第65話 白砂の迷宮第20層/踏岩山⑥
そうして、俺たちは20層の主討伐を開始した。
まずは第一段階――主の捜索から。
「よし、じゃあ行くわよ」
「「はーい」」
アンジェリカ嬢の一声に、ジンとカトルが手を上げて応える。
既に他の2組は出発済み。後は俺らも出るだけだが……。
「なによゼナウ、そんな辛気臭い顔して」
俺の呆れた表情に気付いたのだろう。
アンジェリカ嬢がため息を吐きながらこちらを見た。
「いや……さっきの演説、一体何だったんだと思ってな」
ただ鼓舞するだけじゃない、明らかに色んな示唆を含んだ演説だった。
「あら、上手くいったでしょう? 皆の士気も上がったし、いいじゃない」
「だからってあれは……だいぶ危ない発言じゃなかったか? 場所も場所だし、ディルム支部長もいただろ? 大丈夫だったのか?」
ジンの正体こそ明かさなかったが、膿んだ国を変えるだかなんだか……。
だいぶヤバい発言をしていた気がするが。
だが、当の本人はどこ吹く風。雌狐に跨りながら無表情に手を振り払う。
「私をなんだと思ってるのよ。何の問題もないわ。人払いは済ませたし、ちゃんと周りに誰がいるかくらい把握してるわ」
「……じゃあ、まさか」
「そういうこと。味方は多い方がいいでしょう?」
「まじか……」
この女、遂に協会の支部連中まで引き込みやがった。
何が問題ないだ。より悪いわこの怪物令嬢め。
しかしこれは、本格的に内乱か何か起こす気だな……。
「それに、私たちの目的は第三王子を引っ張り出すこと。それはあなたも望むところでしょう?」
「……」
そう言われたら何も返せない。
しかしこの女、一体どこまでが計算づくなんだか。
既にこの後の第三王子の動きとかも読めてるのだろうか。
……考えていても仕方ないか。
事態は動き出したのだ。諦めて進んでいくしかない。
意識を切り替え、狐に飛び乗る。
俺らの担当は北の頂点から西側に流れるルートだ。
「それより、ちゃんと主の弱点を見つけてよ? あなたが一番重要なんだからね」
「それはわかってる。全力を尽くすさ」
結局はアンジェリカ嬢の演説通り。
この主を倒した先に俺の望みが待っている。だから勝って、生き延びて――掴み取ってやる。
「ジン、いけるか?」
「……」
声をかけるも、ジンの視線はどこか遠くへ向かっており定まってはいないようだった。
「ジン?」
「……あっ、ごめんごめん。いけるよ!」
「……」
本当に大丈夫か?
色々と問題はありそうだが、今はとにかく進むしかない。
まずは主の周回跡を目指して、北へと騎獣を走らせるのだった。
***
騎獣を駆り、目的の場所へと突き進んでいく。
今までは討伐証明集めの狩りが主体だったために速度は落とし気味だったが、今回は違う。
先に進むことを最優先に、できる限り敵との接触は控えたかった。
そうなればとれる選択肢は1つ。
渓谷の中ではなく、立ち並ぶ岩の天辺を走って進む。それも最速を目指した全速力で。
「これ、気持ちいいね!」
横のジンが喜びの声を上げるのを聞きながら、美しい渓谷を見下ろして駆けていく。
景色が良いのは同感だが、彼に応えている暇はない。
今はいつ墜公佗児が飛んでくるかとひやひやしながら周囲へと視線を巡らせる。
なんでこんな目立つことをするかと言えば、1つはとにかく早く攻略するためだ。
ジンの時間制限もあるし、アンジェリカ嬢の狙いもあるにはあるが、20層の主討伐はとにかく体力が要る。
見つけるためだけに時間も体力も使うわけにはいかないのだ。
それに、主を倒すためにはどのみちこの墜公佗児たちは倒さなければならない相手だ。
なにせ巨大すぎる主の背には、こいつらの巣がある。
『外核』を壊すために主の背を調査する際、必ずこいつらが襲い掛かってくる。
これは、本番前の練習でもあるのだ。
どんなに厄介な染獣でも、当然のことながら避けて通ることは許されない。
