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第6話 白砂の国①




 白砂の国(ハルモラ)はその名の通り国土の大半を砂漠に覆われた、乾燥地帯に位置した国である。

 ただそんな地表とは異なりその下に広がる迷宮には豊潤な水源が存在しているようで、国内に3つ存在している迷宮周辺は広大なオアシスとなっている。


 そのことから、この砂漠はかつて巨大な海だったのではと考えられている。

 大量にあったはずの海水は全て迷宮の大穴に吸われ、残された山をも越える巨大な珊瑚礁が風化で砕け散り、砂漠へと変じたのだと。


 それ故にこの国の砂は光を反射し美しい煌めきを見せる。

 汚れない白砂の広がる砂漠の国。そんな白砂の国(ハルモラ)の王宮にて、一人の老人が床に伏していた。

 

 まだ午後の明るい時間だというのに、その部屋は一切の光が断たれていた。

 本来は赤と金に彩られた、訪れた者全てが息を呑んだ豪奢な王の寝室は見る影もない。

 天蓋付きのベッドで寝る老人は暗闇の中、恐らくすぐそばに佇んでいるだろう男へと視線を向けた。


「……見つかったか?」

「いえ。姿すら捉えられておりません」


 暗くとも語気だけで大柄な武人だと分かるその男がはっきりとそう答えた。

 期待とは真逆の答えに、しかし老人は何も言わない。

 もう、このやり取りを繰り返して半年になる。すっかり慣れてしまっていた。

 

