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第66話 白砂の迷宮第20層/踏岩山⑦



 それから2日をかけて、主の捜索を行っていった。

 ……が、俺たちのパーティーは主を見つけることは叶わなかった。


「……いないか」

「残念ね。他に期待しましょう」


 俺らの場合は俺の目で痕跡が追えるせいもあって『主がしばらくここを通っていない』ということははっきりわかってしまう。

 ちょっと進めば主がいるかも――なんて期待が少しもできないのが空しい。

 てか主がいれば痕跡云々よりも音と振動で大体わかるんだがな。


 しかしそうなると、途端に探索は面倒になる。

 なにせ進む先はどこまでも空白の巨大渓谷。

 そこにいるのは主ではなく、虎視眈々と獲物を狙う墜公佗児(シラビ)蹴角羊(トーホルン)たち染獣ばかり。


 引き続き下ではなく天辺を走らなければならないので、これまでより余程危険な道程を、何の報酬もなくただひたすらに走っていくことになる。

 正直やる気は削られる。


「ゼナウ、その、大丈夫……?」

「……多分な」


 特に、俺の精神はゴリゴリと削られていただろう。

 何故ならば。

 主が見つからないとなると――鉱石集めの労働が決まるからである。



「――おい、本当にここを落ちるのか!? いくら何でも死なないか!?」

「さっきまでその蔦使って空中を飛んでた人間が何を言ってるの。ニーナ特製のワイヤーの強度を信じなさい。ほら、さっさと()()()()()


 近くの岩に蔦撃ちを引っかけ、念のため鉄塊も(ワイヤー)掴んで固定した状態で、俺は巨大な渓谷の崖っぷちに立っていた。

 この下の壁面に主が食い荒らした洞窟があるのだ。


『踏み鳴らし』は巨大であるが故、食事するのも大がかりだ。

 基本は歩いているだけだが、ふと思い立ったように両脇の渓谷に顔を突っ込み、そこにある石を食らうのだ。

 そのため、この渓谷には一定間隔で壁面に巨大な洞窟ができる。

 ちなみに一周する頃には環境も復元されて餌も元通り。決して食べきれない、永久餌場の完成である。


 しかも片方の壁面じゃ満足できないのか、必ず両方の壁に顔を突っ込む。

 奥の壁面に洞窟が見つかれば、こちら側の壁にも見つかるというわけだ。


 そして、俺らの中で壁面の途中にある穴に入れるのは俺とジンだけ。

 いや、ロープとか使えば他の奴らも行けるんだが、カトルは不安。アンジェリカ嬢は怪力過ぎてロープが千切れるので危険。鉄塊は重すぎるので論外と、どのみち選択肢はなかった。

 アンジェリカ嬢の予告通り、俺は200mを超す崖の上から飛び降りなければならなくなったのだった。


「……こわっ」


 戦闘時の高揚中ならともかく、いきなり崖の下に飛び込むのは流石に勇気がいる。

 てか高すぎるだろ……。

 ごうごうと風が吹き上がり、全身を強く撫でていく。

 真下には遠くに蠢く赤茶の砂塵。その奥に、吸い込まれそうになってしまうのを必死に堪える。

 だが、今からそこに降りなきゃいけない。何の冗談だこれは……。

 