迷宮ってのはつくづく嫌らしい構造になってやがる。
今も視界の端に浮かぶ光が、大きくなってきた。
「来たぞ! 墜公佗児が2体!」
羽を広げた巨影が2つ、空を滑る様にこちらへと向かってきている。
皺のある奇妙な禿頭に、黒い外套を被ったような分厚い身体。
見た目そのまま公佗児を巨大にしたその染獣が、異常発達した脚部を振りかざして狙いを定める。
ジンのように風を纏った突撃は、そう簡単には防げない。
盾で受け止めるのも鎚で叩き落すのも、流れる様に動く奴らにはあっさりと避けられてしまうのだ。
だから、確実に当てる術がいる。
「カトル、手を!」
「あ――うん!」
左目に意識を集中させ、迷宮側に潜る。
途端に奴らの巨体から溢れ出る何かが視覚化され、こちらへと伸びてくる。
すっかり見慣れてきたその道標に従ってカトルの手を誘導し、叫ぶ。
「ここだ、撃て!」
「――!!」
既に空中に氷の槍を作り上げていたカトルが、俺の合図とともに槍を解き放った。
それは正確に移動する墜公佗児の胴体部分にぶち当たる。
『――――ギィッ!?』
鳥にしちゃ低い声を上げて、1体がよろめき翼が地面に激突。
そのままとんでもない動きで飛び跳ね、片方が消えた。
「わっ、ゼナウ、凄い……!!」
「続けて来るわよ!」
「そのまま俺らでやる! ジン、援護頼む」
「わっかりました!」
残った1体へは、俺が極太の足へと蔦撃ちを引っかける。
「手綱頼む」
「うん!」
そのまま狐の背から飛び降り、スイングしながら空中へと飛び出した。
『――――!!』
すぐさま通り抜けた墜公佗児に引っ張られ、空を引きずられながら飛んでいく。
引っ張られた瞬間は肩が千切れたかと思う激痛が走ったが、それされ耐えれば問題ない。
蔦撃ちを巻き取って奴の脚まで到達すれば、後は簡単。
脆く身体の中心に近い場所を狙って、杭を打ち込めば終いだ。
『――――ギッ!?』
身体に金属を撃ち込まれた鳥は身体を硬直させ、すぐさま力を失った。
引き抜いて回収している時間はない。そのまま杭と蔦を外し、鳥の巨体を蹴飛ばして空中へと再び飛び出した。
そのままじゃ墜落する俺を――ジンが受け止めてくれた。
「捕まえた!」
「すまん、助かる!」
「なんの! でも、無茶するね!」
「2人とも、こっち!」
僅かに速度を落としていたジンが加速し、先を行く狐たちに追いついて騎獣へと戻った。
結局、途中で得た目の力とジンに頼った強引な手法だが、これが一番早くて楽だ。
素材の回収なんかはできないが……ここは20層。主さえ倒せれば問題はない。
――ふと、前方の岩が途切れ、狐とジンが揃って向こうの岩へと跳躍を行う。
色鮮やかな赤茶の渓谷が眼下に映る。
染獣たちさえいなきゃ、綺麗な景色なんだけどな……。
そのまま、引き続き渓谷の天辺を駆けていく。
その道は一見平坦だが、所々途切れており、その下には当然深い渓谷がある。
落ちればただじゃすまない上に、捜索に手間取る間に隠れた染獣たちが襲い来るだろう。
移動でさえ綱渡り。
それでも、最速を目指すのだ。
「まだ来るわよ、ゼナウ!」
アンジェリカ嬢の声に顔を振ると、こちらへ近づく影が4つ……いや、5つ。
「やっぱり声で集まるか……あの数は動きながらじゃ無理だ。迎え撃つぞ」
「……ったくもう、急いでるってのに。移動しながらは駄目?」
「無茶言うな! 鉄塊、次の広場で止まるぞ」
「ああ」
広場――ただ広いだけの岩の上で狐を止める。
獲物が止まったことで巨鳥は勢いを増してこちらへと滑空を始めた。
「いくよ、氷壁――4列!」
そこへ響くカトルの声に合わせて、長く高い氷壁が立ち上がった。
分厚く縦に伸びた壁は、巨鳥の突撃でも破れないだろう。
『――!!』
故に、鳥たちの内2体だけが氷の壁の間へと入った。
その先に待つのは――2体の怪物。
「早く来なさい」
「――おお!!」
