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第72話 戦いの後




 20層の主討伐を終え、俺たちは帰路に――つくことはなく、必死の解体作業に追われた。

 なにせ途方もない程の巨体だ。

 核の切り出しにすら数時間かかるのである。

 

「核ありましたー!」

「よし、慎重に……は不要だね。周りの肉を削いでいこう」

「「了解でーす」」


 荷台と崖の瓦礫を魔法で固めて陣地を作り、交代で休みながら作業を行う。

 その主導は『赤鎚』。作業はその他で行った。

 ただ彼らは皆に解体の作業を指示だけすると、俺とカトルを連れて『周回跡』へと戻っていった。

 主の鎧だった岩を回収するためだ。


「うおおお!! 大量だああああ!!」


 文字通り山のように積まれた主の残骸。

『赤鎚』にとってあれはまさに宝の山。怪物が巣に溜め込んだ光り輝く金銀財宝ってわけだ。俺には、ただの岩にしか見えないが。

 その前に仁王立ちしたウルファが、両手を広げて吼える。


「さあゼナウ! 質のいい鉱石はどれだ!」

「どれって……鉱石の良し悪しなんてわかんねえけど」

「とにかく一番光ってるやつで良い! どれだ!?」

「ああ? ……例えば、それとか?」


 とりあえず、近くに散らばる中で一番強く光っているのを指し示す。

 すぐさまウルファとイマが飛びついて観察しだす。


「どうだ?」

「色良し、形良し……うん、見たことない。合格!」

「ぃよし! やったな!」

「「いえーい!!」」

「……は?」


 意味がわからんことを言いながら、ウルファとイマは両手を合わせて喜んでいる。


「よっしゃ! やっぱお前すげえわ、ゼナウ」

「はあ……」

「ほら、どんどん指示してくれ」


 訳は分からんが、とりあえず10個ほど光の強い順に教えていく。

 2人は疲れなんて吹き飛ばすように飛び跳ねながらその回収に向かっていった。

 取り残された俺とカトルは、2人して顔を見合わせる。


「……見たことないと、凄いの?」

「ああ、あれはねぇ……主が生み出す特殊鉱石なのさ」


 首を傾げるカトルの背後から声がした。

 見れば、鉱石を運ぶための荷台に、アミカが寝転んでいた。


「……お前は手伝わないのか?」

「体力尽き果てたあ」


 気だるげに手を振ってそう言っている。

 まあ体力はなさそうだもんな……。

 といっても『赤鎚』は解体指示であまり休めてないから、あの2人が無尽蔵なだけか。

 まあそれはいいとして。


「特殊鉱石?」

「そ。ほら、主ってここを周回して岩を喰うでしょー? その際、酸で溶かして体内に取り込むんだけど、そこで色んな金属が混ざり合って、変な金属ができるんだよねえ」

「へえ……」

「で、その金属は地上にはない、特殊なやつなのさ。丈夫で、魔力を良く通すーってね」

「なるほど。それが絡繰りに丁度いい、と」

「そゆことー。これでいいモノが作れるよぉ」


 その顔は疲れで溶けているが、本当に嬉しそうである。

 

「主の素材で作る絡繰りか。とんでもないのができそうだ」

「へへへ、楽しみにしててねぇ」


 どっちかというと恐ろしいが。

 なにせこいつらが暴走して騎士団寮も支部の訓練場もぶっ壊れたんだ。

 今度はどこも壊れないことを祈る。

 後、借金も返せるといいな……。


「ゼナウはいいとして、どうして私までここに?」

「え? だって、他の人怖いんだもん。その点カトルちゃんなら強くて可愛いから、安心ー」

「あははは……」


 じゃあウチは寝るねえ、とそのままアミカは寝息を立て出した。

 自由すぎる……。

 まあ俺とカトルなら何が来ても大丈夫だろう。

 なんて考えてたら、カトルがふと口を開いた。


「でも、良かった」

「ん?」

「ゼナウが無事で。なんか、本当に化け物になっちゃいそうだったから」

「あー。目、光ってたらしいな」


 アンジェリカ嬢に言われるまで全然気づかなかった。見た目だけなら完全に化け物だよな。

 仲間に見られるならいいが、何も知らない他の探索者に見られでもしたら何があるかわかったもんじゃない。

 あれがいつ、どこまで潜れば起きるのかは、早いうちに確かめておきたい。

 ……カトルに描いてもらうか? ただ、そのために喰われるのもなぁ。


「そうだよ! ぎらぎらーって! 凄かったんだから。今は……大丈夫そうだね」

「ああ。一応な」


 今のところ、喰われる様な感覚はない。

 そして俺の左目は、いつもと変わらないように迷宮特有の何かを感知してくれている。

 黒くも、ずれて奥が見えることもない。

 今まで通り、潜りさえしなければ問題ないのだろう。


 あの行動予測に、より()を見通す透視能力。

 戦いの時は死に物狂いで使ったが、冷静になった今はあれがどれだけ危険な行為だったかは理解してるつもりだ。気絶もしたしな。

 

 このまま使い続ければ一体どうなるのか。

 正直嫌な想像しかできない。

 

 だが、ここから先、この能力は必須だろう。

 迷宮攻略だけじゃなく、アンジェリカ嬢の野望のためにも。状況次第じゃ……いや、多分必ず、頼らなければいけない時が来る。

 だからこそ今のうちに見極めなければならない。

 化け物にもならず、力は使いこなせるギリギリの境界ってやつを。


 だから、地上に戻ったらこの目のこともちゃんと考えないといけない。


「ね。帰ったら少しは休めるかな」

「……どうだろうな。アンジェリカ嬢のことだ。また何かやらせるかもな」


 第三王子たちのこともある。

 少しは休める暇があるといいんだがな。


「で、どうした? 休めたら何かあんのか?」


 問いかけに、少しだけ逡巡してから、彼女は恥ずかしそうに口を開いた。

 

