第8話 探索者選抜試験①
眼帯男ことゼナウが白砂の国にやってきてから丁度2日後。
首都にある宮殿より、とある告知が国中に交付された。
それは異例の、民間から探索者を募集する『探索者選抜試験』を実施するというもの。
探索者は貴族や役人、騎士に大物商人たちといった有力者の子弟に限られる。
ただの平民から探索者を選ぶなどは異例の事態であり、夢を掴むチャンスに人々は湧いた。
ただ、迷宮という広大な地下世界が判明して以降、民間で武装をする者は減少していた。
なぜかと言えば、国家間戦争がなくなったからである。
地上で細々と土地を奪うよりも、地下の迷宮をいかに早く探索し開拓するか――迷宮競争が激化したのだ。
要はあらゆる国が迷宮の虜となったのである。
そのため、こと自衛において民間に必要な武力は狩りや野盗対策が精々となり、それらは一部の専門職で十分に対応ができた。
それ故に民間で武装する人間は数が激減したのだが――。
「すげえ人だな……」
告知から1ヶ月後。
試験場所である首都郊外にある騎士団の訓練場までやってきた俺は、その人の多さに驚きの声を上げた。
見渡す限りの人、人、人――。
恐らく100を超える人数が集まってきているだろう。
「探索者ってのは人気なんだな……」
「当然ね。民衆からは英雄扱いされて、深層の迷宮資源を手に入れれば一生遊んで暮らせるお金が手に入るもの。……それに何より、迷宮にはこの世界の神秘が待っている。見てみたいと思うのが人の性でしょう?」
「……そんないいもんじゃないですけどね」
迷宮なんて、少しでも油断すればこちらを殺して食おうとしてくる化け物の巣だ。
神秘的なんて欠片も思ったことはない。
「あそこの低層は洞窟だったものねえ、無理もないわ。……でも、そうね。ならあなたはきっとここの迷宮を気に入るわよ、罠師のゼナウ君」
「……そうですね」
ここでは俺はシュンメル家の管理する商家……が管理している狩り用の罠を作る工房の職人ゼナウである。
この国に来てから1ヶ月。
おやっさんの工房で働きながらミンナと、時折やってきたレウさんにこの国の文化や作法を徹底的に叩き込まれ、訛りの矯正をし、名前に反応できるように訓練した。
罠師のゼナウでいられるように。
それに並行して迷宮探索に向けた装備の新調と、これまたレウさんによるスパルタ近接戦闘指導も行われた。
どうやら彼女は元騎士だったらしい。どうりで強いわけだよ。
それも今度は対人ではなくもっと大きな相手向けの野戦短刀術。
偶に山奥へ連れて行かれて野生動物相手に戦わされたり散々だった。
おかげで腕の太さは監獄島時代より数割増しで太くなった気がする。
そうして頭も体も扱かれ続けて1ヶ月、ようやく迎えた試験当日。
日差し除けの外套の下、この試験会場までやってきたというわけだ。
ちなみに仲間候補だという連中にはまだ会えていない。
この試験に無事に合格したらやっと会えるのだろう。
……というか、ここまでしてもらった上で落ちたら間違いなく監獄島の染獣の餌だ。
絶対に受からねばならない。
若干硬くなった表情を見られたのか、アンジェリカ嬢が憎たらしい笑みを浮かべながら肩を叩いてきた。
「何辛気臭い顔してるのよ。安心しなさい。あなたは絶対に受かるわ」
「……もちろん、そのつもりですよ」
正直まだ心の整理はついていないが、この道を進めば俺の目的が達成できるのは確かだ。
だから全力でやる。そこに間違いはない。
「そ。ならさっさと受付に行きなさい。ここで待ってるから」
「……わかりました」
まずは受付へと向かう。
騎士団の詰所だろう石造りの無骨な建造物の前へと向かうと、特設されたテーブルについていた騎士の男性が笑みを浮かべた。
海を思わせる青い髪を流した見目麗しい男で、この国の騎士の正装である白地に金の装飾が映えた軽鎧を身に纏っている。
「ようこそ。受験希望者の方ですね。書類をいただけますか?」
「……これを」
「はい。確認しますね」
受験に必要な書類を手渡す。
ここが最初の難関だろう。今手渡した書類はもちろん偽造品。
俺がこの白砂の国出身で、罠工房の職人であると証明する書類だ。
偽造がバレたら一発アウト。
それでも怪しまれないように、必死に平静を保つ。
騎士の目がふっとこちらを見る。
「罠工房の方なんですね。我々も利用させていただくんですよ」
よし、反応は良さそうだ。
俺は笑みを浮かべつつ頷いた。
「そうだったんですか。探索者や狩人さんにはよく利用していただいてましたが、騎士団の方も……役に立っているなら職人冥利に尽きますよ」
「ええ。いつも助かってますよ。でもどうして探索者に? その眼帯では不便でしょう?」
やけに聞いてくるな。これももうなんかの試験なのか?
