第92話 白砂の迷宮第26層/竜鳴峠⑧
暗い視界の中、眩い光が閃いた。
振り放たれた柳葉刀を屈んで避ける。髪の一部が切れて舞っていくが、それだけ。
奴の放たれる剣戟の全てを、左目を駆使して避けていく。
「なんで……!!」
ゲナールは困惑の声を上げている。
どうやら奴の言う本物――染人とかいう奴らに俺みたいな能力持ちはいないらしい。
――『本物』ってのもたいしたことねぇなあ!
屈んだまま短剣を刺そうと狙うは奴の腹部に埋め込まれた珠。
恐らくは俺と同様に体内に埋め込まれた染獣の核だ。
これを壊せば大人しくなんだろ……!!
「ちっ……!!」
だが全力の刺突は、奴の異常に高い身体能力によって素早く身体を翻されて避けられる。
たったそれだけの動きがとんでもなく速い。正直、潜っていなければ見えてすらいないだろう。
「いい加減に……っ!!」
奴は回転した勢いをそのままに柳葉刀を掬い上げる様に振るってきた。
それを避ける暇はなく、刃の軌道に短剣を置いて防ぐ。
両腕で剣を支えても、奴の剛力には耐えられずにかち上げられる――寸前に自分から後ろに跳んで吹き飛ばされた。
着地したその直後、光が瞬く。
「――っ!?」
「火よ――!!」
短い詠唱の後、俺と同じくらいの火球が回転しながら飛んできた。
馬鹿デカいなおい……!!
全力の飛び込みで回避し、立ち上がって首を振る。
奴の姿を見つけた瞬間に、再び光が瞬いた。
だが――。
――撃ってこない!
次は回避行動をとらず、短剣を構えた。
案の定、真横から駆け抜けてきていたゲナールの柳葉刀を防いで弾かれる。
今回避しようと跳んでいたら、奴に両断されていただろう。
そして俺は攻撃を受ける寸前に投げナイフを放ち、それは奴の足に突き立っている。
威力が足らず大した傷にはならないが、そこには麻痺毒がたっぷり塗ってある。
「ぐっ……!! 何故騙されない……!! 何故だ!!」
誰が言うか。
実際は、奴の身体に埋め込まれた核を見ている。
奴の生来の核だけが光ればフェイク。埋め込まれた染獣核まで光ったら火魔法が飛んでくる。
俺を殺すために威力を上げる必要がある魔法を使う際は、核を2つとも使っているというわけだ。
分かりやすくて助かるよ。
弾かれ距離が開き、睨み合いの形となる。
互いに荒い息を吐きながら、武器を向け合う。
先ほどからこの繰り返しだ。大きな損傷は貰ってないが、こちらの攻撃もすべて避けられる。
……腕も胸も痛えし、頭がぼーっとしてきやがった。
時間をかけたくないってのに……。
「しぶといな。化け物が……」
「あなたに言われたくはないですよ。ここまで攻撃が通らないとは、どうなってるんですかその目は」
「知るか、お前らが作ったもんだろうが。てかお前の力の方がよっぽどおかしいわ」
俺とたいして変わらない細腕だってのに、染獣と戦ってんのかってくらいに力が強え。
アンジェリカ嬢を超えるだろう腕力に、魔法もカトル程とはいかないが正確で凶悪。
特選級を超える力を持つ奴が、つい最近まで名も知られずこそこそ人狩りしていた……なんてのは流石に考え難い。
きっと、あの埋め込まれた核が何かをしているのだろう。人間としての領域をあっさりと超えさせる力がアレにはあるらしい。
――染人と言ったか。アレがその『成功例』ってわけか。
身体に染獣の一部を埋め込んだ実験体。
俺は目だったが、奴は核を埋め込まれたと。
埋め込まれた場所が違うだけで凄い差だなおい……!!
