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第90話 白砂の迷宮第26層/竜鳴峠⑥



 巨礫が散らばる裾野にて俺はゲナールとかいう細目の男と斬り合っている。

 黒踏鋼(こくとうこう)の短剣は重いが硬い。

 奴の分厚い曲刀――柳葉刀と打ち合っても決して欠けず力負けもしない。

 ならば速く動けるこちらが有利だ。


「――――」


 奴の攻撃は中々に厄介ではあるが、特段変わってもいない。

 左で剣を振り、右で魔法を放つ。

 ぼそぼそと囁く声を聞き取ることはできないが、魔法を放つことだけは分かる。

 なにせ発動前に右手が光るからな。


「うおっ!?」


 ただ、発動の瞬間が分かっても頭よりデカい火球が熱いのは変わらない。

 まともに喰らえば戦闘不能になる技を至近距離で放てるのは卑怯だろ!


「――また、避ける」


 だが、脅威といえばそれくらい。

 剣の腕は良いのだろうがカイたち程じゃない。

 顔を振って火球を避けた後、その手のひらへと短剣を突き刺すように振るう。

 が、そこは柳葉刀の刀身で防がれ、するりと滑らせて短剣を上から殴りつける。


「……っ!!」


 その衝撃で、右腕にまた鈍い痛みが走る。

 こいつ、俺の傷を狙って敢えて武器をぶつける様な攻撃をしてきやがる。

 おかげで血が止まらない。時間をかけるとまずいんだが、どうもこいつはさっきからそれを狙っているような気がしてならない。


 本気で殺しに来ておらず、こちらをじっと観察しているような……。

 細目だからよくわからん。


「――ふむ」


 飛び退いた俺を見て、奴は呑気に首を傾げる。

 そこもまた違和感。

 仲間の1人をぶった切られて、もう1人も伏兵の襲撃を受けて戦闘中。

 明らかに焦らなければならない筈の状況で、奇妙な程に冷静なのだ。


「なるほど。大体理解しました」

「……あ?」

「その左目、迷宮の物質やら魔力が良く見えるんでしょう? ほら」


 奴が右手を振ったその一瞬で光が膨れ上がり、俺はその軌跡から身体を飛び退かせる。

 だが火球は放たれなかった。

 代わりに、素早く身体を翻していた奴の、柳葉刀の一閃が振り抜かれた。

 縦の動きを警戒した俺に、横の一撃が襲い来る。


「い……っ!?」


 何とか短剣を両手で抑え込み剣戟は防いだ。

 が、血が噴き出して鈍痛が走る。体力はじわりじわりと削られてる。

 

 今のは……魔力だけ放出したのか?

 そんな欺き方(フェイント)があるとは、染獣にはない選択肢をとってきやがった。

 魔法を避けようとすれば、奴の剣への防御が疎かになる。一気に戦いが厄介になった。


「見えすぎるというのも、問題がありますよね」

「……」


 こいつ、今のやり取りで俺の目のことを見抜きやがった。

 よく考えればあのナスルって奴も俺の目を知っている風だった。

 元からある程度能力は知られていて、今の観察でその細部まで把握されたのだろう。

 

