第49話 白砂の迷宮15層/騎草原⑥
時は同じく、首都ワハルの1角に存在する高級宿。
その最上層。階層をぶち抜く特別客室に、薄衣姿の男が一人寛いでいた。
香の煙が立ち込めるその部屋の入口が叩かれ、そのまま男が2人入ってくる。
「やっほー、王子様、来たよ」
「やあ、よく来たね」
図体の大きい禿頭の男に黒い髪を乱雑に伸ばした小柄な男。
ルセラが見た、第三都市の探索者である。
豪奢なベッドに寝転んでいた男が、起き上がって来訪者を覗き込む。
彼らは王子が管理している第三都市の探索者。
ここには護衛――ではなく、とある実験のために来てもらった。
「で、どうだった?」
「ばっちり! 後は引っかかるのを待つだけ。でもいいの? 確実じゃないよー、あれ」
「いいんだよ、どっちでも。それより君らがあのまま15層にいる方が拙い。彼女らに捕まりでもしたら、流石に僕も庇いきれないよ。……で、どれにしたの?」
「お馬だったから、蜘蛛にしたよ。似合うと思うなあ」
「へえ、いいね」
――全然わかんないけど。
かさかさと腕を動かしている男を微笑ましく眺めながら、第三王子は煙を吐き出した。
迷宮は未知の宝庫だ。
そこに眠る力を有効活用すれば、未来は劇的に変わるだろう。
彼らみたいな変人も、迷宮ならば価値を持つ。
そしてそこから生み出されたモノは、国どころか世界を変える。
今、世界中でその変化が起こりつつあるのだ。各国の下に眠る、迷宮によって。
この国だけくだらない問題で遅れているわけにはいかない。
我々も迷宮の恩恵によって、先に進まなければならないのだ。
その点において、彼は亡き第二王子と同じ考えである。
目指すものはまるで違うけれど。
「迷宮ってのは面白いよねえ。わからないことだらけ。だからとっても面白い」
でも、と彼は呟く。
「できれば直で見たかったなあ。あの忘れ形見の絶望の顔をさあ」
予定通りならば、そろそろ彼女らは15層に到達しているだろう。
「僕の望みと君らの悲願、どっちが勝つか、楽しみだねえ……」
妖艶に微笑む王子を見て、探索者たちもまた薄ら笑いを浮かべるのだった。
***
白砂の迷宮、その第15層。
長らく続いた草原の旅の果てに鎮座した主との激闘を終えた後に、突如として起きた異変。
ただでさえ多い馬の4本の足の真横から生えた、赤黒い骨ばった足……足?
殻を弾き飛ばして現れたそれが地面を踏みしめ、巨体を持ち上げたのだ。
主は間違いなく殺した。事実未だ奴は『頸無し』だ。
だってのに、奴は穴から出てきて、たった今、雷撃をしてきやがった。
こんな生物、見たことも聞いたこともない。
「なんなんだ、一体……!!」
何とか四方に飛び散って避けた俺らの前、雷がはじけて生まれた分厚い白煙が立ち昇っている。
風に流れ始めたその向こうから現れたのは、やはり変わらない頸無しの異形。
「……動いている」
「見間違いじゃ、なかったな」
穴から抜け出たからか、本来の馬脚で歩いている。
そっちの足で歩いてんなら、やっぱり死んでない……のか?
