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第55話 シュンメル邸の1日②




 鉄鋼クラン『赤鎚』の衝撃的加入から数日。

 結局あの後アンジェリカ嬢からの通達は来てないので、俺は暇になっていた。


 16層からの作戦立案も既に終わっている。

 そもそもあの階層の情報は草原に入る前に貰っていたしな。大体の作戦は考えてあった。


 どちらかというと、備えが要るのは戦闘ではなく探索の方。


 なにせこれから先に待つのは、見上げる程の巨岩が果てまで続く荒涼とした岩山地帯。

 どこまでも広がる景色って意味では草原地帯と同じだが、実際は真逆――死角が非常に多くなる。


『壁』という要素が増える分、俺の目も痕跡を見つけやすくはなるが、それでも不意の遭遇は確実に増える。

 特に後方からの奇襲には充分注意しなければならない。

 カトルなんかが狙われれば、俺たちは一気に瓦解する可能性があるからな。


 まあその辺は人力以外でも解決はできる。

 ニーナ女史や、それこそあの『赤鎚』に相談して上手く対処すればいいだろう。

 ……あの絡繰りってもんの有用性は、まだいまいちわからないが……アンジェリカ嬢のお許しが出たら相談してみよう。


「ゼナウ、準備できたよ」

「ああ、じゃあ行くか」


 というわけで、今日はカトルと2人で迷宮に行くことになった。

 しかもなんとカトルから誘ってきたのだ。

 これは凄いことだ。

 いつも屋敷内で引きこも――訓練してるだけだってのに……流石にアンジェリカ嬢に怒られて反省したんだろうか。

 

 まあともかく、俺にはスイレンからの依頼もある。折角なので一緒に迷宮に潜ることにした。



「2人で潜るの、久しぶりだね」

「だな。……そんなに時間は経ってない筈なのにな。不思議な気分だよ」

「ふふっ、そうだね」


 久しぶりなんていうが、4人になって本格的に潜ったのはこの間の1回だけ。

 だがそれがあまりに濃密な旅だった。命を賭けて、互いの思いを知って。

 命を預け合うのに、長い時間なんてものは不要なのかもしれない。


 ……本当に、まだ数ヶ月の出来事だってのが信じられない。


 この国に来てからは全ての出来事が鮮明で、驚きに満ちてるんだ。 

 まあ俺の場合はそもそも記憶がこの3年ちょっとしかないってのもあるのかもしれん。しかもその記憶喪失の原因が、相当ヤバい。

 

 なんだよ、記憶を消すって。

 しかもその目的が迷宮病の量産?

 そんなことをしてる連中が、この国に侵略でもしようとしてるって?


 想像を遥かに飛び越える、とんでもないことに巻き込まれている気がする……。

 これから先、一体何が待っているのやら。


「ゼナウ? どうしたの?」

「ああ、悪い。ちょっと考え事をな。行こうか」

「うん! へへー、楽しみにしててね」

「……?」


 そのまま協会へ向かい、迷宮の第4層へと降りていく。

 昇降機を降りると、青く輝く水洞窟に出迎えられる。


「相変わらず綺麗だね。ここの景色も、随分久しぶりな気がする。あ、でもゼナウはこの前潜ったんでしょ?」

「他の民間上がりと、あとはスイレンと一緒にな。こいつの試運転をしたんだ」

 

 すっかり重みにも慣れた右腕の筒を持ち上げる。

 ……そういや、これの痛みにもだいぶ慣れたよな。俺の腕も、順調に迷宮に染まってるってことか……。

 ()()俺の目には反応しないのが救いである。


「さあさあ、早速これの出番だね」


 そう言って、カトルは背嚢の横に括りつけていた棒状の物を取り出した。

 ずっと気になっていたんだが、どうやらそれをお披露目したくてここにやってきたらしい。


「それは?」

「ふふん、これはね――」


 自信満々に説明するカトルの話を聞きながら、水洞窟を進んでいくのだった。



***


 

