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第78話 骨と鉄①



 第三都市の探索者到来まで残り8日。

 それまでに一通りの準備を終えなければならない。


 というわけで、まずはその1つ。

 迷書殿から帰った翌日、俺たちは約束通りウィックたちパーティーとカトルを引き合わせることにした。


「カ、カトルさん。僕、クトゥって言います……!!」

「あ、はい。よろしくお願いします……」

「……えっと」

「「……」」


「――あれ、放っておいて平気なのか?」

「大丈夫じゃねえかな。そのうち喋るって」


 ぎくしゃくと挨拶をする2人を、俺はウィックと眺めていた。

 ここは協会支部に隣接した訓練場。……この前の施設を『赤鎚』がぶっ壊したんだよな。そう考えると不思議な気分だ。

 新設の際に迷宮産素材を大量に使用したとのことで、相当に頑丈になったようだが、主の鉱石で強化された木人君――最早『木』じゃないが――ならどれだけ破壊できるんだろうな。

 そんなどうでもいいことを考えながらぼおっと周囲を眺めていると、緊張塗れのクトゥの声が聞こえる。


「ま、魔法! ……凄いですよね!」

「……あ、ありがとうございます。その、クトゥさんは、魔法を使うんですよ」

「あ、はい! 僕は風の魔法が得意で――」


 ……おお、会話が回り始めた。


 若干身を乗り出して会話を聞こうとしたら、真逆の位置から声が響いてきた。


「それで? あんたはっ、何しに来たわけっ?」


 そちらに視線を向けると、イラン君と打ち合っているアイリスがいる。

 彼らは今日は特訓日ということで、そこにお邪魔しているのだ。だから絶賛訓練中である。


 戦いながらわざわざ話しかけてきたアイリスだが、相変わらず凄まじい速度の足技だ。

 単純な蹴り技から、逆立ちや壁を蹴っての奇襲など実に多彩な手段でイラン君を攻めている。


 が、実はその動きは単調だ。

 足の先端部分は目では追えないほどの速度だが、根元である股関節や身体そのものは丸見えなので、ある程度実力があれば予測ができる。故にイラン君にも防がれ続けている。

 ……だからって、そのイラつきをこっちに向けないで欲しいが。

 

「俺は付き添いだよ。……後は、少し調べものだな」

「調べもの? 手伝おうか?」


 身を乗り出してきたウィックに、アイリスが笑う。


「あんたはその前に訓練でしょー。ひ弱なんだから」

「なにおう! この間一本取っただろ!」

「はっ! その間にウチは10本とってるもんね!」

「アイリス! 雑談禁止!」

「あたっ! あっ、ちょ、待って……!!」


 わざわざ仰け反ってまで煽った彼女をイラン君が叩いて、そのまま今度は彼の猛攻が始まった。

 アイリスの防御面はまだまだ疎かなようで、そのまま木剣でぽかぽかやられていった。


「……あいつ、俺が一本とったら悔しがって喚いてたんだぜ?」


 ……仲がよろしいようで。

 ちなみに俺とウィックは壁際にある長椅子で見学中。

 ウィックは前の探索で骨をやったらしく、今日は軽い運動だけに留めるらしい。


「それで? 調べものって?」

「ああ。対人戦闘で使えそうな技がなんかないかなって思ってな」

「対人? 兄ちゃん、喧嘩でもすんのか?」

「あー……」


 本当は探索者との戦闘なんだが、それをそのまま答えるわけにもいかない。

 ので、用意してきた言い訳の方を伝える。


「最近、騎士の連中と模擬戦する機会が多くてね。力不足を感じることが多いんだよ」

「えっ!? 騎士!? 誰々!?」


 しゅばっと、アイリスが近づいてきた。

 たった今までイラン君にやられてたのに……。

 しかもその目が爛々に輝いて興奮している。え、何? 怖……。


「……ルトフと、カイって奴だが」

「はぁ!? カイ様!?」

「うぉっ」


 名前を聞いた瞬間叫び始めた。

 いきなりなんなんだ……?


