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第54話 クランづくり?③




「あら、『赤鎚』に声をかけたの? いいじゃない」

「いいんですか!?」


 恐る恐る結果を報告した俺に、アンジェリカ嬢はあっさりとそう告げた。

 部屋に入った時からほくほくでご機嫌な笑顔だったから、何かいいことでもあったのだろう。

 いい時に声をかけた。自分の幸運に感謝である。


「というか、知ってたんですね。彼らのこと」

「ええ。有名よ? いい意味でも悪い意味でも」

「……今ならよくわかります」


 あの後、とりあえず話は分かったと一度帰ろうとしたんだが、3人に足を掴まれて「頼む!!」とひたすらに懇願された。

 引きずりながら凄い形相で見てきて、あれはもう人間ではないナニカだった。怖すぎる。


 最後はルイ先輩の助けを借りてなんとか逃げてきたが、もしアンジェリカ嬢の了承を得られずにもう一度あそこに踏み入れたら、捕まって二度と出られないだろう。

 そんな恐ろしさが奴らにはあった。


 あれが支援者(パトロン)を失った技術者の末路なのだろうか。恐ろしい……。


「でもよく知り合えたわね? 今は限られた相手としか取引していないと聞くけれど」


 正確には、昔の知り合いが情けで仕事を頼んでるだけだけどな!


「ほら、10層を踏破した時に共闘したパーティーがいたでしょう? あれのリーダーが知り合いだったんですよ」

「ああ、そういうこと。幸運だったわね」

「?」


 首を傾げる俺に、アンジェリカ嬢は手を組んで微笑んだ。


「あなたも聞いたと思うけれど、20層の主撃破に彼らのような『掘削師』の技は有用なのよ。殻に穴をあけて爆破する……いくつか存在する主撃破の手法の1つね」

「へえ……」

「その技師の中でも『赤鎚』は有名よ。質だけでいえば最上級じゃないかしら」

「そうなんですね……」


 ……あいつらの言ってたあれ、嘘じゃなかったんだなあ……。


「となると、主討伐は爆破での解体が主になるかしら。方針も決まっていいじゃない」

「……本当に彼らにするんですか?」

「ですかって……あなたが見つけてきたんじゃない」


 そうなんだけど。

 こうもあっさり肯定されると不安になるんだよ……。

 一応奴らの事情は全て報告しているから、その上での判断なんだろうが。


「ちゃんと調査するから安心なさい。それで、どこまで話したの?」

「今はまだ、20層を踏破したいということだけ。信用できるかまだわからなかったんで」


 ただ協会に借金があるってことだから、そこを肩代わりしてやればしばらく逆らうことはないだろうと思う。

 そのことを伝えると、嘆息しながら頷いた。


「訓練場の再建費でしょう? よく知ってるわ……高い買い物になりそうね。まあ、その分、徹底的に働いてもらうとしましょう。それこそ、私に一切逆らえなくなるくらいまでね?」

「はは……」


 ウルファたちの未来が、まずい方向に傾いた気がする。

 ただ、あれだけ懇願してきたんだし、そもそも施設をぶっ壊したのはあいつら自身だ。

 俺は悪くない、うん。


「それはそれとして、あなたの所感としてはどう? あなたの()で直接見たのでしょう? 借金のことを抜きにして、彼らは信用できそう?」

「……そうですねえ」


 主撃破のための労働力としてはいいが、今後の『戦争』の駒としてはどうかってことだよな。


 改めて、さっきのやり取りを思い出す。

 ……駄目だ。最後のよくわからん口上のせいで途中の印象が搔き消されている気がする……。

 まあそれでも、分かったことはそれなりにある。


「あれは、よくも悪くも純粋な技術屋でしょう。ニーナ女史とか、スイレンと同類ですね」


 あの燃え滾るようなウルファの目を思い出しながら、慎重に言葉を紡ぐ。


「だから、彼らが『利がある』と感じる限りは問題ないと思います。ただ……」

「ただ?」

「彼らはそうでも、周囲は違うでしょうね。特にあのリーダー……ウルファは、人に好かれる男でした。周りからの信頼は厚そうです。もし国と揉めた際、ウルファを巻き込んだってだけで余計な反感を買うのは御免ですよ」


