海上の有料道路(トールロード)と、泳ぐ動力源
黄金の鎖の重み アルセナーレで「規格化された艦隊」が完成してから一ヶ月。 ヴォルフ軍務伯は、執務室で頭を抱えていた。目の前には、天井に届かんばかりの請求書が積まれている。
「……破産だ」 ヴォルフは、アクスに紙束を突きつけた。 「見ろ、この数字を。我々に保有が許された十隻のガレー船。これだけで、漕ぎ手が千五百人必要だ。彼らの食費と給金だけで、この街の予算が溶けていく」
軍隊とは、平和な時はただの金食い虫だ。 だが、捨てることは許されない。ヴァレリウス宰相との契約により、この艦隊は「帝国のための即応予備戦力」として維持を義務付けられているからだ。
「帝国に請求しましたが、却下されました」 アクスは、帝都から届いた返信を読み上げた。 「『国境防衛は辺境の義務である。維持できないなら艦隊を解体し、船を帝国へ献上せよ』とのことです」
「ふざけるな! 金は出さん、だが戦力は維持しろだと? これでは我々は、帝国のための『無料の番犬』じゃないか!」
「その通りです。これが『ボトルネック』です」 アクスは淡々と解析した。 (解析:帝国という巨大システムは、末端にコストを押し付ける構造的欠陥がある。このままでは、赤字垂れ流しで財政破綻する)
アクスは、窓の外、港に停泊する黒い艦隊を指差した。 「維持費が出ないなら、稼がせればいいのです。軍隊を『商品』として売りに出しましょう」
安全を売るオークション 翌日。リアルト広場にて、前代未聞のオークションが開かれた。 【第一回 国営船団積載権競売】
集まった商人たちの前で、アクスは地図を広げた。 「本日販売するのは『速度』と『安全』です」
アクスが示したのは、この港から帝国の首都までを一直線に結ぶ「青いライン」だった。 「従来、あなた方の商船は海賊を恐れ、沿岸の都市をジグザグに航行していました。夜になれば港に入り、高い入港税を払い、朝を待つ。……無駄が多すぎます」
アクスは宣言した。 「我々の『規格化艦隊』が、皆様の商船を鉄壁の陣形で護衛します。海賊は一隻たりとも寄せ付けない。沿岸都市への寄港もしない。……この『特急券』を、これより競り落とします」
商人たちが色めき立つ。 飛ぶように売れる「安全」。その収益は、艦隊の維持費を賄って余りあるものだった。
既得権益の反乱 だが、この「高速道路」の開通に激怒した者がいた。 航路の途中にある中継都市「カマチョ」の領主、ガレアッツォ伯爵だ。
「ふざけるな! 素通りだと!?」 カマチョは、商船の「寄港」で稼いできた都市だ。地理的な利点の上に胡座をかいたビジネスモデルが、アクスの「直行便」によって崩壊しようとしていた。
「許さん……。生意気な潟湖のネズミめ」 ガレアッツォは、近海の海賊たちを金で雇い、さらに自前の警備船も海賊旗を掲げさせて合流させた。 総勢五十隻の大船団。対する護衛艦隊は十隻。
沖合で敵影を確認したヴォルフが叫ぶ。 「敵船五十! 五倍の兵力差だ! しかも風上を取られている。囲まれるぞ!」
海賊船団は、風を背に受けて半月状に広がる「鶴翼の陣」を敷いていた。一気に距離を詰め、数に物を言わせて乗り込む算段だ。
だが、旗艦のブリッジに立つアクスは、風向きを計算しながら静かに命じた。 「全艦、停止。……密集隊形をとってください」
「なっ、止まるだと!? 相手は追い風だぞ、突っ込まれる!」 「いいえ。風下こそが『排気口』です。……敵を『詰まらせ』ます」
炎の回廊と、折れた翼 海賊たちは勝利を確信していた。敵は動かない。恐怖で固まっているのだ。 「野郎ども、突っ込め! 乗り込んで皆殺しだ!」
五十隻の船が、我先にと殺到する。密集した隊形。それがアクスの狙いだった。
「投射」
アクスの号令と共に、後方の商船に積まれていた投石機が唸りを上げた。 放たれたのは石ではない。陶器の壺だ。 壺は海賊船団の目の前、海面に着弾すると同時に砕け散った。中から溢れ出したのは、ドロリとした黒い液体と、白い粉末(生石灰)。
ジュワッ……ボッ!!
