第9話 探索者選抜試験②
「続いて12番の組! 入れ!」
騎士のおっさんの号令を受け、次の探索者志望者たちが疑似迷宮へと入っていった。
どうやらこの試験はあの洞窟もどきに入って最奥まで辿り着けば合格になるらしい。
何をもって最奥とするのかは不明だが、行けば分かるようになっているのだろう。
勿論ただの洞窟のはずもない。
中には当然罠があり、染獣代わりの全身鎧の騎士たちが待ち構えているそうだ。
こちらの装備は武器以外は持ち込み自由。武器のみ騎士団が用意した地上製の物が使われる。
もし地下製の装備なんて持ち込まれたら騎士側に死人が出るかららしい。
なので俺の、アンジェリカ嬢から貰った灰短刀はお留守番。
代わりに既製品の短刀を選ばせてもらった。
しかし、騎士が相手か……。
左目で見える分染獣の方がむしろ楽だったんだが、仕方ない。
順番が近づいてきたので入口の方へと向かって騎士に木札を手渡す。
まだ若そうに見えたその騎士が俺の顔を見てぎょっと固まっている。
まあ眼帯姿だからな。無理もない。
実際周囲の連中はじろじろと俺のことをうかがっている。
文句があるなら直接言ってくりゃいいのに、鬱陶しくて仕方がない。
「通るぞ! 怪我人追加で1名だ!」
先に疑似迷宮に挑んで脱落した奴らは担架で運び出されている。
見たところ軽く流血しているのが何人かいる程度。大した危険はなさそうだ。
……逆にそのくらいの危険度で選別ねえ。どれくらい意味があるのやら。
「続いて13番の組! 入れ!」
「よおし! 行くぜ!」
号令とともに、たむろしていた連中が走って迷宮へと入っていった。
……今の槌を担いだ男、なんで上半身裸なんだ? 筋肉は凄かったが……。ありゃ駄目そうだ。
「なあ、眼帯の兄ちゃん」
「ん?」
ふと声をかけられたので振り返ると、人懐っこい笑顔を浮かべた若い男が立っていた。
粗い黒髪を後ろへ撫でつけ、引き締まった均整の取れた体の上に革鎧を身に纏っている。
何かしらの戦闘職なのだろう、僅かに露出した肌にはいくつかの傷跡が見えた。
鉄製の槍を背負っているから、彼も受験者だろう。
「なんだ?」
「兄ちゃん、迷宮の中でもその眼帯付けるのか?」
「……答える義理はねえな」
初対面でいきなり不躾な奴だ。
睨みつけて答えると、変わらず笑みを浮かべたまま気まずそうに頭を掻き出した。
「いや、すまんすまん。あまりにでっけえ眼帯付けてるもんだからつい気になっちまってさ」
「だからってそう堂々と聞くか?」
「いや、だって俺か兄ちゃんが落ちたら多分もう一生会わないだろ? ならここで聞いておきてえじゃねえか」
「……」
妙な理論だが、不快感はない。
離れた場所からチラチラと伺ってくる他の連中と比べて真っすぐ聞いてきた分、むしろ好ましいくらいだ。
まあ、探索者になる以上はこの目のことは隠さないと決めているし、それに……ちょっとだけ暇だったしな。
教えてやるか。
「ああ、外すよ。俺は【迷宮病】なんでね」
「はー! そうなのか。俺、初めて会ったよ。あれだろ、迷宮の中だとすげえんだろ?」
頷いてやるとすげえすげえと身体を上下させている。
これから試験だってのに元気な奴だ。
かと思ったら、不意にその表情が曇った。
「あ、でも、てことは兄ちゃん、顔をやられたのか。大怪我だったんだろ? 大変だったな」
「……」
「ん? どうした?」
いかん、最近隙あらばこちらを殺そうとしてくる犯罪者か篭絡しようとしてくる悪女たちばかり相手していたせいで、普通の人の有難みが凄まじい……。
そうだよな、人間ってこうだよな……。
「いや、何でもない。……あんた、名前は?」
「俺か? ウィックってんだ。普段は海獣専門の漁師をしてる」
へえ、漁師か。しかも超大型魚専門――どうりで鍛えられてるわけだ。
なら身体の基礎はできてるだろう。
「そういう兄さんは?」
「俺はゼナウ。仕事は罠を作ってる」
「なるほどなあ! 俺らは遠洋だからあんまり使わねえが、狩りって意味じゃ似たようなもんだな。よろしくな!」
「ああ」
そう言って握手を交わす。
うん、こいつはいい奴だ。
こいつがなんで探索者になりたいのかはわからないが……このまま行かせるのも忍びない。1つだけ、助言をしておこう。
「――続いて14番の組、入れ!」
「おっと出番だな。じゃあなゼナウの兄ちゃん、また会えることを祈ってるぜ」
「ウィック、待て」
「あん? どうしたよ」
ぐっと彼の腕を掴んで頭を引き寄せる。
他のものに聞こえないように、小さな声で告げる。
「中に入ったら少しの間でいい、岩か壁の傍でじっとしてろ」
「へ? ……おう、よくわかんねえけど、わかった!」
笑顔で頷いて彼は走り出した。
これで即失格は免れるだろう。後はあいつの資質次第。
さて、俺も行きますか。
腰に差した短刀に手をかけながら、疑似迷宮の中へと入っていった。
***
疑似迷宮に入ると、途端に外のざわめきが消え去り、代わりに別の音が聞こえ始める。
金属のぶつかり合う音に、どたどたと駆けていく足音。そして誰かが発する雄たけびのような絶叫。
……迷宮とは思えない騒がしさである。
まあ、入口はこんなものか。
下っていく坂道の先には石の瓦礫でできた回廊が広がっている。
その空隙を縫って行ける道は大体3つ。
とりあえず入ってすぐに騎士はいないらしい。
安心して眼帯を外し、隠れていた左目で暗闇を見つめる。
すると、僅かに発光する足跡が浮かび上がった。
……おっと、まさか迷宮物質が現れた。しかもそれなりの数がいる様だ。
受験者が持ち込んだ可能性もあるが、この数は多分騎士の物だろう。
さては鎧に低層の金属を使ってるな?