まあ、探索者試験に眼帯つけた奴が来たら怪しむのも当然か。
……というかこれあれか、ひょっとして【迷宮病】かどうか確かめてんのか。
なら丁度いい。この騎士さんに連絡役になってもらおう。
わざとらしく表情を曇らせてから、苦笑いを浮かべる。
「ああ……実はこれ、どうも【迷宮病】らしいんですよ。ウチは染獣用の罠を作ってまして。そこで迷宮産の素材を見たときに、見えない筈の左目が反応したんです」
「……へえ?」
瞬間、目の前の男の表情が固まったのを見逃さなかった。
アンジェリカ嬢の話が本当なら、俺の迷宮病には必ず反応するってことだったが……本当らしいな。なら、俺にも勝ちの目は出てきた。
精一杯の笑みを浮かべて、俺は騎士に頷いた。
「地上じゃ役立たずの目だが、迷宮なら役に立つんでしょう? なら挑戦してみようと思いましてね」
「なるほど。それはいい心がけですね。あなたの挑戦を我々は歓迎しますよ」
そう言って微笑むと、木札を手渡してきた。
「あなたは14番の組です。後程呼びかけがありますので、しばらくあちらでお待ちください」
「……わかりました」
ただ受付をするだけだってのになんでこんなに疲れなきゃいけないんだ……。
だが、これで無事に受付は完了した。
アンジェリカ嬢の元へと戻ると、こちらも笑みを浮かべた美女に迎えられる。
「ね、大丈夫だったでしょう? で、何番貰ったの?」
木札を見せると、満足げに頷いた。
「問題なさそうね。じゃ、後は任せたわよ」
「は? ……どこに行くんです?」
「私は私で用事があるの。終わったら迎えに来るから、頑張ってねー」
そう言ってアンジェリカ嬢は人ごみに消えていった。
……帰るのか? なら何しに来たんだあの人。
わざわざ激励に来てくれた……なんて優しい人間でもあるまいし。
なんて首をひねっていると。
「――皆のもの、聞け! これより、探索者選抜試験を開始する!」
試験開始の号令が響き渡った。
***
「試験はただ1つのみ。合格条件はこの先にある疑似迷宮の踏破!」
訓練場に建てられた石造りの建造物。
そのテラスにたった初老の男が声高に叫ぶ。
「これから10人の組に分かれて疑似迷宮へと入ってもらう。中には武装した我々騎士団の面々がいる。その襲撃を掻い潜り、見事迷宮の最奥へと到達してみせよ!」
その様子を、真下にある受付席にいる男たちが眺めていた。
その内の1人、黒髪を短く刈った若い青年騎士が半ば呆れたように口を開いた。
「団長、張り切ってますね」
「そりゃあ国王様たっての願い、更に第一王子直々の依頼だからね。失敗はできないさ」
そう答えたのは海を思わせる青い髪の騎士。
彼らはこの首都ワハルの守護を担う金蹄騎士団の一員。
テラスで試験内容を叫んでいるのが騎士団団長・サーディック。
そしてこの青髪の騎士はその中の部隊長を務める将校・ルトフである。
今日はこの選抜試験の運営としてやってきていた。
「ですが、民間人ですからねえ。戦闘経験がある連中も狩人か用心棒が精々じゃないですか? その中から探索者候補なんて見つかりますかねえ」
「案外、探せばいるものだよ?」
「そうなんですかねえ。……ルトフさん、めぼしい人いましたか?」
「うーん……多分ね」
そう部下の騎士に問われてルトフは曖昧な笑みを返す。
何人かはいた。特にその内の1人は、恐らく団長たちが血眼になって探していた可能性のある人物だろう。
既に報告は済ませたから、後は上の方々がどう判断するかだが……。
「多分? ルトフさんにしちゃ随分曖昧じゃないっすか」
「だって見ただけだからね。それだけで相手の実力を全て図れるほど達人にはなっていないよ」
「何言ってんですか。でも面白そうな人はいたんですね。どんな人です?」
「うん、そうだね、例えば――」
「――あら、ルトフじゃない」
そんなことを話していたら、呼びかける声があった。
しかもその甘ったるい声には聞き覚えがあり、ルトフは弾かれたように顔を上げた。
そこには想像通り、赤銅色の髪が美しい若い女性が立っていた。
「……アンジェリカ様? どうしてここに?」
「あら、私がいたら不思議?」
蠱惑的な笑みを浮かべて、彼女は首をこてりと傾げる。
「我々シュンメル家は代々探索者の支援をしてきた家系よ? もちろん今回の試験に携わっているのは知ってるでしょう?」
「え、ええ、それは勿論」
それはここにいる騎士たち誰もが認識している。
事実シュンメル家配下を含めた探索者支部の者たちも今回の選抜に参加しており、ルトフの背後にある建物の中で試験開始を心待ちにしている。
ただ、まさか出資元であるシュンメル家の人間が直々にやってくるとは誰も思っていなかった。しかも彼女が――。
「なら構わないでしょう? 案内して」
「はっ。こちらです」
部下が奥へと案内していくのを見送りながら、ルトフは呟く。
「……まさか怪物令嬢が動くとは。どうやら本当に、何かありそうだ」
シュンメル家の怪物令嬢。
学生時より圧倒的な才を持ち有望な探索者として望まれながらも、事故によりその道が断たれた哀れな令嬢。
療養という体で海外留学に出て長らく姿を消していた筈だが、こうして戻ってきた。
わざわざこの探索者試験のために、だ。
「これは、僕も試験が楽しみになってきたよ」
そう呟いた直後。
最初の組が呼ばれ、試験は開始されたのだった。