第58話 白砂の迷宮第16層/踏岩山①
仲間も集まり作戦も決まり、後は俺らとルトフのパーティーが20層に到達すればいいだけになった。
……そういや結局、パーティー名全然決めてねえな。
申請とかに必要そうだが……聞かれてないし、別にいいのか。
まあともかく、後はいつも通り迷宮に潜ればいい。
20層までルトフたちと潜る選択肢もあるにはあったが、彼らはまだ15層も未踏破だった。
騎士団特権があるとはいえ15層の主は倒さなければいけないようで、なら俺たちは先行して16層へと潜る……ということになったのだった。
「そのためにも、まずは私たちの用意をしないとね。まずは、騎獣から」
岩山地帯踏破のための準備その1。
安全な移動のために、騎獣である哮喉狐の強化を行った。
彼らの強靭な身体でも流石に深層の分厚い岩を掘りぬくのは難しいし、16層からの染獣はとにかく硬い。
普通に戦えば爪も牙も折れてしまうだろう。
そのための装備は、丁度良かったのでそのままウルファたち『赤鎚』にお願いした。
『勿論任せな! あれか? 頭に回転掘削機つけちまうか!? 最っ高にカッコよくなるぜ!? その上どんな奴が来ても――』
『あら、また絡繰り? 今度は一体いくらになるのかしら。楽しみね?』
『……っす、普通にいきます!』
……不安な所はあったが、無事に装備の作成は済んだようだ。
準備その2として、俺たちの装備更新も進めた。
基本的にはそれぞれの素材をより深層産のものにしただけだが、それ故に純粋な火力強化と言える。
やはり今回も、俺らに課せられるのは最短での20層到達。
当然の如く失敗は許されないのだ。
しかも今回は後からやって来るルトフたちがいる。
万が一追いつかれでもしたらアンジェリカ嬢に何を言われるかわかったもんじゃない。
全力で頑張らなければ。
というわけで、俺たちはいつも通り受付へとやってきた。
久しぶりな気がするルセラさんが、つやつやした顔で出迎えてくれた。
「いよいよ16層ですね! しばらく期間が空きましたし、準備は万端ですか?」
「ええ、ばっちりよ」
「それはなによりです。あ、ちなみに今日は……」
恐る恐る窺うルセラさんに、アンジェリカ嬢がふっと苦笑いを浮かべた。
「いきなり何? 戻ってくるわよ」
「そう言って前回は戻らなかったじゃないですか。あんな小狡い手を使って、もう騙されませんからね!」
「今回はちゃんと戻るから安心して。だって、明日からもう1人増えるんだもの」
「「「……え?」」」
その言葉には、鉄塊を除いた全員が反応した。
聞いてないんですけど!?
「ど、どういうことですか!?」
「20層に向けた人員でね、臨時で参加するのよ。後で家の者が詳細を届けるからよろしくね」
「な、なるほど……傭兵ですか」
傭兵……確か基本単独行で動いて、色んなパーティーの手伝いをする奴だよな。
確かにもう1人増えるとは言ってたが……20層じゃなくて途中で合流するのか。
なんだ? また、作戦が変わるのか……?