「いいから、早く……」

「わかってるよ! 行くぞ、ジン!」

「はーい!」


 後ろから突き落とす怪物(アンジェリカ嬢)の気配を感じたので、諦めてさっさと降りる。

 既に穴には先に降りているジンがいるので、最悪の場合は何とかしてもらおう。


 崖下に背を向けて、蔦を掴みながら崖をゆっくりと降りていく。

 蔦を緩めながら壁を跳ねて降り、着地と同時に締めて止まる。

 壁面はこれまでと同様に隆起しているので、こうした方が早く安全に降りられるのだ。

 そのままとんとんと壁を跳ねる様に降りていき、直ぐに横穴へと辿り着く。


「よし、何とか着いた……」

「おおー。問題なさそうだね」


 ジンがぱちぱちと拍手して出迎えてくれる。

 お前は魔法でするする登れるからいいよな……っと。


「やってる場合か。さっさと拾って戻るぞ」

「はーい。……でも結構破片散らばってる。どれを拾えば……」

「拾う石は指示するよ。ジンは詰め込むのを頼む」

「そっか。鉱石もわかるんだっけ。すげえや。じゃあお願いします!」

「はあ……しかし、何もかもが馬鹿でかいな……」


 洞窟は予想以上に巨大で、天井までは10m近くはありそうだ。

 主が口先突っ込んで食べただけでこれ。相変わらず縮尺がおかしい。

 集める鉱石は俺らの頭と同じか少し小さいくらい。

 これでこんな洞窟を気軽に作る化け物を倒す……全く想像がつかない。

 まあ、そもそも俺は短剣と毒撃ちで戦おうとしているんだから今更か。

 上で待っているだろうリーダーを怒らせないようにさっさと石を詰め、戻っていった。


 これを道中何度か繰り返して、ウルファに指定されていた量の鉱石は集めることができた。

 最後の方、ちょっとだけ足が震えていたのは内緒だ。

 

「よし、これでいいでしょう。戻るわよ」

「ああ。……他の2組が見つけてくれりゃいいが」


 結局主の痕跡も見つけられず、夜が来る前に昇降機へと戻っていくのだった。



***

 


 昇降機前には既にウルファたちが戻ってきていた。

 俺らの先である南西側を担当していた彼らは少しだけ早めに戻り、絡繰りたちの用意をしているのだ。

 

「おう、戻ったか。いたか?」

「いや、こっち側はいなかった。そっちは?」


 狐から降りながらの問いかけに、ウルファが首を横に振った。


「駄目だな。……となるとルトフたちに賭けるしかねえな。まあでも、これでざっくり方角は限定できそうだ」


 鉄塊から地図を受け取ったウルファが調査状況を1つに纏めていく。

 その間に、アンジェリカ嬢たちが狐に背負ってもらっていた鉱石をアミカたちに手渡す。


「はい鉱石」

「へへ、ありがとうございます、姉さん……」

「何その態度? 気持ち悪いからやめて」

「あっ、はい。……へへ……」


 ……順調に上下関係を形成中のようである。


 彼女たちに渡した鉱石はこれからイマによって『弾丸』へと加工されていく。

 まだルトフたちも戻っていないし、その間は周囲の警戒をしつつ休憩となる。


「じゃあよろしくね? 私たちは周囲の警戒をしてるから、ルトフたちが戻ってきたら教えて」

「「「了解です!」」」


 なんでかわからんが、『赤鎚』3人はあの演説以降すっかりアンジェリカ嬢の僕になりつつある。

 俺が紹介してしまったばっかりに……。

 まあ本人たちが望んでいるのならいいか。


 アンジェリカ嬢を除いた4人で各方角を担当することに決め、俺たちは見張り兼休憩を行うことになったのだが――。



「ゼナウ、ちょっといい」


 南側の警戒を担当していた俺の下に、アンジェリカ嬢がやって来た。

 ……何となく来ると思っていた。

 頷いて横を指し示すと、同じように巨礫の上に座り込んだ。


「いよいよね。……目の調子はどう?」

「……問題ない。何の違和感もなくて怖いくらいだ」


 19層までは使いすぎて痛む時がまだあったが、20層ではそれもほとんどなくなっている。

 染獣との戦闘もそこまで多くなく、大半を移動に費やしているのもあるが、間違いなくこの目を使うのに慣れてきている感覚があった。


 今なら()()もできるだろう。

 それこそ数百メートルに達する巨獣の核を見通すことだって……。


「……死なないでよ、ゼナウ」

「は?」


 あり得ない人物から、あり得ない言葉が飛び出した。

 この怪物令嬢が、人の心配をした……?