ただその動きはがくがくと、緩慢なものになっている。
足の代わりだった赤黒い触手は、今はぎちぎちと空中で動いている。
それはまるで巨大な翼の骨格のようにも、虫の脚にも見えた。
『――――』
頭がないから、奴は一切鳴き声を発しない。
代わりに止むことのない雷の弾ける音が周囲に響き渡っている。
「何あれ……!? 特殊個体!?」
「そんなわけないでしょう! あれは、もう死んでいた……いくら染獣でも、蘇りはしないわ」
「ならなんだってんだ! 見たことねえぞあんなもん」
「……わからないわ。あんなものは、初めて……」
全員の声が、驚愕に震えていた。
アンジェリカ嬢も、鉄塊も知らない化け物。
――あれは、一体。
咄嗟に左目に意識を集める。
その視界には、あの突き出た骨はとにかく赤く光って見えている。
赤い光は特殊個体だった4本腕と同じだが、あんなのが生物だなんて信じたくはない。
『――――』
必死に考えている間に、ぎちり、と骨の軋む音が鳴り響いた。
奴は自身の具合を確かめるように、雷を纏わせた身体をゆっくりと動かしている。
そうだ。
一度死んだのかもしれないが、奴は今、再び動き出して俺らの目の前にいる。
倒さなきゃならない敵であり、恐らくは――。
「……なんでもいい! あれが王子の刺客だ!」
「……!! これが……? でも……」
「他にあるか!? いいから倒すぞ!」
皆の困惑が伝わってくるが、迷ってる時間はない。
アンジェリカ嬢とカトルが狐に飛び乗り、俺も外套を纏って起動する。
異形の槍は回転を続け、ぎしりと音を上げて頸無し馬がこちらへと――アンジェリカ嬢を乗せた雌狐の方を正確に向く。
頭がねえのにどうやって感知してんのか。そのまま雷閃槍を解き放つつもりだろうが――。
「……そりゃ、不味くないか?」
本来の閃旋角馬は細い。いや染獣だから馬鹿でかいのはそうなんだが、少なくともその幅は素早く駆け抜けられるように、削ぎ落されている。
故にその突進は『点』の一撃だ。
鋭く伸び、回転する槍上の構造物。その穂先さえ避けられれば最悪死なない。
だが今あの異形は胴体から8本の骨脚が生えていて、それを広げている。
あの巨体を支えきったそれらもまた雷撃を纏っており、今や奴の幅は槍の穂先と比べれば数倍。
つまり、今からやって来る雷閃槍は――最早『壁』だ。
塞頭牛の突進なんて鼻で笑えるくらいの――
「上だ!! 跳べ!!」
「――言われなくても!!」
アンジェリカ嬢が手綱をぐいと上げ、その指示と生存本能から、狐も自身にできる最大の跳躍を行った。
それと同時に雷閃槍が放たれ、雷撃の壁が草原を駆け抜けた。
「――っ!?」
跳んだ狐の真下を掠めるように、壁が大地を走る。
伸びた骨脚の先端が触れた地面を捲り上げ、白煙とともに焼けた草がまき散らされた。
何とか助かったようだが、着地と同時に雌狐が転げ、そのまま崩れ落ちる。
完全には避けきれず、脚に雷撃を受けたのだろう。
それを見逃す相手ではなく、それなりに離れた距離まで駆け抜けていた頸無しが、ぐるりと身体を回転させている。
右骨脚を地面に突き立て、それを支点に、勢いを残したまま向きを変えているのだ。
その身体には再び雷撃が纏わり始めており――すぐさま、もう一度壁の雷閃槍が来るだろう。
「……っ!!」
「アンジェ!!」
瞬く間のその攻撃に、皆の反応が僅かに遅れる中、鉄塊だけが素早く走り出す。
「カトル! 氷壁!」
「――あっ、うん!」
「全員散れ!」
叫ぶと同時に狐の前に盾を突き立て、背後のアンジェリカ嬢と何やら言葉を交わしている。
直後、雷撃の壁が解き放たれ――。
氷壁を構えた鉄塊と激突する轟音が鳴り響いた。
「……っ!!」
その光景を横目に走りながら、必死に考えを巡らせる。
死んで蘇ったあの異形。
雷撃を纏う骨脚が触手みたいに蠢いてるから、近づくのは容易ではない。
蔦撃ちで飛びついても、叩き落されたり掴まれたらその時点で死ぬ。
……てか、あれに毒、効くのか……?