 説明も終わり、カトルを先頭に輝く水の間にある通路を歩いていく。

 もうここの階層は大した脅威もないので、カトルが率先して前に出ている。



「右奥から来るぞ」

「うん!」


 声に反応してカトルが持っていた長柄を振り回す。

 カトルの腰から上くらいの長さのある、光沢のある磨かれた木の棒。その先端部分は小振りの鎚状になっており、飛び出した鱗魚鬼(フログ)の頭部に小気味の良い音を立てて激突した。


『――ギッ』


 精一杯――それにしては素早い大振りが直撃した瞬間、鎚頭が青く瞬き、衝撃の方向へと伸びる氷塊が生まれた。

 要は、殴られた頭部が一瞬にして凍り付いたのだ。


「やった!」


 ニーナ女史特製の氷結鎚。

 柄頭には氷玉が浮いた状態で内蔵されており、カトルの魔力をたっぷりと吸ったそれが衝撃の瞬間に打撃面にぶつかり、溜め込んだ氷魔法を解き放つ……という仕組みらしい。


 ただでさえ詠唱不要のカトルだってのに、この武器に至っては集中すら必要ない。

 振り回してぶつかればこいつのとんでもない威力の氷魔法――流石に自分で唱えるよりは威力は落ちるらしいが、それでも十分なものが発動されるのだ。


 現に頭が凍った鱗魚鬼(フログ)は動かなくなった。恐ろしい武器を作ったものである。

 そのまま鎚に引っかけて鱗魚鬼(フログ)を引っ張り出しているカトルを見て、感心しながら頷いた。


「武器の扱い、様になってるじゃないか」

「ふふーん。でしょ? 特訓したんだ」


 鎚の柄を担いで、カトルが嬉しそうにポーズを決める。

 木製――打撃そのものではなく氷魔法の威力を重視しているらしい――にしてもほとんど体幹がブレていない。

 少しかじっただけでできる動きじゃなさそうだが。


「でもいつの間に? んな武器まで作ってもらって……」

「実は私もレウさんに教えてもらってたんだ」

「レウさんに? ……そんな時間あったか?」

「うん。大体ゼナウが気絶している間に少しづつ。あとは皆がいないときにこっそりと来てもらってたの。後はファム兄さんも時々ね」


 棒でも扱うように回転させて背の収納へとしまう。

 その所作すらこなれており、一朝一夕の技でないことがよくわかる。


「武器の完成が遅れてたから11層には間に合わなかったんだけど、これからは本格的に試していこうかなって! だからゼナウに見て貰おうと思って、今日は来てもらったの」


 ふふん、とカトルが胸を張る。

 気絶……確かにレウさんのしごきの最終段階になると休憩という名の気絶を良くしていたが、その間に教えていたって……?

