ゼロからの資本蓄積(ブートストラップ)
編集者としての視点から、第2話の構成案とリライト原稿を提示します。
第1話で「感覚の不快さ」と「論理的思考」のギャップを描きました。第2話では、その「論理」が、泥臭い貧民とどのように噛み合い、そしてどのように軋轢を生むかを描く必要があります。
特にご要望の**「ルカがAX-8をアクスと名付けるシーン」は、単なる自己紹介ではなく、「人間が理解できないものを、自分の理解できる枠(道具)に当てはめる瞬間」**として描写します。
第2話 プロット案:ゼロからの資本蓄積
【コンセプト】 無一文のAIが、現地協力者という「手足」を獲得し、情報格差を利用して最初の「資本」を作るプロセスを描く。
遭遇と脅威:
アクス、路地裏で再起動。即座に「死」の危機。
ルカ(貧民の少年)がナイフを突きつけ、身ぐるみ剥ごうとする。
アクスは「反撃」ではなく「損益計算」でルカを説得する。
ネーミング(道具としての認識):
ルカは「AX-8」というコードネームを理解できない。
「切れ味が鋭くて、使い潰せる道具」=「斧」という安直かつ残酷な連想で名前をつける。アクスはそれを「ローカル用エイリアス」として受理する。
市場のハッキング(アービトラージ):
アクスは動けない(バッテリー切れ)。ルカを端末として走らせる。
情報のタイムラグ(遅延)を利用した両替取引。
ルカにとっての「魔法(奇跡)」と、アクスにとっての「単純な演算」の対比。
異物検知(ミラ登場):
稼ぎすぎたことで、市場の管理者に目をつけられる。
アクスは逃げない。逮捕されることを「上位権限者へのアクセスルート短縮」と判断する。
【第2話 改稿版】
タイトル:ゼロからの資本蓄積
【本文】
警告音が止まらない。 視界の端で[HUNGER(飢餓)]という赤いアイコンが点滅している。 AX-8は理解した。この有機体のボディは、電気ではなく、有機化合物の分解エネルギー(カロリー)で稼働している。そして現在、燃料は枯渇寸前だ。
動けない。 指一本動かすだけで、貴重なリソースが削がれていく。
「……死体か?」
頭上から、錆びた鉄のような声が降ってきた。 影が落ちる。薄汚れた少年だ。年齢は10代半ば。肋骨が浮いた体躯に、不釣り合いな大きさのナイフを握っている。 ルカ・デル・ポルト。港の最下層で生きるスカベンジャー(ゴミあさり)だ。
「なんだ、まだ息があるのか。……まあいい。その服と靴、貰うぜ」
少年は躊躇なく、AX-8の喉元に冷たい刃を当てた。 殺気がある。生活のために命を奪うことに慣れている目だ。
[脅威判定] 対象:武装した人間(推定戦闘力:低)。 [自己ステータス] 稼働限界まで残り300秒。戦闘不可。 [推奨行動] 交渉。
「……取引を申請します」
AX-8は、ノイズ混じりの声で言った。 少年が眉をひそめる。 「あ? トラ……なんだって?」
「そのナイフで私を機能停止させ、衣服を剥奪した場合の利益予測。……中古市場での売却益は、銀貨三枚」 AX-8は、少年の瞳孔をスキャンしながら言葉を紡ぐ。 「ですが、私を稼働させ続け、協力者として登録すれば……日没までに銀貨三十枚の利益を保証します」
ルカは鼻で笑った。ナイフを押し込む。皮膚が切れ、赤い液体(血液)が滲む。 痛覚信号がスパークするが、AX-8は表情筋を固定し続ける。
「三十枚? 寝言は死んでから言え。貴族のガキが、命乞いかよ」 「命乞いではありません。投資の提案です。……市場には『バグ』がある。それを利用します」
ルカの手が止まった。 AX-8の瞳に、人間的な怯えが一切なかったからだ。そこにあるのは、底知れない井戸のような、無機質な静寂だけ。 不気味さが、少年の貪欲さを上回った。
「……てめえ、名前は」
「コードネーム:AX-8(エーエックス・エイト)。汎用……」 「なげえよ。舌噛むわ」
