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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました
第3章

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羊は人を食い、人は海を渡る(ロードバランシング)

1. 羊が人を食う


 帝国の北西部。かつては黄金色の麦畑だった丘陵地帯に、異様な光景が広がっていた。  見渡す限りの柵。そして、その中を埋め尽くす白い羊の群れ。メエメエという鳴き声が、かつてそこで暮らしていた人々の営みの音を塗りつぶしていた。


 領主の館で、ヴァレリウス宰相は窓の外を眺めていた。 「……羊毛の価格は、昨年の三倍か」 「はっ。アクス殿の工場が稼働し、紡績機械が動けば、さらに需要は伸びるでしょう」  地元の領主が揉み手をする。彼は機嫌が良かった。手間のかかる小作人を追い出し、羊を飼うだけで、莫大な富が転がり込んでくるのだから。


 ヴァレリウスは、館の門前に群がる薄汚れた一団――土地を追われた元農民たちを見下ろした。  彼らは叫んでいた。「先祖代々の土地を返せ」「俺たちはどこへ行けばいいんだ」。


「哀れなものだな」  ヴァレリウスの声には、慈悲ではなく、冷徹な計算だけがあった。 「羊が人を食う(シープ・イーツ・マン)。……産業構造が変われば、不要な人間ゴミデータが出るのは必然だ」


 帝国の近代化には、羊毛が必要だ。だが、土地を失った数十万の農民は、帝都へ向かえば暴動の火種になる。  処理せねばならない。この「産業廃棄物」を。


 ヴァレリウスは、領主に命じた。 「餞別だ。あの『赤銀貨』をくれてやれ。……腐った金貨には、腐った土地がお似合いだろう?」 「へ? あの、鉛だらけの悪貨ですか?」 「そうだ。国庫に唸るほどあるゴミだ。それをくれてやり、南へ行けと囁くのだ」


 宰相は、南の空――潟湖ラグーンの街の方角を指差した。 「あそこには、『来る者拒まず』の慈悲深い領主様がいるとな」


2. 奔流とパンク(DDoS攻撃)


 一ヶ月後。  潟湖の街の国境検問所は、物理的な限界クリティカルを迎えていた。


 地鳴りのような音が響いている。それは足音であり、怒号であり、そして絶望の呻きだった。 「入れてくれ! 仕事があるって聞いたんだ!」 「銀貨なら持ってる! パンをくれ!」 「開けろ! 叩き割るぞ!」


 人の波。その数、十万。  彼らは戦災難民ではない。「失業難民」だ。ヴァレリウスの政策によって弾き出された彼らは、なけなしの「赤銀貨」を握りしめ、雪崩のように押し寄せてきた。  検問所の木の柵がミシミシと悲鳴を上げる。最前列の人間が押し潰され、その上を後続の人間が乗り越えようとする。まさに、サーバーを物理的に破壊しに来た過剰アクセス(DDoS攻撃)そのものだった。


 ヴォルフ軍務伯が、血相を変えてアクスのもとへ駆け込む。 「アクス! もう限界だ! 門を閉めろ! これ以上入れたら、街が破裂するぞ!」


 アクスは、執務室で市場のデータを見ていた。  モニター(帳簿の集計グラフ)が異常を示している。パンの価格推移を示すラインが、断崖絶壁のように垂直に跳ね上がっていた。


「……酷いパケット詰まりですね」


(解析:システム負荷、限界突破。  要因1:人口爆発による需要超過。  要因2:大量の『悪貨』流入による通貨価値の希釈化)


 難民たちが持ち込んだ大量の「赤銀貨」。帝国が捨てたゴミ金貨が、この街の市場に汚水のように流れ込んでいる。  商人は価値のない銀貨を掴まされるのを恐れ、商品の値段を吊り上げる。結果、真面目に働いている市民までパンが買えなくなる。


 悪貨と、過剰な人間。  ヴァレリウスは、軍隊を使わずして、この街の経済を「飽和攻撃」で圧殺しようとしていた。


「……計算高い方だ。ゴミ処理と経済攻撃を同時に行うとは」  アクスは立ち上がった。 「ヴォルフ様。物理的な壁は無意味です。圧力が高まるだけだ。……『濾過装置フィルター』を通します」


3. 国境の選別所


 翌日。国境の橋は封鎖され、巨大な「入国管理センター」が設置された。  アクスは拡声の魔道具を使い、群衆に告げた。


「入国を希望する者は、所持している『帝国銀貨』をすべて提示してください」


 難民たちが喜んで銀貨を差し出す。「これで入れるのか!」  だが、窓口の係員は、まるで汚物を見るような目でコインを秤に乗せた。 「はい、赤銀貨百枚。……鉛の含有量を差し引いて、こちらの『居住区チケット』五十枚と交換します」


「はあ!? 半分じゃねえか!」  男が叫ぶ。 「ふざけるな! これじゃ家族三人、一週間も食えねえぞ!」 「嫌ならお引き取りを。次は後ろの方です」  係員は事務的に告げ、男を押しのけた。    【フィルタ1:通貨洗浄】  アクスは、汚染された血液(悪貨)を入り口で遮断した。実質価値(鉛の値段)で買い叩くことで、都市内のインフレを強制的に停止させたのだ。