「もし良かったら、今度はゼナウと一緒に探索者になった人たちに会わせて欲しくて」

「……」

「今回、色んな人と戦うことになって、いっぱい話ができたでしょ? 皆凄くいい人で、私のことも怖がらなくて……ちょっとだけ自信ついたんだ」


 スイレンさんはまだ怖いけどね、と彼女は笑う。

 それでも、その顔に今までみたいな弱弱しい怯えは見られなかった。


「だから、連れてって?」

「……ああ、いいぜ」


 人見知りのカトルさんもこの階層を経て無事に成長したらしい。

 ただ――。


「ははっ」

「な、なに? なんで笑うの?」


 王になるとか、革命を起こすとか大それたことじゃなく。

 あんだけの戦いをして、本人が得たものが『人付き合い』ときた。

 あまりに個人的な目標すぎて笑えてくる。


「お前といると安心するわ」

「へぇっ……!!?」


 人間辞める境界越えて、出てくるのがそれかよ。

 こいつらしいというかなんというか……。

 

 ひとしきり笑った後、ほう、と息を吐き出した。

 静かな景色だった。

 周囲の墜公佗児(シラビ)たちも駆逐したせいで、あの気味の悪い鳴き声も聞こえない。


 ましてや騒がしい人間たちの営みもここにはない。

 風の音だけが響く、真に静寂が包む、隠者の渓谷。


 その少し冷たい風に晒されながら、ようやく全身の熱が引いていくのを感じる。

 ああ、やっと終わったんだなあ……。


「まあ、まずは思いっきり寝たいな……」

「そうだね。……お疲れ様、ゼナウ」

「お前もな」


 互いを見つめて、笑みを浮かべた。

 なんだかんだ今回も生き延びることができた。

 後15層。ようやく半分を超えた。

 まだ先は長いが……まあ、なんとかなるさ。


「おおーい! 2人とも運ぶの手伝ってくれ!」

「わかった! ……行くか」

「うん!」


 手を振っている2人に応えつつ、重い身体を引きずって最後の一仕事に向かっていくのだった。



***


 

 一方、主の解体現場にて。


 周囲の警戒をしていたジンが決戦場の底へと戻ると、そこではアンジェリカとルトフが話をしているところであった。

 既に汚れ落としの魔法で(衣服を除いて)身綺麗になった2人は、この後の行動計画について詰めているようである。


「じゃあ、核の運搬は『赤鎚』の荷台を1つ使いましょう。残り2台で鉱石を運ぶ。私たちが先頭を行くから、最後尾はお願いね」

「わかった。……その後は?」

「今日はもう解散よ。流石に私も休みたいし。集まるのは……そうね。3日後かしら。明日からは、お互い忙しいでしょう?」

「そうだね。今から憂鬱だよ」

「あなたが何をそんな弱気な……あら」


 ふと、アンジェリカが戻ってきたジンに気づいて手を振る。


「おかえりなさい、ジン。どうだった?」

「ただいま。静かなもんだよ。付近には一体もいないね。ゼナウさん程正確じゃないけど……」

「それで十分よ。流石にこの辺りの染獣は()()()でしょう。復活するのはしばらく先ね」


 それはジンも同意見。

 それでも何が起きるのかわからないのが迷宮なので、最低限の警戒だけは行っている。

 今はジンと、クリムという騎士団組の1人が交代しながら回っているところだ。

 そのまま最後の休憩に入ろうとしたところで、ルトフが声をかけてきた。


「ジン様」

「え? ああ、ジンでいいよ。アン姉さんの友人なんでしょ? それに今はパーティー仲間!」


 もう大分仲良くなっているから、例えバレても大丈夫だろうが、一応はお忍びの身。

 それに、ジンにとってルトフは尊敬すべき先達。

 今更かしこまった関係などは御免なのだ。

 その意識が通じたのか、笑みを浮かべて彼は頷く。


「……わかりました。では、ジン君。お疲れ。強くなったね」

「そうかな? ……そうかも」


 見た目は変わっていない自分の腕を見つめて、強く握りしめる。


「今なら色んな事ができるような気がするんだ。あ、やらないよ? それだけの自信がついたってこと! ……色々勉強してくるよ、俺」


 ゼナウに話したのと変わらない。

 決意は固まった。後はそれに向かって努力するだけだ。

 そんな彼を微笑ましく見つめるアンジェリカと……ルトフ。

 彼の細められていた目が――ふっと開かれる。


「うんうん、素晴らしいね。……ねえジン君。僕とぜひ試合を――」

「ダメよ」


 いつもの悪癖が出たルトフの肩をアンジェリカが掴む。

 みしり、とちょっと音が鳴ったのはジンの気のせいだろうか。


「ええ!? いいじゃないか。ちょっとくらい」

「ダメに決まってるでしょう。全員疲れてるんだし、なにより危険でしょ」

「勿論今やるなんてつもりはないよ。ほら、地上に戻ってから……」

「余計ダメ。この子の立場を考えなさい。あなたはいい加減その悪癖を――」

「――あの」


 言い合いを始めようとした2人に、割って入る声があった。

 それはジンではない、鎧姿の黒赤髪の青年で……。


「カイ? どうしたんだい?」

「それ、俺がやってもいいですか?」

「へ?」

「ですから、試合です。俺、やりたいんですけど」

「「……え?」」 


 そんなこんなを経て。

 アンジェリカ率いる20層攻略パーティーは、半日の素材回収を終えてようやく地上へと戻っていくのだった。

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