真っすぐしか進めない鳥相手なら、狙うのは造作もない。
無慈悲な鎚と盾の一撃を受け、2体の巨鳥は地面へと墜落した。
『――――』
氷壁を警戒した他3体は避ける様に旋回していくが、その内1体へと、カトルの氷槍が炸裂。
飛行が乱れたその瞬間にジンが飛び込んで、風を纏った棒撃を叩き込む。
これで3体を仕留め、残った2体は慌てて逃げ去っていった。
「行ったようね」
「ああ。……5体でこれか。やはり上の移動は疲れるな……」
これが本来の墜公佗児撃退法。
かなり高い確率で撃墜できるが、その分いちいち止まらなきゃならないので非効率極まりない。
だから基本的には地上を進んでいるのだ。
「その分速いからいいじゃない。ファム、進み具合は?」
「これで2割といったところだ」
「まだ先は長いね……」
「走ればすぐよ。さ、増援が来る前に進みましょう?」
厄介な墜公佗児も倒せる。
これでこの階層の染獣たちのほとんどは問題なく対処できることが分かった。
後は、主だけだ。
無限に広がる様に思える渓谷の上を、北へと目指して進んでいくのであった。
***
数時間の北上の後、ようやく目的の『周回跡』の一端へと辿りつく。
それは、空気の変化が教えてくれた。
「……? ねえ、音がしない?」
「そういえば、確かに。それに、冷えてきたか……?」
ごおごおと水流みたいな音の風が向かう先から吹いてきている。
その風も強さを増し、時折吹く突風は思わず身体を震わせる冷たさがあった。
明らかに、場の雰囲気が変化した。
それが示すのは――。
「……着いたようね」
「ああ――止まるぞ」
先行するアンジェリカ嬢たちが岩の端っこで狐を止めると、音の正体は直ぐに分かった。
今までとは比べ物にならない程の大穴が、目の前で口を開けていたのだ。
「うわー、ひっろー」
「これが主の『周回跡』か……デカすぎないか?」
遠くに見える対岸は100m以上離れている。
地面までの深さはもっと長く、ある程度低い場所でも200m程はあると聞く。
風で舞う砂塵のせいで地面がどこかも定かではない、赤茶けた景色が眼下には広がっていた。
「ありゃあ、まるで砂の河だな……」
「いくら俺でも、この高さは流石に無理そうだなあ……」
見下ろしているだけで薄ら寒さを覚える、吸い込まれそうになる空隙。
そんな巨大な渓谷が、右から左へ、視界の果てまで続いている。
「でも凄い絶景。地上には多分ないよね、こんな景色……」
「あってたまるか」
これがこの階層の主『踏み鳴らし』の、ただの移動の跡だというのだから笑えてくる。
俺らはこんな途方もない怪物を倒さなきゃならないのだ。
気が滅入る……。
「ふむ、前と変化はなさそうね。ファム、地図を」
「ああ」
「ここをひたすら走っていくんだよな。落ちないようにだけ気をつけないと」
ここからやることは2つ。
まず単純に主の捜索。これは道を進んでいけばいい。
そしてその道中で集めていくものがある。それは、鉱石だ。
『主攻略に鉱石がいるんだ。道中集められる分でいいから集めてくれ!』
――とはウルファの言。
どうやら主討伐用の絡繰りの『弾』として鉱石を使うんだとか。
分厚く硬い岩の鎧を崩すには、同じ階層の金属を使えばいい。
単純だが明快な解答だろう。集めるのが大変なことを除けば。
万が一主を見つけられなかったパーティーは、この鉱石集めを優先して行うことになっている。
そうすれば暇なパーティーも無駄にならないというわけだ。
ただそれはそれで重労働なので、できれば主を見つけたいところである。
「道中の岩壁に、主が食事をした後の洞窟がある。そこを探せば鉱石は見つかるだろう」
「ゼナウとジンなら横穴にも入れるでしょう? あの巨獣の食べ残しの瓦礫だけで十分だから、集めるのは任せたわよ」
「……了解」
なにせ、ジンはともかく、俺の蔦撃ちだと実質飛び降りなのだ。嫌だなあ……。
できればジン君、やってくれない?
