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第43話 白砂の迷宮11層/騎草原②




『――この階層はこれまでと違って、かなりの種類の染獣が生息しているわ。その中で、騎獣として使われる染獣は3種類。馬に牛、そして狼。揃って三騎獣なんて呼ばれてるわ』


 今から1ヶ月前の準備期間、その最初の作戦会議にて。

 11層の特徴を説明するアンジェリカ嬢がそう告げた。

 それを聞いたカトルは首を傾げる。


『馬は分かるけど……牛に狼って、乗る印象はあんまりないよね?』

『普通の動物ならね。染獣の大きさなら他のにも乗れるわ。その気になればあの猿にも乗れるでしょう?』


 弱いから乗らないけどね、と彼女は笑う。

 ……あれだけ苦労した鎧猿(ガイエン)も、深層の染獣相手じゃ敵ではないのだろう。


『11層はこれらの染獣が群れをなして縄張りを競い合っている。騎獣にするにはある程度の知能と足の速さ、そして強さが必要なの。それを満たしてるのがその3体ってわけ』

『そうなんだ……。どれにするの?』

『そこが悩みどころなのよ。なにせ、3つの種をバランスよく……というのは無理だから』


 それぞれ敵対する種族であり、そいつらを中心に、他の染獣たちも含めた生態系が形成されているのがこの階層だ。

 普通の草原なら狼に当たる種が覇者になるのだろうが、何故か11層に住む馬や牛の染獣の群れは狼を平然と殺せる。

 そんな種族を並べて走らせるなんてことは不可能だ。


『馬は足が速く、持久力も1番ね。狼は跳んだりできるから奇襲に便利。牛はとにかく()()わ。その分遅いけど』

『むむ……悩みどころだね』


 資料にある3体の染獣を見比べながら唸るカトル。

 どの染獣を騎獣に選ぶかで11層以降の探索は方針が微妙に異なってくる。

 深層の踏破をより難しくさせる要因の1つであった。


『ちなみにここは主も頻繁に入れ替わるわ。三騎獣のどれかが一定期間覇者となり、その群れの王が主になるの』

『主が定期的に変わる故、簡単には踏破できない階層でもある』


 獅子頭の鉄塊が頷きながらそう言った。

 例えば馬の主を倒すために時間をかけて準備したのに、いざ挑む時には牛の染獣になってた……なんてことがそれなりの頻度で起きる。

 安全に踏破するには3つの主の対策が必要になるのだ。


『なるほど……相性もありそうだもんね』

『そうよ。勿論どの主も手ごわいし、なにより騎獣に選んだ染獣が主になっていたら、まず攻略は不可能よ。……人間の命令なんかより主の命令を優先するから、対峙したとたん足を失う上に敵が増えるのよ? しかも自分たちがたっぷりと育てた騎獣が』

『……それは、駄目だね……』


 そういう意味でも、踏破には運が絡む階層である。

 まあその時は待てばいいのだが、主が切り替わるのは数ヶ月はかかる。

 俺たちには手痛い損失になるだろう。


『……でもそれなら3体のどれを選べばいいの?』

『そ・こ・で! 私たちの秘密兵器の出番よ』


 笑みを浮かべて立ち上がったアンジェリカ嬢が、俺の背後に回ると眼帯を外した。


『……ゼナウ?』

『そう。他の探索者と違って、私たちには()()がある』

『……人のことをなんだと……』

『とぉっても便利で有能な、仲間よ』


 わざとらしくそう言って、長手袋(イブニンググローブ)に包まれた手が俺の頭にのせられた。

 道具の間違いだろ……。


『いい? 連れる騎獣次第で戦えない主がいるなら、どの主とも戦える騎獣がいればいいの』

『それは! そうだろうけど……そんな都合がいいの、いるの?』

『いるわよ。ただ、とーっても珍しいのよ』


 数が少ないが故に覇者にはなれないが、速さも強さも十分な染獣。

 それを見つけて騎獣にできれば、三騎獣のどれが主でも問題ないというわけだ。


『あの広い草原で探すのは手間でしょう。普通のパーティーならね?』

『あ、そこでゼナウの目を使うんだね』


 手を叩いて納得しているカトルだが、いくら俺の目でも希少な染獣はそうそう見つけられないんだが……。


『……そんな珍しいの探すより、素直に三騎獣のどれか選んだ方が早くないですか?』

『いいじゃない。本番に向けた練習よ。草原に存在する第4の騎獣――狐を見つけましょう』



***



 ……と、いうわけで、俺たちはこれから狐の染獣を探すことになる。

 そのためにも、足代わりとなる、仮の染獣を捕まえる必要があったのだが、早速その候補がやってきてくれたというわけだ。


 草原を力強く駆け抜けこちらへと迫る5体の塞頭牛(ラタンカ)

