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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました
第2章

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巨大システムの強制介入(メインフレーム・オーバーライド)

その朝、水平線を埋め尽くしたのは「黄金の鷲」だった。  潟湖ラグーンを包囲する帝国のガレー船団。陸路を塞ぐ重装歩兵の列。  圧倒的な物理リソースの投入。  アクスが積み上げてきた「経済的優位」を、暴力という原始的かつ最強の力(ルート権限)で上書きしに来たのだ。


 評議室のドアが開く。  現れたのは、氷のような銀髪の男。帝国宰相ヴァレリウス公爵。  彼は武装していなかった。背後に控える数万の軍隊という「背景」だけで、この部屋の酸素を奪うには十分だったからだ。


「……ハルトヴィヒ・ヴォルフ。そして、監査補アクス」


 ヴァレリウスの声は、感情のない、研ぎ澄まされた刃のような響きを持っていた。アクスと同質の、しかし桁違いに巨大な演算装置の気配。


「単刀直入に言おう。この『港』の在り方は危険だ。帝国の秩序を揺るがし、人心を惑わせている。よって、これよりすべてを『浄化』する」


 アクスは、脳内でその言葉を変換した。 (音声入力解析:対象は当都市のシステム(OS)が、帝国のメインフレームに悪影響を与えていると判断。強制初期化フォーマットの通告)


 ヴォルフが剣に手をかけようとするが、アクスは視線で制した。 「浄化とは、具体的には?」 「独自法の廃止。全資産の没収。そして、首謀者の断罪だ」


 ヴァレリウスは、一枚の紙切れ――アクスが発行した「商品引換手形」をテーブルに置いた。 「見事な仕組みだ。銀ではなく『物』に価値を結びつけるとはな。……だが、貴様は致命的な読み違いをしている」


「読み違い?」


「『剣』という力の重みだ」


 宰相は冷ややかに告げた。 「貴様の紙切れが信用されているのは、『いつでも麦や塩と交換できる』という約束があるからだ。だが、私が今ここで港を焼き払い、倉庫を灰にしたらどうなる?」


 彼はアクスを見据えた。 「商品は消える。約束は反故になる。その瞬間、貴様の紙切れはただの燃えやすいゴミに戻る。……商人の理屈ごときが、皇帝の剣に勝てると思うな」


(リスク評価:正論。経済ソフトウェアは、平和な基盤ハードウェアの上でしか機能しない。物理破壊(物理攻撃)の前では、全ての論理演算は無効化される)


 市場ではすでにパニックが起き、手形の価値は暴落していた。


 ヴォルフが呻く。 「……我々の倉庫を奪って、帝国軍の糧にする気か」 「そうだ。貴様らが貯め込んだ塩と小麦は、帝国が有効に活用する。それが『徴税』というものだ」


 詰み(チェックメイト)。  誰もがそう思った。  だが、アクスだけは、表情を変えずにカウンターの「手形」を指先で弾いた。


「宰相閣下。……あなたがゴミだと思っているその紙切れ。実はすでに、あなたの軍隊の『心臓』に入り込んでいますよ」


(思考:基幹システム(カーネル)への侵入プロセス、展開済み)


「……何?」


「ヴォルフ様、彼に見せてあげてください」


 ヴォルフが合図を送ると、窓の外、広場を包囲していた帝国近衛兵の一人が、槍を下ろし、懐からこっそりと「手形」を取り出した。一人ではない。十人、百人……包囲していた兵士たちの多くが、その紙を持っていた。


「帝国の給金支払いは滞っています。兵士たちは、故郷の家族に仕送りをするために、帝国の怪しい銀貨ではなく、確実に塩や麦に変わる『この街の手形』を使っているのです」


 アクスは、相手の言語に合わせて淡々と告げた。 「今、あなたがこの街を焼き、手形を紙屑にすれば……ここにいる一万の兵士たちの『全財産』も消滅します。彼らの心は離れ、剣は鈍るでしょう」


(予測演算:兵士の士気モラル低下による戦闘効率の劣化。統率システムの不具合発生率、60%増)