「……進展もなしか」

「はい。そもそも手がかりが昔の探索者の記憶から起こしたスケッチですから、そう簡単には見つかりますまい」

「……だが、必ず見つけなければならない」


 今、この国は危機に瀕している。

 それも通常の手段では解決できない超常のものだ。

 解決策を、と国中総出で調べたところ行きついたものは、あろうことか迷宮の中だという。


 迷宮は未知で溢れている。

 地上の些事など軽く吹き飛ばすほどの力があるのだ。

 手に入れれば、国の危機など軽く解決してしまうだろう。

 だがそれは、手に入れることが絶望的に困難であることと同義である。


 実際、捜索を始めて半年以上が経過している。

 傍の男は無能ではないし、手を抜くほどの逆臣でもない。

 国中の探索者を稼働させても目的までは足りないのだ。

 ならば――。


「探索者を、増やすしかあるまい」

「はっ。既に騎士団から選抜は済んでおります」

「……うむ。だが、それでも足りまい」


 自国の兵たちを疑うつもりもない。

 だが、彼らよりも迷宮に秀でている探索者たちでも失敗しているのだ。

 十全とは言えない。


「民からも集めよ」

「国王様、それは……」

「わかっておる。数は不要だ。……探せばいるやもしれぬ。この国の英雄となるものが」

「はっ。急ぎ、捜索を行います」

「頼む。やり方はお主らに任せる」


 そのまま男は部屋を出ていき、室内は再び闇に戻る。

 暗く沈んだ部屋の中、白砂の国(ハルモラ)の王である男は、深く息を吐き出した。


「必ず手に入れるのだ。あの、救国の染獣を」



***



 眩いほどの陽光が視界を埋め尽くしていた。

 空から降り注ぐのはもちろん、それを反射する地面の方がむしろ眩しく、その暑さに思わず顔をそむけた。


「んー、やっと着いたわー! 流石白砂の国(ハルモラ)、暑いわね」


 隣ではアンジェリカ嬢がうん、と伸びをしている。

 いつもとは違う青色のロングドレスに長手袋(イブニンググローブ)。頭にはつばの広い帽子をかぶり、目には黒色の眼鏡(グラス)をかけている。

 顔のごく一部を除いて肌の露出をほとんどゼロに抑えた日除け装備。

 監獄島の時と何も変わらない俺とは違って、日差し対策は完璧なご様子である。


 そう、俺は今、件の国――白砂の国(ハルモラ)の首都であるワハルにやってきている。


 あの日、アンジェリカ嬢との交渉を呑んだ後。

 彼女はいきなり「じゃあ、行きましょうか」と言って立ち上がると、そのまま島にある港まで俺を連行していき、なぜか停泊していた船へと乗り込んだのだ。


 そうして十数日の船旅を終えたら、もう白砂の国(ハルモラ)である。

 ……どうやら、ここまで完璧に計画されていたらしい。


 ちなみに船にいる間に彼女の部下であるレウという女性から白砂の国(ハルモラ)の文化やら作法やらを叩き込まれた。


 ――いいですか? 白砂の国(ハルモラ)の人間は会話を、特に雑談を好みます。現在ろくに話せる記憶もエピソードもない貴方は浮くこと間違いなし。今から、ハルモラの歴史、逸話、娯楽に至るまでを徹底的に叩き込みます。まずはこの国の成り立ちから始めますよ。


 ……うん、本当にきつかった。

 おかげで十数日があっという間だったよ。

 最後の方はもう彼女の吊り上がった目を見るだけで震えていた気がする。


 俺にとって幸運だったのは、言語に違いがなかったことだった。

 ただ訛りが若干違うらしいから、そこだけ気をつけなければいけないが。


 ともかく、これで俺は解放された!

 これからは迷宮に潜ることができる……ん? どうやって?

 船ではレウさんの()()が行われただけで、今後についての話は一切されていなかった。


「さ、行くわよ。ここからは馬車に乗るわ」

「……あの、アンジェリカ様?」

「なあに?」


 何を聞くことがある?というように彼女はきょとんとした顔で首を傾げている。

 むしろ疑問しかないんだが……。


「これからこの国の迷宮に潜るんですよね?」

「ええ、そうよ?」

「……どうやって?」


 俺らは今、船でこの国に来た外国人である。

 当然、そんな俺らに迷宮に潜る権利はない。


 国が管理する迷宮の入口は忍び込める程甘い管理はされていない。

 アンジェリカ嬢は当てがあると言っていたが……。


「そうね。そろそろそっちも話しておかないとね。移動しながら話しましょうか」


 そう言って、彼女は馬車乗り場へと向かうと、用意されていたらしい馬車へと乗り込んだ。

 やけに豪華な馬車に見えたが……気のせいか?

 慌てて乗り込むと、直ぐに馬車は走りだした。

 どこへ行くんだ? これ……。


「――さて、これからについてなのだけれど」


 対面に座っているアンジェリカ嬢が、名産だという木の実のジュースを飲みながら口を開く。

 いつの間に買ったんだ……まあいい。


「近いうち、民間から新たな探索者を選ぶ試験があるの。あなたにはそこに紛れ込んでもらうわ」

「民間から? そんなことが?」


 迷宮の探索は国の重要任務である。

 故に探索者になるのは一部の選ばれた人間――選抜された騎士たち軍人、もしくは幼いころから探索者として育てられた貴族などの上流階級の子弟であることが殆ど。

 一般市民の中から探索者を探すなんてのは聞いたことがない。


「それくらい切羽詰まった状況ってこと。そして、この国の人間にとってもあなたは欲しい人材なの」

「……俺ならその募集に必ず引っかかる、と」

「そう。それなら合法的に迷宮に潜れるでしょう?」

「いや、そもそも俺はこの国の人間じゃ……」

「そこはほら、書類をちょちょっといじれば平気よ。幸い、この国は多民族国家だし」


 結局身分偽装はするんかい。

 犯罪者になるのは残念ながら避けられなさそうだ。


 ……だが、その話が本当であるなら確かに俺が探索者になれる可能性はあるだろう。

 俺のこの【迷宮病】は染獣探しに向いている。事実それで監獄島では稼いでいたしな。

 それをこの国の連中が欲しがるとアンジェリカ嬢は確信しているらしい。


「……ちょっと待ってください。仲間の話はどうなるんです? あなたの言っていた仲間候補。そいつらも必ずその試験に受かると?」


 いくら民間から募るといっても何十人も採用する筈がない。

 その仲間とやらも必ず通過するというのだろうか。


 それに、そもそもここには俺とアンジェリカ嬢しかいない。俺はその仲間候補とやらの名前すら知らないのだが。

 ……まさか、彼女と潜れと? 絶対に御免被るのだが……。


「ああ、それは違うわ。仲間候補はあなたとは別ルートで進めてる。1人は既にこの国の探索者で、もう1人はあなたとは違う探索者候補。……要はこの国の貴族ね」

「……貴族!? 貴族と迷宮潜るんですか!? 犯罪者ですよ俺!?」


 そんなこと許されるのか?