毒は生き物に効果があるものだ。
死んでから蠢くあの化け物に果たして効果があるのだろうか。
早速新兵器が効かない相手が来るとは、迷宮ってもんはつくづく理不尽である。
――だが、多分左目は有効だ。
「――――」
左目に全神経を集め、白煙から飛び出た奴の姿を見つめる。
氷壁に真正面からぶつかっても平然と動いてやがる。
対する鉄塊は吹き飛ばされ、アンジェリカ嬢は狐を担いであの場を脱していた。
誰も死んでいないが、援軍も期待はできなさそうだ。
それでも逃げることなく奴の身体を見つめ続ける。
衝突の影響で馬の頸はネジ曲がっており、血もダラダラと溢れている。
明らかに死んでいる『馬』の部分の光は薄く、代わりに骨脚の部分の赤い光は濃密だ。
こうして見ればよく分かる。
あれは元の主ではない、別の何かが原因で起きている。
その『何か』を見つめなきゃらない。
だが雷撃と白煙のせいで視認性は最悪。
その上動かれれば、本来見たい触手の根元は殆ど見えない。
近づかなきゃ、わかんねえか。
そう思った瞬間に、外套を脱ぎ捨てて奴へと走り出した。
「ゼナウ!?」
「カトル、鉄塊を起こして連れて来い!」
蔦撃ちは使えない。
鉄塊も狐も動けないこの状況で電流を食らえば確実に殺される。
なら――避けながら見るしかない。
魔刃ナイフを引き抜き、馬の方の足へと投げるが、あっさりと骨脚に払われる。
刃は拡張して骨に突き立った――が、それだけだ。
『――――』
軋む音を上げて頸無しがこちらを振り向く。
その前面に光はない。
やはり、こいつは死んでいる。
あの骨脚の本体を見つけなければならない。
直後、両脇の骨脚が襲い来る。
鞭みたいな速度で放たれたそれを、横に避ける。
「……っ!?」
掠めた雷撃に身体が震える。
少し触れただけで身体が固まっちまう。直撃したら即死だな。
『――――』
槍の旋回を屈んで避けると、その直後に縦振りの骨脚が2本飛んでくる。
それは飛び込んで回避するが、その度に掠める雷撃が全身を焼いてくる。
「いってぇな……!!」
長くはもたない。
さっさと戻ってくれ……鉄塊!
しかしあの骨脚……閃旋角馬の弱点でもある近づいたら戦えないという欠点を補ってやがる。
あの厄介な雷撃と骨脚を嫌がって離れれば、凶悪な突進が待っていると……。
どうやったか知らんが、仕掛けた野郎は絶対に性格が悪い。
見つけてぶっ飛ばしてやる。
『――――!?』
そのまま何度か攻撃を引き付けていると、頸無しがいきなり身体を回転させた。
凄まじい速度の槍が弾いたのは――アンジェリカ嬢だ。
「……硬い!」
金属のたわむような、鐘みたいな音が響く。
狐を置いてきたらしい彼女の一撃に、頸無しの身体が僅かに浮かび上がる。
「引き受けるわ!」
そのまま放たれた骨脚と斧で撃ち合い始めた。
……相変わらずすげえな……流石は元特選級。治療とブランクで鈍っていても、その実力は確かなのだろう。
その隙に、奴の身体を観察する。
背や腰から飛び出た骨脚は8つ。前の4本は特に長く、攻撃は主にそれを使っている。
骨は殻と肉を突き破っており、馬体には大量に血が滴り落ちて草原を濡らしている。
頸もねえし……馬の身体は無視して良さそうだ。
肝心なのは骨の根元だろう。
実際、破れた殻の奥に光が見える。
だがそれ以上は……。
「ゼナウ!! 報告!!」
アンジェリカ嬢の鋭い声が響く。
「骨の根元、膨らんだ殻の奥に何かある! だが、殻で見えねえ!」
「……っち、たく、面倒ね……!!」
骨を斧で打ち払いながら彼女は吼える。
彼女には対応できる余裕はなさそうだ。
俺がどうにかしなければ――。
「なら、剥がせばいいな?」
そう言って俺の真横を駆け抜けたのは、鉄塊だった。
盾を捨て、兜も外したらしい彼は真っすぐに頸無しの背へと駆けていく。
ふと、鉄塊の眼前に氷の槍が生え、馬の尻へと突き刺さった。
『――――!?』
ぎしりと音が鳴り響く中、氷の上を駆け抜けた鉄塊が胴へと取り付き、そのまま殻の隙間に腕を差し込んで。
「――ふん!」
そのまま全力で腕を振り上げ、殻を引き千切ってみせた。
「……わお」
その直後走る雷撃を跳んで避けていく彼を尻目に、俺は殻の先を見つめ――見つけた。
殻の奥、馬の体内に濃密な光の塊がある。
「背だ! 殻の奥に何かいる! あれをやれば倒せるぞ」
「――そういうこと! 何をすればいい?」
「姿勢を崩せ! 毒で仕留める!」
「……了解!」
アンジェリカ嬢の一閃が骨脚――馬の足はボロボロで使い物にならなくなったので、足替わりになったそれを真っ二つに叩き折り、そのまま身体をぐるりと回して、突き出た槍に斧を上から叩きつけた。
凄まじい音が鳴り響き、奴の身体ががくりと崩れ落ちる。
「ゼナウ!」
「……ああ!」
蔦撃ちで奴の胴に取りついて、赤い光に杭を向ける。
仕込んだ毒は――主を仕留めた神経毒。
「これで、死ね……!!」
『――――!!』
爆発音とともに、俺の腕が持つ最大威力の杭を打ち込んだ。
瞬間、びくりと奴の身体が震える。
仕留めたか……!?