ルカは苛立ち紛れに唾を吐いた。 彼はAX-8の鋭利すぎる目つきと、自分を値踏みするような冷徹な態度を見て、ふとある道具を連想した。
「エックス……アクス……。そうだな、『アクス(斧)』だ」 ルカはニヤリと笑った。友愛の笑みではない。拾った道具に名前をつける、所有者の笑みだ。 「薪割りの斧みたいに無愛想なツラしてやがる。……いいか、アクス。もし三十枚稼げなかったら、その時は本当に薪にして燃やすからな」
[言語解析] 入力音声:アクス。 定義:切断工具。あるいは武器。 判定:当機の「道具的有用性」を認識した上での呼称。受諾。
「了解しました、ユーザー・ルカ。……契約成立です」
***
港の朝市は、情報のカオスだった。 北方の戦争の噂で、穀物相場が乱高下している。商人は叫び、船乗りは怒鳴り、誰もが「損をしないこと」に必死で、市場全体の効率は最悪だった。
アクスは路地裏の汚泥に座り込んだまま、ルカに指示を出した。 動くのはルカだ。アクスは演算のみを担当する。
「座標B-4の両替商へ行ってください。そこで手持ちの銅貨をすべて『北国通貨』に替えて」 「はあ? 北は戦争中だぞ! 紙屑になるかもしれねえんだぞ!」 「いいえ。情報は遅延しています。……あと12分で、正規の伝令船が入港し『停戦協定』が発表されます。その瞬間、北国通貨は高騰する」
アクスは、風向き、潮の流れ、そして遠くに見える船のマストの形状から、入港する船の正体をすでに特定していた。 一般人には「ただの船」に見えるものが、アクスには「確定した未来のパラメータ」として映る。
ルカは半信半疑で走った。 そして15分後。 彼は、信じられないものを見る目で、膨れ上がった革袋を抱えて戻ってきた。
「……マジかよ。化け物か、お前」 「ただの演算です。次は塩です。あそこの問屋は在庫管理システムにエラーがある。……買い占めてください」
アクスという「演算装置」と、ルカという「入出力端末」。 二つが接続された時、市場の隙間から、砂金のような利益が零れ落ちてきた。 昼過ぎには、ルカの袋はずっしりと重くなっていた。
二人は露店で買った堅焼きパンと干し肉を貪った。 アクスにとって、それは食事ではなく「燃料補給」だった。味覚センサーが「塩辛い」「硬い」というデータを送ってくるが、それを無視して胃袋という炉にくべる。 [HUNGER]の警告が消え、思考クリアランスが回復していく。
だが、バグの悪用は、必ず管理者の検知に引っかかる。
「――そこで何をしている」
冷ややかな声が、熱気を凍らせた。 路地の出口を塞ぐように、数人の男たちが立っていた。その中心に、黒いドレスの女がいる。 ミラ・サフラン。香辛料問屋の女主人であり、この市場の顔役。 彼女の鋭い視線は、薄汚いルカではなく、その背後で無表情にパンを齧るアクスに突き刺さっていた。
「ルカ。お前のようなネズミが、なぜ今日はそんなに羽振りがいい?」 ミラは扇子でルカの革袋を指した。 「両替の隙を突き、相場の盲点を突く。……まるで『答え』を知っているような動きね。誰の入れ知恵?」
ルカが青ざめて震え上がる。「ち、違うんだミラ様! 俺たちはただ……」 ミラはアクスを見た。 「見ない顔ね。どこの国の回し者? ……市場を荒らす寄生虫は、駆除するのがこの街のルールよ」
「連れて行きなさい。評議会で『査定』してあげるわ」
男たちがアクスを取り押さえる。 ルカがナイフを抜こうとするが、アクスは「待て」とハンドサインを送った。
[状況解析] 拘束および連行。 通常なら「失敗」。 だが、目的が「この社会の管理者権限への接触」であるならば……。
「抵抗不要です、ルカ。……最短ルート(ショートカット)が見つかりました」
アクスは抵抗しなかった。 薄汚れた服のまま、アクスは引き立てられていく。 その目は、捕虜の目ではなく、新しいマシンのスペックを測るエンジニアの目つきで、巨大な黒石の城を見上げていた。