 巨大で分厚い額であらゆる障害を吹き飛ばす怪物である。

 

 それが頭を並べて走ってきているのは、まさに駆け抜ける城壁。ただただ硬く()()染獣。

 あんなのが走り続ければ、そりゃ森も山も消え失せるのかもしれない。


 対してこちらは徒歩の人間4人。

 今から走っても、逃げることは叶わないだろう。


「すごい迫力……あれってずっと走ってるの?」

「勿論違うわ。普段の移動はもっとゆっくりよ。ああやって走るのは、獲物を見つけたときね」

「その獲物って……」

「当然、俺たちだ」


 奴らは雑食。肉も食うし、足元に大量に生えた草も食う。

 ゴミを掃くように、群れで獲物を轢き殺して砕けた肉を貪る、この草原の掃除屋だ。


 どうやって感知してるのか、全速力でこちらへと真っすぐ向かってきている。

 揺れはどんどん増している。もう少しで到達するだろう。

 待ちに待った獲物なのだろうが、それはこっちも同じ。


「早速試すぞ。アンジェリカ嬢、何体残せばいい?」

「そうねえ……2体で十分よ――ファム」

「ああ」


 迫る黒い塊の方へと、ファムが進み出る。


「了解。カトル、鉄塊、3体だけ受け止めてくれ」

「ああ」

「任せて!」


 牛に乗る訓練なんてしてないが……まあ構わない。

 早速、用意した作戦――対()戦法を開始する。

 俺は3人から距離をとると、迷彩の外套を纏って発動させる。


 遮蔽がないこの草原ではこの外套を使うしか姿を隠す手段がない。

 遠くから俺らを知覚した獣相手じゃこれでも足りないが、今はもっと目立つ奴がいるので問題ない。


「……」


 その鉄塊が1人、牛に向かって進み出て、背負っていた巨大な盾を地面に突き立てた。

 6層に潜った時は鎧だけだった彼だが、当然深層では自身の得物を持っている。

 ニーナ嬢特製のそれは、湾曲した分厚い巨大盾(タワーシールド)


 地面に突き立てると同時に下部から分厚い刃が飛び出し、盾を固定する。

 迫る蹄の音を聞きながら、鉄塊がカトルへと振り向き頷いた。

 

「いいぞ」

「うん!」


 その背後に隠れたカトルから強烈な魔力が迸ると――盾を中心にした氷の壁を作り出す。

 それは3人の姿を覆い隠し、牛たちの進行方向に突如現れる城壁と化す。


 巨大な氷盾へ全身の体重を乗せながら、鉄塊は己の力を一気に込めた。

 そこへ、塊となった塞頭牛(ラタンカ)が、激突する。


「――おお!!」


 衝撃のその瞬間、鉄塊の雄たけびが響いて、直後鈍い轟音が鳴り響く。


「――っ!!」


 爆発でも起きたのかと錯覚する衝突が起き、それでも鉄塊は退かなかった。

 氷塊の盾は突進してきた牛3()()を受け止め、響く轟音とともに、その速度を殺してみせた。

 残った両端の2体は止まることもできずに、その脇を駆け抜けていく。


 その瞬間、待機していた俺とアンジェリカ嬢が同時に飛び出した。

 アンジェリカ嬢は受け止めた3体へ。

 そして俺は、駆け抜けていった2体を追って、走り出す。


 見開いた左目に映る光に向けて、左腕の蔦撃ちを放つ。

 小さな爆裂音とともに射出された鏃は片方の牛の首に巻き付いた。

 鏃と(ワイヤー)に施された魔法がするすると首を絞め揚げていく。といっても染獣相手じゃ何の損傷にもならないが、これでがっちりと固定された。


 ――捕まえた!


