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第44話 白砂の迷宮/騎獣舎




 目的の騎獣、哮喉狐(ココハ)を確保した俺たちは、狩りをしながら1度昇降機へと戻ることにした。

 そのために仮の騎獣だった牛を解き放ち、鞍などの取り付けを終えて狐の騎獣化を完了させた。


 騎獣となった(つがい)の狐が起き上がり、ぶるぶると身体を震わせる。


『――ワフ』

「わあ、ふかふかー!」

『……!?』

「ふふっ、可愛い。犬みたい。昔飼ってたんだよね」


 犬……にしては風量の凄い鳴き声を発する哮喉狐(ココハ)をカトルが撫でている。

 それどころかあれはもう埋もれている。

 全身で首に抱き着いて、わっしゃわっしゃとご満悦な様子だ。


 その撫でられている狐の方は震えている気がするが……。

 騎獣化に使った道具を片付けているアンジェリカ嬢が、それを見て口を開く。


「あの狐、カトルの魔力量に怯えてるわね」

「嘘だろ……? あれでも染獣だぞ?」


 これから騎獣にするってのに、カトルに怯えられてても困るんだが……。

 そんな俺に、アンジェリカ嬢は「あのねえ……」とあきれたように息を吐く。


「あなたはすっかり慣れた様だけど、あの子の魔力量は異常よ? 染獣にしても驚いて怖がるくらいね。……そうね、狐の感覚でいうのなら、起きたら4つも下の階層の主に撫でられてるようなものかしら」