「なんだアイリス。知ってんのか?」

「当然よ! カイ様は若手騎士で最も期待厚く、かつ華々しい活躍をされている天才剣士! その美しい黒赤の髪に宝石のような瞳。怜悧なお顔は氷のように冷たくて……」


 そのまま1人語りを始めてしまった。


「なんかこいつ、騎士団好きみたいで。試験も騎士団に会いに来てたらしいんだよ」

「まじか……」


 それで受かっちまうんだから、凄いというか、ヤバいというか……。


「協会付になったから最初は機嫌悪かったんだよなあ。今は稼いだ金を騎士団商品(グッズ)につぎ込んでるからむしろ機嫌いいんだけど」

「……商品(グッズ)……そんなのあったのか……」

「あるよ、絵とか模造の剣とか」


 色々と衝撃の事実である。

 確かにあいつら見た目も良かったが、そんな商売が成り立つほどなのか……。

 アイリスが戻ってこないので諦めたイラン君もやってきて、頷いている。


「ちなみに、アンジェリカ様やアズファム様のもありましたよ」

「嘘だろ!?」

「特選級探索者にもなるとそういったものもつくられるんですよ。クランの先輩が集めてました」

「集める程なのか……」


 カトルの風景画ならともかく、人物画とか集めてどうすんのかね。


「でも、対人技術かあ……。俺ら染獣相手の戦い方しか教わらねえからな。力にはなれそうにないや。喧嘩なら得意だけど」

「ウィックは特に基礎不足ですからね、そんなことやってる暇はないですよ」

「へーい」

「そもそも、まだ5層も突破していない僕らに聞くのがおかしいですよ。そういうのは上級以上の人たちや、それこそ騎士団に聞くべきでしょうね」


 別に聞いたわけじゃなかったんだが……。

 俺としてはカトルの引率ついでに他の探索者たちの訓練の様子が見えたらそれでよかった。

 対人戦闘に関しては、本命は別にある。

 奴らが来るまで、残りおよそ8日……無駄にはできないからな。

 じゃあ尚更こんなところで暇しているわけにはいかないんだが、それにはちゃんと理由がある。


「で、だ。皆に頼みがあるんだよ」

「はい? まだ何かあるんですか?」


 途端に表情が険しくなるイラン君。

 無理言ってこの場を作ってもらっている彼に更に頼みごとをするのは心苦しいが、目的のためには仕方ない。

 申し訳ない心を抱きつつ、俺は笑顔で彼らに告げた。


「ああ、大丈夫。この場で済むから……カトルと、模擬戦をやってくれないか?」

「「「は?」」」


 ああ、面倒を押し付ける側って、ちょっと気持ちいいな……なんて思いながら。



***



 その少し後、俺たちは訓練場にある一室へと移動した。

 広い空間に耐魔処理を施したその部屋は、魔法を使用した模擬戦闘や、集団戦闘の特訓などに使用される。


「どうしてこんなことに……」


 その片側には困惑するカトル。

 そしてその向かい側には訓練装備に身を包んだイラン君たちが立っている。

 ウィックだけは治療中なので俺と見学。……あれ?