 人から好かれるってのは、本人の実力以上に恐ろしいことを引き起こす。

 第三王子と関わりがない筈の騎士団派閥の連中が、ウルファがいるからと戦いに乗り込んでくることだってあり得るだろう。


 なにせ最愛の王子様を失ってとんでもないことをしでかしているご令嬢が目の前にいるんだ。

 流石にそこまで暴走する輩はいないだろうが、心配しておくに越したことはない。


「へえ……私は直接の面識はないけれど、あなたが言うのなら余程なのでしょうね。……まあでも、そういった人望も使いようよ」


 そう言って、アンジェリカ嬢は妖艶に微笑んだ。

 ……こっちも怖え……。


「それに安心しなさい。その『赤鎚』なら大人しく従うと思うわ」

「……?」

「今日は一先ずご苦労様。明日、朝から一緒に出掛けるからよろしくね?」

「……はあ。それはいいんですが、どこへ?」

「当然、あなたが見つけてきた『赤鎚』の工房よ。たっぷりお話しないとね?」


 

***



 そして翌日。再びやってきた『赤鎚』の工房にて。

 何とも言えない顔で膝を突き合わせて座り込んだ3人組の前で、アンジェリカ嬢が満面の笑みを浮かべている。


「お望み通り来たわよ」

「……あ、えっと……? シュンメル家のアンジェリカ様、ですよね……?」


 俺の時とは打って変わって青い顔をしたウルファが訊ねる。

 アンジェリカ嬢はその顔を見つめてゆっくりと頷いた。


「ええそうよ。あなたたちが待っていたお金のある貴族様よ」

「あはは……いや、そんなお金なんて……」

「あら、必要でしょう? 訓練場の再建費」

「ゔ……」


 自分の迂闊な発言の嫌味をたっぷりと言われて青くなっている。

 あの変人たちが対面するだけでたじたじになっている……流石アンジェリカ嬢だ……。


「私、変な探り合いは嫌いなの。分かりやすくいきましょう」


 金属の机に、彼女は紙を差し出した。


「あなたたち鉄鋼クランに依頼を出すわ。目的は20層の主討伐、その殻破壊をお願いするわ」

「お、おお……!! それは勿論……!!」

「現状は我々4人と、もう1パーティー4人。あともう1人を勧誘中だから……12名になる予定よ。3パーティーでの作戦立案から装備――絡繰りと言った方がいいかしら。それの作成までお願いね」

「是非ともやらせていただきます! なあお前ら!」

「「はい!!」」


 息の合った声で頷く女性陣。

 これが支援者(パトロン)を前にした技術者の姿かあ……哀れだ……。


「よろしくね? それと、要件はもう1つあるの」

「は? なんでしょうか……」


 アンジェリカ嬢は答えることをせず、立ち上がると工房内を歩き始めた。


「あの……?」


 仕方なく、全員で彼女の後をついていく。

 そのまましばらく歩いて行って、気ままに置かれた装置を眺めていたアンジェリカ嬢がふと足を止めた。

  

「――これね」


 そう言って見上げたのは例の暴走木人君であった。

 どうやら、これを探していたらしい。


「大きいわねー。これが動くの? 凄いものを作るものね……これが絡繰り」

「あの、それは……えっと……」

「ねえ。これはまだ動くの?」

「えっと、はい、一応……」


 何故そんなことを聞くのかと、訝し気な顔で訊ねるウルファに、アンジェリカ嬢は「なら良いわ」とにっこりと微笑んで指さした。


「これを頂戴?」

「「はあ……?」」


 ウルファと、ついでに俺の声も重なった。

 何を言ってるんだこの人は……。


「今、なんて……」

「だから、これを買うって言ってるの。分かる?」

「……? ……!?」


 あまりの衝撃に、口をパクパクとさせている。

 だってあり得ない。

 あれはこいつらの借金の原因を作ったものの筈――それを買うって?

 本当に何を言ってるんだこの人は……?


「まじですか!?」

「大マジよ。金額は、そうね……これくらいでどう?」


 アンジェリカ嬢がウルファの耳元に囁くと、目が真ん丸に見開いた。


「それって……」

「悪くない話だと思うけれど、どう?」

「どうって……そりゃ……」


 ……ああ、もしかしてこれ、借金の肩代わりなのか。

 直に金を渡すわけにもいかないから、依頼とこの絡繰りの購入で疑似的に借金を肩代わりするってことか。


 ウルファは変だが馬鹿じゃない。

 直ぐに彼女の意図を理解して驚いていたしな。

 だからこそわからないんだろう。


「……どうして、そこまでしてオレたちを?」


 なんでシュンメル家なんて大貴族が自分たちを買いに来たのかと。


「20層踏破にあなたたちは有用よ。それは誰もが認める通り。そして、あなたたちの絡繰りに私は興味があるの」

「絡繰りに……?」


 ぴくり、とウルファの身体が動いた。


「ええ。地上の技術と迷宮の素材の融合。それもこんな不思議な形で。全く未知の発明よ。こんなところで燻らせるのはもったいないわ」

「アンジェリカ様……!!」


 まさかの賛同者に、ウルファの声が高く跳ね上がる。

 

