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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました


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11/15

神の論理、システムの論理(信仰という名のファイアウォール)

 都市の空気が、重く張り詰めていた。  それは物理的な気圧ではない。システム全体を支配する「管理者権限アドミニストレーター」の圧力が、街の機能を凍結させているのだ。


 広場の中央、「市場の鏡」の前。  そこに、燃えるような真紅の法衣をまとった老人が立っていた。帝都から派遣された異端審問官、イグナティウス枢機卿。  彼の背後には屈強な僧兵が控え、アクスが作り上げた掲示板に、黒い布を被せようとしていた。


「止めよ」  枢機卿の声は、錆びた鉄のように響いた。 「価格を固定し、誰もが富を貪る……なんと浅ましい。神は人に『労働の苦しみ』を与えられた。安易な富は魂を堕落させる。この鏡は、人の欲を映す悪魔の道具である」


 群衆は沈黙し、地面を見つめている。ルカも青ざめて震えていた。  教会に逆らえば「破門」される。それは洗礼、結婚、葬儀、あらゆる社会契約の無効化(アカウント削除)を意味する。中世社会における死刑宣告に等しい。


「そして、お前か」  枢機卿の視線が、群衆を割って進み出たアクスに突き刺さる。 「数を用い、人の心を惑わす『数字の悪魔』とは」


 ヴォルフが一歩前に出ようとしたが、アクスは手で制した。武力ヴォルフ宗教イグナティウスには勝てない。これは物理レイヤーの戦いではない。 「アクスです。この都市の監査補を務めています」 「監査補だと? 神の庭を、無神論の計算機が管理するなど傲慢だ。即刻立ち去れ。さもなくば、この都市全体を『聖務停止インターディクト』とする」


 最強の脅し。  アクスは表情を変えずに枢機卿を見つめた。


[解析]対象:イグナティウス枢機卿。 [状態]ファイアウォール稼働中。外部からの論理的干渉ロジックを「信仰」というフィルタですべて遮断している。 [対策]正面突破(DDoS攻撃)は無効。相手のプロトコル(聖典)を用いた、内部からの権限奪取が必要。


「……少し、お時間をいただけますか」 「懺悔の時間か? よかろう。明朝のミサまで待つ。それまでに己の罪を書き出し、街を出ろ」


***


 その夜、アクスは大聖堂の付属図書館にいた。  机の上には、埃を被った羊皮紙の山。『正典』全三十巻、過去百年の『公会議議事録』、そして『教会法大全』。  ランプの灯りが揺れる中、アクスの手は残像が見えるほどの速度でページをめくっていた。


「……おい、アクス」  付き添ったルカが、呆れたように言う。 「戦う気か? 相手は神様だぞ。聖書を読んだって、あっちの方が詳しいに決まってる」 「いいえ、ルカ。彼らは『ユーザー』ですが、私は『解析者』です」


 アクスにとって、聖典は「仕様書ソースコード」だ。  世界というシステムを規定する、最初期のコード。だが、長年の運用でパッチ(解釈)が継ぎ足され、矛盾バグだらけになっている。  枢機卿は、その「バグった解釈」を利用して、権力を維持しているに過ぎない。


[スキャン完了]全テキストデータのインデックス化終了。 [検索クエリ]枢機卿の主張 vs 正典の記述。矛盾点を抽出。 [結果]致命的な論理エラーを34箇所発見。


 アクスは本を閉じた。 「デバッグの準備が整いました」


***


 翌朝。大聖堂の前広場。  枢機卿は高い壇上から、集まった民衆を見下ろしていた。 「時が来た。数字の悪魔は去ったか!」


「ここにいます」  静かな声とともに、アクスが現れた。手には何も持っていない。  枢機卿は鼻を鳴らした。 「懺悔の書状はどうした」 「書状はありません。代わりに、『バグ報告書』を口頭でお伝えします」 「……何?」


 アクスは階段を一段上がり、枢機卿と同じ高さに立った。 「枢機卿猊下。あなたは昨日、『市場の鏡』を閉鎖しました。理由は『安易な富は罪だから』と」 「いかにも。苦しみこそが信仰の糧だ」 「では問います。――神は『全知(All-seeing)』であられますか?」


 枢機卿は眉をひそめた。当たり前の教理問答だ。 「愚問だ。主は全てを見通される」 「ならば、市場の価格も、商人の不正も、全てご存知のはず」  アクスは群衆に向き直り、声を響かせた。 「私が作った『鏡』は、市場の全ての情報を公開しました。隠し事をなくし、嘘をつけなくした。……これは、神の視点(全知)を市場に実装したということではありませんか?」