「そういえば、新入りっていうもう1人は?」

「あれ、ゼナウの兄ちゃんに話したっけ? ……ああ、イランが言ったのか。あいつは今日は休み。今日みたいな訓練とかは来なくて、潜る時だけ一緒なんだよな」

「へえ……」


 まあいないならそれで構わない。

 まずは3人で様子を見てみよう。


 ……これから、俺たちは対人戦闘を行う。

 そこにおいて一番の不安は、カトルの存在だった。

 能力的には一切不安はない。

 むしろ彼女の氷魔法は、染獣相手以上に凶悪な力を発揮するだろう。


 問題は精神面。

 果たしてカトルは人相手にその力を振るえるのか。

 それを確かめるために、まずは訓練用装備で試してみよう、というわけである。


「全員でカトルを倒そうとしてくれ。カトルはそれを防ぐ。……氷魔法は抑えめにな」

「ううん、大丈夫かなあ……」


 カトルたちには訓練用の防御壁発生装置を身に着けてもらっている。

 強度を自由に設定でき、それが破壊されたら死亡判定となる代物だ。

 本気でやったら死人が出るからな。


「へー、いいの? 上級探索者がウチら新人に負けちゃ大恥だよー」

「あのカトルさんと模擬戦……あわわわ」

「だから対人戦闘は僕らの仕事じゃないって言うのに……。まあでも、カトルさんなら主みたいなものかな……?」


 ……一部酷い言葉も飛び出しているが、ぜひ全力でカトルに挑んでもらいたい。


「もう、仲良くなりに来たのに……」


 不満を言いつつも、カトルは氷結鎚を取り出した。

 あれなら、探索者相手ならば死にはしないだろう。

 大きく息を吐き出してから、カトルが半身に鎚を構えた。


「いいよ。いつでも」

「よし、イラン君、頼む」

「……わかりました。1度だけですからね! ――クトゥ」

「は、はい。風よ――」


 風によって彼らの声が覆い隠され、仲間には共有され、こちらには聞こえなくなる。

 やはりあの魔法は便利だ。

 ……ジンがいなくなった今、使えないんだよなあ。どうしたもんか。


 そのまま戦闘が始まるのだが――驚くことに殆ど一瞬で終わった。


「……」

「……すげえ」


 隣のウィックと全く同じように口を開けて呆然としていた。

 そんな俺たちの眼前、冷気漂う訓練場には、無傷のカトルと氷漬けになったイラン君たちがいた。


「つ、強ええ……」


 アイリスの速攻とイラン君の援護による連撃や、クトゥの風魔法。

 その全てをカトルは受け、避け、氷結鎚で叩いて凍らせた。

 更にクトゥも魔法で凍らせて――あっという間に戦いは終わった。

 下級とはいえ3人を一瞬で……一緒にいるからわからなかったが、こいつも強くなってたんだなあ……。


 すぐさま氷は解かれ、騒ぎを聞きつけた職員による治療も完了した。

 といってもカトルも威力はかなり抑えていたので、水分を風と布で取り除けば……元通り。


「ぐぬぬぬ……悔しいー!」

「流石カトルさんです。全く歯が立ちませんでした……」

「……」


 やられた3人の反応はそれぞれ違って面白い。

 ただカトルが率先して治療などを行っていたので、(ひたすら唸るアイリスを除いて)関係は良好そうだ。

 そしてそのカトルは腰に両手を当てて、不満げに口を膨らませる。


「どう、ゼナウ。私だって少しはやるんだからね?」

「ああ、見くびってた……」


 実際、収穫は想像以上に大きかった。

 戦闘能力の高さもそうだが、カトルはイラン君たちへの攻撃は全く躊躇なく行えていた。

 いくら模擬戦とはいえ、そこが何より重要だったのだ。


 これなら、()()()()も大丈夫そうだ。


「ふふん、これに懲りたらもう模擬戦なんて二度と――」

「……よし! 次だ」

「……次?」


 小首をかしげるカトルの手を取って、出口へと向かう。

 予定の時刻まであまり余裕がない。急がなければ。


「ウィックたち、ありがとうな。また今度!」

「大変そうだなー。またなー!」

「ちょっと、ゼナウ!? どこへ行くの……?」

「騎士団だ」

「え?」


 繋いだカトルの手がぎょっと固まるのを感じる。