そう思ってジンを見てみると――。
「ジン?」
彼は縁に立って崖下を見つめたまま、ぼおっとしていた。
何をしてるんだ?
「ねえ、ゼナウさん……【人類踏破限界】って知ってる?」
声をかけようと近づくと、不意にジンが口を開いた。
「はあ? そりゃ、知ってるが」
「じゃあ、それが今はこの20層がそうだって言われてるのも?」
いきなりなんだ?
勿論知ってるので頷くと、ジンはそりゃそうか、と笑ってから再び視線を崖下へと移した。
何もない、人を呑み込みそうな大穴へと。
「人間が、その本来の能力で到達できる最深層――それが【人類踏破限界】の定義だよね。……つまり、俺たちがこの階層を突破するには、人間を辞める必要があるってことだ」
「まあ、限界って言ってんだからそうなんじゃないか?」
だからって、越えたところで外見が劇的に変わるわけじゃない。
もしそうならアンジェリカ嬢や鉄塊は別のナニカになってただろう。
そもそも、元々10層だったものが引き上げられている時点で基準が滅茶苦茶なんだ。
もしその基準が正しいってんならなら本来の限界である10層と新しく限界の20層の間にいる俺らはなんなんだ? 人間か? 化け物か?
結局、人間が適当に決めた線引きでしかない。
20層に引き上げたのも、きっとまだ人間だろうって、常識から外れた探索者たちの願望でしかないと俺は思うね。
……てか、それを今言うのか? アンジェリカ嬢のあれだけ派手な演説があって、お前もいい笑顔で手を振り上げてただろ。
こいつの言葉を借りるなら、人間辞める気満々だったじゃないか。
訳も分からずジンを見ると、やけに真面目な表情を浮かべているから驚いた。
「……ジン? どうしたんだ?」
「変だよね……この大渓谷を見た時から、身体が震えるんだ。ああ俺、こんなものを作る化け物と戦わなきゃいけないんだ、って……まだ主を見てもないってのにさ」
掲げた彼の右腕が、ここからでも分かるくらい震えていた。
「お前……」
「主を倒すには、人間を遥かに超えた英雄にならなきゃいけない。兄さんだって、姉さんだって、師匠だって成し遂げた。……でも、俺はそこに並べてるのかな。俺にも、できるのかな……」
震えた声は、吹き上げる風に紛れて消えていく。
それくらい、か細い声で彼は言う。
「屋敷にいる時は、カッコよく活躍できるって思ってたんだけどなあ。いざここに来たらこんなに震えて、情けないや」
「……」
ああ、そうか。
19層の時に感じた違和感はこれか。
『そっか。ゼナウさんはそれに命を賭けてるんだね。凄いや』
『……お前もだろ? だからここにいるんだろ』
『うーん、多分?』
アンジェリカ嬢曰く、こいつの兄のルシド王子は、自ら迷宮に飛び込んでったと聞く。
一方でこいつは違う……かは知らんが、ともかくアンジェリカ嬢と兄の影響もあってここにいるのだ。
勿論こいつ自身が決断した結果だが、大本の、願いの根っ子部分が違う。
兄は自分のため。こいつは人のために潜ることを決めた。
そこに自分の命を賭けられるかは、どれだけイカれてるかによるんだろう。
俺やカトル、アンジェリカ嬢も、自身の境遇から迷宮に自然と吸い込まれていった。
