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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました
第2章

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透明な黄金と、硝子の檻(ブラックボックス)

1. 再現性のない芸術  銀行と通貨で「金」の流れを支配したアクスが、次に目をつけたのは「モノ」の価値だった。  潟湖ラグーンの倉庫街。そこには、煤と熱気にまみれたガラス工房が並んでいた。


「……また割れた! クソッ、今日は湿気が多いせいだ!」  怒号と共に、緑がかったガラス片が床に叩きつけられる。  老職人のジョバンニ。この道五十年の巨匠マエストロだが、彼が作るガラスの成功率は、その日の天候と気分に左右されていた。


 アクスは、入り口でその様子を冷徹に観察していた。


(解析:歩留まり(良品率)=35%。  原因:原材料の配合比および温度管理が、職人の「ヒューリスティクス」に依存しているため。  評価:芸術としては一流だが、工業製品としては欠陥システム)


 アクスは工房に入り、一枚の紙をジョバンニに差し出した。 「手順書レシピです。砂、灰、マンガン……これらを、この紙の通りの比率で混ぜてください」


 ジョバンニは、脂ぎった顔でアクスを睨んだ。 「銀行屋が、俺に指図する気か? ガラスは生き物だ! その日の炎の色を見て、俺の肌で熱を感じて、初めて息を吹き込めるんだ。紙切れ通りに混ぜて作れるなら、苦労はしねえ!」


「勘や経験は『再現性』がありません」  アクスは淡々と告げた。 「私が求めているのは、誰が作っても同じ品質になる『規格化』です。……特に、この『透明度』においては」


 アクスが取り出したのは、小さな透明なカケラだった。不純物のない、水晶のような輝き。 「水晶ガラス(クリスタッロ)。これを作れるのは、今のところあなたを含めて数人だけ。それも十回に一回。……これを『十回中九回』成功させる配合比アルゴリズムを導き出しました」


 ジョバンニは拒絶した。だが、アクスは諦めなかった。  彼は素人の若者を雇い、レシピ通りに作らせた。結果、ジョバンニが一生かけて到達した領域のガラスが、わずか数日で量産された。


 透明なガラス。それは帝国の貴族たちにとって、金と同等の価値を持つ「白い宝石」となった。


2. 硝子のブラックボックス  成功は新たなリスク(バグ)を招く。産業スパイだ。  帝国の技術官僚たちが、職人たちに接触し始めていた。「製法を教えろ。帝国の工場でも作らせる」。


(警告:技術流出リスク=極大(Critical)。  対策:情報の物理的封鎖エアギャップ。製造プロセスを外部から観測不能にする)


 アクスは、ヴォルフ軍務伯に提案書を提出した。 「ガラス職人とその家族を、全員、沖合の孤島『ムラーノ島』へ強制移住させます」


 ムラーノ島。本島から離れた小さな島。 「名目は『火災防止』です。ですが真の目的は、技術の隔離(ブラックボックス化)。島を出入りできるのは、許可証を持った運搬船のみ。職人の島外への移動は、原則禁止とします」


 ヴォルフが顔をしかめる。 「……監禁じゃないか。彼らは罪人じゃないぞ」 「ですので、檻の中は『楽園』にします」


 給与は三倍。豪華な屋敷と最高の食事。  職人たちは歓喜して移住した。だが、島と本土を結ぶ橋には鉄格子が下ろされ、武装した衛兵が立った。  自由以外はすべてある楽園。


 だが、ヴァレリウス宰相は、この鉄壁の防御を試そうとした。  彼はプロの間者を職人に偽装させて送り込んだ。「盗めるなら盗め。無理なら、奴の管理能力を試せ」。


 数日後。間者はレシピを書き写して島を脱出しようとした瞬間、アクスの配置した検問システムに捕まった。


 翌朝。間者の遺体が広場に吊るされた。  アクスは職人たちに告げた。 「知識の持ち出しは窃盗です。……この島にいる限り、あなた方は王のように扱われます。ですが、一歩でも外へ出れば、ただの『排除すべき異物エラー』として処理されます」