 途端にぐっと身体が前方へと弾け飛ぶ。

 俺1人の体重なんてまるで無視して突き進む牛は、仲間と離れたことで危機を感じたのか一切速度が緩まらない。


 とんでもない速さで引っ張られるが、(ワイヤー)はそう簡単には切れない。

 そのまま空中で巻き取り装置を作動させ、牛の背に飛び乗った。


 突進が恐ろしい塞頭牛(ラタンカ)ではあるが、乗られた相手に対抗する術はない。

 暴れまくる背で必死になって耐えながら、鏃を外して回収。

 そのまま右腕を一番光の薄い場所へと向け、毒撃ちを浅めに放った。


 強烈な爆裂音とともに射出された杭は、奴の装甲の薄い部分をぶち抜き、仕込んだ毒をぶちまけた。


『――ゥゴッ』


 短い悲鳴を上げ、牛の身体が震えて跳ねる。

 その特大の揺れに必死に耐えながら、俺は横を走るもう1体の牛を狙う。


 牛は的がデカくて、助かる……!!

 今度は後ろ足に鏃を放って、巻き付くと同時に背を蹴って飛び上がる。


 蹴飛ばした方の牛はすっころんで地面に激突し、しばらく滑った後に止まった。

 その間に俺はもう1体の牛に取りつき、容器(カプセル)を装填した杭を打ち込んだ。


『――ッ!?』


 同時に鏃を外して、跳ねる牛の身体から転がるようにして地面へと落ちる。

 墜落の衝撃は分厚い草が吸収してくれたのか、俺の身体が頑丈になったのか、殆ど痛みはなく済んだ。


「ゼナウ!」


 起き上がると、カトルがこちらへと走ってくるのが見えた。


「平気?」

「ああ。大丈夫だ。そっちは?」

「3匹ともアンジェが仕留めたから平気。あの大きな牛も1撃だったよ」

「……相変わらず、すげえな……」


 あの怪力は俺が必死になって手に入れた武器を軽く凌駕するらしい。

 流石に突進してきてる奴をぶった切れたりはしないよな? そうであってくれ。


 兎も角、これで5体の群れを無事に処理することができた。

 3体は盾で受け止めアンジェリカ嬢が仕留め、残した2体を俺の毒で無効化する作戦は、上手くいったようだ。


 後は毒を撃った方が死んでなきゃいいんだが……。

 近づいて調べてみたが、軽めの麻痺毒で転んだだけで、死んでも骨折してもいないようだ。

 流石は深層の染獣、頑丈だな……とはいえこれで、仮の騎獣は確保した。


「あなたのそれ……毒撃ちだっけ? 想像以上に使えるわね。あの毒の魔女の所に行った時はどうしたものかと思ったけれど……1部屋潰した甲斐があったようね」


 毒の調合のため、別邸の端の一室を調合用に使わせてもらったのだ。

 毒を扱うために、使用人も近づかせず、目的を果たし次第取り壊すことになるそうだ。

 申し訳ない……。

 その分活躍させてもらいます、はい。


「さあ、騎獣化を始めよう。鉄塊、手伝ってくれ」

「ああ」


 早速騎獣にするための作業を進める。

 やり方は単純。

 立ち上がれないように足を縛り、探索者協会から支給される特殊な餌――何かをすり潰して丸めたものを口の中に押し込み食わせる。

 それを何度か行い、専用の鞍を取り付ければ騎獣の出来上がり。


「……これ、何を食べさせてるの?」

「さあ? 詳細(レシピ)は公開されてないけれど……効果は単純。洗脳よ」


 魅了の効果をたっぷりと仕込んであるようで、ある程度こちらの指示に従うようになる。

 俺らのことを仲間や主のように誤認させるのだったか。


 ただ生死に関わるほどの反射や反応が起きると洗脳はあっさりと解けてしまう。

 だからいくら染獣とて乱暴に扱うことは避けるべしと協会では指導しているそうだ。


「ええ!? いいの? そんなことして」

「良いに決まってるでしょう。染獣はいくら倒しても湧いてくるのよ? 普通の生物と同じに考えては駄目よ」

「それはそうなんだろうけど……」

