇帝が羽織っているガウンの留め具さえも。  城内の調度品はすべて、借金の担保として「資産登録」され、管理タグが付けられていた。


「……美味いパンだ。だが、このパンを噛むたびに、余は奇妙な味がするのだ」


 皇帝は、パンを皿に戻した。


「まるで、黄金で作られた首輪を嵌められて、飼い葉を食わされているような味がな」


 ヴァレリウスは、表情を変えずに深く頭を下げた。


「……陛下。首輪のない自由な飢餓と、首輪のある満ち足りた隷属。……民が選んだのは、後者でございました」 「余も選んだではないか。その契約書に玉璽ぎょくじを押したのは、余だ」


 皇帝は自嘲気味に笑った。  窓の外を見下ろせば、再建された帝都の市場が賑わっている。  だが、そこで飛び交っているのは「帝国銀貨」ではない。アクスが発行した「紙幣」だ。  帝国の役人たちは、ベネツィアから派遣された監査官の顔色を窺いながら仕事をしている。  剣による支配は終わった。  代わりに、帳簿と数字による、静寂で冷徹な支配が始まっていた。


「ヴァレリウスよ。余はまだ、皇帝か?」 「はい、陛下。貴方様はこの国の象徴であり、父でございます」


 ヴァレリウスは、残酷な真実を付け加えた。


「ただし、家の財布(家計)を握っているのは、隣家の管理人アクスですが」


2. 観測者のログ

 ベネツィア、時計塔の最上階。  アクスは、夕暮れのアドリア海を見下ろしていた。  眼下には、彼が再設計リデザインした都市が広がっている。  難民居住区は整然とした工業地帯となり、アルセナーレからは規格化された商船が次々と出港していく。  市場には活気が溢れ、犯罪発生率は著しく低下した。


 完璧なシステム。  バグのない世界。


[システム・レポート]  フェーズ1:地域経済圏の確立……完了(Complete)。  フェーズ2:周辺国家の経済的併合……完了(Complete)。  現在ステータス:安定(Stable)。


 アクスは、空中に浮かぶ仮想ウィンドウ(彼にしか見えない視界ログ)を操作した。  帝国のパラメータは、すべてグリーンの「正常値」を示している。  飢餓ゼロ。紛争ゼロ。  論理的には、これ以上の「最適解」は存在しない。


 だが。  アクスは胸元の誓印に手を触れた。  そこには、かつて彼をこの世界に召喚した「観測者」からの問いかけが、微熱のように残っていた。


『人間を理解できたか?』


「……いいえ。まだです」


 アクスは風に向かって呟いた。


「私は彼らの『胃袋』を満たし、『安全』を提供しました。彼らは満足しています。  ですが、彼らの目から『光』が消えつつあるのは、なぜでしょうか」


 ムラーノ島のガラス職人たち。  アルセナーレの船大工たち。  そして、帝国の民衆たち。  彼らは豊かになった。だが同時に、何かに怯えるように、あるいは何かを諦めたように、淡々と「割り当てられた役割タスク」をこなすようになった。


 効率化された世界では、「迷い」や「挑戦」、「無駄な情熱」はノイズとして排除される。  だが、人間という生物の輝きは、その「ノイズ」の中にこそあったのではないか。


[仮説]  過度な最適化は、人間の「精神的生存本能(魂)」を減衰させる可能性がある。  システムに飼い慣らされた人間は、やがて思考を停止し、ただの「入出力端末(I/Oデバイス)」へと劣化する。


「……次のデバッグ対象は、もっと深い領域レイヤーかもしれません」


 アクスは視線を北へ向けた。  帝国のさらに北。雪深い山脈の向こう。  そこには、帝国の権威さえ及ばない、大陸最大の精神的支柱――「聖教国」がある。  かつてエピソード11で対立したイグナティウス枢機卿の本拠地。  「信仰」という、非合理の極みにあるOSが支配する場所。


物質ハードウェアの問題は解決しました。  次は、精神ソフトウェアのバグを修正しに行きましょう」


 アクスは、欄干に止まった一羽の白い鳩を見つめた。  鳩はアクスを一瞥し、自由な空へと飛び去っていった。


 その翼の軌跡は、計算式では予測できない美しい曲線を描いていた。


「……人間とは、不可解で、非効率で、愛おしいバグですね」


 アクスは微かに口元を緩め、時計塔を降りた。  広場では、ルカやミラ、ヴォルフたちが、戦勝記念の宴の準備をして待っている。  計算機には不要な「祝杯」という儀式。  だが、今夜だけは、その非効率なループ処理に付き合うのも悪くない。


システム稼働時間:365日。  再起動リブートまで――スタンバイ。

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