吸い込まれるように、呑み込まれるように。
だから死に物狂いで下へ下へと突き進むしかない。
だが閉じ込められてただけで、ずっと安全な場所にいた王族はそうじゃない。
必然でもなく、他に選択肢がないのでもない。
ただ数ある可能性の1つとして選んだ彼にとって、命を賭けるという行為はちと難しいのかもしれない。
……あんたはこのこと、知ってたのか? アンジェリカ嬢。
鉄塊と相談中の彼女を横目に見つつ、溜息を吐きながらジンの横に立った。
おお、こうしてみるとすげえ絶景。
人間なんてとんでもなく小さく見えるよな。……だから、少し弱気になってしまうのはわかる。
それでもしゃんとしてもらわなきゃならない。こいつは、大事な仲間の1人なのだから。
「お前、主討伐経験は?」
「え? 勿論あるよ。じゃなきゃここにはいないよ。……でも、俺は傭兵だからさ、いつもメインのパーティーの補助でしかない。戦いはするけど、そこに大きな責任――っていうと違うかな。ええと……」
「目的か?」
「そう、それ! 主を討伐して次の階層に行きたいってのは雇い主たちの目的で、俺のじゃない」
でも、と彼は言う。
「今回は違うでしょ? ……アン姉さんが何をしようとしてるのか、俺もよくわかる。いや、わかってるつもり。だから、これは俺の戦いなんだ」
アンジェリカ嬢は、ジンを次の王にしようとしている。
より正確には、邪魔な王と王子たちを取り除いて、そこにジンを据えようとしている。
それには、皆で手助けしてジンが主を打倒し、国中に証明しなければならない――。
「だから俺は絶対に勝たなきゃいけないんだ。だけど、なんでか怖くて――」
「……ンなわけねえだろ。なに言ってんだ?」
――なんて、くだらない勘違いをしているらしい。この王族様は。
「え?」
「出発前にアンジェリカ嬢が言ってたろ。この戦いには、参加者全員に意義がある。お前は、その中のただ1人でしかない。何が俺の戦いだ。ふざけたこと言ってんじゃねえよ」
ウルファたちは絡繰りの有用性を証明するため。
ルトフは騎士団に新しい風を吹かす……だったか? あっちはあっちでヤバいこと言ってた気がするが……まあいい。
全員、切っ掛けはアンジェリカ嬢だったかもしれない。
だが、それぞれが参加した理由は、そいつ自身がちゃんと持っている。
このぽっと出の王族を王様に――なんて危険思想を持ってるのはアンジェリカ嬢といて精々鉄塊……そして、こいつだけだ。
俺たちの夢を、目的を、勝手にすり替えられるのはあまりに自分本位で腹が立つ。
こいつからすれば、俺たちは『自分のために戦ってくれているいい人たち』ってわけか?
ふざけんな。お前なんぞに、俺の戦いの意味を奪われてたまるか。
「でも……」
「アンジェリカ嬢に何を言われたか知らねえが、会ったこともない王族のために命かける奴なんていねえよ」
そう。事実はそれぞれが20層を目指しているところにアンジェリカ嬢がいきなりこいつをぶっこんできたんだ。
俺らとしちゃいい迷惑だ。『赤鎚』とか見てみろよ。
好きなもんつくってたら気付いたら反乱の一味にされかけてるんだぞ。……誘った俺がどんどん心苦しくなるからやめて欲しいんだが!