「どうせ放っておいても互いに殺し合う染獣よ。無駄な同情は捨てなさい。ほら、待ってる間に解体しちゃうわよ。さっさと氷出しなさい」


 片や騎獣化で餌を食べさせつつ、もう片方は首なしの死体を引きずっている。

 倫理なんて軽く吹き飛ぶ光景である。


「う、うん……迷宮って、不思議だね……」

「今更? これからどんどんひどくなるわよ?」

「うわあ……知りたいような、知りたくないような……」


 しばらくはこのまま牛の様子を見て、復活し次第、本格的な騎獣探しに移る。

 目的の狐――哮喉狐(ココハ)探しに。



***



 11層から15層まで広がる草原地帯。

 広大なその平地を3種の染獣が奪い合い、覇を競い続ける戦乱の階層だ。


 その1角が先ほどの塞頭牛(ラタンカ)。とにかく硬い盾で立ちふさがる敵を尽く破壊する染獣。

 獲物を見つけたら手当たり次第に突撃してくる、草原で最も数が多く乱暴な連中だ。


 ただその分、騎獣としてはかなり頼もしい存在である。

 ……ちょっと、いやかなり盾の部分が邪魔だが、大抵の連中なら走らせているだけで蹴散らせる。


 今はその塞頭牛の生息域を走らせている。

 目指しているのは、牛の領域の『端っこ』だ。


 この階層では三騎獣が群れをなして移動し続けているため、草原の勢力図は常に変化している。


 しかもその勢力は()()()()だ。

 違う群れなら牛同士でも殺し合う。


 1つの群れの生息域を円状とするなら、各群れの『円』が重なった際に染獣同士の凄まじい戦いが起きる。


 草原にはそういった生息域が無数に散らばっており、当然ながら領域自体が常に移動し続けるから、今自分がどの領域にいるかを把握するのが重要だ。


 特に、俺たちが探し求める狐――哮喉狐(ココハ)のような三騎獣以外の染獣は、各領域の隙間にひっそりと暮らしている。


「――じゃあその隙間を探さないといけないんだ。大変だね!」


 ごうごうと吹き抜ける風の音の中、カトルの声が背後から聞こえる。

 あの後、牛の騎獣化を無事に終えた俺たちは、専用の鞍を取り付け、2人ずつに分かれて乗り込んだ。


 俺と鉄塊がそれぞれ騎手を務め、カトルとアンジェリカ嬢が後ろ。

 比較的遅い牛でも地上の馬に匹敵する速度で草原を駆け、揺れる巨体を制御するのに必死である。


「いや、そうでもない」


 そんな中でも、俺は左目で周囲を探る。

 三騎獣はそれぞれ足跡などの痕跡が分かりやすい。

 基本的には広範囲に生息している関係上、多少見落としても問題なく、むしろこうして広く素早く見た方がいい。


「隙間を見つけるだけならそう難しくはない。生息域の端――足跡が途切れる場所を見つけて、それに沿って進めばいい」


 俺の左目で見える痕跡には鮮度がある。

 足跡の光が消えてなくなるくらいまでの範囲を、とりあえずは端と決めている。


「そうなんだ。でも、狐は直ぐには見つからないんでしょう?」


 後はその外側にいるのが他の3種族か、そうでないかを見極めればいいだけ……なんだが、その中で当たりである哮喉狐(ココハ)を引くのが大変なのだ。

 何故なら――。


「ああ。哮喉狐(ココハ)の巣穴は、普通には見えないらしいからな」


 目的の狐は草原に穴を掘って隠れるらしい。だから普通に探してもまず見つからないそうだ。


「それが不思議だよね。その狐も染獣なら、当然大きいんだよね? それでわからないって……」

「どうもその巨体も隠す巣を掘るらしい。入口は巧妙に隠して、近づいた獲物を狩るんだと」

「へえ……不思議だね……」


 地上を闊歩する三騎獣から生き残る――染獣にそんな思考があるのも奇妙なもんだが、身の安全を守るために狐はそういった生態を獲得したらしい。


 ただその理由も、基本的に番で行動するという数の問題で、個体の能力で見れば三騎獣にも劣らない戦闘能力を誇る。