だが、杭を放った右腕に伝わる感触は、想像とは違うものだった。
「……? 硬い……?」
激痛とともに伝わってきたのは肉を破る感触ではなく、もっと硬い殻を砕いたようなものだった。
そう、まるであの動く骨脚を砕いたみたいな……。
「……まさか、こいつ……」
右腕を引き抜いて俺が馬の肉をかき分けたその直後、奴の全身に雷撃が走った。
「……っ!!」
それを受け、俺の身体は地面へと墜落する。
「ゼナウ!? 駄目!!」
「……!!」
激突の寸前で、鉄塊が俺を抱きかかえてくれた。
そのまま素早く飛び退いた直後に、カトルの氷槍が馬の身体を貫いて動きを阻止してくれた。
視界が白く染まって、痛みと痺れで身体が震える。
深層用の耐魔装備じゃなきゃ、とっくに死んでいただろう。
「生きてるな?」
「ああ。……わかったぞ、鉄塊。あれは、骨だ」
それでも震える腕で鉄塊の肩を掴み、なんとかそう告げる。
肉をかき分けてみたのは、赤く染まってはいたが、蠢く骨脚と同じ分厚い骨格だった。
つまりそこにいたのは染獣ではなく、全身が骨でできた別のモノ。
俺と鉄塊は、それをよく知っている。
「背に骨染獣が、仕込まれてる……!!」
「……なるほど。そういうことか」
骨に魔法をかけて操る連中がいる。監獄島にいた軍曹もその1人。
奴らが染獣の骨に魔法を加えると、凶悪な従者である『骨染獣』の出来上がりだ。
本来は術者が近くにいて操縦していないと駄目らしいんだが、例えば簡易的な命令を刻めば使える……のかもしれない。
魔法使いじゃないから、詳しいことなんか知らない。
ただ肉を持たず、骨だけで動くとしたら、恐らくは骨染獣に間違いない。
奴らを倒すには命令者を殺すか、操る刻印を破壊すればいい。
問題は、奴は馬の体内にいることだ。そもそも全身が隠れてるんだから、そこに刻まれた刻印なんてそう簡単には見つけられない。
つまり――。
「なら、毒は無効だな」
「ああ。……とにかくぶっ壊すしか、ないだろ」
「……分かりやすいな。案はあるか?」
「見る限り、あれは蟹か蜘蛛だろ? なら……」
伸びた骨脚で戦い続けている異形を見る。
もはや馬の名残があるのは槍だけ。……馬には槍はついてないんだけどな……。
ともかく、あれを行動不能にすればいいのならば、やりようがある。
「ひっくり返すか」
「ふっ……まさに虫か。いい案だ。乗った」
そのまま少しだけ作戦会議をして、俺たちはすぐさま動き出すのだった。
***
「――はっ!」
襲い来る骨を打ち払い、思わず笑みが漏れる。
別に楽しくなどないが、知らず知らずのうちに感情が止まらなくなっていた。
――動いている。戦えている。
打ち払う度に雷撃に腕が焼かれるが、こちらに大したダメージはない。
いや、あるにはあるのだが、私の腕は何も感じないのだ。
あの日にルシド様と一緒に迷宮に呑まれてしまった私の腕。
繊細な操作が不可能になったから、大振りで扱える巨大斧に変え、魔力で外部操作が可能な手袋で日常生活を補った。
あの日々は苦しかった。
監獄島の浅層ですらまともに戦えなくて、何度心が折れそうになったことか。
それでも、死に物狂いで訓練を続け、ここまでやってきた。
ゼナウに出会えたのは、私にとって幸運だった。奇跡とも言っていい。
あの人がめぐり合わせてくれたのだと、私はそう信じている。
カトルも私を信じてついてきてくれた。ファムも、変わらず支えてくれている。
このまま35層に行ければ、きっと悲願は達成される。
……だというのに、再び奴が立ち塞がる。
どうやったかは知らないが、あの男の刺客が襲い掛かってきているのだ。
『どうせ君には、何もできないでしょ?』
そう嗤っている気がしている。
だからこんなあからさまに、そしてこんな低い階層で仕掛けてきたのだ。
舐められている。
私も、私が連れてきた仲間たちも、何より――ルシド様の願いも!
