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第48話 白砂の迷宮15層/騎草原⑤



 旋角馬(カバク)たちの主――閃旋角馬(カバク)

 その生態はかなり独特だ。

 主と化した馬は、仲間を引き連れ周辺の征伐をし始める。


 周囲の敵を取り除き、自身の世を安定させたいとでもいうように。

 将軍サマ気取りのその行動から、将軍などと呼ぶ奴もいるのだとか。

 

 こいつが主になると、時間が経てば経つほど、縄張りである岩山周辺からは染獣たちが消えていくことになる。

 ある意味で、この5層の中で一番安全な階層が出来上がる。


「主になって日が経ってるのだろう。掃除は粗方終えたと考えて良い」

「どおりで周囲に染獣がいないわけだ……」


 ちなみに迷宮の特性上、一定期間で染獣たちはまた生まれてくる。

 つまり奴が望む平定は絶対に叶わない。ある意味悲しい生態を持つ主だったりする。


「てことは、それなりに強い主だな」

「ええ。でも私たちなら問題はないでしょう?」

「……主だけならな」


 問題はその後……いやその前? 途中?

 例の襲撃者を気にしながら戦わなきゃならない時点で、既に面倒だ。

 その襲撃ってのも、今のところは影も形もない。

 もっとわかりやすく襲ってきて欲しいもんだよ。


「……いたぞ」


 遠見鏡を覗いていた鉄塊が呟く。

 視線の先、空を覆う黒雲が見えてきた。


「本当に雲があるんだね。雷鳴まで……」

「落ちはしないらしいから安心しろ。あくまで奴の副産物らしい。さて、どれどれ――」


 本来迷宮の天候は変わらないが、当然の如く例外はある。

 その1つが奴だ。

 俺もまた遠見鏡を覗いて奴を観察する。


「デカいな……」

「……通常の、一回りは大きい。歴は長そうだ」


 旋角馬(カバク)を倍は大きくした巨体。

 下半身――なんて表現をするのかは知らんが、胴や脚だけならまだしも、特に上半身――頸から上の発達が凄まじく、巨人が騎乗でもしてんのかってくらいデカい。


 その頭部には馬だってのに鋭く尖った歯が並び、目も口内からも青い光が漏れ、黒煙みたいな荒れた息を吐き出している。

 流石に腕は生えてないが、異常発達した槍は先端が刺さっただけで胴体が丸ごと消し飛びそうな大きさだ。


 本来漆黒に近いその殻は、背中部分が膨れ上がった特徴的な形をしており、多くの部分が灰色になっている。

 まるで歴戦の鎧が掠れ、その塗装が剥げたみたいに。

 掠れた灰色は、奴がそれなりに生きた強者であることの証なのだろう。


 今は草を食う仲間を侍らせながら、のんびり優雅に過ごしている。

 その真上には分厚い黒雲が雷鳴を轟かしている。全くもって優雅ではない。

 

「ああしてみると大人しそうだけど……」

「想像の倍は速いから気をつけなさい。名前の通り、目を離したら一瞬で死ぬから」

「俺が前に立つ。……皆、可能な限り避けてくれ」


 名前の通り、そして見ての通り。

 奴は雷を身に纏う。

 その突進は、常人には不可視の速度に至る。


 だが、所詮は15層の主。殺す手段ならちゃんとある。


「やるぞ。……手筈通りに」

「ええ」

「うん!」

「……ああ」


 こうして、4人では最初の主狩りが始まるのだった。



***



 仲間とともに自身の()()で寛いでいたその主は、近づく気配に顔を上げた。

 この辺りは平定した筈だが、何故だか敵は増え続けるし、時折こうして侵入者がやって来る。


 その種類は様々だ。

 何度も戦ってきた宿敵のような奴もいれば、見知らぬ、やけに小さな獣もいる。


 今回は、どうやら小さい獣らしい。

 ゆっくりとこちらへと近づいてきている。

 こちらが気付いていないとでも思っているのだろう。


 これまでの奴らもそうだった。

 何故か、主が鈍いと思っているらしい。

 大抵の連中は勘違いするが、接近者がいるとバチりと鬣で電気が弾けて分かるのだ。


 その瞬間から、身体は反射的に電気を溜め、槍は回転を始める。

 決して悟られぬよう、静かにだ。


 愚かな来訪者がこちらの射程に近づくまで。

 慎重に、慎重に待って――入った。


『――――!!』

 