視界が歪みそうになるが、アンジェリカ嬢は表情を変えずに俺を見た。
「あなたの立てた方針は変えないから安心なさい。探索でも戦闘でも彼のことは気にしないで良いから」
「……そういうことなら」
どうやら徹底的に最後の1人の情報を隠すつもりらしい。
思えばルトフも知っていて敢えて喋らなかった節があった。それほどまでに、仲間にすら隠しておきたい素性とは、その男とは一体どんな奴なんだか。
その徹底ぶりに、むしろ恐ろしくなってくる。
まあ、だからって黙ってていいことじゃねえが……。
笑みのまましらを切り続けるアンジェリカ嬢を睨んでいたら、ルセラさんの声が響いてきた。
「そういう事情なら、確実に戻られますね。承知しました! いってらっしゃいませ!」
「……信用ないわねぇ。まあいいわ。行ってくるわね」
まあ色々とあったが、ともかく俺たちは昇降機へと向かっていくのだった。
***
そして、騎獣舎にて狐たちを回収し、昇降機へ乗り込んだ。
いつも通りの降下をぼうっと待ちながら、ふと思ったことを口にする。
「……これ、最深層に行く頃には昇降機だけで半日とかかかるんじゃねえのか?」
「それがかからないのよね。大体、階層につくまでの時間は同じなの。迷宮の数ある不思議の1つよ」
「へぇ……」
体感上、昇降機の速度は速くない。
だからてっきり時間がかかると思っていたが、そうではないらしい。
「狐ちゃんたちいるから、ここで寝泊まりしても大丈夫だけどねー」
『……』
抱きつくカトルに、不満げに鼻を鳴らす狐たち。
5層の冒険を経ても、未だに仲は深められずにいるようであった。
そうして、第16層へと足を踏み入れる。
昇降機の扉が開いた先に広がるのは、対照的な2つの色。
空を覆う真っ青な色と、それ以外を塗りつぶす赤茶けた色。
透き通る空の下、そびえ立つ巨岩の群れが並んでいた。
「わ、凄い色……」
層状の岩は赤茶、橙、白と奇妙に色合いを変えながら積み重なっており、その高さは小さいものでも3階建ての屋敷よりもありそうだ。
波打つような凹凸がある壁面は妙に光沢があり、触れた感触はつるつると滑らか。
そんな巨岩が視界の端まで並んでおり、空の青はぽっかりと空いた天井部からのみ覗いている。
それ以外はどこを見渡しても岩、岩、岩。
巨岩に囲まれた岩の回廊が目の前に広がっていた。
「ここが岩山地帯……想像以上に視界が悪いな」
「ほんとだね。これじゃどこに向かえばいいのかもわかんない」
道自体もうねうねと曲がりくねっているせいで、少し歩いただけで方向感覚がおかしくなるだろう。
必死に道を覚えても、そんな中で染獣との戦闘でもすれば一発で迷子になる自信がある。
「進む前に一度、登って見た方がいい。大まかでもいいから地形を把握しておけ」
「……確かに。そうするか。行けるか?」
「もう終わった。問題ない」
狐たちに装備を取り付けていた鉄塊が頷いた。
波打つ岩は反り返りも多く、人の手じゃ到底登れそうにないが、こっちには身軽な騎獣がいる。
……これ、牛や馬の騎獣じゃできない芸当だよな。狐にしてよかった……。
全員で狐に乗って、比較的低めの岩に飛び乗ってもらった。
途端に、冷たく乾いた風が頬に触れる。
「……すげえな」
どうやら昇降機の出入り口は少し高い位置にあったらしい。
風の吹き抜けていく眼下には、延々と続く岩の回廊が広がっていた。
「凄い、どこまでもずっと赤茶色」
岩山地帯と聞いているが、その姿は峡谷に近い。
岩の天辺は意外にも平らで、草の生えた台地のようになっている。
そんな台地に、指で適当に、幾重にも線を引いたみたいに複雑な回廊が形成されている。
回廊同士が集まり交わった場所は大きく窪んだ平地になっており、そこにはどこからか流れてきた水が集まった浅い湖ができている場所もある様だ。
そして、それらすべてを囲うように、巨大な岩山の群れが視界の果てまで続く。
どこまで行っても何もなかった草原地帯とはまた異なる、複雑に隆起し抉られた岩場が続く。荒涼とした景色がそこには広がっていた。
「この中を進むのか……あっという間に迷子になりそうだ」
「しばらくは昇降機が目印になるが、それもすぐに見えなくなる」
