第63話 白砂の迷宮第20層/踏岩山④
「よーし、終わったー!」
崩れ落ちた巨大弾帯獣を前に、ジンの陽気な声が響いた。
これで19層踏破に必要な討伐数に達したのだ。
「流石に19層ともなると頑強ね。余計に1日かかるなんて……予定外よ」
「いや、十分早いだろ……まだ入って4日だぞ」
「遅いわよ。何なら3日に短縮したいくらいだったもの。あなたの目ならいけると思ったのに……」
「無茶言うな。殺す気か」
ジンを連れて迷宮に入ってから4日が経った。
その間はもう、ずっと戦い漬けだ。
毎度のことながら苦行が過ぎる。なんでこんなに急いで戦わなきゃならんのだ。
まあ、おかげでだいぶ目は鍛えられたが。
「もう手が限界……帰って休もう?」
カトルも苦い顔をしながら手を振っている。
お前はせめて魔力が限界って言えよ。魔法使いだろ。
「だって魔力は全然平気だもん」
「……俺は結構枯渇気味なんだけど。カトルさん、やっぱりすげえや」
「確かに、こいつが魔力枯渇してるとこ見たことねえな……」
「そんなこと……あるかも」
やはり化け物か……。
そんなこんなで19層の探索を終えた俺たちは、無事に20層挑戦の資格を得た。
流石にそのまま挑む……なんてことはせずに、1度地上に戻ることになる。
ここから先は、主討伐のための準備が始まるのだ。
なにせ俺たちは顔合わせすら碌にしていない。
臨時のパーティーなんてそんなものかもしれないが……それでも万全を期しておきたい。
「申請は通ってると思うけど、他の準備が整っているか確認しないとね。……特に、『赤鎚』。絡繰りを用意するなんて言ってたけれど、大丈夫かしら?」
「ルトフたちの方は……」
「あいつらは平気よ。15層の主を倒すだけだから。失敗はしないわ」
彼ら騎士団所属の騎士たちは訓練として集団で迷宮に潜る。
そのため、歴の長い騎士はそこらの探索者よりよっぽど迷宮の経験値が高い。それこそ昔の『赤鎚』のような非戦闘要員を連れて潜れる程に。
そのため、騎士のみでパーティーを組んだ場合、主のいない間の階層を飛ばすことが許されている。いわゆる騎士団特権と呼ばれるやつだ。
個人としては踏破済みだが、パーティーとして踏破できるか確かめるための規則……だそうだ。
ルトフたちはどうせ騎士の中でも精鋭揃い。当然この規則が適用されるので、15層の主さえ倒せば問題ないというわけだ。
そしてアンジェリカ嬢はルトフの強さに全幅の信頼を置いているらしい。
15層の主くらい軽く屠れると。
「そんなに強――かったな」
「あら、やっぱり戦った? あいつ、あんな見た目で戦闘狂なのよねえ……どうだった?」
「ただの鉄の棒で殺されかけたよ……」
笑顔で斬り掛かって来たのを思い出して身体が震える。
もう2度とやりたくはないが、対人戦の経験は積んでおきたいんだよな。今度また模擬戦を頼むか? 嫌だなぁ……。
「へー! 俺も戦ってみたいなあ」
「「やめなさい」」
俺とアンジェリカ嬢の声が珍しく被った。
王族相手に騎士が嬉々として斬りかかるのは絵面的に非常にまずい。
まあいくらルトフでも、流石にやらない……よな?
「えー、駄目?」
「駄目よ。あいつは王族だろうが問答無用でやるわ」
……駄目そうだ。
あの人、数少ない『まとも枠』だと思ったのにな……っと。
「積み込み終わったぞ」
無駄話をしながら続けていた解体も済み、素材の積み込みも終えた。
後は昇降機を目指すだけだ。
「この後はどうする?」
「私は支部に用事があるから、先に戻ってなさい」
「ああ。……ジンはどうするんだ? 帰るのか?」
「勿論、帰んないです!」
満面の笑みで家出宣言である。
「うちで預かるから、ついでに連れて行って。あ、ゼナウは駄目よ。あなたは帰る前に『赤鎚』の工房を見てきてもらえる?」
「……了解」
「あ、それ俺も行きたい。一緒に戦うことになる人達でしょ? 会いたいなー」
「だそうだが」
「……そうねえ」
アンジェリカ嬢を見ると、腕を組んで悩ましげに表情を変えた。
俺の横でふんふんと身体を揺らしているジンを見て……ふう、と息を吐き出した。
「あんまり外をうろつかせたくはないんだけど。まあ今更ね。良いわよ」
「やった!」
「ただし、変装は解いちゃだめだからね」
「勿論! 分かってるよ」
両腕を伸ばして喜ぶジンに優しく微笑んでいる。
あの怪物令嬢も、義弟相手には甘いらしい。
まあもう屋敷は出てるし、変装もあるしいいのか……。
「となると、馬車だな。カトルたちはどうする?」
「……私も行く!」
おお、スイレンで折れたかと思ったが、人見知り克服計画は継続中らしい。
「師匠も行きますよね?」