「しかし、ただ見えるだけですか。外れでしたね」

「……?」

「所詮は廃棄物……ってことです」


 瞬間。奴の身体に赤い光が走り、再び柳葉刀が振るわれる。

 だがその速さは先ほどまでの比ではなく。

 咄嗟に間にいれた短剣をあっさりと跳ねのけて、俺の胸を斜めに叩き斬るのだった。 


「ぐっ……」

「おや、浅い。しぶといですね」


 咄嗟に身体は引けた。そして強化した防具もちゃんと機能している。

 だがそれ以上の剛力で、凄まじい速度の剣閃だった。

 先ほどまでとは、まるで違う。


「欲しいのは首から上なので、さっさと死んでください」


 そのまま連撃が襲い来る。

 今のは不意の一撃だったが、力が強くなったことを踏まえれば何とか防げる。

 だが流れ出る血がどんどん体力を削っていき、何より――。


「――はい。これはどっち?」

「……!?」


 時折差し込まれる右腕からの発光が、魔法か光かの2択で惑わしてくる。

 喰らえば終わりなのでとにかく避けるしかないが、そうなると大きな隙を晒す。

 単純なのに途轍もなく厄介だ。


 ……しかし、奴の言葉が気になる。

『外れ』に『廃棄物』……。俺の目にやけに詳しいことを考えれば、答えは1つ。

 互いの剣が弾かれ、距離が開いたその瞬間。俺は声を張り上げる。


「お前、湖畔の国(ラクトリア)か!」

「……ええ。そうですよ。()()()()()()、哀れな染人(タグァ)ですよ」

「は? タグ……?」

「問答無用」


 重い剣戟が襲い来る。

 残念ながら教えてはくれないらしい。

 なら、自分で確かめるしかない。


 ――どのみち、使わなきゃ勝てない。


 覚悟を決めて、俺は迷宮側へと意識を潜らせる。

 倒すまで続く潜航。きっとそれは、俺の頭をかなり蝕むことになるだろう。

 だが出し惜しみは即、死だ。できる限り戦って……。


「……は?」

「おや、その目は……?」


 しかし見えた視界。

 奴の体内には、強烈に光る珠が2()()

 こいつまさか……体内に核が2つある……?

 

「……得体が知れないですね。さっさと、死んでください」

「お前に、言われたくねえよ!」


 振り下ろされる剣を、今度は正確に止めて受け流し、奴の腕を斬りつける。

 核は2つで訳が分からんが、動きはちゃんと追えた。


「浅いか……」

「……!! あなた……」


 潜ればもう奴の動きは見える。

 これで、対等。さっさと殺す。


「ぶっ殺す!」

「厄介な……!!」


 血は流れ、頭の奥でじわりと何かが染みていく。

 制限時間付きの殺し合いが始まった。



***



 背後の戦闘音を聞きながら、ナスルはただひたすら困惑の中にいた。

 ……どうしてこうなった?


「はぁっ……はあっ……」

「……」


 目の前に立つ、涼しい顔をした顔の良い剣士を睨みつける。

 身に着けているのは身軽そうな革鎧。剣だけはやけに立派だが、それ以外は質素なもんだ。

 歳は……かなり若いだろう。先端に向かうにつれて赤くなる髪は、この国ではあまり見ないものだ。

 ただそんな些末事を差し置いて――とんでもなく、強い。


「……痛ってぇ……」


 全身から血が流れ落ちている。もう傷がついていない部位はないんじゃないかってくらいに切り刻まれた。

 特に右腕の損傷が激しく、もう剣を握るだけで精一杯。

 相棒である双剣は欠け、これ以上打ち合えば折れる可能性が高い。


 たった数分の打ち合いでこれだ。

 力の差がありすぎる。剣じゃ絶対に敵わねぇ。

 なら魔法で仕留めようにも、魔法の腕すら向こうが上。

 同じ魔法を奴はオレより素早く、高威力で放って掻き消してきやがった。


 最後にオレの必殺技でもある『姿隠し』――要は目を欺く迷彩魔法なんだが、それにもこいつは反応してみせた。右腕を切られたのはその時だ。

 あの左目野郎みたいに見えていた訳じゃねえだろう。だってのに反応しやがったんだ……バケモンだ。


「……なんでだよ、チクショウ……なんなんだテメェ……どっかから湧いて来やがった」 


 こんなことが起きないように、襲撃前に周囲の警戒はしていた。

 こんな目立つ野郎が隠れていないことは確認済みだってのに、どこから、どうやって襲ってきたんだ……?