 同じ平民上がりの探索者でいいじゃないか。

 だが俺の淡い願いは届かず、アンジェリカ嬢は微笑み首を横に振る。


「大丈夫。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そもそも借金持ちじゃないあなたは何の前科もないわ」

「……というと?」

「こんなこともあろうかと、あなたが監獄島にいた記録は全て消してるの。……正確には、記録していないのよ。あなたが来た時からずっとね」

「……最初から?」


 告げられたまさかの言葉にぶるりと身体が震えた。

 だってそれは、俺が監獄島にやって来た瞬間から『このため』に行動を開始していたということだ。

 アンジェリカ嬢のことだ。ただ偶然俺がやってきたから……なんて生温い話ではないだろう。

 俺が監獄島に来ることすら、彼女の掌の上だった。そういうことなのだろう。

  

「ええ。だって、珍しいのよ? 借金がないのにこの監獄島に来たがる人って。そんな稀有な人は大体2種類。自分が英雄になれるなんて本気で信じ込んでる馬鹿か、迷宮に引き寄せられている哀れな人」


 そう言って、彼女は左の頬をとんとんと叩いた。

 ……俺の顔のことを言っているらしい。


「知ってる? 【迷宮病】を患った人は、自然と迷宮へと吸い寄せられるのよ。本人が望む望まぬと関わらず、ね」

 

 だから、監獄島の噂は定期的に流していたの、と彼女は告げる。


「そうすれば金に困った雑兵も集まるし、心が迷宮に囚われた本命も集まる。……そして、あなたがやってきた」

「そうか、だからか……」


 非合法だが民間人でも潜れる迷宮がある。

 俺がそれを知ったのは、この左目の治療を行う病院内だった。


 片目と記憶の多くを失くしていた俺にとって、それは救いの言葉でもあった。

 迷宮に潜れば力が手に入る。あいつを殺せて、もしかしたら左目を治療できる手段すら見つかるかもしれない……と。

 その噂を話していたおっちゃんから、仲介役だという男の居場所を聞き、退院後にそいつの下へと向かったのだ。

 

 その時にはまだ早いと言われて追い返されたが、俺は諦めきれずに身体を鍛えて罠の知識を手に入れた。

 それから何度か通っても駄目だったんだが、ある日突然許可が出て監獄島へとやって来られたのだった。

 恐らく、その時点で彼女の情報網に引っかかったのだろう。


「……どうりで、突然監獄島に行けるようになったわけだよ」


 世界中に情報をばら撒き、迷宮病の人間を集めていたと……。

 どうやら俺はとんでもない規模の企みに巻き込まれてしまったようだ。

 何者なんだよ、このお嬢様は……。


 ふふふ、と微笑むアンジェリカ嬢に見つめられながら、そのまま馬車で運ばれていったのだった。




 そのまましばらく走り続けて、馬車はおもむろに止まった。


「さ、着いたわ」


 使用人が扉を開け、アンジェリカ嬢が降りていく。

 そのまま後を追って降りると――広大な庭園に出迎えられる。


「……すげえな」


 周囲を見回すと、真白の石材とこの国特有なのか、葉の大きな植物が美しい庭園が広がっている。

 砂漠の国だというのに水の流れる音が響いており、鮮やかな蝶が視界を横切っていった。


 監獄島の家なんて笑えるくらいの豪邸。

 どこかの金持ちの邸宅なのだろうが、どうしてここに……?