「……わかった。行くとしよう」
「ああ、そうだ。準備が終わり次第顔合わせをするから、空けときなさいってついでに伝えておいて」
「了解」
一先ずはこれで終了。
俺たちは疲れた身体を引き摺って、地上へと戻っていくのだった。
***
「じゃあ、よろしくね」
ルセラさんとのやり取りをアンジェリカ嬢に任せて、俺たちは迎えの馬車で『赤鎚』の工房へと向かった。
数日ぶりの武骨な建物からは、いつも通りの騒音が響いている。
また何か絡繰り作りをやっているのかと思って近づくと、入口の前に陰が2つ見えた。
1つは赤髪の魔法兼装飾担当・イマだろう。もう1人は……知らない奴だな。
「じゃあできたら支部に連絡するから、そしたら取りに来てね?」
「はい。よろしくお願いします。では」
赤い頭以外を覆った外套姿。背も低く線も細いから、少年か女性に見える。
口元まで覆われているので顔の詳細は分からないが、背負った棒状の何かは頭1つ分長く飛び出ていて武骨である。
「……」
すれ違いざま、小さく会釈だけしてそのまま横を通り過ぎていった。
笑みを浮かべて手を振っていたイマが、俺の方に視線を向ける。
「あれゼナウ、どうしたの? 探索中じゃなかった?」
「19層を踏破したから、その報告に来たんだよ」
「あ、もう? 流石、早いんだねえ」
「ついでにあんたらの様子を見て来いってよ。……今のは?」
振り返ると、もう先ほどの人物の姿は見えなくなっていた。
「ああ、うちのお客。装備に加工をしてほしいって来たのよ」
「……客、いたんだな」
自然と出た呟きに、イマの表情がゆがむ。
「いるに決まってるでしょ。数は減ったけど、今もたまに支部や探索者から紹介されてくるの。あんたもそうでしょ」
「ああ、そういやそうか。……他の2人は?」
「奥にいるわ。ふむ、丁度いいわね。後ろのはパーティーメンバーで合ってる?」
「ああ」
「そ。じゃあ皆ついてきて。いい物、見られるよ?」
そうして向かったのは工房の中――ではなくルトフと戦った裏手の資材置き場。
そこには探していたウルファとアミカと、巨大な人型がいた。
……あれ、例の絡繰り木人か? アンジェリカ嬢が盛大にぶっ壊したやつ。
もげた腕も大穴が開いた腹も見事に修復され、初めて見た時の姿に戻っている。
そして、その前にはウルファが1人立っている。
「ふぅ――」
奴は肩の出た軽装で、目を閉じて深呼吸をしている。
腕に手甲らしき何かを填めてはいるが、それ以外は装備らしい装備は身に着けていない身軽な姿。
整備をしているようには見えないが、何をしてるんだ……?
「じゃ、いくよお」
「おう」
木人の後ろにいたアミカの掛け声とともに、木人君が動き出す。
しばらくは動きを確かめる様に腕や腰やらがゆっくりと回転をしていた――が。
「かいしぃー!」
「――っ!!」
がこん、と鳴った直後に、ウルファの胴くらいの大きさの棍棒が奴の頭へと振りぬかれる。
「わっ!?」
カトルの悲鳴が響いたその瞬間。
襲い来る一撃を、ウルファは身体をずらして回避した。
それを機に、木人は6つある副腕を使って一斉にウルファを攻撃し始める。
常人なら軽く死ねる連撃が繰り出されるが――。
「――はっ!!」
だが、そこから四方八方から襲い来る武器の全てを、ウルファは躱し、受け止め、更には殴り飛ばして――ことごとく対応している。
最終的に外野の俺らでも目で追うのが精一杯の速度にまで上がった攻撃を、奴は30秒以上も受け続けてみせた。
そして、
「――ふっ!!」
気合の一閃で木人の腹を殴りつけると、鈍い音とともにその巨体が揺れた。
胴に触れたことで木人の動きは遅くなっていき、少しの間をおいて完全に静止した。
「……ふう。よし、アミカ! どうだった!?」
「誤動作も遅延もなし。完璧じゃーん」
「だよな!? これで今度こそアンジェリカ様も……いけるか……!?」
……どうだろうなあ。てか、確かめてたのはウルファの動きじゃなくて木人の動きなのな。
それにしちゃかなり動けているように見えた。ウルファ、あいつ強かったんだな。
驚いていると、隣のイマがこっそりと教えてくれる。
「絡繰りを作るなら、自分でしっかりと試す。それがうちら……ってかウルファの流儀なの」
「だからって、あの木人も試すか普通?」
「さあ、試さないんじゃない? というか他にあんなの作る馬鹿を私は知らないわよ」
……それは、その通りだな。
「作って試してを繰り返してるうちにあいつ自身が鍛えられて、どんどん木人が強くなってるのよねえ。『技術屋のオレができるんなら新人にもできんだろ』ってのがあいつの言い分だけど、自分が強くなってることは全然気付かないの」