 一気に雷を爆発させ、身体をぐるりと来訪者へと向ける。

 最初に見えたそれなりに大きな影へと、溜めた力を解き放つ。


 主自身は知らないが、雷を纏うこの突撃は雷閃槍などと呼ばれ、閃旋角馬(カバク)の代名詞ともいえる技とされている。


 雷を纏い一気に数十mを駆け抜けるその一撃は、数体の塞頭牛(ラタンカ)だろうが問答無用で貫き、纏う雷撃で内側から焼き殺す。

 主にとっては必殺の1撃だった。

 だが――。


「――ふん!」


 鈍い衝撃を受けたその直後、槍は虚空を貫いていた。

 狙った筈の何かに、軌道をずらされたのだ。


『――――?』


 なんだ、と困惑が生まれたのも束の間。

 周囲に青の光が迸る。


 直後、主の周囲だけが急激に凍え、黒灰の身体に霜がおりる。

 体表の温度ががくりと下がり、身体の動きが一気に鈍くなる。


 これは、知っている。

 この小さき獣たちは、時折このような力を使う。

 寒いのは苦手だ。それを、どうしてか奴らは知っている。

 嫌らしい連中だ。小賢しいともいえる。


 ――だが。 

 

 纏わせるのではなく自ら全身に雷撃を放ち、氷を焼き溶かす。

 その程度、何度も受けてきた。

 これくらいでどうにかできると思われているとは、全くもって心外だ。


 バチリ、と鬣が弾ける。

 今度は左右から2匹の中型の獣が接近。

 どこかで見たその1対の獣は大きな顎を広げ――


『『■■■■――!!』』


 凄まじい音圧の咆哮を放った。

 頭が揺れ、纏っていた電撃が霧散する。

 

 その隙に獣は両脇から襲い来るだろう。

 しかしその程度で止まる主ではない。


『――――っ!!』


 槍を振り回し、2匹の獣を外へと弾き飛ばす。

 当たりは浅く、恐らくは避けられた。

 だがその間に再び雷撃を溜め――。


 瞬間、悍ましい殺気を感じ取って頸を捩じる。

 先ほどまで頭のあった場所を、凄まじい速度で何かが通過した。

 あれは、分厚い刃。


「――ちっ」


 何かの擦過音が聞こえ、眼前には刃を握る赤色の獣がこちらを睨んでいる。

 咆哮を上げ槍を振るうが、さっきの音波の中型が赤を咥えて逃げていった。


 逃した、という後悔と、助かった、という安堵が同時にやって来る。

 あの一撃を受ければ恐らく死んでいた。

 それほどまでに凄まじい圧だった。


 そのまま幾度か突撃や薙ぎ払いを行いながら、主は困惑の中にいた。

 大体はこれだけ時間が経てば襲撃者の1体や2体は倒せているというのに、こいつらはやけにしぶとい。

 その間にもどんどん体温は奪われている。

 このままでは――。 


『――――?』


 その時主は、頸に痛みを覚えた。

 何かが刺さった?

 そこまで大した痛みではないが、直後体内に走った気味の悪い感触に再び身体を振り回し、同時に全力で雷撃を放ち纏う。


「あっぶねえ!」

「ゼナウ!」

「いいから、そのままいけ!」

『――――』


 響く獣たちの鳴き声の意味は分からずに。

 さっさと殺してしまおうと、重い嘶きを上げ、弾いたもう片方の獣へと狙いを定める。


 だが飛び出すその直前に、視界を塞ぐような氷壁が立ちはだかった。


『――――!!』


 関係なしと飛び出し壁をぶち抜くも、穂先に獣はいない。

 狙っていた中型の獣は、先の逃げたもう1体と並んで斜め左方へと駆けていた。


 しぶとい奴らだ。

 こうも何度も突撃を防がれたのは初めてで、苛立ちが溜まる。


 ――もういい。さっさと殺してしまおう。


 苛立ちは、そのまま雷の量となり、過去最大の雷がその身を覆った。

 今度こそこれで殺し切ると、痛みを受けながらも狙いを定める。


「あれヤバくないか!?」

「凄いバチバチ弾けてる……来るよ!!」


 多少距離を置けば平気だと思うのならば、それは違う。

 最大威力の雷槍ならば、その程度の距離は一瞬。

 無防備なその背後を今度こそ貫いてやる――。


「――オオ!!」


 槍が届くその寸前。

 上から飛び込んできた影が槍を叩きつけ、軌道が真下へとぶれる。

 狙いがそれた槍は、獲物ではなく大地を深く刺し貫く。

 

