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第88話 白砂の迷宮第26層/竜鳴峠④





 次なる竜を探し求め、1時間ほどが経過した。

 流石にずっと走り続けるのは不可能なので、山に入ってからは休憩を挟んでから徒歩で移動している。

 先頭を俺とアンジェリカ嬢が、後ろにカトルと鉄塊の組み合わせで警戒をしながらの進行である。


 しばらく進んでは立ち止まって辺りを調べる俺に、アンジェリカが屈み込んて尋ねてくる。


「どう? ゼナウ」

「……駄目だな。近くに痕跡はない。そっちは?」

「こっちも駄目ね。雲一つない綺麗な青空よ」


 下を俺が、上をカトルたちが見ているが、竜の気配はどこにもない。

 できれば残りの2種も戦っておきたかったんだが……これ以上は難しそうだ。


「時間切れだな」

「ええ。ここからは、奴らの対応の方に移るわよ。皆、装備をつけて」


 近くの岩場の陰に移動し、本番に向けた準備を行う。

 具体的には装備の変更。背負い袋を下ろし、用意した装備を身に着ける。

 その間に、手短に話し合いを行っていく。


「奴らの行動は大体予測できる。俺たちと並行で竜か、他の階層で染獣を狩って骨染獣を作る。そいつができたら、襲撃開始だ」

「いくら優秀でも、それだけの準備をするなら時間がかかるはずよ。今からなら……襲撃は夕方くらいになるかしら」

「5人に骨染獣……数は向こうの方が多いんだよね」

「ああ。雑魚相手ならいいが、同格以上が相手だとそう簡単にはいかないだろうな」


 その上、奴らは人狩りの常習犯。

 迷宮内での対人戦のやり方は心得ている筈だ。

 基本的に同じ行動を取る染獣たちと違って、俺らを仕留めるために様々な手を使ってくるだろう。


 まともに戦えば危険……それは間違いない。

 ただ、そんなことはそもそも承知の上。


「まあそこは問題ない。そういう作戦を組んできたんだ」

「へえ? ならあなたの悪だくみは、そこで活きるのかしら?」


 アンジェリカ嬢がにっこりと笑みを浮かべた。

 ……やっぱりバレてたか。


「知ってたのか」

「当たり前でしょう。あの部屋は誰の持ち物だと思ってるのよ。あなたの小細工なんて筒抜けよ。……まあでも、それ自体は別に構わない。ちゃんと役に立つんでしょ?」

「当然だ。そのために色々と準備を――」


 俺が念のために用意していた言い訳を並べ立てようとした、その時。


『――』


 遠くから、指笛が鳴った。


「え、何……?」

「……っ!!


 聞こえた瞬間、全身から血の気が引いた。

 まさか、早すぎる。ついさっき迷宮に入ったばかりの筈だろ!?

 だが残念ながら聞き間違いではないのだろう。

 だから俺は咄嗟に声を張り上げた。


「――()()!!」

「へ?」


 何が起きたと固まる面々。

 だよな、わけわかんないよな!