「はぁ……っ、他の方々は何をしているんだ。ベッグは死ぬし、ナスルは戻ってこない……何が起きてるんだ……っ」
呟く奴の顔が苦悶に歪む。
こっちがつけた傷は腕を浅く切った程度。まだ麻痺毒が効くような時間でもない。
それでああなるほど虚弱体質じゃねえだろう。……俺と同じで、使用には負荷がかかると見た。
しかもあの高出力。燃費も相応に悪いだろ。
時間をかければ自滅してくれる可能性が高いが……とはいえ俺の頭もじわりと何かが染み続けている。
ニッと笑って、ゲナールと視線を合わせた。
「短期戦だな、互いによ……!!」
「わかってるなら死んでください! 火よ……!!」
詠唱とともに奴が突っ込んでくる。
光る核は1つ。ならばフェイント。
振り上げられた刃のみに集中して、短剣の腹で受け流す。
「火よ――!!」
次は本物。右腕の射線から逃れて魔法を避ける。
だが――。
「無駄です……!!」
「……?」
奴の手から放たれたものは火球ではなく、足元を照らす蕩けるような赤光。
これは……爆撃!?
「まず……っ」
避ける暇はなく、咄嗟に両腕を交差させるのが精いっぱい。
そのまま熱が膨れ上がり、視界を本物の閃光が覆った。
そして起こる大爆発が巻き起こる。
光も音も吹き飛ぶように途切れ、次に襲ってきたのは背中に叩きつける衝撃。
ハッと気付けば、近くにあった巨礫に叩きつけられていた。
その瞬間に全身に痛みが襲い来る。
「い゛っ……てぇなぁこの野郎……!」
粘ついた意識が落ちそうになるのを、叫んでなんとか堪えた。
問答無用の範囲攻撃。これなら確かに、避けられる心配はねえか……!!
だが、それは奴にとっても諸刃の剣だったらしい。
煙から歩き出てきたゲナールは、自身も煙を上げ、鎧には多数の焦げ跡が目につく。
「げほっ……これなら避けられないでしょう」
「てめえ、無茶すんなぁ……!!」
「あなたを止められるなら必要な経費ですよ。さあ、首を寄越してください」
ふらつきながらこちらへと歩き出す。
凶悪に強化された奴自身の魔法にやられて奴も限界寸前。
自分でも制御できない力……それは果たして本当に『成功例』と言えるものなのか?
「なあ、なんで首が欲しいんだ? 俺は失敗作なんだろ?」
「……その筈、なんですけどね」
「あ?」
ふっと笑うと、柳葉刀を引きずりながらこちらへと歩み寄ってくる。
からからと刃が地面を削る音が鳴る。
俺は何とか立ち上がると、短剣を構えた。
「染人はまだまだ発展途上。情報はいくらでも欲しいようですよ? 特に……彼らの支配域を離れて尚その力を開花させた、あなたみたいな特殊個体には」
「人のこと、染獣みたいに……」
「染獣でしょう? 自分の左目、どうなってるか分かります?」
「……それ言われたら何も言えねえな」
金色に光っているらしい左目は、今も光を帯びていることだろう。
目自体が光ってるのに、迷宮が放つ光を正確に見分けられているのはよくわからんが……化け物じみてるのは確かだろう。
ああ、くそっ。わかないことだらけだ。
せめてこいつから何か聞き出したいが……。
「あんたは詳しそうだ。なあ、もっと色々と教えてくれよ」
「はっ、冗談。ここに来てるのも嫌なのに、あなたと慣れ合うなんて御免ですよ」
「……そうか。残念だ」
流石に無理だよな。
捕まえて話を聞くなんて甘いことを考えている余裕はない。
生き残るには、こいつを倒すしか道はないのだ。
こいつの力の源である染獣核を破壊する。そのために、残った全てを注ぎ込む。
「やるぞ」
「……ええ」
――そこから先はあまり覚えていない。
剣をぶつけ合い、魔法を躱し、奴の苛立ちが限界を迎えたら自傷覚悟の爆発が放たれる。
何度か受けてその度に死にかけるが、3度目辺りからその法則も理解できた。
後は俺が反応できるかの勝負。
何より、ぶっ倒れるまでの体力勝負だった。
そうしてやり合うこと、しばらく。
互いに死力を尽くしたやり合いの末、俺たちは互いに膝から崩れ落ちて睨み合う。
