第68話 白砂の迷宮第20層/踏岩山⑨
一方、地上のワハル探索協会支部にて。
ルセラはいつもの書類処理のために支部長ディルムの執務室を訪れていた。
「こちらご確認をお願いいたします」
「ああ。助かるよ。……そういえば、そろそろだね。彼女たちが主に挑むのは」
「……そうですね」
20層挑戦メンバーが揃って潜っていったのが3日前。
予定では2日で探索、3日目に討伐開始とあるから、まさしく今地下深くで戦いが起きているのだろう。
そしてその予定では、今日にも討伐が終わる……筈だ。
「……まさか、よりにもよって最短ルートを選ぶとはね。いかにも彼女らしい」
「そうですねえ……。そんなに時間がないんですかね……」
20層の主『踏み鳴らし』には、いくつかの討伐方法がある。
最も有名で最も取られる手段が、数日間をかけて行う「解体式」。
ゆっくりと歩く主の背に全員で乗り込み、掘削班と、それを護衛する戦闘班に別れて主の解体を行う手法だ。
彼らは数日間をかけて、四肢の関節部分に穴をあけて大量の爆薬を仕込む。
それを一斉に爆破し、主を一気に歩行不能に追い込むのだ。
そうすれば後は一方的な狩りになり、簡単に――それでも暴れる主による負傷者は出るが、討伐ができる。
他にはひたすら平行移動しつつ長期間をかけて崖上から魔法や弓で攻撃する「長期狩猟式」。
主の食事をひたすらに阻害し、飢えさせた主の食事行動を誘発させ、開かれた咥内に爆薬やら魔法の砲撃などを叩き込んで破壊する「断食式」など方法は様々だ。
変わり種だと独自調合の凶悪な毒を大量に撃ち込んで、他に一切の手を加えずに衰弱死させた人物もいたらしい。
一体どこの魔女だ……だからあの人は得体が知れない。
と、まあこの様に、(最後の特殊例を除いて)主の討伐には「人数」と「時間」をかけて行うことが多く、討伐も『巨大生物との戦闘』というよりは『主を住処にしている染獣の群れ』をいかに対処するかが重要になる。
迷宮に存在する『主』は挑戦者の様々な事柄を試すと言われているが、20層の主である『踏み鳴らし』は「群れとしての強さ」や「継戦力」といったものを計っているのかもしれない。
ただ――。
今地下で行われているのは、そのどれでもない。
主の『外核』を最短で破壊し、鎧の剥げた主と真っ向から戦って仕留める。
短時間――それこそ他の手法の十分の一以下の時間で済む代わりに、主との全力戦闘が必要になる、「短期決戦式」。
彼女たちは、最も過酷とされるその手法を選んだのだ。
全ては、より短い時間で主を討伐するために。
「本来、余程自身の力を誇示したい探索者以外は選ばない手法だ。選んだ狩場によっては主は左右自在に動き回れる。そうなったら、何が起きるのかは全くもって予測不能だ」
「それを承知で、選んだんですもんね……」
呆れと恐れが混じった言葉に、ディルムは深く頷いた。
「そして今回に関しては、その選択は正しかったようだ」
「……というと?」
嫌な予感を覚えつつ、ルセラは恐る恐る尋ねる。
彼は溜息を吐き出すとともに、引き出しから書類を取り出した。
「第三都市の探索者御一行が、ここにやって来るそうだよ。全員が上級。恐らくは第三王子の肝入りだね」
「ええ!? なんでまた!?」
「……我ら支部の探索者は、未だ例の染獣を見つけることすらできていない。それは明らかに怠慢であり、これ以上任せてはおけない……と、そういうことらしい」
取り出した通知書に目を通しながらのその言葉に、ルセラは血の気が引いていくのを感じた。
流石に王子本人は来ないらしいが、その手下――それも上級連中がやって来ると。
よりにもよってこのタイミングで。
つまり――。
「アンジェリカ様の行動を察知してかはわからない。ただ、間違いなく彼女たちも狙いの1つだ。間違いなく接触を図ってくるだろうね」
「……!!」
その結果次第では、恐れていた変革が巻き起こる。
今回のものはあくまで通達。そこから準備が行われるだろうから、ここに到達するまでは……まだ10日はかかるだろう。だが、直ぐだ。
当然アンジェリカ様はそのことはまだ知らない筈。
