第69話 白砂の迷宮第20層/踏岩山⑩
『赤鎚』と合流し、主の『外核』が埋まっている首裏を目指してひたすらに突き進む。
『礫蜥蜴に印をつけた! 後は見ての通り!』
『りょーかい! ブッ飛ばす!』
遠くでウルファが拳を打ち鳴らす音が聞こえる。
彼の武装は、両腕を肘まで覆う巨大な手甲。攻防一体の上、中には色々と仕込んであるようで、例えばぶん殴ると爆薬が炸裂して打撃面に爆破が起きる。
あの豪快な性格の割に中々えげつない装備をしているのだ。まあ派手ではあるが。
『赤鎚』連中は全員がとにかく爆発を好む。だから音も光も凄まじい。
もう既に騒がしい主の上だからいいが、平常時はそれは嫌われるだろう。
『■■■■――――!!』
まあ今はそれ以上にうるさい主の咆哮が定期的に上がっている。
ルトフたちが気を惹き続けるために攻撃し続けているんだろう。たまに大きく身体が動いて地面が浮き沈みしたり傾くので、姿勢制御だけでも精神と体力を持っていかれる。
そんな中、音と血の匂いにひたすら集まって襲い来る染獣たちを退け、止まることなく前へ前へと走り続ける。
その間、俺の意識はずっと迷宮側に潜ったままだ。
「――――」
黒く染まった世界。
あらゆるものが輪郭だけになり、その中で迷宮に染まったものほど強く輝く。
染獣、鉱石、カトルたちが放つ魔術の軌跡。
それら無数に飛び交う光を観測しつつ、俺は更に左目を見開き、意識と力を込めていく。
――もっと深く。もっと奥を。
記憶と左顔面を失ったあの時からこの目を行使し続けていた。
もう結構な付き合いになる、迷宮の何かを見据えるこの左目は、未だ奴らの表層しか見えない。
正直、それがわかるだけでも主討伐は可能だろう。
俺の役目は奴の『外核』を破壊するための掘削地点を定めるだけ。
そして、それなりに長い迷宮の歴史で、『外核』の大まかな位置は分かっているのだ。
俺は鱗や岩棘の中でも光の薄い場所――恐らく岩の密度が低い場所を見つけて色玉で印をつければいいだけ。今のままでも全く問題はないのだ。
だが――確信があった。
ここから先を生き残るには、この目をもっと使いこなす必要がある、と。
この岩石地帯で左目を使い続けてわかってきたことがある。
こうして潜る時間が長い程、左目の奥で何かが広がる感触があるのだ。
それが一定の割合を超えた瞬間に、魔力の道標が見えるようになった。
そしてその能力は、俺に更なる強さをくれた。
浸食率とでもいえばいいのか。
ナニカが俺の肉を喰らう程に、その力を増しているのだろう。
なら、もっと喰わせて力を得れば……届くかもしれない。
『――――痛い、痛い痛い痛い! 嫌だ、こんなの……』
『た――っ、逃げて!』
俺をこんなところに叩き落したあのくそ野郎に、届く力が得られるかもしれないのだ。
なら、どうなっても構いはしないだろう?
じぐり、と左目が痛む。
そうだ。もっと喰え。そうすれば――。
その時。
がちりと、何か音が鳴った。
「――――?」
突然の変化に、思わず目を瞬いた。
直後、視界の先。黒い世界に奥行きが生まれだす。
線と光だけの世界がずるりと奥にずれ、その先にある何かを映し出す。
例えば、右奥に見えた岩棘。
輪郭だけだったどでかい三角錐の奥に、埋もれる光が見えた。
そして、目の前に佇む蹴角羊。
俺より大きなその身体の中心に、強く瞬く珠がある。
あれは……核?
「――見えた」
呆然と、そう呟いて。
気づいた時には俺はその光へと駆け出していた。
「えっ、ゼナウ!?」
『――っ、カトル。援護なさい!!』
『あっ、うん!!』
カトルの困惑の声が後ろから聞こえてくるが、構わない。
今はただ、この目に映るものを確かめなければならない。
蹴角羊の周囲に青い光が瞬く。
カトルの氷だ。
それを避けようと奴がステップを踏む。
その軌道で、光る珠がゆらりと揺れて――。
『――――!!』
鋭い鳴き声が聞こえると同時。
バチりと、赤い閃光が走った。
蹴りが来る――!!