 だから騎獣としても申し分ないのだが、地下に潜むという生態のために、普通の探索者が探すのは至難の業である。


 だが俺にはこの目がある。

 ただの地面ではなく、染獣がなにかしらの細工をしたモノなら確実に見つけられる。

 後は見つけられるまで走るだけなのだが――。


「――接敵!」


 僅かに後ろを走る鉄塊の声が響いた。

 咄嗟に周囲を見渡すと、後方から凄まじい勢いで突っ込んでくる影が3つ。

 あれは……。


旋角馬(カバク)か!」


 三騎獣の1つにして、馬と呼ばれる染獣。


 ただその外見は馬よりは騎馬に例えられ、(くび)や背に当たる部分が黒い装甲に覆われ、片側からはぶっとい槍のような角が伸びた姿をしている。

 なんでかは知らないがその槍は凄まじい勢いで回転をし、草原最速の突撃からの刺突で敵を仕留める――まさに騎士みたいな染獣だ。


 物騒な槍を持ちながら、三騎獣では最も温厚。敵対しない限りは攻撃もしてこない。

 その姿はどこか気品を感じ、騎獣としては最も人気の種であるが――。


「追ってきてるよ! 速い!」

「奴らの生息域に入ったか」


 いくら温厚な奴でも、敵対種である牛に乗って生息域にずかずかと入り込めば別らしい。


「速度では勝てない。追いつかれるぞ」


 並走してきた鉄塊が言う。

 塞頭牛(ラタンカ)は正面からは強いが、側面や後ろからは非常に脆い。

 今みたいに後ろから追われている状態では、まあ間違いなく負ける。


 それを理解しているのだろう。

 馬の肩から伸びる槍が凄まじい勢いで回転を始めている。


「ぐるぐるしてる! すっごいぐるぐるしてる!」

「あれに突かれたらこいつら死ぬぞ! カトル、氷だ」

「あっ、そうか。任せて!」


 暴れる背の上で器用に向きを変え、カトルの全身から魔力が迸る。

 背中に感じる冷気に震えるのをこらえながら、分厚い手綱を全力で制御する。


「ゼナウだけじゃない。私も、新兵器を手に入れたんだから」


 カトルが取り出したのは、青く輝く玉が3つ。

 彼女が別邸の中庭で作っていたものより1回り小さなそれは、効果としては同じもの。

 牛の進路を変えて直線状に追わせたところで、カトルがその玉を地面へと転がした。


 青く瞬くそれへと馬が到達するその直前に指を鳴らす。

 瞬間、氷の爆発が3つ起き、巨大な氷の柱が草原に出現した。


 足元から突如隆起した氷に乗せられ、3体の旋角馬(カバク)は空中へと持ち上げた。

 カトルの新兵器は、彼女の氷魔法を封じた魔法玉。

 魔法が入っている以外はただの玉なので使える場面は限られるが、込められた魔法は非常に強力。

 特に今みたいに相手が追ってきてルートが限定される場合は特に有用な新装備だろう。


「……やった!」

「やるじゃない!」


 騎獣を止めて、空中で藻掻く馬へと近づいていく。

 流石の草原の覇者でも、走れなければ何もできまい。

 後はカトルに足場を作ってもらって仕留めれば終いだが……。


 その前に、隣に立つアンジェリカ嬢を見つめる。


「どうする? お目当ての馬だが……」

「もういいわよ。どうせ仮の騎獣だから、またいちいち洗脳している方が時間の無駄ね。さっさと討伐証明部位だけとって先を進むわよ」

「了解」


 スイレンの依頼に三騎獣の素材はないので、すぐさま解体して進んでいく。

 ちなみに肉は騎獣に食わせる。

 ここの染獣たちは食えば食う程、強くなる。だからより深い階層に連れていくために狩った染獣を食わせるのだ。

 

「カトルもゼナウも、新兵器は問題なく機能しているわね。……この様子なら、問題なさそうね、ファム」

「ああ」

「そしたら――」


 ……なんか、物騒な話してるなあ……。

 ベテラン勢が何やら会話している間に、俺は地図を埋めていく。

 