 俺がぶっ倒れてミンナに介抱されている横で素振りの特訓してたのかこいつら。

 恐ろしい……。


 俺の怯える視線には気づかずに、カトルは嬉しそうにはにかんだ。


「これなら、もっと役に立てるよね?」

「……」

「ほら、16層からは肉弾戦も必要なんでしょ? レウさんも絶対に役に立つって言ってくれたんだよ」


 なんかレウさん、俺の時と比べて優しいし。

 俺相手には「さっさと立ちなさいゴミが(意訳)」みたいなことしか言わないんだが。

 まあ、それはともかく。


「……ああ、助かるよ。16層以降でも絶対に役に立つ」


 あれなら近づいてきた染獣を殴って凍らせれば怯ませたり動きを止めることもできるだろう。

『近づかれたら終わり』から『多少なりとも時間が稼げる、なんなら倒せる』になるなら話はかなり変わってくる。


「ふふーん!」

「ただ……」

「……?」

「作戦を立てる俺に、そんな重要なことを黙ってるのはどうなんだ?」

「……あっ」


 おかげで作戦の立て直しだ。

 いくら直ぐに作戦立案が終わったからって、数日は費やしたんだぞ。

 こいつが近接戦闘をできない前提で作戦を立ててたから、護衛役の鉄塊の動きが大きく変わる。

 できること、かなり増えるぞ。嬉しい悲鳴ではあるが……。


「作戦、立て直すか……」

「ご、ごめーん!!」


 頭を抱える俺に、カトルの謝罪の声が響き渡るのだった。



 それからしばらく探索を続けて、目的の素材の回収を終えた。

 ついでにそのままほとんどの戦闘をカトルに任せたが、複数の鱗魚鬼(フログ)相手でも問題なく戦えていた。


 大型相手はまだ分からないが、本当に作戦に組み込んでも問題はなさそうだ。

 

「よし、戻るか」

「う、うん。……流石に疲れた……皆、いつもこんなに激しい運動をしてるんだね」


 体力に関してはまだまだなので、組み込むのは限定的にしておこう。

 それでもずっと閉じこもっていた令嬢にしちゃ、かなり成長した。

 探索を続けているうちに体力も直ぐつくだろう。


「レウさんに体力用の訓練も追加してもらおう……後はいいのあるかな?」

「そうだな……食事とか気にするんじゃないか?」

「おお! 帰ったら相談してみるね」


 何より本人がやる気だからな。

 これからが楽しみだ。



「――ねえ、ゼナウ」


 帰り支度をしているところで、カトルが声をかけてきた。 


「どうした?」

「今日この後、スイレンさんの所に行くんでしょう?」

「……そうだな。素材は直接持って来いって言われたからな」


 今日はいたルセラさんからその伝言を預かった。

 どうも渡すものがあるから素材を納品するときは持って来い、と。

 協会からの許可も得ているそうだ。何をされるのやら……。


 溜息を吐いていると、カトルが口を開いた。


「それ、私も一緒に行っていい?」

「は? 本気か?」


 やめとけ、と嘘だろ、の気持ちが混ざった言葉がうっかり漏れた。

 こいつが自ら『他人に会いに行く』なんて言いだすとは……。

 武器の特訓をしてたり、一体何があったんだ。


「勿論本気! だってこれから、色んな人と一緒に戦うんでしょう? 今のうちに、色んな人と話せるようにならないと駄目だなって、そう思って」

「おお……」


 カトルがなんか凄いこと言ってる……。

 先輩たちとの戦いの後に「みん」しか言ってなかった奴とはとてもじゃないが思えない。

 でも、こいつの言う通り。

 これからは複数パーティーでの協力が不可欠な戦いが待っている。


 最悪20層だけの協力で良いが、それでも「みん」じゃ意思疎通もできずに負ける可能性すらあるからな。

 凄いぞカトル。ただ――。


「……ならパーティー集め手伝えよ」

「それはまだ無理! まずはゼナウの知ってる人から!」

「……」


 こいつ……。

 ま、まあ少しでもやる気を出してくれたなら良いことだ。

 正直、いきなりスイレンはちょっと――いやだいぶ危険な気もするが……まあいいか。


 やる気満々なカトルを連れて、迷宮を後にするのだった。



 ――その、しばらく後。



「――あ、あなたが噂のカトルさん?」

「ひゃ、ひゃい……」

「魔法が全て氷魔法になるなんて、その、すっごく不思議な体質ですよね。……きっと、核が普通の人と違うんでしょうね……調べたい……」

「ひぃ……!!」


 白煙燻る部屋の中、対面直後に迫られ、胸のあたりを指でなぞられたカトルが、震えながら俺を見ていた。

 ……うん、やっぱりこうなるよな……。


「だ、大丈夫。解剖はしませんよう……。あ、そ、そうだ、毒の冷凍保存について試してみたくて……ぜひご協力を……!!」

「わ、わ、わ……」


 結局、無理やり引きはがして素材を渡して帰ってきた。

 翌日も迷宮探索に誘ったんだが、カトルが部屋から出てくることはなかった。

息抜きカトルさん

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