「だよな……。そこは任せてよかったんだよな?」
俺の問いに鉄塊が頷く。
「問題ない。任せろ」
この階層では俺が索敵にかかりきりになるため、地図作成はこいつの仕事になった。
その分咄嗟の襲撃への反応は遅れるが、カトルが多少ではあるが近接戦闘が可能になったために、それくらいの時間稼ぎはできるだろうと判断した。
正直、その危険を抱えた方がいい程に、この階層は俺の索敵が最優先なのだ。
その前は俺がやることになってたからな……。正直だいぶ楽になった。
アンジェリカ嬢は代わりの手綱役である。
「私も、任せて!」
カトルが色とりどりの玉を取り出してぐっと力んでみせた。
彼女が持つのは塗料と香料を混ぜ込んだもので、壁や岩などの目立つ構造物に痕跡を残すための道具である。
鉄塊は鼻が利く。
色ごとに異なる香料を混ぜ、それを一定間隔で残しておけば数日は追跡が可能になる。
塗料はピンクや青などの、この地形には一切ない鮮やかな物を使用しているので、例え匂いが分からなくても目立つように工夫がされている。
雨が降らないから流れ落ちる心配もない。この岩山地帯の定番探索方法の1つだ。
それを言えば過去の探索者たちの痕跡も残ってそうなもんだが、それは一定期間が経てば消えるそうだ。
染獣たちが気付けば増えている様に、俺たちの戦いや探索の痕跡もしれっとなくなっているのだろう。
これもまた、迷宮の不思議の1つである。
「ホントはこのまま岩の上を進みたいんだがな……」
視界も開けたこの状態なら少なくとも道に迷うことは減るだろう。
だが、そう簡単にはいかないのがこの迷宮。
「長居は無理だ。……見ろ」
顎をしゃくった鉄塊が示す先、空を舞う黒い影がいくつか見える。
鳥にしちゃやけにデカい影は……残念ながらその『鳥』である。
「あれが墜公佗児。この階層の空を統べている染獣だ」
奇怪な禿頭に、分厚く発達した翼と脚部を持つ巨大鳥。
風を纏い鳥とは思えない程の空中機動を見せる奴らは、この階層の狩人である。
「ここからでも分かるくらい大きいね……」
「気をつけなさい。あれに捕まったらそうそう助からないわ……あなたなら足に凍り付けば助かるかもね。いつ戻れるかはわからないけど」
「ひぃ……」
奴らの狩りは至極単純だ。
凄まじい速度で飛来してきて掴まれ、空高くから落とされる。
どんなに頑丈な染獣でも、遥か上空から落ちればあっけなく死ぬ。人間なら尚更だ。
そうして生まれた死体を食べる、死肉を食らう鳥なのだ。
『掴まれたら飛び上がる前に脱出しろ。難しければ絶対に落とされるな』
これが奴らの対処法。実質『捕まるな』と言っている。無茶を言うな。
いくら化け物揃いの探索者でも、空を飛ぶことは早々できない……筈だからな。
ただでさえ死角が多い中、空からの急襲に備えなきゃならない。
本当に厄介な染獣なのだ。
特にこの天辺を歩く連中は奴らからすれば格好の獲物。
ひっきりなしに襲われるだろう。
俺らは長期戦闘や連戦に向いていない、突貫突破の力全振りみたいなパーティーだ。
故に俺の目での索敵が必須で、それを無視してくる襲撃者相手には脆い。
あの鳥は俺たちには天敵と言っていい。
だから上を歩くズルは許されない。
大人しく回廊の迷路を進むしかないのである。
俺たちも、気付かれる前にそそくさと回廊へと戻った。
「じゃあ行きましょうか。今日は予定通りこの階層での討伐証明を集めつつ、装備を試しましょう」
こうして、16層の岩山地帯の探索が始まるのだった。
***
本来の道筋である回廊を進んでいく。
回廊といっても馬車が3台は優に通れる幅広さで、波打つ岩塊の壁は見上げれば首が痛くなる程には高い。
道は緩やかに下がる傾斜がついており、空の幅がどんどんと狭くなっている。
つまりこの傾斜の行く先は、先ほど見下ろした岩の迷路の中。
そこには墜公佗児とは別の、この階層の住人達が無数に蠢いている。
なので俺としては周囲の警戒に忙しい。
なにせここには、死肉漁りの鳥以上に厄介な奴らがいるからだ。
「……いた。右斜め前方。張り付いてる」
俺の左目にくっきりと浮かび上がる、壁に張り付いた巨大な光。
早速その1体がお出ましだ。
「1体だけ?」