「……なるほど。そりゃ、おっかねえな」


 起きたら笑顔のアンジェリカ嬢に頭を掴まれてるみたいなものか。

 そりゃ恐ろしい……。

 ちらと視線を送ると、目敏くこちらへと振り向いてきた。

 慌てて穴埋め作業に戻る。


「……何?」

「いや、なんでも。この後は昇降機に?」

「ええ。騎獣の登録と、この子たち用の装備が要るわ」


 この草原地帯で騎獣を手に入れた探索者は、一度協会へと戻る必要がある。

 そこで騎獣の登録――他の探索者が誤って攻撃しないような印に加えて、遠征用の装備を騎獣に身に着けさせるためだ。


 広大な深層では野営をしながらの旅になる。

 その設備を人が抱えるのは不可能に近いので、染獣たちに運んでもらうのだ。


「まさかここで野営訓練の経験が活きるとはな……」

「勿論、無駄な訓練なんてさせないわよ」

「そうですか……」


 最初に迷宮に潜る前にやった、カトルとの屋外での野営訓練。

 あれもすべてはこの深層での活動のためだったらしい。

 特に俺たちは歩く冷凍庫ことカトルがいるので、他の探索者より長期間の旅が可能になる。

 ……つくづく凄まじいな、あいつの魔法……。


「餌やり、終わったぞ」


 喋っていると、鉄塊が戻ってくる。

 彼には事前に倒していた染獣たちの肉を運んでもらっており、番への餌やりを任せていた。

 これから20層まで相棒になってもらう狐たちだ。

 たっぷり食べて強くなってもらわなければならない。


「よし、じゃあ行くか。……カトル! そこまでにしとけ」

「えー……じゃあ続きはまたあとでね。狐ちゃん」

『……ワフ』

「……早く慣れた方が身のためだぞ」


 怯える雄狐の頭を叩いてから、乗り込んだ。

 選ばれてしまった以上は慣れてもらうしかないだろう。


 とはいえ流石は染獣。

 俺らを背に乗せたまま立ち上がると、軽快に走り出した。

 塞頭牛(ラタンカ)より身軽な狐は弾むように草原を駆け抜けていく。


「背中もふかふかー」

『……』

「我慢だ、我慢……」


 耳のない巨大狐に乗り、俺たちは昇降機へと向かうのだった。



***



 それから道中の染獣たちを狩りながら、俺たちは昇降機へとたどり着いた。


 地上と迷宮を繋ぐ唯一の通路である柱。その内部を通る昇降機だが、11層からの深層には通常のもののほかにもう1つ、大型の昇降機が存在している。


 それは深層で見つけた騎獣を上へと運ぶためのもので、その行先は、地上の少し手前の地下施設。

 迷宮1層と地上の間――0.5層とでもいうべきそこには、人工の空間が作られている。

 そこには騎獣たちの厩舎が作られており、20層までの騎獣たちは、ここに運ばれて装備の取り付けなどが行われる。


 探索者が地上に戻っている間の、騎獣の預け場所にもなっているその場所は、『騎獣舎』と呼ばれている。


「やあやあ、いらっしゃい!」


 その騎獣舎へとやってきた俺たちを出迎えたのは、丸々とした体型のおっさん。

 上下一体の青の作業服姿の彼が、ここの職員らしい。


「久しぶりだね! アンジェリカ様。待ってたよお」

「ご無沙汰しております。ヤニク殿」

「ホントだね。とっても懐かしいや。しっかし……」


 ヤニクと呼ばれた男がニンマリと丸っこい顔を人好きしそうな笑みに変える。

 その視線の先には、大人しそうに伏せている2匹の哮喉狐(ココハ)


「まさか、狐を連れてくるとは。流石だねぇ」

「でしょう? 最高の待遇を頼むわよ?」

「勿論。その代わりに、用が済んだら調べさせてよ?」

「それも、勿論」

「「ふふふ……」」


 2人で何やら笑っている。

 怖え……。


「なんだあれ……てか誰だ、あの人」

「ヤニクだ。彼はここの古株で、この国で最も騎獣に詳しい男だろう」

「へえ、凄い人なんだな。……妖しいけど」


 見た目だけなら人のよさそうなおじさんだ。今も連れてきた狐をニコニコで撫でている。

 ふと、その目がうっすらと開かれる。


「ふむ……怪我も病気もなさそうだ。少し筋肉が緩んでるけど、毒でも使った?」

「ええ。眠らせるために少々、魔女の特別製をね」

「そ。あの子の毒なら大して影響はないだろうけど、戦闘は少し休ませてからの方が安全だね」

「しばらくは戦わせないから平気よ。自分たちで倒すから」

「ははっ! 流石だねえ」

「……は?」


 いきなり見てきたかのような情報を喋り始めた。

 ……触ってただけだよな?

 隣の獅子頭を見たら、無表情のまま頷いた。


「ヤニクは触るだけで騎獣の体調がわかる」

「んなこと……できるものなのか?」

「実際できている。あれで命が助かった騎獣もいる」

「……訳がわからん、なんかの能力か?」

「いや、経験だそうだ」

「……ますますわからん……」


 人や動物相手ならまだしも、相手は染獣だ。

 一般人には触れることすら危険な連中だってのに……あの男はその専門家というわけだ。

 どの分野にも化け物というのはいるらしい。


「ささ、こっちこっち。早速装備の取り付けをしよう」


 そのまま2匹を連れて奥へと向かっていく。

 この騎獣舎は広大な広間になっており、両端の壁付近には染獣たちの仮住まいとなる房の並ぶ建物が置かれている。

 奥側はそれなりの広さがある草地がある様で、見れば先ほど倒してきた牛の染獣たちが闊歩していた。


「あれ塞頭牛(ラタンカ)だろ? 普通に歩いてやがる……」

「ここは探索者たちの騎獣を預かってるからねー。といっても預けるのは11層から20層までの探索者たちだけだから、そんなに数は多くないよ。今だと100体もいないかな」

「十分多いと思うが……」


 探索中は探索者と一緒に下に潜り、彼らが地上で休んでいる間、騎獣はここに預けられる。

 本来10も下の階層の染獣たちをここに集めているのは、よく考えなくても危険な状態である。

 