「はあ……?」
自分で作ったものをちゃんと確かめるのは技術者としては正しい姿だろうが……。
「その結果が暴走だろ?」
「そ。固定すると全部防げちゃうからって、移動機能をつけたら……ね」
「馬鹿なのか……?」
思わず漏れた呟きに、イマは満面の笑みを浮かべた。
「そうだね、愛すべき馬鹿だよ。おーい、2人とも、お客さん」
「あ? おお、ゼナウ! それと後ろは……っ!!」
「アンジェリカ嬢はいないから、安心しろ」
いかにも「まずい!」って顔をしたので教えてやる。
さっきのは聞かれても大丈夫だとは思うがな。
「そ、そうか……じゃあその人たちは?」
「一緒に潜るパーティーメンバーだよ。こいつが最後の1人だ」
そう言って、横にいるジンを指さした。
「ジンです! 傭兵で参加することになったんで。よろしく!」
「おう、よろしくな! ウルファだ」
笑みを浮かべて挨拶を交わしている。
お互い豪快な性格同士。気が合うかもしれないな。
ちなみにジンの素性については、黙っておくことにした。
さっきの客含めて、こいつら『赤鎚』は外部の人間と関わることが多い。余計な情報は与えない方がいい。
それを言えば名前も変えておくべきなんだが、そこはもう咄嗟に変えられないので諦めることにした。
ただし、赤鎚やルトフのパーティーがいるところでは変装は必須としている。
今も赤髪で頬に染痕があるテムジ君スタイルだ。
ふと、そのウルファの表情が変わった。
「……? お前さん、どっかで会ったか?」
不意なウルファの問いに、ぎくりと固まる。
いや、今ジンは変装中だ。単に変装後の『テムジ君』を知ってるだけだろう。
当のジンは首を傾げている。
「え? ……どうだろ。初めてだと思うけど……」
「なんか見覚えあんだよなあ……アミカ、分かるか?」
「んー? お客じゃないよねえ……。一緒に迷宮潜ったりした?」
「いや、ないと思うよ」
「そうか……あー! 気になる! こういうの寝れなくなんだよ!」
「ははっ、わかるわかる」
後で発覚した時、一体どうなるんだろうか。
これは、教えてやらないのも情けだろう。
むしろ黙ってるアンジェリカ嬢が悪い……ん?
「ジン……? そんな傭兵いたっけ?」
イマの呟きがふと聞こえる。……まずい。
ここは道中考えた言い訳の出番だ。
「あいつはアンジェリカ嬢のとっておきだ。知らなくて当然だよ」
「へえ……じゃあ、もしかしてシュンメル家直属!? ……アリね」
「……やめとけ。アンジェリカ嬢に殺されるぞ」
「くっ……壁は高いわね……」
素性こそバレなかったが、別の意味でジンが狙われる気がする。
後で適当にフォローしておこう……。
「で、どうしたんだよ。そんな大所帯で来て」
「19層の探索を終えたから、その報告だ。近いうちに主に挑むぞ」
「おお! いよいよか! 準備できてるぜー!」
なんなら今から行ってもいいくらいだ、と肩を回しながら気合を入れている。
「まずは全員の顔合わせからだ。作戦も伝えないといけないしな。例の絡繰りは?」
「中にあるぜ。今までの最高傑作だ! 期待しとけ!」
「え、気になる! 絡繰りってなに?」
あ、馬鹿お前……そんなこと言ったら絶対長くなるだろ。
だが時すでに遅し。
「ほう――」
絡繰り馬鹿の目が光り、ジンの肩を抱いた。
「ジンって言ったか。お前さん見る目があるじゃねえか。よおし! じゃあ1から説明するからついて来い!」
「おお!」
そのまま2人で騒ぎながら工房内へと入っていった。
若干不安な顔合わせだったが、少なくとも相性は良そうだ。
いい分、話が長くなりそうだが……まあ、説明の手間が省けるからいいか。適当な時間で回収しておこう。
「……長くなりそうだから、ウチらは別で話そうかあ。使う予定の絡繰り――あ、ウチらが使う道具の事ね? 一通り教えるよお。アズファムさんと、カトルさんだよね? アミカだよ、よろしくねえ」
分厚い眼鏡の奥の蛇のような目を細めて、アミカが笑う。
こっちはこっちで怪しそうだが……まあウルファよりはマシだろ、多分。
「あっ、よ、よろしく」
「よろしく頼む」
「じゃあ俺も――」
そのままついていこうとしたら――がっしりと両肩を掴まれた。
「ゼナウも聞くよな! オレの絡繰り開発史を!」
「は? いや、俺はアミカに――」
「一緒に聞きましょ! さあ!」
「「さあさあ!」」
「頑張ってねえー」
結局無理やり連行されて、ウルファがいかに絡繰りに魅入られ、作り上げてきたかをひたすら聞かされることになる。
知りたかった主討伐用絡繰りの詳細は後で鉄塊から聞くのであった。




