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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました
第2章

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不揃いのグラスと、ブランドの魔力(プレミアム・バリュー)

 ムラーノ島が「硝子の檻」となり、規格化された透明ガラスが量産され始めてから数週間。  工場の裏手にある廃棄場には、キラキラと光る山ができていた。


「……廃棄率ロスレート、依然として4%」


 アクスは、積み上げられたガラスの山を見下ろして眉をひそめない(表情筋を動かさない)。  それは、検品で弾かれた「規格外品」の山だった。  気泡が入ったもの。口縁がわずかに歪んだもの。色が均一でないもの。  アクスが定めた厳格な工業規格(VIS)から外れたこれらは、すべて粉砕され、再び窯で溶かされる運命にある。


再溶解リサイクルコストが嵩みます。職人たちの動作プロトコルを再調整する必要がありますね」


 アクスが指示を出そうとした時、その手をパシッと叩く者がいた。  ミラ・サフランだ。彼女は廃棄の山から、一つ歪んだグラスを拾い上げていた。


「待って。これを溶かす気?」 「当然です。気泡による強度不足、および形状の非対称性。製品としては欠陥品エラーです」 「……馬鹿ね。これだからアクスは」


 ミラは、その「欠陥品」を太陽にかざした。  ガラスの中に入り込んだ小さな気泡が、光を受けて星のように輝く。歪んだ飲み口は、まるで波打ち際のようだ。  これを作ったのは、あの老職人ジョバンニだ。彼は規格化された作業に馴染めず、隠れて昔ながらの吹きガラスを行い、アクスに叱責されたばかりだった。


「これは『失敗』じゃないわ。ジョバンニの『息』よ」 「息だろうと手癖だろうと、再現性のないデータはノイズです」 「そのノイズに幾ら値がつくか、賭けをしましょうか」


 ミラは、アクスが止めるのも聞かず、廃棄予定の「ジョバンニの失敗作」を十個ほどカゴに詰め込み、島を出て行った。


***


 数日後。ミラの高級店。  そこには、帝国の貴族たちがこぞって訪れていた。彼らの目当ては、アクスが量産させた「完璧な透明ガラス」だ。  不純物ひとつない、幾何学的に正しいワイングラス。それは帝都で「潟湖ラグーンの街の奇跡」ともてはやされていた。


 だが、その店に、一人の特別な客が現れた。  帝国の高位貴族、公爵夫人のエレオノーラ(※第14話の商売敵とは別の、純粋な趣味人)だ。  彼女は、並べられた「完璧なグラス」を一瞥し、退屈そうに扇子を揺らした。


「……綺麗ね。でも、つまらないわ」 「つまらない、とは?」 「私の屋敷には、これと同じものがもう百個もあるのよ。隣の男爵家にも、その向こうの成金商人の家にもね。……どれも同じ顔をしていて、まるで軍隊だわ」


 彼女は帰ろうと背を向けた。  その時、ミラが奥から恭しく盆を捧げ持ってきた。  その上には、青いベルベットが敷かれ、たった一つ、あの「歪んだグラス」が鎮座していた。


「奥様。でしたら、こちらは?」


 夫人が足を止める。  彼女はグラスを手に取った。指先が、わずかな歪みに触れる。光にかざすと、偶然入った気泡が、海の中の泡のように見えた。


「……あら。これ、生きているわね」 「はい。ムラーノ島最高のマエストロが、その日の風と炎の声を聞いて吹いた、世界に一つだけの『景色』でございます」


 ミラは囁いた。 「工業製品は、型に流せばいくらでも作れます。ですが、この気泡、この歪みは、二度と同じものは作れません。……この世で、奥様だけのものです」


 夫人の瞳の色が変わった。  それは「消耗品」を見る目ではなく、「宝物」を見る目だった。


「……おいくら?」 「完璧なグラスの、五十倍フィフティ・タイムスでございます」


 店内にいた他の客が息を呑む。ガラス屑同然の歪んだ器に、金貨を積めと言うのか。アクスなら「原価計算が狂っている」と即座に却下するだろう。  だが、夫人は満足げに微笑み、従者に目配せをした。


「安いものね。……『物語』を買うと思えば」


***


 その夜、評議室。  アクスは、ミラが持ち帰った売上報告書を見て、初めて処理落ち(フリーズ)を起こしかけた。


[原価]ほぼゼロ(廃棄品)。 [売価]量産品の5000%。 [利益率]測定不能。


「……バグだ。機能的欠陥がある個体の方が、完全な個体よりも高値で取引されるなど、市場原理に反します」


「いいえ、仕様よ」  ミラは勝ち誇ったようにワインを飲み干した。 「アクス、あなたは『モノ』を売っている。でも、人間がお金を払うのはモノだけじゃないの。  『誰が作ったか』『どれだけ珍しいか』『どんな物語があるか』。……その『情報ブランド』にお金を払うのよ」


 ミラは、空になった歪んだグラスを指先で弾いた。澄んだ音が響く。


「完璧な商品は『普及』を生むわ。でも、不揃いな個性は『熱狂』を生む。  ……効率だけで世界を塗りつぶしたら、商売は痩せ細っていくわよ」


 アクスは、歪んだグラスを見つめた。  光の屈折が複雑で、計算しきれない。だが、その計算できない「揺らぎ」こそが、人間の所有欲という変数を刺激する。


 アクスは手帳を取り出し、新たな定義を書き込んだ。


[ログ更新] 変数『付加価値プレミアム』の再定義。 性能の高さ=価格ではない。 「再現不可能性ユニーク」こそが、最大の価値となるケースが存在する。


「……認めましょう、ミラさん。今回は私の計算ミスです」 「ふふん。わかればよろしい」


 翌日、アクスはムラーノ島のシステムを一部変更した。  99%のラインは規格化された量産品を作る。  だが、残りの1%――ジョバンニのような老練な職人には、「定規を使うこと」を禁止した。  彼らは「マエストロ(芸術家)」として隔離され、気まぐれに、非効率に、歪んだ最高級品を作り続けることになった。


 効率と非効率。  その両輪が回ることで、潟湖ラグーンの街のガラスは「日用品」と「芸術品」の両面で市場を制圧していくことになる。

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