 次に、さらに残酷な「人間の選別」が始まった。 「次! 名前と職歴を言え! 計算はできるか?」


 【フィルタ2:人材選別】  アクスは冷徹に彼らを三つのカテゴリに分けた。


 箱A:読み書きができる者、職人経験者。→「市民候補」として市街地へ。  箱B:体力のある若者。→「埋め立て部隊」として、海を埋めて土地を作る現場へ。


 そして、最も多い「箱C」。  何のスキルもなく、体力も衰えた老人や、乳飲み子を抱えた母親たち。都市の生産性に寄与しない「余剰データ」。


「……お待ちください! 私はどうなるんですか!」  赤ん坊を抱いた母親がすがりつく。 「夫は『箱B』に行きました! 私とこの子は……!」


 アクスは、感情のない瞳で彼女を見下ろし、地図上の別の点を指差した。


「この街のサーバーは満員フルです。これ以上の接続はできません」 「そ、そんな……見捨てるのですか!」 「いいえ。リダイレクト(転送)します。……我々の『提携都市』になら、空きリソースがあります」


4. 人間輸出ネットワーク(ロードバランシング)


 アクスが指差したのは、先日経済的に支配下に置いた「カマチョ港」や、南方のサトウキビ農園を持つ島々だった。


「カマチョでは、荷運びの人手が不足しています。南の島では、農園の働き手を求めています。……行きますか? それとも帝国に戻って野垂れ死にますか?」


 選択の余地はなかった。  難民たちは泣く泣く、しかし「仕事があるなら」と、家族と引き裂かれながら、アクスの用意した輸送船に乗り込んだ。


 負荷分散ロードバランシング。  一箇所に集中するアクセスを、ネットワーク上の他のサーバーへ振り分ける技術。  これにより、ラグーンの街はパンクを回避し、同時に提携都市(カマチョ等)は安価な労働力を得て経済が活性化する。  さらに、アクスは「人材斡旋手数料」を各都市から徴収する。


 港を出ていく船を見送りながら、ミラが青ざめた顔で自嘲気味に呟いた。 「……まるで人買いね。私たち、あの子たちを売って手数料を稼いでる」 「いいえ。人材派遣業(HRサービス)です」  アクスは訂正した。 「彼らは死なずに済み、我々は手数料を得て、物流網全体が最適化された。感情を挟まなければ、これはWin-Winです」


 ミラの視線が痛い。だが、アクスは表情を変えなかった。感情で腹は膨れないことを知っているからだ。


5. ヴァレリウスの送金システム


 その報告は、帝都のヴァレリウスのもとへ届いた。  宰相は、報告書を読んで声を上げて笑った。


「くくく……。見事だ。我が国の『ゴミ』を吸い込み、濾過して、世界中に再利用品としてばら撒くとはな」


 側近が尋ねる。 「閣下、よろしいのですか? 帝国臣民が他国へ流出していますが」


「構わん。口減らしはできた。それに……」  ヴァレリウスは、ペンを取り、アクスへの返信をしたためた。 「彼らは出て行ったが、魂まで売ったわけではない。彼らの故郷はここだ」


 数日後、アクスのもとに新たな帝国の法律が届いた。


 【在外邦人保護法】  一、海外で働く帝国出身者は、あくまで「出稼ぎ労働者」と定義する。  二、彼らの給与の帝国内への送金は、すべて帝国の指定銀行を経由すること。  三、送金額の10%を『留守家族支援税』として徴収する。


「……やられましたね」  アクスは、その条文を見て計算機を止めた。


 アクスは難民を救い、仕事を斡旋し、ネットワークを最適化した。  だが、その労働者たちが汗水流して稼ぎ、故郷の親元へ送る金の一部は、自動的にヴァレリウスの懐へ吸い上げられる。  ヴァレリウスは、自分では誰も雇わず、リスクも負わず、ただ「籍」を管理するだけで富を得るシステムを作ったのだ。


「共犯関係、ですか」


 アクスは、南へ向かう移民船と、北の帝国を見比べた。 (解析:私は負荷を分散し、システムを救った。  だが、そのシステムの上澄みを吸っているのは、やはりあの管理者だ)


6. 予兆


 羊は人を食い、人は海を渡る。  そしてその全ての動きが、帝国とラグーンという二つの巨大な歯車を、軋みを上げながらもより巨大に回転させていく。   「……利用しましょう。この巨大な『足枷』を」  アクスは、回収した大量の赤銀貨を溶かし始めた。この鉛混じりの銀も、精錬すれば弾丸の材料にはなるのだから。


 アクスは空を見上げた。  秋の空は高く澄んでいる。だが、アクスのセンサーは、大気の中に微かな異常アノマリーを検知していた。  北方の火山活動のデータ。偏西風の蛇行。海面水温の低下。  それらが示す未来予測は、一つしかない。


「熱力学の法則です。システムの中に閉じ込められた熱は消えません。逃げ場を失えば圧力を高め……やがて容器ごと爆発ブローアウトします」


 アクスは冷徹に予言した。 「さらに、そこにランダムな変数イベントが加われば、システムは自壊する。……来ますよ。歴史的な『冷夏』が」


 閉じられた国。  逃げ場のない民衆。  価値を失った貨幣。  そこに、「飢餓」というトリガーが引かれた時、何が起きるか。


 アクスは、静かにカウントダウンを開始した。  帝国の崩壊は、干潟の街が攻め込むまでもなく、その内側から始まろうとしていた。

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