「な、なんで騎士団に……?」

「アンジェリカ嬢に頼まれてな。この用事が終わったら、連れてこいって。喜べ、そこでも模擬戦だぞ」

「ええ!? また!?」


 そう。まただ。まさかの1日2回の模擬戦。しかも今度は対人戦闘の本職との訓練だ。

 ルトフは用事があっていないらしいが、それ以外は先の主討伐メンバーに協力して貰う。


「時間がないんだ。対人訓練をできるだけしておこうってことらしい。アンジェリカ嬢たちも合流して、4人で訓練するぞ」

「そりゃそうかもだけど……せめて事前に言ってよ」

「『言ったら逃げるでしょ?』……だそうだ」

「……否定できないのがちょっと悔しい……」


 俺はついでに用事もあるしな。

 アンジェリカ嬢曰く明日から忙しくなるらしく、今日のうちに対人経験を積んでおきたい。

 ここでの戦いで、自分に合う戦い方を見つけよう。

 手を振るウィックたちと別れて、俺たちは騎士団寮へと向かうのだった。



***



 その日の夜。

 白砂の国(ハルモラ)南東部に位置する、殆ど砂漠と化している荒野の一角にて。

 荒れた大地には似つかわしくない豪勢な天幕の中で、男たちが騒いでいた。


「だからさあ! 20層の主を使えば一発なんだって!」


 酒杯片手にそう声を荒げるのは、いつしかワハル支部にやってきた、第三王子(クリド)配下の探索者である、黒髪を乱雑に伸ばした小柄な男。

 鳥の巣を思わせるその髪型から覗く鋭い視線は、周囲の仲間に向けられる。


「皆であいつぶっ殺してボクが操れば一発だよ? 任務完了。ついでに例の染獣狩りも楽になると思うなあ」


 うっとりとした表情で告げる彼に対し、周囲の反応は冷ややかだ。


「……どうやって運ぶんだよ。あと、そいつ操んの、どんだけかかる?」

「自分で歩かせるから平気だよー。昇降機じゃなくて大穴通れば余裕でしょ?」

「時間は?」

「……7日くらい?」

「話にならん」


 そうバッサリ切り捨てるのは、橙色の髪が特徴的な細身の男。

 身体に密着した黒い服に身を纏うその男は、室内でありながら腰に剣を佩いている。


雇い主(おうじさま)の要望は『さっさと殺せ』だ。時間をかけてたら俺らが危ない」

「えー、おっきい骨見せたら喜んでくれるよー。ねえ、ジュド」

「……」


 地べたに座り込む彼の横に立つ、禿頭の大男は黙り込んだまま。

 目すら開かず立ち尽くしている。


「……そいつ、寝てんだろ」

「えー? いつもこんなんだよ?」

「……不安すぎる……」


 目を覆いながら天を仰ぎ見る。

 ()()の条件に連れてきた王子のお付き2名だったが……片方は半分夢見てるみたいな異常者だし、片方はずっと夢の世界から帰ってこない居眠り男。

 実力は本物なのだろうが、意志疎通の面で不安しかない。


「作戦はこっちで立てるから、あんたらはあんたらの仕事をしてくれ。勿論、普通サイズな」

「ちぇー。……でも、どこで仕掛けるの?」

「理想は25層だな。あれが主と戦っているところを仕留めたい。……が、流石に織り込み済みだろ。ここは到着までに突破されてる可能性が高い」


 天幕の壁に吊るされた、王子から支給されていたワハルの迷宮略図を見ながら、剣士の男――ナスルはその1点を叩いた。

 

「ならその次――26層から広がる『竜の巣』。そこで仕留めるぞ」

「竜かあ……うちにはいないから新鮮だね、ジュド」

「……ああ」

「喋った……」


 奇妙な組み合わせの探索者たちは、荒野を旅しながら首都(ワハル)へと向かっていく。



 そして同時刻。

 首都(ワハル)にある港町に、ひっそりと船が停泊した。

 シュンメル家の商船であるそこから大量の荷が運び出されていく中、数名の護衛とともに馬車へと向かう男が1人。


「……さあてさあて。久しぶりの地上ですねえ。どんな子が待っているんでしょうか」


 残りは8日。

 それぞれの思惑が迷宮にて交わる日が近づいていた。

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