 でも今は緊急事態。構わず、再び声を張り上げた。


「『落水』が来るんだよ! 全員、備え――」


 叫びながら振った視界。濃密に光る塊が上空からこちらへと突っ込んできている。

 そしてそれとは別に、地上から眼前へと迫る()()()光。それが手にした細長い何かを、振り上げた。

 狙いはカトル。鉄塊も無反応。どうやら気付いたのは俺だけだ。


「……っ!!」


 咄嗟に短剣を引き抜いて、迫る光へとぶち当てる。

 金属の激突音が鳴り響き、それぞれの武器が弾かれた。

 だが、その瞬間に光が再び動き、もう片方の武器が振り抜かれ、弾かれた姿勢の俺に斬撃が襲い来る。

 それは装甲の上から、右腕をするりと切り裂いた。


「……っ!!」

「わっ、ゼナウ!?」

「――接敵!!」


 驚くカトルに対し、アンジェリカ嬢は素早く反応。

 斧をひっつかみ、俺の前の空間へと叩き込む。


「うおっ!?」


 聞いたことのない声が響き、その光は後方へと飛び退いた。

 途端に光が強まり、右目の視界に男が1人現れた。

 橙色の頭髪をした男。『落水』の頭目・ナスルだろう。


「っは……あっぶね……なんで気付くかね、今の」

「何の用だ」


 装甲のおかげで傷は浅い。流れ出る血は不快だが、短剣を握る力にも衰えはなかった。

 それでも傷を負わされた。俺の目が奇襲を防げなかったのは、一体いつ以来だったか。

 睨みつけての問いには、しかし軽薄な笑みと気怠そうな声が返ってくる。


「あー、そういうのいいよ。どうせお互い目的は分かりきってんだ。だろ?」

「……」


 奴は腰に細長い刀身の剣を2本佩いているらしいが、吊り下げている筈の鞘は音1つ立てていない。流石は人狩り。消音は完璧らしい。

 刀身ですら黒く染まったその剣をこちらに向けて、ナスルがニコリと笑みを浮かべる。


「というわけで、さっさと死んでくれない?」

「――当然、お断りよ」


 そこへ、再びアンジェリカ嬢の斧が炸裂する。

 ギリギリで避けられてしまうが、おかげで奴との距離が開いた。

 

「……っと! あっぶねー。すんげえ腕力だな、お嬢様」

「そんな細い剣で、私の前に立つつもり?」


 奴の剣は幅の薄い長剣。切れ味や攻撃範囲は凄そうだが、アンジェリカ嬢とまともに打ち合えばどうなるかは明白だろう。

 だがナスルはニッと笑う。


「残念、立つのは俺じゃない」

「……?」

「アンジェ!」


 鉄塊がアンジェリカ嬢を引っ張り放り、半身で盾を構える。

 ナスルは音もなく姿を消し、彼がいた筈の場所に、空から迫ってきていた巨大な影が着地した。

 風圧と瓦礫の礫がこちらへと襲い来る。

 畜生、治療する隙がねえ!

 

「……っ!? 新手……!?」

「こっちも間に合ってるのかよ、なんなんだ一体……」


 そこに現れたのは、やたらと長身の怪物――竜だ。

 これまでの2種の竜たちとも違う、その身体は赤い鱗に覆われている。

 

 四色竜の1種にして、飛竜かつ地竜の特徴を持つ特殊例・赤竜(サルゥ)だ。

 竜でありながら、その外観は人型に近い。

 分厚い足腰に支えられ、長い胴体が真上に伸びる。

 そしてその胴の至る所から、腕が生えているのだ。


 その数――6つ。

 翼も合わせて8つの腕を持つ、この階層の竜たちの中で最も歪な姿をした竜である赤竜(サルゥ)

 よりにもよってまだ戦っていない方の竜が来た。それも今、このタイミングで。その意味するところは――。

 