 ここは丁度2種の領域の境界地点。

 つまりこれらの円に沿って行けば隙間地帯は見つけられるだろう。


 解体を終え次第、すぐさま狐探しに向かうのであった。





「――見つけた」


 そうして、数時間の移動の末に目的の痕跡を発見した。


「……ここ? 何もないけど……」


 カトルの目には、先ほどまでと何も変わらない草原が見えていることだろう。

 三騎獣のどれもいない、空白地帯。

 だがそう思って無警戒で進むと痛い目を見る。

 

 俺の左目には、進む先の一帯が光って見えた。

 まるでその下に、何かが潜んでいるみたいに。


 鉄塊に合図をしつつ牛の速度を落として、止まる。

 先に下りてカトルを受け止めていると、アンジェリカ嬢が駆け寄ってきた。

 

「いたのね?」

「ああ。向こうの一面が光ってる。多分あれだろ。……近づくと感づかれると思うから、ここからやる」


 再び外套を起動し、屈みながら進んでいく。

 哮喉狐(ココハ)は大きな狐の染獣だ。

 ただ普通の狐と違うところは耳が非常に小さく、代わりに口が大きく発達している。

 それだけ聞くと顎で嚙み砕く能力に特化している染獣なのかと思うが、少し違う。


 哮喉狐(ココハ)は凄まじい威力を持つ咆哮を上げ、その音量と振動で相手の体内から破壊する術を持つのだ。

 奴らの咆哮を受けると染獣だろうと平衡感覚を失いぶっ倒れる。

 そうしたら狐はその獲物を巣穴に持ち帰って捕食する――というわけだ。


 巨体でありながら素早く地下に潜り、そこから飛び上がっての攻撃もする。

 多くの染獣は下側――腹の部分は脆いことが多いから、それを食い破ってくる。

 横だけでなく縦軸の移動・攻撃手段を持つ特殊な染獣である。


 勿論足の速さもそれなり。

 何より三騎獣のどれが主でも平気な点も含めて、俺たちには最適な騎獣なのだ。


 ただ、狩りをする時以外は基本巣穴に隠れている連中だ。

 それをどうやって騎獣にするかと言えば……。


 ――早速、あいつの教えが活きるとは……。


 こっそりと巣穴付近に近寄った俺は、穴――巧妙に隠された通気口へ、懐から取り出した玉に火をつけて放り込む。

 巣の中に落ちたそれは調合された毒煙をばら撒き、中にいる哮喉狐(ココハ)を深く深く眠らせる。


 毒の魔女スイレンおすすめの強力な催眠霧。

 その効果は絶大で、中の狐たちはほとんど反応することなく、毒の煙が地下から溢れ出した。

 そのまま煙がなくなった後に穴の入口を掘って広げれば、爆睡する狐の(つがい)が見つかった。


 ……流石毒の魔女。とんでもない効力だな……。


「よくやったわゼナウ」

「上手くいって良かった……この後は? 一旦帰るか?」


 ルセラさんへの報告していた通り、目的の騎獣は見つかったのだ。

 1度戻って出直しても……。


「いえ、まずはこのままこの階層を踏破するわよ」

「は?」

「ここの踏破条件は三騎獣3体ずつか、どれか1種を15体。……この子たちも育てたいから、三騎獣全部を狩るわよ。主相手でも怯まないように育てないとね」


 ……なんか、当たり前のように進む算段してるんだが。


「いや、今日は一旦戻るって……」

「ん? ……ああ、勿論戻るわよ。遠征装備を取りに行くわ。じゃないと騎獣を捕まえた意味がないじゃない」


 さ、行きましょ? とアンジェリカ嬢が騎獣化のための用意を始めるのだった。

 ……一旦戻るってのは、文字通り『一旦』らしい。


 ルセラさん、きっと今日は引き上げてまた後日潜る……って考えてたよな。

 どうやら、また彼女の胃は苦しむことになるようだ。


「なんでそんなに急ぐのかね……」


 まあ、雇い主がそう言うのなら従おう。

 ルセラさんの健康を祈りつつ、俺も作業を開始するのであった。

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