 奴らにオレらの知らねえ隠し玉があったとしか思えない。

 ますます情報収集の甘さが露見してやがる。しかも最悪な形で……あのクソ王子が。


「……はぁ」


 まあ、文句を垂れ流してても仕方ない。

 このままだとあの左目野郎より先に出血死するだろう。いや、その前に殺されて終わりか。

 ……他の連中が勝つことを祈って、時間稼ぎをするしかねえな。

 情けねえが、今のオレに選択肢はない。

 剣を落として地面に座り込み、無表情の男へと声をかける。


「なあ、オレ何かしたか?」

「……さあ?」


 だが、返ってくる言葉は素っ気ない。

 先ほどからずっとこう。会話をしようとしてもまるで反応がない。

 呆れるくらい徹底してやがるが、どうもこちらを見つめる目が剣吞なんだよなあ……。

 ただの雇われってわけじゃなさそうだが、果たして。


「いいじゃねえか。殺される前に、ちょっとくらい会話してくれてもいいだろ? お前も聞きたいこととかあんだろ」

「……そこまでいうなら、少しだけ」


 おっ、良いね。乗ってきた。

 これだけの優位だ。ちょっとは油断してたくさん喋ってくれ――。


「ただその前に」

「あ? ……ぐっ!?」


 右手に激痛が走る。

 見れば地面についていた右手に短剣が深々と突き立っていた。

 懐に隠していたらしいそれを、一瞬で投擲したのだろう。しかも手のひらにある魔力放出孔を正確に狙ってきやがった。

 ゆっくりと近づいてきた奴に魔法を放とうとしていたのに、今の一撃で霧散した。


「これで話しやすくなった」

「……バレてたか」

「追い詰められた小悪党がすることくらい分かりますよ」

「小悪党……ははっ、そうかよ。お手上げだ……上がんねえけど」

「……」

「……反応くらいしてくれてもいいだろ」


 悠々と歩いてきた奴は、痛みで落とした相棒を拾い上げると俺の腿に突き刺した。

 俺の剣には肉を焼く薬物が塗布されている。

 自然治癒を阻害してじわりじわりと相手の体力を削るのだが、今の俺にとっては致命傷になる。

 あーあ……ここまでか。全くもって容赦がねえ。


 ああ、くそっ。受けるんじゃなかったよこんな仕事。

 力が抜けただろう俺を見て、奴はようやく会話を始めた。

 ご丁寧に首筋に剣を当てながら、口にしたのは――。


「――あなたは、人間ですか?」

「あ?」


 不意に投げかけられた言葉に首を傾げる。

 ここまでして、聞くことがそれか?


「何言ってんだ? 人間じゃなきゃなんだってんだ?」

「じゃあ、あなたは人間だと」

「だからそう言ってんだろうが!」


 叫んだ言葉に、きょとんとして首を傾げてやがる。

 なんなんだよ、イラつく野郎だな……。

 オレ、こんなのに殺されかけてるのか? 情けねぇ……。


「……本当に人間なんですか? おかしいですね。だって――」


 ぼんやりとしていた筈の目が、不意に鋭くなった。


「あそこの細目の人、あれ……()()()()()()()()()()?」

「……!!」


 告げられた言葉に全身が総毛立った。

 ばっと顔を上げると、妖艶に微笑む男の顔がある。


「ほら、やっぱりそうだ。あなたは知ってる人だ。あなたの方を残して良かった。もう1人の方は、あんまりそういうの知らなそうだったし」

「……お前、なんなんだ」


 全身に広がる寒気は、こいつのせいか、流れ出る血のせいか。

 こいつの今の問いで、あらゆる前提がひっくり返った。

 オレらはこいつらを狩りに来たんじゃない。こいつらに、おびき寄せられたのだと。

 

「自己紹介は不要でしょう。あなた、そろそろ死んじゃいそうですし。時間を稼いで仲間を呼ばれるのも困る」

「……やるならさっさとやれよ」

「ああ、そういうのもいいです。駆け引きもしない。ただ――1つだけ聞きます。死にたくなかったら、答えた方がいいですよ?」


 するりと差し伸べられた糸は、どうせ切れると分かっている。

 だがそれでも手を伸ばしたくなるのは、人の性ってやつだ。


 少しの期待と恐怖で視界が揺れる。

 こちらを見下ろす、相変わらず刃みたいに鋭いその目は全てを見透かすようで――。


「……『クムト』という名に聞き覚えは?」

「……!!」


 そうして、その質問はオレの急所へと正確に突き刺さる。

 反応をしないようにするのに必死だった。

 なんで、その名前からこいつの口から……。


「知ってるんだ」

「……」


 何も言ってねえよ……!!