 その瞬間。

 槍が触れた地面――その周辺が一気に()()()()


『――――!?』


 がくんと沈んだ視界の一面を覆う程の大穴。

 ただの着地では絶対に起きない。いくら槍が激突したとしてもありえないだろう。

 まるで、()()()()()()()()()()()かのように。


 雷を纏い、視認すら難しい速度を持った突進。

 それはいくら主の頑丈な脚力でも、着地には相当な力が要り、負荷がかかる。

 だがその時、足場がなければ?


 不可視の速度で大穴に突っ込んだ巨体は、迷宮の深く分厚い地面に激突し――その身に凄まじい衝撃を受けた。


『――――!!?』


 崩落と激突で地響きが鳴り起こり、主は悶絶の嘶きを上げた。

 同時に貯めていた過去最大の雷撃も放出され、数秒間の閃光が続く。

 

 制御していない雷撃は当然主の身体を焼き、未だ残っていた氷だけでなく、殻の奥の肉すら焼いた。

 主の視界も真白に焼かれ、数秒後。ようやく元に戻った視界は明滅し、揺れて――二度と定まることはなかった。


『――――?』


 一体自身に何が起きたのか、主には分らなかった。


 

 足は埋まって動かず、衝突の威力で恐らく骨や内臓まで損傷している。

 痛みには強い耐性があり、骨が折れようと雷撃を受けようと動けなくなることはない。


 これまでの戦闘で、牛に衝突された時も直ぐに視界は戻って殺すことができた。

 今みたいに、視界が定まらずに意識が混濁したことはなかったのだ。


 ――これは、なんだ?


 今の衝突でも、頸から上は無事の筈だ。精々電撃の余波を食らったくらいで、それでどうにかなる身体ではない。

 だというのに視界は揺れ続け、一切定まることはない。

 いくら不意の一撃とはいえこんなことは――。


 訳も分からず困惑する主の前に、小さな影が近づいてくる。

 先ほど死を感じた、あの恐ろしい赤い獣だ。


 まずい、逃げなければ。

 そう思い足掻くが身体は動かない。

 何故だか力が碌に入らないのだ。

 一体何だこれは。一体――。


「……凄いわね。あの主が、ここまで弱るの。流石、毒の魔女直伝かしら」


 その音の意味を主は知らない。

 だが、敵を前にして放つ、緩慢な音色には覚えがあった。

 これは仕留めた獲物へと、近づく時の鳴き声だ。

 仲間に肉を食わせる時の、戦いの終わりの合図――。


「まあ、あくまで通過点だもの。これくらい楽勝でなきゃね。……ねえ? お馬さん」


 揺らぐ視界。

 呑気に歩いてくるその影が()()()()()()を振り上げて。


「将軍ごっこはお終いよ」


 そのまま、主の視界は唐突に、そして永久に途切れるのだった。



***



「……死んだようね」


 アンジェリカ嬢によって頭部が断たれ、穴の中で崩れ落ちた巨体を見て、全員が緊張を解いた。

 閃旋角馬(カバク)、強かった……。


 なんだあの突進。速すぎるだろ……。


 鉄塊が盾で逸らしてなかったら、間違いなく死人が出てた。

 てか、俺が死んでた。

 ……って、そうだ。


「鉄塊、無事か?」

「……ああ」


 ああ……って、んな気軽に答える雷撃じゃなかったぞ?