「暴れたりしないのか? 三騎獣揃ってるんだろ?」

「ちゃんと管理してるから平気だよー。まあ暴れても大丈夫。そん時はサクッと倒しちゃうから」

「上級以上が複数名常駐してるんだ。ヤニクもその1人だ」

「……なるほど」


 対策はばっちりということらしい。

 だいぶ力任せな対策だが、確かにこれに勝るものもないか。


「あ、ちゃんと哮喉狐(ココハ)用の厩舎も作ってあるから安心してね! 狐は久しぶりだから楽しみだなあ」

「前にもいたのか?」

「2回だけ例があるよ。三騎獣以外にも騎獣にする人がたまーにいるんだ。だからその時は遠慮なく調べさせてもらってる。今回もね」


 ねえ知ってる?とヤニクが笑う。


「三騎獣……というか、染獣たち全部かな。肉を食っても排出しないんだよ。全部自分たちの血肉にしちゃうの。だから迷宮は奇麗なんだよねえ」

「へえ……」

「ほんと、僕らの知ってる生物とはまるで違うんだ。不思議だよねえ。地面の下に住んでるだけなのにさ。何が違うんだろうねえ……」


 なんて話を聞きながら、そのまま壁際にある厩舎へと連れていかれる。

 他と違って真新しいその建物が狐用に作られたものなのだろう。

 中を覗いてみたが、当然ながら空だった。


「さあさあ、首輪をつけましょうねー」


 楽しそうにそう言いながら、ヤニクが銀色の首輪を取り付けた。

 かちりと音が鳴って嵌まると、青白い光が表面に走った。


「これが?」

「ええ。騎獣であるという証。定期的に光るから、よほど急に遭遇しない限りは判別ができる」

「牛なら顔の端に、馬は耳についてるから見落とさないようにね。君たちならあっという間に倒せそうだし」

「特にカトル、あなたは気をつけなさい。さっきみたいに問答無用で凍らせちゃだめよ?」

「う、うん……!!」


 雌狐の方にも首輪を取り付け、申請を完了させる。


「後は積載用の鞄だね。用意はしてあるんだろう?」

「ええ。もう届くはずだけれど……」

「――ありますとも!」


 そう言ってやってきたのは、ルセラさんだった。

 彼女の背後には騎獣舎の職員たちが滑車に乗せた大きな資材を運び込んでいる。


「あらルセラ。わざわざ来てくれたの?」

「ええ。待っていました。そうしたらまさかの報せが来て、慌てて飛んできました」 

 

 ギラリと光る眼がこちらを射抜いた。

 あっ、ヤバい。怒ってる。

 つかつかとこちらへと歩み寄ってきて、鋭く声を発した。


「どうして、遠征用の装備を今日搬入してるんですか! しかも食料品まで……!!」

「当然、このまま潜るのよ。言ったでしょ? 一旦戻るって」

「……そういうことですか。はあ……」


 溜息を吐き出して、ルセラはアンジェリカと対峙する。

 一触即発のその空気に思わず身構える。

 好き勝手やりすぎて、遂にブチギレてしまっただろうか……。


「どうしても、急がれるのですね」

「ええ。あなたには申し訳ないけれど、決めた事なの」

「……いえ、本来私に止める権利はありません。ただ――」


 アンジェリカの手を握って、その瞳をじっと見つめた。


「どうかご無事で」

「……ありがとう」

「書類はこちらで処理しておきます。……本当に、お気をつけて」


 そのまま彼女は帰っていった。

 どうやら無事に済んだらしい。

 その背を、アンジェリカ嬢が無言で見つめている。


「……」

「アンジェ? 大丈夫?」

「……ええ、何でもないわ。――さあ、積み込み終え次第出発よ。目指すは15層。三騎獣の主討伐ね」

「うん!」

「ああ」

『――ワフ』

「頑張ってねえー」


 そして初めての4人での主討伐に向けて、進んでいくのであった。



***


 

 準備に向けて歩き出した仲間たちの背を見送りながら、アンジェリカは手の中にあるものを見た。

 先ほどやってきたルセラに手渡されたそれは、どうやら紙の切れ端。

 慌てて、そして密かに書かれたのだろう。

 走り書きの文字で、こう書かれていた。


 ――マイヤの上級、2名が深層へ


 と。


「……そう、いよいよ来るのね」


 くしゃりと紙を握りつぶして、アンジェリカは仲間を追って歩き出す。


「もう二度と、あんなことはさせない」


 その声も体も、震えていることにアンジェリカ本人は気付いていなかった。

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