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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました
第2章

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見えざる黄金(ゴースト・マネー)と、加速する帳簿

1. 物理レイヤーの限界  帝国による「サンドボックス化(監視付き自治)」から一ヶ月。  潟湖ラグーンの街の港は、物理的な限界レイテンシに悲鳴を上げていた。


 原因は「支払い」だ。  市場の至る所で、怒号と硬貨の触れ合う音が響いている。 「おい! この『赤銀貨』、先週よりさらに軽くなってないか?」 「測ってみろよ! 俺のはかりじゃ規定値ギリギリだ!」 「そんな汚い金で払うな! 硝酸で検査するのに一時間はかかるぞ!」


 帝国が戦費調達のために乱発した悪貨。その結果、取引のたびに「鑑定」「秤量」「口論」が発生していた。  一回の決済に平均42分。その間、商品は動かず、船は出港できず、経済の血流は動脈硬化を起こしている。


 アクスは、大商人が商談を打ち切るのを見ていた。 「……やってられん! 現金を数えるだけで日が暮れる。商売にならん!」


(解析:トランザクション(取引)遅延、深刻。  原因:物理メディア(硬貨)の信頼性欠如および認証プロセスの肥大化。  結論:ハードウェア(現物)を捨て、ソフトウェア(情報)のみで決済を行う仮想化バーチャライゼーションへ移行する必要がある)


「ルカ。場所を確保してください。リアルト橋のたもと、頑丈な石造りの建物を」 「また何か店をやるのか? 塩か? 硝子か?」 「いいえ。何も売りません」


 アクスは、懐から一冊の帳簿を取り出した。 「ただ、『重さ』を消す場所を作ります」


2. 銀行という名のサーバー  数日後。リアルト橋のたもとに、「バンコ・デル・ジーロ(振替銀行)」が開業した。  中には商品は何もない。あるのは、鉄格子越しのカウンターと、数人の書記、そして壁一面の巨大な棚に収められた分厚い帳簿だけだ。


 アクスは集まった商人たちに宣言した。 「当行は、あらゆる通貨を受け入れます。帝国の赤銀貨、南の砂金、隣国の古銭……すべてです」  ざわめきが起こる。「全部? レートはどうするんだ!」


「全てその場で溶解、あるいは厳密に検量し、『純金』の含有量だけを測ります。そして、その価値を新しい単位——『リラ(都市通貨)』として、この帳簿に記載します」


 アクスは羽根ペンを立てて見せた。 「ここからが重要です。一度この帳簿に『100リラ』と書かれたなら、それは永久に『純金〇グラム』の価値を保証します。摩耗もしない。盗まれもしない。  そして、この銀行に口座を持つ者同士なら、支払いは一瞬で終わります。『AからBへ100リラ移動』。書記が一行書き足す。それだけです」


 ルカが不安そうにアクスに耳打ちした。 「なあアクス。数字だけの金なんて、誰が信用するんだ? みんな現物の重みしか信じねえぞ」


「信用させるのではありません。『速さ(スループット)』を売るのです」  アクスは答えた。 「手数料はゼロ。時間は三秒。……42分かけて喧嘩をするか、3秒で終わらせて次の商売に向かうか。商人の本能は、必ず速い方を選びます」


 その言葉通りだった。  合理主義の商人たちは、すぐに「帳簿上の数字」の方が、手元の汚れた銀貨よりも価値が高いことに気づいた。  「アジオ(銀行打歩)」の発生である。  市場では「現金払い? なら一割増しだ。銀行振替なら定価でいい」という逆転現象が起き始めた。


3. 罠の設置  だが、このシステムを面白く思わない男がいた。  帝国の財務卿、コルネリウス侯爵である。  彼は保守派の筆頭であり、宰相ヴァレリウスの改革を阻む最大の政敵だった。そして何より、彼は軍事予算の管理を盾に、巨額の横領を行っているという噂があった。


 ある日、コルネリウスの配下が、港へ「上納金」の取り立てにやってきた。 「今月分の上納金、金貨五万枚だ。さっさと出せ」


 アクスは、一枚の紙切れを差し出した。 「どうぞ。為替手形ドラフトです。これがあれば、帝都の提携商館で現金化できます」


「ふざけるな!」  使者は激昂した。 「財務卿閣下は『現物』をご所望だ! こんな紙切れで、どうやって……いや、とにかく現物だ!」


(解析:現金の要求。……足のつかない資産ブラックマネーとしての運用を意図していると推測される)