もし選択していたのが他の手法だったら――。
「彼女も運がいいのか、織り込み済みなのか。どちらにせよ、彼女たちは必ず主討伐を達成しなければならなくなった。それも、仲間を1人も欠けずにね」
でなければ、次に来る敵の対処は不可能だろうから。
嵐がやって来る。
下手すれば国を吹き飛ばしてしまう程の。
「とりあえず、向こうの探索者を迎える準備を進めるよ。ルセラ君、手配の手伝いを頼むよ」
「……了解しました」
「「はぁ……」」
揃って胃の辺りを抑えながら、2人は素早くやるべき仕事を進めていくのだった。
***
ルトフたちの活躍もあり、俺たちは無事に『踏み鳴らし』の背に飛び乗ることに成功した。
彼らが巨獣を倒れさせたその時に、カトルの氷を使いつつ巨大な針の1つから飛び乗ったのだ。
「よし、着地成功だな」
「……これが、あの巨獣の背か。すっげー」
着地した場所は、比較的平らで開けた岩の広場。
岩の色は赤茶から更に濁った暗灰色に近づいていて、地面も鱗のせいで異様に凹凸が激しい。
更にそれぞれの鱗から染み出た岩の棘が無数に伸びており、膝下くらいの小さなものから、数十mに達する太く巨大な岩石にまで成長したものがある。
鱗の段差と棘によって、今までとは違う岩の回廊が形成されている。
「先が全く見えないね……下手したら迷っちゃいそう」
「周囲の壁があるおかげで方角が分かるのだけは救いだな」
あまりにも巨大な獣の背は、本当に生き物の背なのか疑問に思う程に安定している。
見た目こそ違うが、安定感はさっきまで立っていた岩とたいして変わらない――。
『■■■■――――!!』
直後、足元が凄まじい揺れとともに持ち上がる。
狐含めて全員が伏せ、必死に降りかかる重圧と、頭をぶん殴るような咆哮の轟音に耐えた。
「……っ!?」
「なに!? これ!?」
「……主が立ち上がったんだ。直ぐに、動き出すぞ」
鉄塊の冷静な言葉がやけに響く中、足元が再び揺れ動き始めた。
数十秒をかけてゆっくりと浮き上がり、同じくらいの時間をかけて降りていく。そして、揺れ。
「……歩いてるのか、これ」
「そういうことよ。ルトフたちを追ってるんでしょう。作戦は問題なく進んでる……さあ、急ぎましょう」
「すげえ……!! すげえな、本当に主の背にいるんだ……!!」
幸い、歩行程度の揺れなら移動に支障はなさそうだ。
そのまま、俺たちは走り出した。
俺らがいるのは体長400mに達する主の、腹――そう呼んでいいのかは知らんが、とにかく一番膨れたその辺りにいる。
尾だけで100m以上あるから、目的の首裏辺りまでは、およそ100m。
直線距離だけ見れば狐の足で10秒もかからないが、当然ながらそう簡単には進めない。
真っすぐには進めない岩の迷路と、そして――。
「……っ!! 接敵!! 礫蜥蜴に、墜公佗児もいるぞ!」
これだけ巨大な主の背は、地上に広がる染獣たちが当然の如く暮らしている。
ご丁寧に礫蜥蜴も周囲の色に合わせた暗灰色に変貌し、岩棘に囲まれたくぼ地には墜公佗児達の巣が無数に存在している。
だから、ずかずかとその住処を荒らす侵入者には、容赦なく襲い掛かってくるのだ。
狭い密集地帯故に、普段よりも数も死角も多い。
『外核』破壊において最も厄介な地点である。
普通の攻略なら、ここに倍の数の探索者を投入してごり押すのだろうが……。
残念ながらいないし、後から来る『赤鎚』のためにも、無視して通過するわけにも行かない。
つまり、頑張るしかない。
「やってやる……!!」
左目に意識を集中させ、迷宮側に潜る。
そこで見えた光の塊に向けて、色玉を手当たり次第に投げていく。
いちいち指示はしてられないので、礫蜥蜴全てをマーキングしていく。もう気付かれてるので関係ない。そいつらは全員が、討伐対象だ。
「手あたり次第ぶっ倒すぞ! 3人は礫蜥蜴を頼む! 俺とカトルで、鳥をやる! ……行くぞ!!」
「おお!」
ここから先は、決して止まることはできない。
死ぬか勝つかの戦いが幕を開けた。
***
飛来する巨鳥の突撃を、岩の棘から飛び降りる様にして躱す。
それと同時に放った蔦撃ちで足にワイヤーをかけ、巻き取って土手っ腹に杭を撃ち込んだ。