 こいつ、オレの姿隠しもあっさり見破ったり、ゲナールのことに気づいたりとやけに鋭い。

『反応が良い』なんて言葉で片付けて良いもんじゃねえ。


「だんまり、か。なるほど、彼はそれほどの地位にいると。出世したなあ」

「……っ」

 

 それも言ってねえよ……。

 とんでもないバケモノにオレは捕まっちまったらしい。

 今すぐ逃げたいが、身体は動かねえし意識もぼおっとしてきやがった。

 ああ、ちくしょう。こんな仕事、受けるんじゃなかった……とことんついてねぇ。


 遠くからはまだゲナールが戦っている音が聞こえてくる。精一杯の時間稼ぎも無駄そうだ。

 揺らぐ視界の中、奴の顔がゆっくりと近づいてきた。

 ……殺すか? それとも、拷問でもする気か?


「――うん、いいね。合格」


 だが諦めかけたその時。

 奴はあろうことか剣を納めやがった。

 押さえつけられていた背ががくりと丸まり、ようやく身体が楽になる。


「……?」

「ほら、治療しますよ」


 そう言って、頭から液体をぶっかけられた。

 これは……回復薬か?

 剣も短剣も突き立ったままだが、じゅうじゅうと音が鳴って傷が塞がっていくのを感じる。……足の傷は治んねえけど。

 我ながら嫌な武器を使ってるもんだ。


 しかし、なんで治療を?

 なんだよ。まさか見逃してくれるなんてことは――。


 なんて思った直後。

 ごっ、と奇妙な音がした。

 同時に視界が大きく揺れて、意識が頭の奥へ奥へと弾け飛んでいく。


()()()()()()、教えてもらいますね」

「……てめえ……」


 奴の顔がニコリと微笑み、剣を握った揺れが伝わる。

 その手がぐっとひねられた瞬間、オレの意識は途絶えたのだった。



***

 


「……ふう」

 

 目の前の剣士が倒れたのを確かめて、カイは大きく息を吐き出した。

 思っていたよりも大きな自身の吐息に驚く。

 どうやら、自分はそれなりに緊張していたらしい。


「終わったかの?」


 背後から聞こえてきた声に振り返れば、杖を持った老人が立っていた。

 自分(カイ)をここまで連れてきてくれた、迷書殿のシュクガルという老人。

 見た目はただのご老人だが、その中身が只者ではないことは最初に会った時から分かっていた。


 ――戦ったら、負けるかもなあ。


 今も集中していたとはいえ全く気配がなかった。

 彼らの隠遁術というのは末恐ろしい。

 この剣士もそれに近いことをしてきたが、ご老人のそれとは比べ物にならないくらい稚拙な物だった。

 学者でいるのが勿体ないと思いながらも、カイは頷いた。


「はい。後は連れて帰ります。またお願いできますか?」

「うむ。その約束じゃからの。しかし、そこまでして知りたいこととはなんなんじゃ?」

「……話す必要、あります?」

「手伝ったんじゃから、それくらい教えてくれても良かろ?」


 睨みつけるカイだが、シュクガル老はニコニコと微笑んで動かない。

 そのふてぶてしさに、最終的に折れたのはカイの方だった。


「クムト兄さんは、恩人なんです。俺は今は強いですけど、昔はひ弱な子どもだったんですよ」

「……強いとか、自分で言うんじゃな」

「……? 事実なんで。子どもの時にひ弱だったのも事実です。数十m走るだけで息が上がって、兄弟からいじめられていたような弱い奴でしたよ」


 そう言いながら、気絶中のナスルから剣と短剣を引き抜き、傷口だけ革布で塞ぐ。

 手早く装備を斬り剥がして手足を拘束すると、肩に担いだ。

 呆れるほど素早い手口。きっと事前に準備していたのだろう。


「誰にも見向きされなかったそんな子どもに、剣を教えてくれたのが兄さんだったんです」

「ほう。恩人であり、剣の師匠というわけか。そのクムトという男は騎士だったのか?」


 師に続くように騎士になったのかと問うシュクガル老に、カイは首を横に振って応えた。


「いえ、探索者でしたよ。俺の家に縁があったみたいで、昔から時々顔を出していたんです。庭の隅で泣いてる俺を見かけて、声をかけてくれて。それから定期的に顔を出してくれて、剣を教わりました」

