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第50話 最難関任務



「……終わった」


 何とか討伐を終えた俺たちは、全員が動くこともできずに座り込んでいた。

 唯一消耗の少ないカトルは、傷ついた雌狐の治療をしてくれている。

 幸いなことに、周辺を主が掃除してくれているから染獣が突っ込んでくる心配もなく、見回した視界に映る光も影もない。


「本当に? もう動かない?」

「大丈夫だ。もう何も見えねえよ」


 アンジェリカ嬢が両断した主の死骸も、そこから突き出した骨染獣も、既にほとんど光は消え失せている。

 流石にもう動く心配はないだろう。

 荒れた息を整えながら、頭の奥に落ちていきそうになる意識をなんとか引っ張り上げる。

 そもそもが寝不足の身体なので、気絶への耐性は多分恐ろしく低い。

 

「ゼナウ、来なさい」

「……りょーかい!」


 それでも何とか立ち上がって、ふらつきながらアンジェリカ嬢の隣に行く。

 白煙を上げている死骸を彼女はじっと見つめている。


「これがあいつの仕掛けた罠……なのよね? 結局なんだったのかしら」

「ああ。詳しくは調べてみないとだが……あれは骨染獣だった。殻の内側に仕組まれてたみたいだな」


 よく考えれば、確かにこの主の背は膨らんで見えた。

 そういう姿なんだと思っていたが、別の何かが仕込まれてたんだな……。


「骨染獣……。いたわね、そんな小細工を使う連中が」

「骨魔法は希少らしいからな……しかし、15層とはいえ生きた主の体内に仕込むなんて、一体どうやって……」

「……その辺りを考えるのは後にしましょう。今は戻って休まないとね。流石に疲れたわ」


 うんと伸びをしながらそう告げてから、ただ、と彼女は死骸を一瞥する。


「解体だけはしないとね。折角証拠を残してくれたんだから、有効活用しましょう?」

「……そうだな」


 本当に骨染獣なら、これは明らかに人為的なモノだ。

 だが……どうしてわざわざこんな証拠を残る形にしたのだろうか。

 確実に倒せる気だったってのか? それとも他に何か狙いでも……。


「全く、ふざけてるわ」

「? 何がだ?」


 近くの穴に隠していた解体装備を回収しながら、アンジェリカ嬢が呟く。

 斧ではなく分厚い鉈を担いだ彼女は、呆れた様にその刃先を頸無しの死骸へと向けた。


「宣戦布告なのよ()()は。『自分たちにはこんなことができる力があるぞ』って誇示してるのよ」

「……」

「これで私たちを殺せるなら手間が省ける。殺せなくても、怯えて潜らなくなれば十分。そして乗り越えてくるなら――」

「次は全力で叩き潰す?」


 顔を見れば、笑みを浮かべたアンジェリカ嬢が頷いた。


「そう。だから宣戦布告」

「……勘弁してくれ。また面倒が増えた……」

「ふふっ、頼りにしてるわ」


 清々しい顔で、彼女は俺の背を叩いた。

 昨日の思いつめた表情はどこへやら。憑き物はすっかり落ちた様だ。

 こっちは厄介ごとが増えたってのに、いい表情をしやがって。


「さっ、さっさと解体をして帰りましょう」

「ああ……すぐにやるよ」


 まあ、考えるのは後でいい。今は、疲れた……。

 集まってきた仲間たちと一緒に、解体を進めていく。


「あれ、でも、この骨はどうするんだ? このままだと協会に渡すことになるけど」

「そこは問題ないわ。奴らに刺客がいるように、こっちにも協力者がいるのよ」


 妖しい笑みとともに、アンジェリカ嬢はカトルが治療――という名目でモフっている狐へと視線を向けるのだった。



***



「皆さん、大丈夫ですか!?」


 狐たちを騎獣舎に預けて受付へと戻った俺たちを、ルセラさんの悲鳴に近い声が出迎えた。

 応急処置はしたので傷はほぼ塞がっているが、装備の方がボロボロだった。

 ところどころ焼け焦げた服で戻ってくれば、そりゃ心配もされるか。


 皆を代表して俺が彼女の前に立って、いつもの笑みを浮かべて応対する。


「ええ、問題ありませんよ。ちゃんと主も倒してきました。はい、これ」

「わっ……これは閃旋角馬(カバク)の核ですね。凄いです。本当に5日で……」

「はは、なんとかなりました」


 笑顔でそう言いつつ、冷静に彼女の言葉を反芻する。

 ベテランである彼女がすぐさま判断できたのなら、これは間違いなく閃旋角馬(カバク)の核なのだろう。

 