 信じられないものを見たと驚いていると、アンジェリカ嬢がむっ、と頬を膨らませた。


「なによ。私だって人の心配くらいするわ。……特に、命を賭けようとしている人間のことは」

「……!!」

「あなたの目のこと、私はあなたと同じくらいは知ってるつもりよ。【迷宮病】は希少で、未だ解明されていないことが多い。限界を超えてその目を酷使したらどうなるか、私も知らないわ」


 だから、と彼女は真剣な表情でこちらを見つめた。


「その目を使いすぎてあなたが再起不能になるんだったら、私は全力で止めるわよ」

「……なんで、そんな……」


 あんたは自分の目的のためだけに突っ走って、俺はあくまでそのための駒……だと思っていたのだけれど。

 アンジェリカ嬢はふっと微笑むと、俺の肩に手を置いた。


「私たちはもう一蓮托生。お互いの望みを叶えるまで、絶対に死なせない。……だから、私のことも守ってよ、ゼナウ」


 無茶を言うな。国を相手に喧嘩しようってのに。

 ただ、まあ。


「……精々努力するよ」

「ふふっ、よろしく頼むわ」


 そこで一度会話は途切れ、2人して巨岩に切り取られた空を見る。

 雲1つない透き通る青空。

 この階層は隠者の渓谷と呼ばれるだけあって、基本的に静寂に包まれている。

 聞こえるのは風の音と、遠くを飛ぶ墜公佗児(シラビ)のぎゃあぎゃあという鳴き声くらい。

 

 本当に、こうしてぼおっとしているとここが迷宮なのを忘れそうになってしまう。

 肌を撫でる、少し冷えるくらいの風に身体も思考も冷ましていると、ふとアンジェリカ嬢が口を開いた。


「……ジンは」

「ん?」


 一瞬ためらうように口を噤んで、それでも意を決したように話し始めた。


「あの子は、まだ夢を見ているの。『自分はもしかしたら兄の――ルシド様の代わりになれるんじゃないか』って。だから、ああして自分から迷宮に潜って『大海の染獣』を手に入れようとしてるの」

「……あんたが唆したんじゃないのか?」

「失礼ね。私は『迷宮に潜れ』なんて言ってないわよ。そもそもあの子の母親――第二王妃様の協力を得るために話をしていたら、あの子が名乗り出たのよ。『俺がやる!』って」


 ……ジンの言っていたことと大分違う気が……いや、合ってるのか?

 確かあいつが呟いていたのは――。


『……だから、正直王族なら誰でもよかったんだと思う』


 だったか。

 王族なら誰でもいいってのは、アンジェリカ嬢にとって事実なのだろう。

 彼女が引きずり下ろしたいのは王と第三王子の2人。その後を継ぐのは正直誰でもいい。

 ここまで犯罪行為に手を染めているのだ。

 自分で政権を握るなんて真似は、考えてもいないだろうから。


「……でもあんた、『これで役者が揃った!』とか叫んでただろ」

「あら。止めないだけで、あの子がやりたいというならそれを全力で支援するだけよ。……私は、こんな国の王になんてなる必要はないと思うんだけど、それでも、あの子がやりたいというのなら止めない。……今度こそ、私が守ればいいだけだもの」


 手袋に包まれた右手をぐっと握り込んだ。

 その動きに違和感は一切ない。感覚を失ったその手は、俺の手ときっと何ら変わらずに動かせている筈だ。

 あらゆるものを失った彼女は、死に物狂いでここまで這いあがってきた。

 でもそれは、また失うためではない。


「今度こそ全部、根こそぎ全部叶えてやるわ。あの演説は本気よ。私に協力する全員の願いを、私は叶えて見せる。だから、見届けるまで死んでは駄目よ? ゼナウ」

「……そっちこそ。俺の目的を見つけて殺すまで、手伝ってもらうからな」


 そうだ。

 だからこんなただの主相手に死んでたまるか。

 2人して悪い笑みを浮かべた、その時。

 背後からウルファの声が響いてきた。


「騎士団組が戻ったぞ! ――主が見つかった!」

「……さあ、戦いの時間ね」


 立ち上がってうん、と伸びをしてから、アンジェリカ嬢は俺に手を伸ばした。


()()()()()()()()。立ちふさがる障害は、全てぶっ壊してやりましょう?」

「……了解」


 怪物令嬢らしい笑みを浮かべる彼女の手を取って、立ち上がる。

 随分と準備に時間はかかったが――いよいよ20層の主討伐が始まる。

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