 鎧に破損もないらしく、腕を組んで平然と立ってやがる。

 あの雷撃、毒撃ちを撃ち込むために近づいた際に少しだけ喰らったが、とんでもなく痛かったんだが……どんだけ丈夫なんだよこいつ。


 痛すぎてその後は近づくのをやめて、周囲の取り巻きたちの処理に回ったくらいだ。

 もう2度と戦いたくはない。


「ファムの鎧は耐熱、耐電、耐魔……まあともかくなんでも耐える特別製なの」

「にしても、すげえ耐久力だよな……」

「35層まで行った盾役よ? この辺のやつらには負けないわ」


 そもそもあの突撃を防いだのすら信じられねえんだが。

 奴の湾曲した巨大盾(タワーシールド)はここから下の岩山地帯の金属を使っているらしい。

 だからそう簡単には破れないだろうが……真正面から防げば衝撃で身体がイカれてただろう。

 平然としているのも鉄塊(こいつ)の技量のおかげ。凄まじい盾役である。


 そんな彼は兜の前を開き、熱い息を吐き出した。


「……少し疲れた。警戒に回るから、解体は任せる」

「了解」


 今回、俺は主に毒――呼吸を奪う神経毒を撃ち込んだだけ。

 後は周辺の取り巻き連中を蔦撃ちを駆使して倒して回った程度だ。


 主が戦闘に入ると、取り巻きは俺らを逃がさないように周囲を走り始めるのだ。

 あのまま戦闘が長引けば取り巻きたちを操って突進攻撃も仕掛けてくる。

 だから俺とアンジェリカ嬢で少しづつ間引いていたのだ。


 主が死んだ直後に残りは逃げていった。 

 これから他の染獣か探索者と戦って、また生存競争が始まるだろう。

 果たして次はどいつが主になるのやら。

 なんてことを考えながら主の死骸に近づいていたら、アンジェリカ嬢に止められた。


「待ちなさい。ゼナウは駄目。あなたは周囲の警戒。異変を探して」

「あ? でも……」

「いいから。解体は私たちでやるから。カトル」

「あっ、うん」


 そのまま2人で解体をしようと馬の死骸へと近づいていった。


「……了解」


 決して、勝利に浮かれてないってわけだ。

 確かに襲撃はらしいものはなかった。

 本番はこれから、ということなのだろう。


 ――しかし、異変ね。


 戦闘中もそれとなく観察していたが、周囲には何の変化もなかった。

 念のため罠も警戒して地面も見ていたがやはり何もない。

 そもそも狐に頼んで穴を掘らせて何もなかったんだから、周辺の地面の安全性は確かだろう。


 というか、主は頻繁に移動する、

 いくら何でもこの場所で戦闘が起きるというのは流石に予測不可能だろ。

 罠を仕掛けるなら、絶対に俺たちが通る場所にする筈。


 となると、やはり16層へ行くための大穴だろうか。

 それなら納得できる――。


「……あれ?」


 ふと、背後のカトルが声を上げた。

 何が起きたのかと振り返ってみれば――。


「今、動かなかった?」

「? そんなわけ――」


 そう言って、カトルが指さしたのは当然、閃旋角馬(カバク)の死骸。

 アンジェリカ嬢が頭をぶった切ったから、今は頸無しの状態だ。


 その頭部を失った巨体の胴体部分。

 殻のない馬の皮に、じわりと赤い光が浮かび上がり始めていた。

 

 しかも、見えるのは()()()()()のみ。

 2人には見えていない。


「……!!」


 咄嗟に左目に意識を集める。


 奴の馬体は背側まで分厚い殻で覆われていて、その奥までは見通せない。

 脚に向かって降りる途中で殻はなくなり、馬らしい茶の皮膚が見えるのだが、そこに赤い光が浮かんでいるのだ。

 つまり――体内に、何かがある?


 手のひらほどの大きさだったそれが、だんだんと濃さを増し、広がっていく。 

 それは、まるで金属が溶ける様。

 卵の殻が破ける直前の様で――。


「……まさか」


 15層攻略において、俺たちが絶対に通る場所。

 よく考えりゃ、それは2つある。


 1つは15層の出口。

 もう1つは――倒さなきゃいけない主そのもの!


「――2人とも、下がれ!!」


 叫んだその直後。

 主の死骸を突き破るようにして、赤黒い何かが幾重も突き出した。


「……!?」

「な、なに……?」


 ぎちり、と何かが軋む音がした。

 馬の皮を突き破って現れたそれは、細く長い棒状の何かに見えた。

 奴の血で赤黒く染まった それは穴の外側の地面に突き立ち、埋まっていた巨体を地上へと持ち上げる。


 ただでさえデカい身体が、空中に浮かび上がる。

 その向こうでは分厚い黒雲から雷鳴がとどろいている。


 それに呼応するかのように、槍が再び回転を始め、奴の周囲に青白い光が迸り始めた。


「……頭がないんだぞ? ……なんで、動くんだよ」


 頸無しの騎馬が、槍をこちらへと向ける。

 その先端には、視界を焼くほどの雷撃を纏っていて。


「――全員、逃げて!」


 直後、草原地帯に光の爆発が巻き起こるのだった。

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