氷を回避しながら、器用にくるりと俺へと背を向け、羊が凄まじい速度の蹴りを放つ。
その攻撃タイミングも、迫る蹄の軌跡も全てが見えた。
だから、最短を行く。
姿勢を下げて加速。
放たれた後ろ脚を最小限で躱して、振り上げた奴の腹の下に潜り込んだ。
身体を捩じって上へと向いて。
淡い輪郭の奥。強く光る珠へと毒撃ちを向けて――杭を射出した。
撃ち出された杭は狙い通り真っすぐ飛んでいき、輪郭の奥に埋もれた、光る珠を打ち砕いた。
『――――ギッ!?』
瞬間、蹴角羊は悲鳴を上げてその力を失い、崩れ落ちた。
当然真下には俺がいる。杭の反動で地面に叩きつけられ、直ぐに動くことは叶わない。
「――あ」
「……っ、この……!!」
「ぐぇっ!?」
その首根っこが掴まれ、引きずり出される。
直後羊の巨体が崩れ落ちた。
間一髪、下敷きにならずに済んだ。
「げほっ……痛ぇ……」
首が締まった衝撃と、気が抜けたせいか視界がもとに戻る。
引きずられたまま顔を上げて後ろを見ると、そこにはアンジェリカ嬢の顔があった。
珍しく息を荒げて、赤い顔をしてこちらを覗き込んでいた。
「……今、何をしていたの?」
「……」
「答えなさい!」
鋭い怒りの声に、しかし俺は碌な反応を返すことができなかった。
それほど、今起きたことを呑み込むのに時間がかかった。
ただ真上の人は待ってくれなさそうなので、とりあえず見たものをそのまま伝える。
「……気のせいじゃなきゃ、奴の体内の核が見えた」
「……!! ……そう」
変化した彼女の表情は、驚きと呆れ。
無事に激怒は霧散したらしい。……しかし、彼女がそこまで怒るとは。
どうしてわかったのだろう。
疑問が顔に出てたのか、呆れた声が降ってくる。
「気付いていなかったと思うけれど、あなたの目、私たちでも分かるくらいに光ってたわよ?」
「は!? どういうことだ!?」
目が光る!?
なんだその化け物みてえな現象は。
「……それは、私の方が聞きたいのだけれど?」
それはそう。
だがこの迷宮に潜る行為は基本誰にも話していない。
今から説明するのは――。
『ふたりとも、横! 横!』
「――っ!?」
響くカトルの声に、飛来する墜公佗児の存在に気が付く。
既に鋭い詰めをこちらに向けた攻撃態勢。
まずい、反応が遅れ――。
「――邪魔!」
怒声とともに振りぬかれた巨大鎚が、鳥の腹を穿って地面に叩き落した。
血しぶきを上げながら、翼を広げた巨体がびくびくと震えている。
「わお……」
「――身体は無事なのね?」
「あ、ああ……。問題ない」
真横の惨状を無視しての問いかけに頷く。
むしろ先ほどまであった痛みも消えて、やけに頭も視界もすっきりとしている。
今ならもっと深く潜れる。そんな気がする。
「……後で詳しく聞かせてもらうから。それで、いけるの?」
「――ああ。いける」
どこまで深くまで見通せるかはわからないが、やれそうだ。
頭を振って意識を切り替え、装備を確認。
所々血に塗れて不快指数は凄まじいが、それ以上に熱と興奮が勝る。
それでも頭だけはやけに冷めていて。
「じゃあ、行ってくる」
「……気を付けて」
頷きを返して。
大きく息を吸って――纏う風に、声を乗せた。
『今から、奴の外核を目指す!』
再び意識を迷宮側に潜らせて。
進む先の地面を見つめる。
『全員、ゼナウの走る道を開きなさい!』
『赤の色玉をぶつけた場所が、採掘候補地点! ウルファたち、頼むぞ!』
『――おうよ!』
「――ゼナウ!」
走ってきたカトルの手を掴んで、狐に飛び乗る。
もはや見慣れた背を見つめると、ちらとこちらを振り返り、笑みを浮かべた。
「ゼナウは前だけを見て! 他は……私たちが守る!」
「……ああ。頼む」
彼女の肩越しに前を見据え、もう何度目かの迷宮側への潜航を進める。
途端に光も音も変化していき、視界は黒く移り変わる。
その視界は、先ほどと同じ奥行きがちゃんとあるし、痛みもない。
……よし、問題なさそうだ。
元に戻っていたらどうしようかと思ったが、一安心だ。
後は、より深く潜っていくだけ。
俺の身体を、左目に宿る何かに喰わせていくだけだ。
『■■■■――――!!』
全員の戦う音が響き、向こうからは主のバカでかい咆哮が響き渡る。
地面は揺れ続け、音に光に血しぶきに意識が激しく揺さぶられ続ける。
が、それでも前を見続け――。
地面の奥に輝く光を見つけた。
後は走りながらその手前が最も暗い場所を探して――。
「――見つけた! カトル、手綱を!」
「うん! 真っすぐになったら言って!」
狐を操り、直線位置にその光を置いた。
カトルに合図をすると。
「氷壁! 2列!」
そこまで伸びる氷の道が出来上がる。
「行って!」
言葉は返さず、狐を走らせる。
もう邪魔者はいない。
俺は鞄から取り出した赤い色玉を目的の場所へとぶち当てた。
――やった!
直後、両脇を塞いでいた氷が砕けて消えていく。
これでウルファたちが採掘場所に気づくだろう。
俺は、俺の仕事を見事やり遂げたのだ。
後は、採掘が終わるまで援護を――。
『――――』
その瞬間。
今までに経験したことのない激痛が、目から後頭部へと貫いた。
「――――あ?」
ぱん、と何かが弾けたような音が聞こえて。
俺の意識は、そのまま途絶えたのだった。