「骨染獣だ!」

「え? でも、あれ生身じゃないの?」


 カトルの驚きは分かる。

 見たところ、この赤竜(サルゥ)は生きた姿そのままだ。

 だが俺の目には、奴の胸元に残された、縦に走る傷跡――そこだけ欠けた光が見える。

 あれは切り開かれた跡。

 骨を組み上げている手間を省いて、元の竜を骨染獣化させたのだろう。


 軍曹が教えてくれた、骨染獣の型の1つ。

 元となった染獣の骨はそのままに、操作用の骨と一緒に術式を埋め込む。

 とにかく早さを優先した、埋め込み式の骨染獣。


 それだけ聞けば最良に思えるが、皮や肉が残っている状態では術者が外部から操るための魔力が非常に通りにくくなるらしい。そもそも皮と肉で()()なるしな。

 だから、その解決のために魔力が通りやすくなる導体を埋め込むらしい。

 その素材となるのは最も魔力と術式が通りやすいと言われている――人の骨。


 ……ああ、そうかよ。とことん外道ってわけだ。


 なら、遠慮はいらない。

 ほんの一瞬の思考を済ませ、俺はカトルへと声を張り上げた。


「皮を被ってんだよ。15層の骨蜘蛛と一緒だ!」

「……!! なら、気をつけないとね」

「ははっ、凄い、大正解!!」


 その竜の背に乗るのは、鳥の巣頭の男。

 引き千切れそうなほど口を開いて高笑いするそいつが、ぎらついた目をこちらへと向ける。


「やっと会えたね! じゃあ――やっちゃえ!!」

『――――』


 既に殺され、奴の手下に成り下がった竜は、声もなくその多腕を振り上げる。

 物言わぬ死体となっても、その竜の力は健在。

 咄嗟に盾を構えた鉄塊へと、6本の振り下ろしが炸裂した。


「……っ!?」


 6方向からの同時攻撃。

 加えて、赤竜(サルゥ)の腕には炎が宿る。火を吐かない代わりに、この竜は高温の熱爪によって竜鱗や探索者の装備を破壊するのだ。

 分厚い鱗と鋭い爪により強化された炎熱撃が、鉄塊へと叩き込まれた。

 いくら熟練の戦士たる奴でも、その連撃はそう簡単には防げない。


「――ファム!?」


 轟音と爆炎が舞い、砂塵が周囲を覆い隠す。

 その瞬間俺は頭を振って忍び寄る光を捕捉した。

 カトルへと迫っていたその光を、再び短剣で迎撃する。

 右腕が痛むが、構わずに今度こそ2連撃をどちらとも防いでみせた。


「これも視えるかよ。手間がかかかるな!」

「……てめぇ」

「その目、想像以上だな。ただ、いつまでオレを追えるかな?」

「その前に殺してやるよ」


 また隠れる前に殺る。

 腰の投げナイフを掴み、狙いを定めたその瞬間。

 視界の右端に、瞬く強い光が見えた。

 これは……魔法!


「――っ!?」


 防いでいる時間はなかった。

 その軌道からとにかく逃れるために行動を中止して屈みこんだ。

 途端に肌を焼く熱気を感じる。

 いつの間に飛来していた火球が、俺の真上を通り過ぎていった。


「……これも、避けますか」


 飛来先を見れば、細目の剣士がこちらに右腕を向けていた。

『落水』の一員。魔剣士のゲナールか。

 そして今の一瞬でナスルが消えていた。……正確には離れた場所にまで退いているのだが、左目の視界にしか映っていない。捕捉しているのは俺だけだろう。

 どうやらナスル(あいつ)は隠れる技術を持っている。

 俺の目なら追えるが、より切羽詰まった状況でこれをやられたら防げない可能性が高い。


 絶対に相手をしなければならない骨染獣と、その隙間を狙ってくるナスル。

 そして敵はそれだけではない。ゲナールを含めた残り3人――能力不明の連中が控えている。


 事前情報通り、襲撃者は5名とユニスの骨染獣。

 禿頭の大男は竜の背後に控え、『落水』の他2人は、竜の逆側に離れて立ってこちらを観察している。


 隙間はあるが、四方を囲まれた。

 ちゃんと全員いやがる。骨染獣も間に合ってるし……なんでこんなに早いんだ。後1~2時間は準備にかかる筈だろ!