「てか、そもそもの話、俺は俺のために主を倒すんだ。言っただろ。探さなきゃいけない奴がいる。そのために俺は深くまで潜るんだと。お前のためなんて欠片も考えてねえよ。自惚れんな」
「……」
ジンは呆然とした顔をしている。
いや、こんなこと言ってるが、こいつは何も悪くない。
むしろアンジェリカ嬢の悪だくみを自分の事のように考えられる、家族想いのいいやつだ。
だからこんなくだらないことで駄目にはなってほしくない。
自分の命は、自分のために使うべきだ。他人がどうこうしていいもんじゃない。
というか、アンジェリカ嬢もそこまで極悪なことは考えてないと思うがね。
こいつも彼女も――家族を失うのは、二度と御免だろうから。
まあ、それはともかく。
「王族だからって何でもかんでもお膳立てしてもらえると思うな。ほら、ちゃんとしろ!」
「わっ!?」
背中を叩――くと流石に落ちるので、肩を叩いて気合を入れた。
「誰もお前のために戦わない。ただ全員、自分のために死に物狂いで主を倒すだろうよ。だからお前は、お前自身で主に勝たなきゃならないんだ」
「……」
「怖いならそこで震えてろ。俺たちは勝手に主を倒す。お前なんぞいなくたって、何も変わらない」
嘘だ。いなくなられたら滅茶苦茶困る。
それでも虚勢を張って告げた言葉に、ジンがハッと顔を上げた。
「……!! それは――!!」
「嫌か?」
問いかけに、青い顔はそれでもしっかりと頷いた。
よし、それでいい。
「なら死に物狂いで戦うぞ。……命を賭ける理由を、他人にすんなよ」
「ゼナウさん……」
再び呆然としながらも、彼の目が俺を見据えた。
だがその表情はさっきまでと違って、目に意志のようなものを感じられた。
「……うん、そうだね。皆、自分のために戦うんだ」
「当たり前だ。じゃなきゃこんな馬鹿みたいなことしねえよ。何が楽しくて人のためにこんな化け物に挑まなくちゃならないんだよ」
見てみろよ。
対岸とか空飛べなきゃ絶対にたどり着けないぞ。
こんな幅のあるバカでかい染獣、正直戦いたくないわ。短剣でどうしろってんだ。
「ははっ、確かに。……ゼナウさん、ありがとう」
笑ってそう告げるジンの顔は、先ほどまでと違って晴れやかに見えた。
あまりに急な進行だったからな。
ずっと箱入りだった彼の心の準備すらする暇もなかったのだろう。
……しかしアンジェリカ嬢め。
それくらい考慮して、自分でやって――
「――もういいかしら?」
「「……あっ」」
背後から、背筋を震わす冷えた声が聞こえてくる。
振り返れば、怒ってるのか笑ってるのかわからないアンジェリカ嬢が仁王立ちしていた。
「2人で長いこと話して……時間がないって言ったの、もう忘れたのかしら?」
「いや、それは……」
「問答無用!」
必死に並べようとした言い訳は全て剛腕にて両断される。
「さっさと行くわよ! ほら、準備!!」
「「はいっ!!」」
ぴしゃりと言い放って、アンジェリカ嬢はそのまま騎獣の方へと戻っていく――かと思ったら、ジンに近づいていき、その身体を優しく抱きしめた。
「……大丈夫。あなたならできる。信じてるわ」
「……!! うん!」
たったそれだけで、ジン君は一気に元気になった。
……これ、俺の説得必要だったか?
まあ、休憩になったしいいか……。
カトルの待つ騎獣に乗り込んで、今度こそ出発準備を終える。
「亀裂に沿って進むぞ。ゼナウは引き続き警戒を。俺は……洞窟を探す」
「ああ。ここからは時間との勝負だ――」
「……」
「――からな。急ぐぞ!」
睨むアンジェリカ嬢を頑張って無視しながら、騎獣を巨大渓谷に沿って走らせるのだった。