 困惑していると、アンジェリカ嬢はその中を颯爽と歩いて正面玄関を通り抜けていく。

 慌てて追いかけ扉を潜り抜けた先には――使用人たちが並んで待っていた。


「戻ったわ」

「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」

「ええ、ただいま。先触れの通り、数日客が逗留するからよろしくね」

「「「はっ」」」


 ……お嬢様? お嬢様って言ったか、今。

 俺の視線に気が付いたのか、アンジェリカ嬢がにっこりと微笑んだ。


「ちなみに私もここの貴族なの。見ての通り、ね」

「……はあ!?」

「ミンナ」

「はい。……()()()()


 そして、申しつけられた使用人の女性が俺の名を呼んだ。

 ゼナウ。それがアンジェリカ嬢の定めた俺のこの国での名前。当然偽名である。


 咄嗟に呼ばれても名前に反応できるようにと、何故か彼女の船室に呼びつけられて耳元で名前を連呼されたりした。あれはもう、一種の拷問だった……。


『いい? あなたはこれからゼナウよ。ゼナウ、わかった? ゼナウ?』

『……はい、分かったんですが、あの……なんで耳元で囁くんですかね……?』

『この方が覚えやすいでしょう? ゼ、ナ、ウ。……ふふふっ、赤くなって可愛い』

『……ご冗談を……』


 万が一あの誘惑に負けたら色んなものを一生搾り取られるだろう。

 迷宮なんかよりもよっぽど恐ろしい女傑である。


「これからゼナウ様の世話役を仰せつかります。ミンナと申します」


 そう言って頭を下げたのはまだ年若い少女である。

 艶やかな黒い髪に健康的な褐色の肌。

 それでいて大人しそうな雰囲気を持つ、可憐な少女であった。


「……よろしくお願いします」

「その子、好きに使っていいからね? あなた専用よ」


 そう言って、彼女は俺の肩に手を触れて、耳元で囁いた。


「ちなみにまだ生娘。婚約者もいないから安心してね?」

「……」

「で、では、お部屋へ案内いたしますね?」

「……はい」


 少ない俺の荷物が運ばれているのを横目にしながら、俺はただただ頷くしか出来なかった。

 絶対に俺を囲おうとする強い意志を感じる。

 万が一ミンナとやらに触れでもすれば一生鳥籠の中だろう。

 そんなつもりは欠片もないが、今後は距離を置くようにしよう。


「ゼナウ、あなたは部屋で休んでなさい。しばらくしたらこれからの予定について説明するわ」

「……はい」


 そう言って、アンジェリカ嬢は他の使用人たちを伴って消えていった。

 使用人含めて彼女たちに演技臭さは感じないし、この豪邸も内装も長年使われた痕跡がちゃんとある。

 即席ででっち上げたものではないだろう。

 ……本当にここの、貴族のご息女らしい。


 違法迷宮の管理人の1人が、白砂の国(ハルモラ)の貴族で?

 俺はその人間の手引きでこの国の迷宮に違法に潜入しようとしている……?


 もう、何がなんやら……。

 驚くのも疲れた俺は、ミンナの案内するままに部屋へと向かっていった。


「あの……ゼナウ様」

「? なんでしょう」


 歩いている途中で、ふとミンナが口を開いた。


「この国に来ていただいてありがとうございます。これで、この国は救われます」

「……」

「あっ、こちらの部屋です。後程お呼びに伺いますので、お休みになっていてください」


 ……本当に、訳が分からない。

 俺がするのは犯罪じゃないのか!? 頼むから誰か説明をしてくれ!!


 だがミンナ嬢はそれ以上何も言わず帰っていった。

 仕方ない、なんかもう疲れたし、少し休もう……。




 それからしばらくして、2階にあるアンジェラ嬢の執務室へと呼び出された。

 どでかい執務机に腰かけていた彼女が、顔を上げずに告げる。


「待ってたわ。そこに座って」


 ……なんか、とんでもない量の書類に囲まれてる。もしかしてずっと書類仕事してたのか?

 少しだけ待っていると、作業を終えたらしい彼女が対面へと腰かけた。


「さて、じゃあこれからのことについて説明するわね」

「よろしく頼みますよ……」


 ようやくだ。

 ようやくマシな話が聞ける。

 そう思っていたのだが――彼女は満面の笑みを浮かべて、


「ゼナウ、あなたには――これから1月の間職人をしてもらうから」


 そう告げたのだった。


「……は?」

「よろしくね?」


 ……俺、迷宮に潜るんだよな?

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