 やはり、主自体に異常はなかった……そういうことだ。

 アンジェリカ嬢と目を合わせて頷いてから、ルセラさんへと笑みを向ける。


「今日はこれで戻ります。素材は不要なので、鑑定後の処理もお任せしますね」

「わかりました。次回来られた際に明細をお伝えいたします。……ちなみに、次の予定は?」


 恐る恐るそう問いかけてくるが、俺にはわからないのでアンジェリカ嬢の方に目を向ける。


「そうねえ……また16層で準備をしたいから、数日以内には来ると思うわ」

「……そうですね。わかりました。お待ちしております」

「よろしくね。さっ、帰りましょう」


 そのまま、俺たちは別邸へと帰っていくのであった。



***



 屋敷についた俺たちはとにかく休んだ。

 俺も限界だったせいか珍しく一瞬で眠りに落ちたくらいだ。


 ただ、あまり熟睡はできなかったが……。

 また例の不思議な夢を見たせいだ。


 内容はいつもと同じ。

 薄暗い場所を動き回って、獲物を狩って喰らう。

 ()は酷く飢えていて、いくら食っても満たされないのだ。


 そして、盛大な腹の音で目が覚めた。

 はっとして跳び起きたら、目をぐわっと見開いて固まるミンナと目が合ったのだった。


「……」

「……ゼナウ様」


 彼女はたっぷりの間の後、姿勢を正して満面の笑みを浮かべる。


「間もなくお食事の用意ができます。その前に湯浴みをどうぞ」

「……はい」


 ……恥ずかしい。

 すぐさま、そそくさと部屋を出た。

 そのまま地下にある蒸し風呂で汚れを落とし、居間に入るとアンジェリカ嬢とカトルが同じく身綺麗にして座っていた。


「遅いわよ」

「すみません……鉄塊は?」

「彼は来ないわ。今日はずっと眠ってるでしょうから」

「……? そうなんですか?」


 確かに一番重傷を負ったのは彼だろう。

 あの主の突進を何度も受けたのだ。正直生きているのが不思議な程だ。

 ただ回復薬などでの治療はしていた筈だが……。


「そこまで重傷でしたか」

「治療もあるけれど、ファムの身体は睡眠が必要なのよ。だから屋敷にいる時はずっと寝てるわ」

「そうなんですか? 野営の時は普通だったのに……」

「我慢してるのよ。だから、あんまり長期の探索には向いてないのよねえ」

「へえ……」


 獣憑きという特異体質である彼にも、弱点というべきものがある様だ。

 どうりで屋敷にいても殆ど見かけない訳だ。

 使用人たちもそれを把握しているようで、すぐさま夕食の準備が進められ、いつもの食事会が始まった。


「まあ、ファムのことはいいわ。一先ず15層突破、お疲れ様」

「おつかれー!」


 杯を掲げて、用意してくれた食事に舌鼓を打つ。

 今日の主菜は香辛料の効いた鶏肉料理。

 香ばしい匂いと肉の油が疲れた体に染みる……。

 そのまま、皆しばらく無言で料理を貪っていった。

 