 職人たちは震え上がった。彼らは理解した。自分たちはもう人間ではなく、国家の「機密保持部品」なのだと。


3. ヴァレリウスの転換  スパイ処刑の報は、すぐに帝都のヴァレリウスの元へ届いた。  報告を聞いた宰相は、怒るどころか、愉しげにワイングラスを揺らした。


「……殺したか。見事だ」


 側近が憤る。 「閣下! 帝国の民を勝手に処刑するとは……軍を出して島を制圧すべきです!」 「馬鹿者。制圧してどうする? 職人が死ねば、ガラスは二度と作れなくなる」


 ヴァレリウスは、透明なグラスを光にかざした。 「アクスは示したのだ。『この技術は血を流してでも守る価値がある』とな。  盗めないほど堅牢なら、無理に盗む必要はない。……作らせておけ。我々はその『上前』を撥ねればいいのだから」


 翌日、ヴァレリウスはアクスに新たな勅令を下した。


 一、ガラス輸出税の導入。売価の三割を国庫に納めること。  二、ガラス保有税(奢侈税)の導入。帝国内でガラスを所有する者は、その数に応じた税を支払うこと。


 アクスは抗議した。 「税率が高すぎます。価格が高騰すれば、需要が冷え込み(デマンド減)、利益が下がります」


「商人の浅知恵だな、アクス」  ヴァレリウスは冷笑した。 「これは『宝石』だぞ? 高ければ高いほど、貴族は『持つこと』にステータスを感じるのだ。  私が高い税をかけることで、このガラスは『選ばれた者しか持てない至宝』となる。……ブランド価値を上げてやっているのだ、感謝しろ」


4. 外交という名の武器  数ヶ月後。帝都の宮殿にて、周辺諸国の使節団を招いた晩餐会が開かれた。  その席で、ヴァレリウスはある「余興」を用意していた。


 テーブルには、ベネツィア製の透明なクリスタルグラスと、従来の濁ったガラスの杯が並べられていた。  ヴァレリウスは、隣国の特使――以前から国境紛争で揉めているランティア王国の使者に、微笑みかけた。


「特使殿。貴国の王への手土産に、この『白い宝石』はいかがかな?」  ヴァレリウスは、クリスタルグラスを指差した。 「我が帝国の同盟国には、友好の証として、このガラスの『購入許可証』を与えているのだ」


 特使は生唾を飲み込んだ。  この透明なガラスは、今や大陸中の王侯貴族の憧れだ。これを持っていることが「文明国」の証であり、持っていない国は「野蛮人」と見なされる空気が作られていた。


「……購入、許可証、でございますか? いただけるので?」


「ああ。ただし……」  ヴァレリウスは、分厚い羊皮紙――不平等な通商条約の草案をテーブルに滑らせた。 「我が国の関税撤廃案にサインをいただければ、だがね」


 特使の手が震える。  たかがガラスの器一つ。だが、それを持ち帰らなければ、自国の王は「帝国に相手にされなかった」と恥をかくことになる。  特使は屈辱に顔を歪めながら、条約書にサインをし、グラスを震える手で受け取った。


 ヴァレリウスは満足げに、自分のグラスを掲げた。 「乾杯しよう。……帝国の『透明な武器』に」


5. 搾取の連鎖  後日。アクスは、港の帳簿を見ていた。  ガラスの売上は過去最高を記録している。だが、その利益の三割は、右から左へと帝国の国庫へ流れていく。  さらに、帝国はこのガラスを外交カードとして使い、周辺国から莫大な利権を巻き上げている。


(解析:私は技術を守った(防衛成功)。  しかし、その技術が生み出す利益リターンを最大化し、システム全体を支配しているのは……あの管理者ヴァレリウスだ)


 アクスは、ムラーノ島の方角を見た。  職人たちは島という檻に閉じ込められている。  だが、アクス自身もまた、ヴァレリウスが作った「帝国の搾取システム」という、より巨大な檻の中にいることに気づかされていた。


 島から上がる紅い炎は、今夜も帝国の黄金を溶かし出している。  それは、アクスが計算機ロジックで生み出し、ヴァレリウスが政治マキャベリズムで磨き上げた、あまりに美しく残酷な輝きだった。

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