「……はぁっ……はぁっ……しぶとすぎるでしょうが……」
「そっちこそ、どんだけ丈夫なんだよ……主でさえ動けない毒盛ってんだぞ……」
投げナイフは既に3度も刺した。
10層の主ならとっくに動かなくなってるってのに、奴は結局僅かに動きが鈍っただけだった。
「十分効いてますよ……。気合で動いてるだけです」
「動けてんのがおかしいって言ってんだ」
剣の威力は落ちてるが、痺れのせいなんか疲労のせいなのか全くわからん。
それと同じくらいこっちも疲弊してるからな……そろそろ限界だ。
ゲナールもまた乾いた笑みを浮かべ、周囲へとちらと視線を向けた。
「……他の人たちもやられたようですね。僕らは、してやられたってわけだ」
それなりに戦っていたと思うが、気付けば周囲は静寂だ。
恐らくカイの戦いはさっさと終わって、今頃は地上へと向かっていることだろう。
アンジェリカ嬢たちが少し心配だが、カイが来たということは、軍曹の方も間に合っていることだろう。
……逆を言えば軍曹自体が不安なんだが、そこは奴の復讐心を信じるしかない。
「……楽な仕事のはずだったんですけどねえ。これは、生き残るのは難しそうだ。仕方ない」
震えながら立ち上がったゲナールが、柳葉刀を地面に突き立てた。
何をする気だ……?
「あなたに1つだけお教えします。染獣の一部を埋め込まれた、哀れな染人――その末路を」
腹に手を添えて魔力を込め始めた。
左目で見なくても分かるくらいに光を帯びて、染獣核が全力で稼働をし始めている。
そんなことをしたら――どうなるんだ?
「ぐっ……おお――!!」
瞬間、俺の左目に強烈な光が浮かび上がる。
奴の染獣核から電撃的な速度で光が空を駆け抜け、奴の身体すら飛び出して。
空中に無数の魔法陣を描き出した。
その数、10を超えている。
「は……?」
「せめて、あなただけでも……!!」
絞り出す叫びと同時に、魔法陣が輝き赤光が溢れ出す。
恐らくはあの俺よりデカい火球が放たれる。
全方位を囲まれ、背後には巨礫。全てを視て避けるのは不可能だ。
これが染人の力……?
染獣とか、そういうのすら超えてないかこれ!?
だが驚いている暇もない。
何かしなければ焼かれて死ぬ。
何かないか。何か――。
振った視界に、光の中心、ゲナールの輝く核が見えた。
「――あ」
あった。
電撃的閃き。一か八かの大博打。
だが賭けなければただ死ぬだけ。……やるしかない!
『火よ――!!』
周囲の空間に赤い光が満ちる。
魔法陣が輝き、そこから肉を焼き焦がす火球が無数に生み出された。
それが、射出される寸前。
俺は両手を地面について身体を屈めると――背負っていた推進装置を起動した。
まだ燃料は残っている。
俺すら忘れかけていたそれの爆発的加速によって突貫し、荒れた大地を一息で駆け抜ける。
短剣は仕舞い、代わりに構えるのは強化毒撃ち。
風に乗り、石の床を蹴り飛ばし、ゲナールの下へとたどり着く。
「――――」
青い顔をした細目の男は、こちらを見てもいなかった。
……哀れだな。これが、お前の言う末路か?
考えたのはその一瞬。
俺は推進装置の勢いを乗せた毒撃ちを奴の腹にぶつけ、撃ち込んだ。
奴の爆発に並ぶ爆音が鳴り響き杭が解き放たれた。
それは正確に、そして凄まじい威力で奴の染獣核を打ち砕き――。
「……ああ、ここまでか――」
「……」
「――精々、上手く使ってくださいよ。左目君」
「あ?」
呟かれた言葉に気を取られたのも、一瞬。
奴の身体から光が霧散し、そのまま崩れ落ちた。
よりかかられ抱きかかえる形となった背後で、赤い光が砕けていくのが横目に見えた。
……良かった。発動までされるんじゃないかと恐ろしかったが、最悪の事態は回避された様だ。
「……終わった……」
理解した瞬間に、全身から力が抜け落ちた。
何とか杭を抜き、ゲナールの身体を横たえて……。
そこで、俺の意識も崩れ落ちていくのであった。