 ある程度食事が進んだところで、カトル――酔わないようにお酒を我慢中の彼女が、ふと口を開いた。


「主、無事に倒せてよかったね。でも、最後のあれはなんだったんだろう……」

「……あれなあ」


 主に潜んでいた骨染獣の骨は可能な限り回収してきた。

 流石に全部は無理だったが、殻から引きずり出した本体から一部を切り出して持ってきた。

 やはり刻印が残されており、あれが骨染獣だったことまではわかっている。

 ただ――。


「あれが骨染獣だからって、犯人が誰かは分からないんだよな」

「……そうね。15層に入った探索者は例の2人組だけではないわ。術者まで調べるのは無理でしょうね。そもそも、例の2人組が魔術師かどうかも妖しいもの」

「? どういうこと?」


 腹ごしらえが済んだからと、ミンナに葡萄酒を注いでもらったカトルが、首を傾げる。

 ……あと半刻くらいで寝落ちするな。

 起きてるうちに話を進めておこう。


「恐らくだけれど、その探索者も魔術師としては登録されてないと思うわ。こんなあからさまな物証を残すんですもの。それくらいの隠蔽工作はしてるでしょう」

「あっ、そっか。登録がなければバレないもんね」


 自身の技能――奥の手を隠す探索者はそれなりにいる。

 例えば俺なら迷宮病の情報はあるだろうが、毒撃ちの情報なんかは未記載だろう。

 それが他都市の探索者で、しかも件の第三王子の配下なら、尚更さまざまな情報が隠されている筈だ。


「そもそも骨魔法で染獣を操るってのも、あまり好まれる行為じゃないからな。公にはしてないだろ」

「……うん、それなら私にも分かる。骨魔法は、この国でも禁忌って呼ばれるもの。そっか。それなら隠してるのも納得かも」

「……あいつらが隠すのは、あなたたちが想像するような理由じゃないと思うけどねえ」


 嫌悪や迫害から身を守るため……なんてものではなく、ただただ自分の利益のために隠しているだろう。それも、確実に悪い方に。

 じゃなきゃあんな恐ろしい罠なんて仕掛けないだろうからな。


「まあ今はそんなことより、これからについて話さないとね」


 そう言って、アンジェリカ嬢が手を叩くと、食事が片付けられていく。

 その手はいつも通り、艶のある長手袋(イブニンググローブ)に覆われている。

 今も何の感覚もない筈のその手で綺麗に指を立てて、彼女は続ける。


「私たちの目標は35層まで潜ること。これは絶対に譲れない最優先事項。そのためにも、考えなきゃいけないこと、やらなきゃいけないことは4つ。まずは16層の攻略準備」

「次は岩山地帯……でしたね」


 15層にあった岩山を通って進むと辿り着くのがその階層だ。

 平原とはまた違った、巨岩犇めく岩山地帯。

 そこでの旅は、また過酷なモノになるだろう。


「ええ。引き続きあの狐たちに頑張ってもらうのだけど、そのための装備を作らないと駄目なの」

「装備? 何か必要だっけ?」

「ほら、あの子たちは穴を掘るでしょう? 草原ならまだしも、それより下層の岩山を掘るにはあの子たちの爪じゃ厳しいのよ」


 だから、穴掘り用の装備が要るの、とアンジェリカ嬢は言う。


「まあ、そもそも巨岩があるから無理に穴を掘る必要もないのだけれど……念のため、ね? 装備は既に発注済みだから、それが完成したらまずは16層で試さないといけないわ」

「ルセラさんに言ってたのはそれかあ……。他の3つは?」

「もう1つは、あの()の調査ね。本当に骨魔法なのかも調べなきゃいけないし、もしあの刻印から術者が分かるのなら……たっぷりお返しをしないとね?」


 魔法刻印には癖が出る……らしい。

 それこそ希少な魔法の使い手は限られる。

 あの骨に刻まれた刻印を調べていけば、術者に行き当たる可能性はあるだろう。


「それに関しては俺の方に当てがあるが……ここを離れるわけにはいかないからな」

「あら、珍しい」

「アンジェリカ嬢も知ってるでしょう? 監獄島の中級にいた――」

「ああ、あの男ね。問題児だったから覚えてるわ……あれ、信用できるの?」


 奴がいるのは監獄島だ。

 船で十数日もかかるから、往復するだけで相当な時間損失になる。


「腕は確かでしたよ。他に当てがあるなら構いませんが」

「……国内の術師にはあまり頼りたくないのよね。わかった。そっちは私の方で調べておくわ。監獄島にはまだ私の部下もいるし、片道で済むわ」

「……そういえば、どうしてアンジェリカ嬢はあの監獄島に?」


 迷宮で聞いた彼女の過去。

 この国の貴族で、しかも王子の婚約者だったというではないか。

 それがどうしてあのゴリゴリの犯罪施設の管理者になったんだ? いくら彼女の立場でも、国土以外の迷宮の管理をするなんて、【迷宮規則】に反する、とんでもない犯罪行為な気がするんだが。


「ああ、あそこ? あれは元々非合法組織が管理していた場所なのよ。そこを、ルシド様が見つけたの」

「はあ……」


 ますますわからん。

 王子だからって――いや、王子だからこそ手をつけちゃダメな場所だろ。

 

