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第40話 研修と検証②



「わっ!?」

「……ん?」


 ワハルの迷宮第1層を探索していたウィックは、聞こえてきた声に振り返った。


「クトゥ、どうした?」

「すみません……遠くから、爆発みたいな音が聞こえてきて」


 思わず声を出してしまったが、今はお試しで鱗魚鬼(フログ)を狩った直後。

 ギステルと、パーティー唯一の魔術師であるクトゥが風の集音魔法で周囲の警戒をしつつ、今は先輩であるイランによる解体講座を受けているところだった。

 なのでもう喋っていても構わないのだが、その内容が問題だった。 


 クトゥがあげたその声に僅かに緊張が走ったが、先達であるギステルとイランは大した反応は示さなかった。


「ああ、それは気にすんな。こっちには関係ねえから」

「そうなのか?」


 ウィックの問いかけにギステルが頷く。

 本来20層を探索するこの男は、ここの染獣など敵ではなく、本来集中して警戒する必要なんてないほどに強い。

 だが今の言葉はそういった強者故のものではないらしい。


「1層に爆発を起こすような染獣はいねえよ。ありゃ他の探索者の仕業だ。なあ、イラン君」

「……そうですね。今のはゼナウさんだと思いますよ」

「兄ちゃんが?」

「……あなたの方が年上ですよね? まあ良いんですが……」


 小さく息を吐き出して、イランが答える。

 彼は探索者となってまだ1年ほど。

 調薬クランに所属し、そこの先輩探索者から教わりながら、浅層で経験を積んでいるのだという。

 ただどちらかといえば薬師の方が本業らしく、それ故にパーティーを組んではいないのだそう。


 ただそれで弱いかといえばそうではなく、今のウィックたちじゃ到底敵わないだろう。

 迷宮経験者と未経験者の間には、それほどの壁があるのだ。

 今も淀みなく、精確な手つきで染獣の解体を進めていたが、その手を止めた。


「ゼナウさんはうちのクランに新しい戦い方を求めてやってきたんです。そうしたら、クラン長のスイレンが長らく使ってなかった武器を提供したんですよ。今はその武器を試している筈なので、その音でしょう」

「へえ……」


 武器と聞いて今度はギステルの方が興味を引かれる。

 あの毒の魔女が保有していた武器というのは気になるが、今は教導の最中。

 我慢すべしと思い直す。


「それで爆発音って……爆弾でも使ったのか?」


 ウィックの知る漁の手法には爆弾を用いる古いものもある。

 大体が後々悪影響が出てくるために禁止されるが、迷宮なら気にせず使えるかもしれない。

 だがイランは無表情のまま首を横に振る。


「まさか。魔法でもない爆発なんて染獣に大して効きませんよ。あれはただの射出音です」

「射出?」

「ええ。筒の中で爆発させて杭を撃ち出すんです。破裂した空気じゃ染獣を傷つけられなくても、加速した杭なら貫けますから」

「……ふーん?」

「……後で詳しくお教えします」

「悪い、頼む!」


 にかっとした笑みでそう言われて、イランは気恥ずかしそうに視線を染獣へと戻して解体を進めていく。

 その様子を微笑ましく眺めていたギステルが、「お、そうだ」と声を上げる。


「お前らも武器の選定には気をつけろよ? 加工によってはあんな感じで結構派手な音が出るから、染獣を引き寄せてえらい目にあうぞ」

「加工って?」


 聞きなれない言葉にウィックは首を傾げる。


「染獣の素材を使うと、不思議な効果を帯びる武器が作れるんだよ。火や雷を纏わせたり、矢や鎖を追尾させたりとかな。5層にいる女王鱗魚鬼(フログ)の素材からは、水流を生み出す武器を作れるぜ」