「……ふざけるな!」
振り下ろされた骨脚を避け、全力の振り下ろしを放つ。
何度も撃ち込んだおかげで奴の前腕を砕き、半ばから斬り落とした。
あの長さじゃもう大した怖さはない。
――後、6本!
『――――!!』
頸無しの筈の身体は音もなく揺らぐ。
頭も何もないってのに、恐怖を感じる感覚はあるというのだろうか、
「はっ!」
ならばいい。奴はもう死に体だ。
化けの皮は剥がれた。
後はしっかり殺し切ればいいだけだ。
「――アンジェ!」
その瞬間、奴の足元から大量の氷槍がつき上がって奴の馬体を貫いた。
仲間たちの用意ができたらしい。
こいつを殺す準備が。
珍しく割れんばかりの大声で、ファムが吼えた。
「脚を外に弾け!」
今、奴は残った後ろ脚の3本で立ち、前3本で攻撃を仕掛けてきていた。
その脚を吹っ飛ばせということらしい。
「――了解!」
狙いはわからないが、すぐさま一番近い脚へと駆ける。
その間に宙を飛んだゼナウが反対側の脚に取りついたかと思うと、爆発が起こった。
彼の新兵器は、毒以外にも使い道があるらしい。
私の計画において、彼だけが未知数だったが、想像をはるかに超える活躍をしてくれている。
それには、報いなければならない。
「今だ、カトル!」
「――!!」
彼の声の直後、氷が奴の足元全てに張られた。
滑った身体を支えようと突き立てようとした前肢を、飛び込んだファムが盾ではじき返す。
その衝撃に更に頸無しの身体はぐらつき、身体が僅かに横滑りを始める。
――なるほど、そういうこと。
ようやく狙いを理解して、私はまた笑っていた。
仕上げは私に譲ってくれるらしい。
彼らも、嬉しいことをしてくれる。
分厚く張った氷を滑るように移動して、靴に仕込んだ杭で軸を固定する。
私の攻撃には踏ん張りが必要だからと仕込んだ仕掛けだったが、カトルの能力とも相性が良かった。
安心して腕を振り上げ、後先を考えない全力を込める。
――奴のくだらない企みも、そのバカみたいな野望も、全て私がぶっ壊す。そして、あの軽薄な顔を、潰れるまでぶん殴ってやるのだ。
「骨風情が、私の邪魔を……するな!」
解き放った一撃は、凄まじい衝撃と轟音を響かせて、骨脚を砕きながら吹き飛ばした。
その結果――その巨体をぐるりと回転させた。
『――――』
「あら」
真下にいた私はそのまま潰れそうになるが……飛び込んできたファムが抱きかかえて避けてくれた。
「……ありがとう」
「ああ。役目だからな」
「……そうね。あなたが守って、私が壊す。そう決めたものね」
地響きを上げて背中から倒れ込んだ異形を、カトルの氷が包み込んで地面に縫い留める。
『――――!!』
最後の足搔きとばかりに雷撃を纏って氷を溶かそうとしているが、もう手遅れだ。
私は笑みを浮かべ、斧を担いで歩き出す。
久しぶりの死闘で、体中が悲鳴を上げている。
それでも変わらず動く腕は、やはりもう自分のものではなくなったのだと、少しだけ悲しくなったけれど。
――あなたの代わりに得たこの腕で、私は全てを打ち壊してみせる。
制御の効かない腕の、最大の力を込めて。
私は飛び上がり、倒れ込んだ無様な異形へと、斧を振り下ろす。
「さっさと、死になさい」
元の主ごと、地面すらも両断して。
この長い戦いに、私は終止符を打つのであった。