 ざわ、と群衆が波打つ。 「神は全てを見通す。ならば、『情報を隠す』ことこそが、神の御意志に反する行為。違いますか?」 「なっ……」枢機卿が言葉に詰まる。「だ、だが、お前は利益を……」


 アクスは畳み掛ける。間を与えない。 「正典第4章12節。『汝、ますを偽るなかれ』。かつてこの街の商人は、客によって値段を変え、不当な利益を得ていました。私のシステムはそれを撲滅した。私は『強欲の罪』をシステム的に消滅させたのです。――これを否定することは、猊下が『偽りの升』を容認することになりませんか?」


「ぐ、ぬ……屁理屈を!」  枢機卿の顔が赤くなる。 「富そのものが悪なのだ! 清貧こそが美徳! お前のように効率を求め、楽をすることは堕落だ!」


「清貧。なるほど」  アクスは枢機卿の衣服を指差した。 「観察します。その真紅の法衣。素材は最高級のダマスク織り。染料は東方の『貝紫』ですね。市場価格で金貨三百枚といったところでしょうか」 「……それがどうした。これは教会の権威を示すための……」 「その絹は、東方から六千キロの旅を経て届きました。なぜ届いたか。それは商人たちが『効率的な航路』を開拓し、『利益』を求めて命がけで運んだからです」


 アクスは一歩踏み出す。 「もし『効率』と『利益』が悪魔のわざだと言うなら、猊下。今すぐその法衣を脱ぎ捨てなさい。それは悪魔のシステムによって作られた産物です」


 枢機卿がたじろぐ。脱げるわけがない。  アクスはさらに追い詰める。 「そして、私の『堆肥化事業』も否定されましたね。。私は捨てられていたゴミを肥料に変え、麦を増やし、飢えた子を救いました。……神が創りたもうた資源を無駄にすることと、再利用して命を育むこと。どちらが『良き管理者』ですか?」


 群衆の中から、誰かが叫んだ。「アクス様の言う通りだ!」「俺たちは鏡のおかげで飯が食えてるんだ!」  オセロの石がひっくり返るように、場の空気が変わる。  枢機卿は震える指でアクスを指した。 「き、貴様……神の言葉を、都合よく……!」


「都合よく?」  アクスは冷徹に言い放った。 「私は論理ロジックを述べているだけです。神がこの世界を設計(創造)したのなら、世界は完璧な論理で動いているはず。矛盾が生じているなら、それは神のミスではなく、あなたの解釈ドライバが古いからです」


 とどめだ。アクスは懐から、一枚の古い羊皮紙を取り出した。昨夜、書庫の奥で見つけた決定的な証拠。 「そして何より。猊下、この街の教会は、五十年前の飢饉の際、商人ギルドに資金を貸し付けていますね? ここに『利息』の受け取り記録があります。名目は『遅延損害金』となっていますが、年利二割。……あなたが禁止した『利子』を、教会自身が取っている。これはバグですか? それとも仕様ですか?」


 枢機卿の顔から血の気が引いた。  それが公になれば、清貧を説く彼の権威は失墜する。 「……貴様、それをどこで」 「記録ソースコードは嘘をつきません」


 長い沈黙。  枢機卿は、自分に向けられた数千の「疑いの目」に気づいた。これ以上アクスを攻撃すれば、逆に自分が「偽預言者」として断罪される。  彼はギリと歯ぎしりをし、身を翻した。


「……よかろう。お前の言い分にも、一理あると認めよう。神は寛容であらせられる」  精一杯の負け惜しみ。撤退の合図だ。 「鏡の封鎖を解け! ……行くぞ!」  逃げるように去っていく赤い背中を、歓声が見送った。


***


 広場には再び活気が戻った。黒い布が取り払われ、「市場の鏡」が陽光を反射して輝く。  ヴォルフがアクスの方を叩いた。 「恐れ入った。剣を使わずに、あの枢機卿を斬り捨てるとはな」 「斬ってはいません。OSのバージョンアップを促しただけです」


 アクスは、大聖堂の尖塔を見上げた。  神。この世界の創造主。  もし会えるなら聞いてみたい。このバグだらけの世界は、意図的な仕様なのか、それとも開発途中のベータ版なのか。


「……でも、少し分かりました」 「何がだ?」 「信仰とは、非合理な情熱ではありません。それは『社会を維持するための、最も強固なセキュリティソフト』です。使いこなせば、これほど強力なツールはない」


 アクスは手帳に書き留めた。  〈宗教=デバッグ可能。ただし取扱注意〉


 だが、安堵する彼らの背後で、去り際の枢機卿が残した「視線」の冷たさを、アクスは感知していた。  論理で負けた人間は、次は論理以外の手段――「暴力」か「権力」で来る。  バグ取りは、まだ終わらない。

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