「……その男が、消えたと」


 シュクガル老の問いに、カイは「ええ」と頷いた。


「順調に実績を積んで、上級になった兄さんは、ある時遠征で第三都市へ向かったんです。向こうの都市からの指名依頼で、更に実績が積めると喜んでましたよ。行方不明になったのは、その時です」

「行方不明……迷宮ではよくあることだがの」

「そうみたいですね。でもその時の俺は信じられなかったんですよ。だから自分で迷宮に入れるようになって探そうと思って……騎士になりました」

「ふうむ……最強との呼び声も高い騎士の動機が人探しとはの」


 他の騎士が聞いたら絶望しそうな話である。


「皆そんなものじゃないですか? 金が良いとか親に言われてとか、そんなのばかりですよ」

「そうかの? ……そうかもしれんの」


 一時的とはいえ戦争の途絶えたこの世界で、大層な目標を期待するのは酷なのかもしれない。

 髭をもしゃって考えながら、シュクガル老は浮かんだ問いを口にする。


「しかし、それなら探索者になった方が良かったのではないか?」

「……家の方針で、騎士が精一杯でした。これでも貴族の出なんでね。ただ、俺が騎士になった時は、もう騎士は探索をしなくなっていたのは誤算でした」

「ほうほう」


 いつの間にかシュクガルは胡坐を組んで話に聞き入っている。

 

 ――俺の話を娯楽にしないで欲しいんだけど。


 とはいえもう始めてしまったので仕方がない。

 溜息を吐きながら、カイは話を続ける。


「それでも迷宮には潜れるので、訓練もかねて1人で迷宮に潜り続けていたんです。1人だと大した階層には潜れなかったですけど、支部に入れることが重要だったので。そして……見つけたんです」

「ほう。行方不明になった筈の男が生きていた、と」


 それも、体内に染獣の気配をさせた状態でだ。

 生きていたのに知らせに来ず、あまつさえ逃げ出したのだから、きっと隠さなければならない程の事情があるのだろう。

 自分の意志なのかそうでないのかに関わらず、知らなければならない。

 それがカイなりの恩返しであった。


「……なるほどのう。それでゼナウの小僧と手を組んだのか」

「そういうことです。彼の傍にいれば、自ずと分かるだろうと思ってましたが、こうも早く分かるとは流石に想定外でしたね」

「ほほっ、そうじゃのう……ちなみに今の話、どこまでが本当じゃ?」

「……もちろん、全部ですよ」


 ――ただ少し、目的が違うだけで。


 彼は恩人であり、剣の師であり――母を殺して逃げた仇でもある。

 だが、彼が本当に仇なのかは未だ判断ができていない。

 何故ならあの日、彼から染獣の気配がしたから。


 もしあれが、人でない何かになっていたのなら……そんな淡い期待をしていたけれど、ゼナウとあってそれは覆された。

 あの日、あの男は正気だった。……ならば、するべきことは1つでしょう?


 ああ、彼に出会えたのは幸運だった。

 こうして()()()も手に入ったことだし、一気にあの男へと近づけた。感謝してもしきれない。

 この借りはいつか返さなければ。


「もう良いですか? さっさと運びたいんですが」

「うむ。ありがとうな。……あ奴の手伝いは良いのか?」


 剣戟の音が鳴る向こう側をしばらく見つめてから、カイは首を横に振った。


「大丈夫そうだからいいです。元々今日はここまでの約束なんで」

「ほほ、薄情だのお。まっ、そういう関係もよかろ」


 3人の身体を光が覆い、その姿を隠していった。

 完全に消える寸前。

 カイの瞳が、未だ戦う共犯者の姿をとらえてニッと笑った。

 

「じゃあ、後は頑張って」


 そうして、戦いの1つが終結するのであった。 

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