『ギィ――ッ!?』
暴れ出す身体を蹴飛ばして、次なる鳥に向けて飛び出す。
染獣たちの行動予測が見える様になったおかげで、こういった空中機動に命を預けられるようになっている。
勢いと興奮で恐怖をぶっ飛ばしてしまえているのが大きな理由だろうが、今はありがたい。
連発していると杭が足りないので今度は短剣で腹を引き裂き、地面が近かったので飛び降りる。
「ゼナウ!」
丁度良くやってきたカトルの手を取り、狐に跨る。
彼女は氷槍で遠くの墜公佗児を牽制しつつ、墜落した奴らにはトドメを刺してくれている。
視界外ではジンや鉄塊たちが礫蜥蜴を順に処理しているだろう。
「カトル、手を!」
「うん!」
最後の鳥を氷槍で仕留め、視界内の鳥は全て駆除した。
『終わったぞ!』
『こっちも――最後!』
アンジェリカ嬢の怒声とともに、凄まじい轟音が背後から響く。
吹き飛ばされた礫蜥蜴が岩棘に激突し、細いそれが砕けて折れていく。
それはちょうど、俺たちの進行方向だ。
『道ができたわよ』
『……すげえな。よし、行くぞ!』
こうして進んでいって、現在は60m程。
後群れ1つか2つ倒せれば、目的の首元に到達できるはずだ。
「……っ!!」
ずきりと、左目に鈍い痛みが走る。
戦い初めて1時間ほどか、ほとんどずっと迷宮側に潜り続けているために、負荷は大きい。
だがまだ限界ではない。
あと少し。一先ずそこまで持ってくれれば……!!
崩れた岩棘の上を走り抜け、次の区画へと入る。
当然ながらそこにも10体近くの染獣が待ち構えている。
「……っ、蹴角羊がいるな。どっかから飛び乗ったか……!!」
奴らは平然と壁を蹴って空中機動で襲ってくる。
この岩棘だらけの空間じゃ、どんな動きをしてくるかわからない。
岩棘の破壊音で既に気付いていた染獣たちが、一斉にこちらを睨んだ。
じっとりとした疲れが全身にのしかかっている。
それはここにいる全員同じだろう。
それでも緊張を解くことは許されない。
もうすぐだ。それまで全力で――。
「「「――待たせたなー!」」」
と、そこに飛来する眩い光。
赤い光の尾を残すそれは、目の前に立っていた蹴角羊に直撃し、直後、凄まじい爆発を起こした。
「……っ!? なんだ!?」
「――深層の岩山地帯で岩と金属を掘り続けて2年。誰が呼んだか迷宮採掘師!」
直後響いたのは、少し前に聞いた、わけのわからない名乗り文句。
振り返れば、仁王立ちする3人の姿があった。
その内、前に出た男が声を張り上げる。
「なんでも掘って溶かして造る! それがオレら、鉄鋼クラン『赤鎚』だ! オレたちに貫けねえ装甲はねえ!」
「「ねえ!!」」
揃ってポーズを決めた3人――『赤鎚』が合流したのだった。
「――待たせたな!」
「――くだらないことやってないで、やるわよ!」
「「「はい!」」」
カッコよく決めた直後。
アンジェリカ嬢の一声に、すぐさま戦闘態勢へと入った。調教されている……!!
ちなみに、3人は騎乗していない。
彼らの騎獣である塞頭牛では跳躍なんて不可能なので、自力で飛び乗ってきた。
そのための滑空機まで用意していた。
道中の染獣、特に墜公佗児を倒さなきゃいけなかったのは、このためだ。
「風よ――」
ジンが風の範囲を広げ、全員に声が行き渡る様にする。
『今のは?』
『ウチ特製の火薬矢だよお。結構威力あるでしょー』
『ありすぎだろ……』
『ここの岩盤を割るための爆薬だからね。破壊力は抜群よ』
『羊とか鳥とかの柔らかい奴専用だけどねえ』
煙が晴れると、2体の蹴角羊が倒れて震えていた。
身体の至る所が砕けてる。ありゃもう動けないだろう。
『カトルさん、左側をお願いできる? 私は右側をやるから』
『は、はい!』
『オレらも右側行くわ。ジン、援護頼めるか?』
『りょーかい! 任せて!』
ジンと『赤鎚』で右側。俺らで左側。
分かりやすくていいな。
『礫蜥蜴には可能な限り印をつける。逃したやつは俺がやるから気にするな』
『おうよ! もうすぐ首だ。さっさと終わらせようぜ!』
作戦第二段階。主の皮剥ぎに向けて、最後の区画を走り抜けるのだった。