「へえ……そりゃすげえ」


 今はただの槍を使っているが、そんな魔法みたいなことができる武器があるならもっと楽に戦えるだろう。

 津波や鉄砲水など、水の凶悪さは良く知っているウィックである。

 いつかそんな武器が使いたいと思うも、直ぐにギステルの「ただ――」という言葉が飛んでくる。


「その分使い手にもとんでもない負荷がかかる。だから大体は切り札として使うし、持てるのもそれに耐えられる、10層越えかそれに近いベテラン連中だけだ」

「……そう簡単には使えねえのか。なるほどなあ」


 まずはとにかく自分たちの力で進むしかない、というわけである。


「ねえー、もういいでしょ? さっさと進めてよ」

「ああ悪かった。……お前、なにしてんだ?」

「ヒマだから、時間つぶし」


 ずっと黙っていたアイリスが退屈そうにそう言うが、彼女はあろうことか、近くにあった石旬にほぼ()()の状態で立っていた。

 背を天井に向け、両手を広げてバランスをとっているようだが、その様は曲芸のそれである。

 錘上に伸び、凹凸も多い形状ではあるが、それでも異様な身体能力だ。


「……ゼナウも凄かったが、お前さんも凄いよな」

「あったり前でしょ? アタシの足は誰よりも凄いんだから」


 そのままくるりと回って飛び降りてきた。

 無骨な脛当て(グリーブ)を身に着けながら、着地の音は殆どしなかった。

 胸を張って自信満々なのはイラっとするが、それが許されるくらいにはとんでもない身体能力。

 民間上がりの元一般人にしては明らかに異様だ。


「ほら、早く解体して次行こうよー」

「その前に手伝えよ、アイリス」

「やだよ。そういう汚いのはウィックの仕事だって決めたでしょ?」

「決めてないだろ! お前が嫌がっただけで――」


 そう言ってまた騒ぎ始めた2人を余所に、イランは背後にいたギステルへとそっと尋ねる。


「……彼女、何者なんです?」

「詳しくは知らねえ。民間上がりの奴らは騎士団とかが調査したらしいが、特に変なこともなかったみたいだがな」


 ゼナウを含めた7名全員の調査が行われたという。

 まあどうせ犯罪歴の有無や、騎士か協会のどちらかの派閥の仕込みではないかを確認する程度だっただろうが、彼らはそのどちらにも引っかからなかった様だ。


「多分ありゃあ【迷素遺伝】だろ。足も早えし、体幹が良すぎる」

「でしょうね。……どこかのご落胤でしょうか」

「もしくは騎士や金持ち商人の子孫だな。まあ、ここじゃ強みにしかなんねえよ」

「……ですね」

「「イラン先輩ー! 続きー!」」

「お前ら騒ぐな!」 


 そのまま会話は終わり、解体講座へと戻るのだった。




「――よし、こんなとこだな。今日はもう1つくらい群れを倒して戻るか。最後は俺が先導しないから、自分たちで探して倒してみろ。……クトゥ」

「はい。風よ――」


 再び送音の魔法を放って皆で声を共有する。

 本来聞こえない筈の、ギステルの小声が耳に届く。


『予定通り、索敵はクトゥとウィック。見つけたらアイリスが引き付けてウィックが後を追う。クトゥは魔法で援護。イラン君は周囲の警戒をしつつ全員のサポートを頼む。いいな』


 全員が頷いたのを確かめて進んでいく。

 1層の染獣、鱗魚鬼(フログ)は弱いとはいえ、厄介な部分もある。

 クトゥの様に音で索敵する場合は見つけにくいのだ。

 

 そして万が一発見が遅れると、奴らの持つ麻痺毒が効いてきてしまう。

 魔術師のクトゥが水中に引き込まれると、このパーティーは途端に瓦解するだろう。

 ただその補佐としてウィックがいる。


『……いたぞ!』


 クトゥの少し前を歩いている彼は、ただひたすらに水面を見つめ、僅かに揺れ動いた水面に反応して槍を突き出した。

 それなりの勢いで放たれた槍は、水面から飛び出した鱗の腕を弾いて水上へと跳ねあがらせる。


 鱗魚鬼(フログ)、その小型の個体だ。


『……ははっ!!』


 通路近くで飛び出した鱗魚鬼(フログ)

 そこへ素早く近づいたアイリスが脛当て(グリーブ)の鋭い先端を飛び出た()()()()()()()、そのまま真上へと掬い上げ、投げた。


 流石の染獣も、水生生物が空中に投げられれば何もできない。


「雷よ――!!」


 そこへ詠唱をしたクトゥの雷魔法が炸裂し、鱗魚鬼(フログ)は空中で息絶えた。

 落ちてきた鱗魚鬼は水に入らないようにギステルが受け止め、通路へと転がした。


『おお、やるなあ!』

『ちょっとクトゥ! アタシが仕留めようと思ってたのに』

『ええ……!? 頑張って詠唱したのに……』

『いいから、次はアタシにやらせなさい。いいわね?』

『おい、お前ら――』

『――騒ぐな!』


 また会話をしだした新人たちを、イランの喝が正す。

 びくりと動きを止めた3人に、イランの大きくはないが良く通る声が響く。


『ここは染獣の巣です。黙って警戒!』

「……!!」


 有無を言わさぬその言葉に、ウィックとクトゥはすぐさま警戒に移り、アイリスも多少不満げにしつつも従った。


 ――イラン君、すげえな……。


 まだ彼も新人の域を出ていないだろうに、決して動じずに3人を指揮し始めた。

 たった一声で浮ついた3人の意識を切り替えた。良く通り、かつ緊張感を与える声は才能と言っていいだろう。警戒心の強さも迷宮探索には向いている。

 ()()スイレンが重宝している新人だから只者じゃないとは思っていたが、なるほど、納得の人材である。


 そしてやはり、民間上がりの新人たちの能力は想像以上に高い。


 アイリスの動きはギステルだから目で追えたが、他の連中は――恐らくイランですらまともに追えていなかっただろう。

 彼女の言葉通り、クトゥが魔法を使わなければ、彼女自身の足で染獣を切り裂いていたに違いない。

 流石に一撃で殺すには威力は足りなかっただろうが、どのみち出血多量で死んだだろう。

 威力は追々上がっていく。なによりもその速さが素晴らしい才能だ。


 そしてその魔術師のクトゥ。

 民間上がりにしてはそれなりの魔力と多彩な魔法を操る秀才だ。

 聞けば平民ながら才能を買われて魔法学校に通っていたらしい。

 