 アクスは切り札を切ったつもりだった。  だが、ヴァレリウスの反応は、予想外のものだった。


「……ふっ」


 宰相は、短く笑ったのだ。


「それがどうした?」


 アクスの思考が一瞬停止する。 (エラー:理解不能。軍の士気低下は、統率リスク(クリティカル)に関わるはず)


「甘いな、アクス。兵の不満など、反乱分子を数人見せしめに処刑すれば収まる。帝国はその程度の『傷』は飲み込む」  ヴァレリウスは嘲笑した。 「兵士の小遣い程度を人質に取ったつもりか? それで国家が止まると思うなよ」


 通じない。  この男は、個人の幸福や感情を「切り捨て可能なコスト」として処理できる、冷徹な管理者だ。


 ヴォルフが青ざめる。交渉決裂か。  アクスは、即座に計算式を修正した。感情や士気といった不確定変数ソフトではなく、物理的な数値ハードで殴るしかない。


「……では、訂正します。心の問題ではありません。**『飢え』**の話です」


 アクスは、一枚の帳簿を突き出した。 「帝国の兵站局の記録です。……前線にいる五万人の将兵への食料調達。その支払いの八割が、この街の『手形』で行われていることをご存知ですか?」


 ヴァレリウスの眉がピクリと動いた。


「帝国の補給路は腐敗し、遅すぎる。だから現場の補給官たちは、私の作った『即時の支払い網』に頼っている。  ……もし、あなたが今ここで私を殺し、この街を潰せば、どうなるか」


 アクスは冷酷な予言(シミュレーション結果)を提示した。


「来週届くはずのパンが止まります。再来週の塩も届かない。  士気の問題ではなく、命の問題です。前線の五万人が、物理的に飢えて動けなくなる。  ……その状態で、北方の蛮族と戦えますか?」


相互確証破壊デッドマン・スイッチサーバーを破壊すれば、帝国クライアントへの供給も停止し、システム全体が壊死する)


 長い、凍りつくような沈黙。  ヴァレリウスの瞳の奥で、天秤が揺れていた。  「秩序」のためにこの異物を排除し、数万の餓死者を出す代償。  「実利」のために毒を飲み込み、利用する危険。


 やがて、宰相はふぅ、と小さく息を吐いた。


「……気に入らんな。実に不愉快だ」


 彼は手形を指で弾き飛ばした。 「だが、筋は通っている。今ここで貴様を殺すのは、帝国にとって『割に合わない』」


 ヴァレリウスは椅子に座り、足を組んだ。 「取引だ、アクス。……貴様という毒を、我が国の『薬』として利用してやる」


***


 一時間後。新たな盟約プロトコルが結ばれた。


 1.この港湾都市の自治と独自通貨を認める。

 2.ただし、都市は帝国に対し、毎月一定量の「戦略物資」を納入する。

 3.帝国の監査官を常駐させ、都市の技術および運用法を定期的に開示する。


(状況:サンドボックス化(隔離環境での実行)の合意。ただし、最後の条件は明白なデータ・マイニング(技術窃盗)の宣言だ。私のノウハウを、帝国が合法的に吸い上げるためのパイプライン……)


 帰り際、ヴァレリウスはアクスを見下ろした。


「勘違いするなよ。帝国は貴様らを認めたわけではない。……『財布』兼『実験場』として使うと決めただけだ」


 宰相は、広がる潟湖を一瞥した。 「名もなき港よ。泥にまみれて黄金を吐き出し続けろ。止まれば即座に潰す」


 黄金の鷲の旗が去っていく。  ヴォルフはその場にへたり込み、ミラは涙を流して安堵した。  だが、アクスは震える手を隠していた。


(勝率:0.01%からの回避成功。だが、これは勝利ではない)


 システムのバグとして、辛うじて「削除デリート」を免れただけだ。  これからは、帝国の胃袋を満たし続け、さらに技術を盗まれながらも、それ以上の速度で進化アップデートし続けなければならない。


(効率化という名の無限ループ(自転車操業)は、もう停止することを許されない……)

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