「いや、その更に奥にもう1体。あっちはできて狙撃だな」
「ならそちらは俺が受けよう。やってくれ」
「……ただの岩に見えるけど」
カトルの言葉に答えるより先に、そこへ向けて俺は魔刃ナイフを投擲した。
それは奴の前脚に炸裂し、張り付いていた指を破壊する。
直後、甲高い鳴き声とともに岩が剥がれ落ちてきた。
「わっ!? 本当に出てきた!?」
驚くカトルの声が響く。
現れたのは赤い縞模様の岩片……ではなく、のそりと身体を起こした身体は体長1m程の蜥蜴の姿。
主である『踏み鳴らし』に似たその染獣は、礫蜥蜴と呼ばれている。
こいつも岩みたいに硬い外皮を持ち、その色を周囲の景色に応じて変化させる擬態能力を持っているのだ。
その特性に加え、滑らかな壁面のせいで音もしないためにその存在に気付くのは非常に困難。
そしてその攻撃手法は――神経毒付きの噛み付きと、礫の射出。
「――――ふん!」
ごおっ、と鳴った音とともに飛来した礫――といっても俺らの頭くらいはデカいそれを、鉄塊が巨大盾で防ぐ。
仲間の悲鳴に反応した遠くの個体が狙撃をしてきたのだ。
それを防いだのは流石だが、鉄塊の目には蜥蜴がどこにいるか、正確にはつかめていないだろう。
それくらい、奴らの擬態は完璧なのだ。
擬態とそこからの砲撃で敵を撃ち落とし、毒で確実に仕留める、この岩山の厄介な狙撃手。
それが礫蜥蜴という染獣だ。
『――――』
そしてそのもう1体が、俺たちの前に姿を現している。
隠れている間は厄介な染獣だが、所詮は狙撃手。
一度その姿を晒せば、大した相手ではなくなる。
「カトル」
「うん!」
カトルが放った氷で奴の四肢と腹を包み込み、動きを封じる。
奴は見た目通り動きが遅く、逃れる術はない。
そこへ飛び込んだ俺たちが乗る雌狐が、前腕を振りぬいた。
本来は鋭い爪で裂くところだが、そんなことをすればあっさりと折れてしまう。
そのため前腕には専用の装備をつけている。
それは分厚い刃で構成されたかぎ爪で、その先端部は赤熱している。
『赤鎚』が得意とする熱を帯びた武器。その機構を組み込んだ騎獣用の爪は硬い蜥蜴の外皮にも赤い傷跡を残した。
『――――!!』
短い悲鳴の音が鳴る。
当然ながらそれだけでは殺せないが、厄介な外皮を削れば十分。
「――はっ!!」
雌狐が飛び退くのと同時、アンジェリカ嬢が得物片手に飛び降りた。
彼女の握るそれは、いつもの斧ではなく、先端が鈍く尖ったつるはしのような巨大鎚。
この16層のためにニーナ女子が作り上げた、染獣を打ち砕くための新兵装。
真っ黒で巨大なその外観は、錨でも振るっているかの様な威容である。
それを両手でつかむと、全力をもって焼けた岩肌へと振りぬいた。
直後、鈍い音と揺れを起こして、腕より太い先端部――杭が礫蜥蜴の体内に穿たれる。
『――――ジッ!!』
身体の半ばまで埋まった杭に、奇妙な鳴き声を上げて、蜥蜴は動きを止めた。
アンジェリカ嬢の凶悪な一撃によって、蜥蜴は絶命したのだった。
「流石ね、あの厄介な蜥蜴がこんなに簡単に……っと、さっさと抜けなさいよ、もう。見てないで手伝いなさい」
「はいはい……。この階層は、俺の目と相性が良いからな」
隠者の渓谷。
それがこの16層から広がる階層の、もう1つの呼び名である。
この岩山地帯には、蜥蜴の様に擬態する奴だったり、見た目がまんま岩みたいな奴がごろごろといるのだ。
草原地帯を『動』とするなら、こちらは『静』の階層。
向こうからひっきりなしにやって来ることはなく、かといって観察を怠ればあっという間に狩られてしまう。
ここはそんな階層なのだ。
探索者の気力をひたすらに削いでくる嫌な場所だが、その分、この目の利点が活きる。俺には最高に相性がいい階層だと言えるだろう。
勿論例外はいるし、特にあの鳥は対処不能だが。
「こいつはやはり問題なさそうだ。次を探そう」
最初は不安だったが、こうして蜥蜴を仕留めることができた。
後は他の連中相手も大丈夫か、順に試していこう。
「ええ。騎獣装備も大丈夫そうだし、これなら20層までは問題なさそうね。まずは討伐証明を集めましょう」
「うん!」
こうして、岩の回廊の探索が進んでいくのであった。