生石灰が海水と反応して高熱を発し、ナフサに引火した。 一瞬にして、海の上に「炎の壁」が出現した。
「な、なんだ!? 海が燃えてるぞ!」 「舵を切れ! 突っ込むな!」
先頭の海賊船はパニックに陥り、慌てて面舵を切る。だが、後続の船は止まれない。 ガゴン! バキッ! 追突。絡まり合うマスト。五十隻の統率は崩壊し、海上で巨大な団子状態となった。
「敵陣形、崩壊。……機動戦に移行します」
アクスは次のコマンドを入力した。 「帆走形態、変更。ラテン・セイル(三角帆)展開」
海賊船の「四角帆」は追い風しか受けられない。だが、アクスが導入した「三角帆」は、逆風でも風を切り裂いて進むことができる。 黒いガレー船団は、炎の壁を避けて右へ左へと逃げ惑う海賊船団の横腹へ、鋭角に切り込んでいく。
「バカめ! 横を見せたな! 接舷してやる!」 一隻の海賊船が、アクスの旗艦の横に並ぼうと幅寄せしてくる。オールを出したまま、船体をぶつけて乗り移る気だ。
ヴォルフが剣を抜く。「来るぞ!」 アクスは、衝突の0.5秒前に指を鳴らした。
「収納」
シュッ。 アクスの船のオールが、生き物のように一瞬で船内へ引き込まれた。 対して、海賊船のオールは出しっぱなしだ。構造上、急には引っ込められない。
ガガガガガガガッ!!!
凄まじい破砕音が響き渡った。 アクスの船の、鋼鉄で補強された船腹が、海賊船のオールを根こそぎへし折っていく。 テコの原理。跳ね上がったオールの柄が、海賊船内部の漕ぎ手たちの胸を打ち、肋骨を砕き、吹き飛ばす。
「ぎゃああああ!」 断末魔の悲鳴。 すれ違った後、アクスの船は無傷。海賊船は、百本の足をすべて折られた芋虫のように、波間に漂っていた。
一隻、また一隻。 炎に煽られ、操船不能になった敵船の脇を、アクスの船は恐るべき旋回性能ですり抜け、そのたびに「足」を奪っていく。 それは戦闘ではなかった。工業的な「解体作業」だった。
「動力」への転用 一時間後。 海には、オールを失い、炎に囲まれて行き場を失った五十隻の木箱が浮かんでいた。
アクスは、旗艦の船首に設置された巨大な「ふいご」のような装置――ギリシアの火を噴射するサイフォンを、動けない敵船に向けた。
「勧告します。 このまま焼却処分されるか。 それとも、我が艦隊の『動力源』として再接続されるか」
海賊たちに選択権はなかった。 彼らは武器を捨て、白旗を揚げた。
戦後処理は迅速だった。 三千人の海賊は、その場で足枷をはめられ、ガレー船の底へと連行された。 「コスト削減です。高給取りの市民を解雇し、維持費ゼロの『生体動力』に置換します」
ヴォルフは、連行される男たちを見て、複雑な顔をした。 「……殺すよりは慈悲深いが、お前のやることは徹底しているな」 「リソースの有効活用です。彼らの筋力エネルギーは、海に沈めるには惜しい」
帝国の首輪 カマチョの港は破産し、物流ルートはアクスの手に落ちた。 だが、その勝利の報告を受けた帝都のヴァレリウス宰相は、ワイングラスを片手に微笑んだだけだった。
「……鮮やかだな。五十隻を無傷で捕獲し、それを『動力』に変えるとは」
彼はペンを取り、勅令にサインをした。 「だが、手綱は締めておかねばな。怪物が大きくなりすぎる」
数日後、アクスのもとに帝都からの書簡が届いた。 【海賊取締法・特別措置】 一、捕縛した海賊の身柄は、すべて帝国に帰属する。 二、ラグーンの街は「更生施設」として彼らを管理することを認める。 三、更生業務の監督税として、艦隊収益の30%を帝国へ納税せよ。
「……やられましたね」 アクスは書簡をテーブルに置いた。 「我々は安価な駆動部品を手に入れましたが、その所有権はヴァレリウスに握られました」
もし帝国に逆らえば、ヴァレリウスは「奴隷解放命令」を出すだけで、アクスの艦隊を機能不全にできる。 アクスは海を浄化し、物流を整えた。 だが、その果実の三割は、指一本動かさなかったヴァレリウスが吸い上げる。
「共犯関係、ですか」 アクスは、北の空を見上げた。
(ステータス更新:広域物流支配・完了。 獲得リソース:海賊動力3000名。 代償:帝国への従属レベル上昇。)
ラグーンの街は「海の支配者」となった。 だがそれは、巨大な帝国の鎖に繋がれた、優秀な番犬としての繁栄だった。