「今、私たちには力が要るの。この国の人間の想像を超えるものが。()()はそれに相応しいわ。だから、これは私からの投資よ」

「精一杯頑張らせていただきます……!! なあお前ら!!」

「「はい!!」」


 3人揃って滑り込み土下座を披露した。

 息ぴったりだな、こいつら……。


「あ、ただこいつはまだ修理が終わってない未完成品でして。そこは全部済ませてから納品させてもらいまっす!」

「ええ、よろしく。じゃあ契約成立ね? ああ、念のため契約書も交わしましょう?」

「勿論です!!」


 そのまま机に戻って、帯同していた使用人が用意した契約書を確認していく。


「では20層撃破の協力と、あの絡繰りの購入、それぞれ契約完了ね」

「はい!」


 3人ともほくほく顔である。

 

 使用人が契約書を確かめ頷いたのを見てから、アンジェリカ嬢は満面の笑みで装置の向こうから覗く木人を指さした。 


「ところで、あれは動かせるのかしら」

「へ? ああ、まあ一応は……」

「そう? ならちょっと試してみて良いかしら」

「いや、でも……」

「いいじゃない。折角買ったんだもの、感触を確かめておかないと使い道も決まらないでしょう? お願い」

「……わかりました。でも直ぐに止めますからね!」


 建物をぶっ壊した実績持ちだからな……万が一アンジェリカ嬢に何かあったらと気が気じゃないんだろう。


 それでも笑みを崩さないアンジェリカ嬢に観念して、3人が木人を起動させた。


『――――』


 がこん、と音が鳴り、唸りを上げた木人がその身体をゆっくりと回転をし始める。

 同時に肩の装備もがちゃがちゃと蠢きだし、しばらく動きを確かめる様に動いた後、制止する。

 始動準備ができたらしい。背後から顔を出したウルファが、恐る恐る尋ねる。


「いけますよ。いいっすか?」

「ええ。始めて」

「……おし、なら行くか! 起動!」

「「おう!」」

『――――!!』


 合図と同時に、木人君の目に光が灯った。

 直後腕と肩が凄まじい勢いで動き出し、開かれた脚部の間――木人の前の空間に武器を振り始めた。


「うおっ……!!」


 その勢いは凄まじく、空気を押しのける轟音が響く。

 元々見上げる程の巨体に、どんな動力を使ってるのか一瞬ぶれて見えるほどの速度で振られる各種攻撃は威力も凄そうだ。

 あの4本腕を思い出す。……流石にあそこまで強くはないだろうが。


「こんなのが暴れたら、そりゃ建物もぶっ壊れるな……」

「一応足の機能は殺してるし固定もしている、動きはしないぜ。……それで」


 恐る恐る、ウルファがアンジェリカ嬢の顔をうかがう。


「これで十分ですかね……?」

「――ふむ」


 問いに答えることはせず。

 彼女は軽く頷いてから、木人の前へと歩み出でて――あろうことかその間合いに踏み込んだ。


「ちょ……っ」

「――はあ!」


 当然の如く襲い来る木人の腕を、彼女は全力の裏拳で応戦。

 直後、凄まじい轟音とともに、木人の左腕は折れて吹き飛んでいった。


 離れた場所から揺れと轟音が響いてくる。

 多分、壁か装置に激突して色々とぶっ壊れたのだろう。


「そして、身体に触れればいいのよね?」


 誰も反応できていないその合間に、穏やかな声でそう告げて。

 右腕の全力の振りぬきを、その腹に叩き込んだ。


 幸い、きつく固定されていたことで身体が吹き飛びはしなかった。

 ただ、凄まじい揺れとともに、木人の身体は砕かれ、巨大な窪みが生まれていた。


「あー……」

「……へ?」

「……ふむ」


 全員が驚愕に固まる中、アンジェリカ嬢は顎に手を当てて小首をかしげる。

 そのまま溜息を吐きながら、ウルファを見た。


「あなたの言う通り、調整不足ね。これじゃ使い物にならないから、納品までには完璧にしておいてね?」

「あ、はい……はい?」

「じゃあ私はこれで。後日、メンバーが纏まったらゼナウを寄越すからよろしくね」


 そう言って、アンジェリカ嬢は使用人を連れて出ていった。

 目の前には無残に破壊された木人君。


「……修理費用は?」

「多分、出してくれるよ」

「……借金で?」

「借金で」


 訓練施設の修繕費に、木人――とついでに工房の修理費まで。

 たっぷりの借金を握られた迷宮掘削師こと鉄鋼クラン『赤鎚』が、20層撃破の一行に加わるのだった。

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