 何か手を使ったんだろうが、わからん。それに今考えたところでもう手遅れだ。


「ゼナウ、傷が……」

「今はいい! それより魔法の用意!」

「う、うん」

「なー。もうやめねえ? 多勢相手で囲まれて。抵抗するだけ無駄だって」


 姿を現したナスルが、気怠そうにそう言ってくる。

 余裕の態度だが、実際奴らの圧倒的優位の状況。

 だが、俺は構わずに笑みを浮かべる。


「1度斬っただけで随分余裕そうだなあ、おい」

「だからそういうの良いって。……ユニス、やれ」

「えーもう? ……まっ、いいか。さっさと解体したいしね」


 鳥の巣頭(ユニス)が手を振ると、赤竜(サルゥ)がその腕を一気に振り上げる。

 他の連中も武器や魔法を構え、トドメを刺す気は満々。

 状況は絶体絶命といえるだろう。今度はこちらが手を打たなければ、負ける。

 ああ、畜生――()()()()()()()()()()()()()()


「鉄塊、生きてるか」

「……ああ。問題ない」


 頭から血を流しながらも、鉄塊は頷いた。ならば問題ない。

 あと少し早ければ危なかったが、幸い準備は終えていた。

 お誂え向きに、奴らも奇襲が上手く行ったと油断気味。ならば――今こそ作戦開始の時だ。


「よし、やるぞ!」


 俺の掛け声を合図に、全員が装置を起動させる。

 襲撃直前に身に着けていた、『赤鎚』製の新装備。

 背には25層までで使った滑空装備(グライダー)に似た箱形のもの。

 そして脚には――車輪がついた鉄靴。


 この2つが『落水』の襲撃対策用にと、『赤鎚』に頼んだ新装備。

 それは火と風の魔法を背中の装置から放出し――。


「カトル!」

「うん!」


 カトルが氷で作った壁の間、床の上をすべるようにして一気に加速した。

 小さな車輪が唸りを上げ、氷床と化した岩山の斜面を滑り落ちて行く。


「はあ!?」

「うわ、なにそれー!」


 対『落水』決戦方法、その1――接敵したらとにかく逃げる。

 5人と骨染獣に囲まれたら、流石に戦いようがない。なのでまずは引き離して距離をとる。

 本当はもっと後で使うつもりだったんだが、こうなったら仕方がない。


「おい、待て――!!」


 叫ぶナスルの声を背に、俺たちは岩山の麓にある森中へと走り抜けていくのだった。



***



 奴らの残していった氷に邪魔され、身動きが取れるようになったのはしばらくしてからだった。


「おい! なんだよ今のは!」


 ベッグの荒げる声に、答える者はいない。

 それくらい突然の、そして理解不能な出来事だった。


「ナスル!」

「るせぇ! オレも知らねえよ! なんだありゃ、人がぶっ飛んだぞ!?」


 風の魔法とも違う。火を噴きながら人が凄い勢いで走り抜けていった。

 あんな機動は見たことがない。間違いなく未知の技術だ。


 いや、それよりもだ。

 折角万全を期して襲い掛かったってのに、それもすかされた。

 身分偽装で奇襲ができるのはこの1度きりだった。それが失敗したのだ。

 2度も必殺の機会を失った。次はもう、対等以下での戦いになる。


 てか、なんだあの目!

 オレの隠遁を完璧に見破りやがった。しかもなんか光ってたし。

 まさか、ああも簡単に奇襲を防ぐとは……。想像以上の能力だ。


 ゲナールが気を付けろと言った意味を身を持って体験した。

 ありゃ確かに、()()だわ。怪物令嬢もおっかねえし……ありゃ本当に弱体化してんのかよ。

 ともかく、やはり簡単な仕事じゃなさそうだ。


「……ちっ、想定外ばっかりだな、おい、ユニス!」

「なーにー?」


 竜に乗った鳥の巣頭は呑気に聞き返してくる。

 なーにー……じゃねえよ!


「あんたが一番動けるんだ。さっさと奴らを追ってくれ!」

「安心しなよ。ちゃんと見てるよー。でも……」

「ああ!?」


 両手を遠見鏡のようにして遠くを覗き込みながら、彼は言った。


「あいつら2手に別れたけど……どっち追う?」

「……はあ? 馬鹿か?」


 上から降ってきた信じられない言葉に、ナスルは思わず間抜けな声を上げるのだった。

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