 アクスは拒否したが、この揉め事はすぐに帝都のヴァレリウスの耳に入った。  そして、宰相は即座にその「利用価値エクスプロイト」に気づいた。


 翌日の御前会議。  ヴァレリウスは、皇帝の前でコルネリウス財務卿に話しかけた。 「財務卿。聞けば、港の銀行からの送金を拒否したそうだな?」


「当たり前だ!」  コルネリウスは脂ぎった顔を歪めた。 「あんな得体の知れない紙切れなど! やはり現金こそが確実……」


「だが、貴殿は先月の報告で『輸送中の盗賊被害により、税収が二割減った』と嘆いていたな?」  ヴァレリウスは、冷徹な目で追い詰める。 「港の銀行を使えば、輸送リスクはゼロだ。一円たりとも減らずに国庫に入る。……まさか、国益よりも自分の『好み』を優先するわけではあるまいな?」


「ぐっ……そ、それは……」 「陛下もご安心遊ばされるだろう。……今後は西部方面の軍事費及び税収は、すべてあの銀行を経由させよ。これは決定事項だ」


 ヴァレリウスは、無理やり政敵をシステムのユーザーとして登録させたのだ。


4. ログによる粛清  一ヶ月後。  アクスは、ヴァレリウスから呼び出しを受けた。場所は、港の銀行の奥にある、機密室。  ヴァレリウスは、以前結んだ「協定」の条文を指差した。


『帝国の監査官に対し、都市の運用データを開示すること』


「アクスよ。見せてもらおうか」  ヴァレリウスの声は、獲物を前にした獣のように低かった。 「先月、財務省の口座に入った軍事費……その『流れ』をな」


 アクスは無言で、分厚い帳簿を開いた。 「こちらがトランザクション・ログ(取引記録)です」


 そこには、残酷なまでの真実が記されていた。  財務省の口座に入った金貨十万枚。  そのうち三万枚が、「武具購入費」の名目で、ある商会の口座へ送金されている。  そしてその商会の口座から、さらに別の個人口座へ――コルネリウスの妻の旧姓を持つ口座へと、資金が移動していた。


 かつての「現金」なら、馬車に乗せた時点で追跡不能だった。  だが、「銀行」という閉じたネットワークの中では、金は電子のように痕跡ログを残して移動する。


(思考:完全な追跡可能性トレーサビリティ。彼は現金を隠したつもりだろうが、デジタルな帳簿の上では、自分自身で「私は横領しました」と書き込んだに等しい)


 ヴァレリウスは、そのページを見て、愉悦に歪んだ笑みを浮かべた。 「……素晴らしい。実に雄弁だ」


 彼は帳簿を撫でた。 「金貨は口を閉ざすが、貴様の数字はすべてを喋ってくれる。……これで、長年の腫瘍を切除できる」


5. 処刑と独占  数日後、帝都は大騒ぎになった。  名門コルネリウス侯爵が、国家反逆罪と横領の罪で逮捕されたのだ。  証拠として提出されたのは、港の銀行が発行した「取引明細書」一枚だけだった。だが、そこに記された金の流れは、いかなる弁明も許さないほど明白だった。


 断頭台の露と消える政敵を見送りながら、ヴァレリウスは新たな権力を手にした。  財務省の全権掌握。そして、帝国の財布の管理権。


 後日、視察に訪れたヴァレリウスは、アクスに告げた。


「礼を言うぞ、アクス。貴様の作ったシステムは、最高の『処刑台』だ」


「……お役に立てて光栄です」  アクスは表情を変えずに答えた。


「今後、帝国の全省庁の決済を、貴様の銀行に統合する。すべての金の流れをここへ集めろ」  ヴァレリウスは、銀行の鉄格子を叩いた。 「誰が、いつ、何に金を使ったか。すべて私が把握する。……これこそが、真の支配だ」


(思考:帝国という巨大クライアントの獲得ロックイン。……だが、これは私が「国家規模の監視装置パノプティコン」の管理者になってしまったことを意味する)


 アクスは、ヴァレリウスの背中を見送った。  彼は「効率」のためにシステムを作った。  だが、この男はそれを「恐怖」と「統制」のために利用している。


 帳簿をめくる書記たちのペンの音が、まるで罪人の首を落とす刃の音のように、静まり返った銀行に響いていた。

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