「国を救う方法を探すために、彼は世界中を調査していたの。その過程で見つけたそうよ」

「一国の王子が?」

「そう。王子様が。……水の枯渇は極秘情報だったから。というよりは、まだ不確定だった、の方が正確かしら」


 彼は誰よりも早くその危険に気が付いて行動した、という事なのだろう。

 そしてそれが今、現実になったと。

 嫌な話だ。迷宮なんてものに頼らないといけない事態なんて、末期過ぎるだろ。


「いくら彼でも他国の迷宮に潜るわけにもいかなかったから、あの島は丁度良かったの。ただ、本格的に運営を開始する前に『大海の染獣』が見つかったから、中断していたわ」


 なるほど、だから16層までしか攻略できてなかったんだな。

 稼げればいい犯罪組織からすりゃ、そこまで深く潜る必要もなかっただろうしな。


「その後、あの事件が起きてから、私が監獄島を()()したのよ。私やファムの訓練場所が必要だったからね」

「……なるほどね」


 俺はその頃を全く知らないからなあ……。

 てか、あれでマシだったんだな。その前は人の命なんて完全に使い捨てだったんだろうなあ……。

 っと、雑談が過ぎた。

 これで4つのうちの2つが分かった。


「次は?」

「これから起きるだろう奴らの邪魔をどうするか、ね」


 ミンナが注いだ葡萄酒の杯を掲げてから、アンジェリカ嬢は妖艶に笑う。


「証拠はないにしろ、これは明らかな宣戦布告よ。私たちに『大海の染獣』は渡さないって、あのクソ王子からのね」

「……クソ王子って……」

「あら? あんな小狡いやり方しかできない男にはそれで十分よ」


 迷宮内ならともかく、地上でその呼び方は怖いもの知らず過ぎないか?

 まあ、今更か……。


「わかったことがいくつかあるわ。あの男は我々の知らない、迷宮に関する特別な技術を持っている」

「主に骨染獣を仕込んだからな……しかも、術者本人は迷宮の中にすらいなかった」


 それは遠隔地から兵隊――それも飛び切り凶悪な個体を送り込めるということだ。

 迷宮内ならまだしも、それがもし地上で行われれば……とんでもないことになる。

 いくら何でも、自分が継ごうとしている国でンなことはしないと、祈るしかないな。


「ただ、それも悪いことばかりじゃないわ。そんな力を持ってしても、奴らはまだこの問題の解決策を見いだせてないんですから」

「それは、確かに」

「国を救うために、『大海の染獣』を狩ることは変わらず最優先事項。そして、あなたの目がそれに必要なことも変わらないわ」

「……本当に役に立つのかね」


 てかどうしてそこまで見つけられてないんだ?

 正直そこが一番不安だ……。


「問題は、今後もああいった邪魔が入るかどうかね。15層だったからまだ良かったけれど、これが20層の主だったらどうなっていたか……まあ、流石にあれは無理だったのかしらね」

「20層の主って、確か……」

「ええ。あの閃旋角馬(カバク)なんて軽く潰せる、途方もない大きさの怪物よ」


 20層の主は、これまでの連中とは全く異なる。

 これまではなんだかんだいって、戦法が異なる主たちとの戦闘だった。

 力だったり、体力だったり、対魔法能力だったりと、特定の能力が足りてなければ倒せない……そんな力試しの要素が大きい敵だった。

 だが、次の主は全く異なる。

 そして――。


「最後の1つは、これまでで……いえ、これから先を含めても、最も私たちにとって厳しい主となるでしょう」

「そ、それは……?」

「……20層の主は、とにかく大きいのよ。だから、倒すためには()()()()()()()()()()()()()()


 そう。あまりに巨大な主のために、4人では絶対に討伐不可能なのだ。

 つまり、20層の主は複数パーティーでの戦闘が必要になる。


「20層の攻略用に、仲間を集める必要があるのだけれど……心当たり、あるかしら」

「「……」」


 俺も、カトルも、ふっと視線をそらした。

 一緒に戦える、信頼できる探索者仲間?

 ……そんなの、いるわけがない。


 主の特殊個体化や、王子の襲撃よりも困難な課題が立ち塞がるのだった。

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