流石大国。迷宮資源も豊富なようである。
だが、これは僥倖。遠慮なく利用させてもらおう。
比較的足跡の少ない右の通路を選んで行動を開始した。
短刀を抜いたまま、足音を消して先へと進んでいく。
しばらく進んでいくと足跡が集まり、光がとびきり濃い場所に出る。
……いるな。鎧の音が隠しきれてない。曲がり角の右に潜んでる。
その上、足元には一部だけ光がない場所がある。右目でよく見れば地面の色も僅かに違う。
穴でも掘ったか。窪みで足を引っかけ、転んだ所を襲撃するって算段だろう。
となると……。
近くにある石を拾って通路の奥へと投擲して音を鳴らす。
「――!!」
驚いてガシャリと音が鳴った瞬間に、壁を蹴って窪みを無視して通路へと飛び込んだ。
途端に濃い光の塊――全身鎧の騎士が視界に映る。
やはり迷宮産装備。予想通り低層のものだろう。
驚いている騎士に武装はなく、代わりに指先までを覆う分厚い籠手を身に着けていた。
恐らくはそれで殴りかかるつもりなのだろう。まさに低層の染獣の代わりだ。
「――――」
騎士が反応しきる前に着地して、同時に脇腹で光の欠けた部分――鎧の継ぎ目へと短刀を差し込んだ。
「……っ!?」
突然の痛みに身体が固まった瞬間に、側頭部を横から蹴る――とこっちの足が壊れるので思い切り踏みつけて壁へとぶつける。
それだけで騎士は昏倒した。
……浅めに刺したから死にはしないだろう、多分。これで犯罪者になるのは御免である。
まさか刺されるとは思っていなかったのだろうが、にしても随分あっさりと倒せた。
騎士ってのは対人戦闘の猛者じゃねえのか?
……まあ、こんな暗闇の中全身鎧で待機してるってのは流石の騎士も初体験なのだろうな。
公僕ってのも大変だなあ。
「うわあああ!!」
直ぐ近くを逃げ惑う受験者の叫びが聞こえてきた。
後を追いかける騎士の甲冑の音も。
それに反応したのか、すぐ近くで別の金属音が聞こえた。鎧で隠れるの、絶対失敗してるだろこれ。
この様子なら問題はなさそうだ。
今聞こえた音の背後をとるように、疑似迷宮の中を静かに進んでいくのだった。
***
「うわっ!?」
「ぐおっ……!!」
「ひぃ……!?」
それから暗闇に乗じて隠れている騎士たちを気絶させていく。
他の参加者を追うのに必死な奴。
角で襲おうと潜んでる奴。
徘徊して真っ向から襲いかかろうとしている奴。
全員を素早く倒して奥へと進む。
数mも進めば入口に満ちていた騒音も薄まり、張り詰める静寂が周囲を満たしていく。
ここまでは記念参加の素人たちを振るい落とすためのもの。
本番はここからだろう。
洞窟のような構造が途切れ、水の音が聞こえてきた。
視界は開け、南国らしい刃のように伸びた葉を持った植物がたくさん生えている領域へと入った。
……罠と待ち伏せはここまでか?
そう思って足を踏み入れた途端、真上の木から葉の擦れる音が鳴った。
「――――っ!?」
咄嗟に前に転がると、俺のいた場所にこん棒が振り下ろされた。
音は軽かったが、当たり所悪けりゃ死ぬぞ今の!?
現れたのは身軽そうな革鎧に身を包んだ茶髪を短く刈った男。
避けられたのが意外だったのか棍棒――せめてもの温情なのか木製のそれで肩を叩きながらこちらへと向いた。
「……やるな、あんた」
小さくそう呟いて棍棒を隙なく構える。本来の得物では当然ないだろうが、強そうだ。
左目には鎧が光って見える。染獣の革を使っているのだろう。
……まともに戦ってたら他の騎士もやって来る。さっさと終わらせよう。
「――――!!」
真っすぐ突っ込んで、短刀を顔へと突き出す。
当然顔をずらされ躱され、俺の脇腹へと棍棒を振り下ろそうとする。
だが俺は突っ込んだ勢いを止めることなく走り抜け――逃げた。
「なっ――!?」
まさか逃げると思わなかったのだろう。
慌てて走ってくる音が聞こえる。
それを確かめ、俺は前にあった樹へと飛び込んで、蹴飛ばして宙返りをする。
「はあ……!?」
再び驚き固まる騎士の背に飛び降り、その肩の隙間に短刀を差し込んだ。
「ぐおっ……!?」
「悪いな」
小さくそう囁きかけて、膝の裏を全力で蹴飛ばす。
膝から崩れ落ちた格好になる彼の側頭部にもう片方の足を振りぬいて、昏倒させた。
少し待って起き上がらないのを確かめて、奥へと走り出す。
油断はできないが、もう罠の類は少ないだろう。
再び足元の光源を見極めながら、俺はゴールに向けて進んでいった。