 本来ならそのまま探索者になれていただろうが、あの性格だ。

 恐らくは同世代の何者かによって弾かれてしまったのだろう。

 民間からの選抜試験があって、彼は幸運だった。


【迷素遺伝】持ちに、探索者になる資格があった筈の魔術師。

 そしてゼナウも【迷宮病】を持っていた。

 そう考えると、このウィックだけが真の意味で民間上がりなのかもしれない。


 ――苦労するだろうな。こいつは。


 後方から皆の動きを眺めながら、ギステルはそう思った。

 いくら過酷な海を生き抜いてきたのだとしても、迷宮は地上なんて霞むほどの魔境だ。


 事実、彼の槍は鱗魚鬼を貫けなかった。

 かなり鍛えているが、それだけでは染獣には勝てない。

 きっと彼自身が、自分の境遇を最も理解しているのだろう。


 恐らく唯一の一般人。

 そんな彼が、何故迷宮に潜ろうとしているのか、ギステルは知らない。

 ただ、こいつは絶対に諦めないだろう。


 訓練の量も飛びぬけて多く、講義も一番熱心に聞いている。

 こいつは集中力がずば抜けている。

 真っ先に鱗魚鬼に気付けたのも良かった。

 それを成したのは恐らく、水面の変化に敏感な――それが稼ぎを決める、漁師としての経験だろう。6層以降の階層ではあまり効果的でない技術だが、その視力と集中力は必ず役に立つ。


 ただ、凄いのはそれだけ。

 これからは更なる血の滲む努力がいるだろう。

 それでも倒れない程、彼が迷宮を目指した『理由』が強いことを祈るしかない。


 ――まあでも、こいつなら大丈夫だろ。


 こいつは馬鹿じゃない。

 現状は理解している筈だ。それでも彼は真っすぐ進んで、今ここにいる。

 運だろうがなんだろうが、その結果が彼を必ず強くする。


『おい、ウィック』

『……? どうした、センセイ』


 警戒をしながら解体の準備をしていたウィックの肩を叩く。


『明日は休みだろ? 水と食料をたっぷり買っておけよ。多分、まともに動けねえから』

『……?』

『あれは二度と味わいたくないですね……』

『なんなんだよ!?』


 迷宮に初めて潜った人間は、翌日必ずぶっ倒れる。

 初めてまともに触れる迷宮の『何か』によって、全身に激痛が走るのだ。

 成長痛ならぬ迷宮痛などと呼ばれる、新人の通過儀礼である。

 ちなみに【迷素遺伝】持ちには関係がない。クトゥも学校で経験しただろう。

 この中なら、多分それを経験するのはウィックだけの筈だ。



 ――せめて、5層までは死なない程度に鍛えてやらねえとな。


 自分が手伝えるのはわずかな期間だが、そう思うギステルであった。



***



 1層での新兵器検証を終えた俺たちはギステルたち研修組と合流し、地上へと戻った。

 受付での手続きを終え、その日はそのまま解散となった。

 

「じゃあ兄ちゃん、またなー! 直ぐに追いつくからなー!」


 ぶんぶんと手を振りながらウィックたちが帰っていく。

 同じ民間上がりでありながら全く別の道を突き進んでいるが、こうして再び交流できるとは。

 

 まだ迷宮に深く入ったわけじゃなく、命を懸ける行為もこれからになるだろう。

 だがパーティーのバランスも良さそうだし、教導役のギステルも優秀。

 きっといい探索者になるだろう。


 もし彼らも迷宮の深くまで潜れる様になったら、その時は一緒に探索してもいいかもしれない。

 その頃まで俺がいれば、だが。



 続いて、入口でスイレンたちとも別れる。

 彼女はちゃっかり道中で薬草の回収もしていたので、今からその調合等を行うのだろう。


「で、では、私たちも行きますね」

「ああ。ありがとう。助かった」


 最初はどうなるかと思ったが、結果は新たな武器も得て、求めていた深層での戦い方も身に着けることができた。

 毒は盛られたが、死にはしなかったので問題ない。

 後はこれが深層の連中に通じるかだが、そこから先は俺の問題だ。


「こちらこそ、お陰でイランにパーティーもできました」

「僕は別に……」


 最後はすっかり打ち解けていたイラン君には、後日正式に協会から教導役の依頼がいく筈だ。

 知識豊富で経験もそれなりな、戦える薬師。攻撃一辺倒で、馬鹿――まだ色々と不足しているウィックたちパーティーには丁度いい人材だろう。


「それに、これからゼナウさんにはたくさん協力してもらいますから……」

「勿論だ。素材集めは任せてくれ」


 アンジェリカ嬢の依頼が最優先ではあるが、そうでない限りは毒……ではなく薬に役立つ染獣素材を集めていくことにしよう。


「あ、ありがとうございます。では、また」

「失礼しますね、ゼナウさん」


 そうして2人とも別れ、俺はシュンメル家の別邸へと1日ぶりに帰るのだった。 


 

 

「――ゼナウ! お帰りなさい!」


 帰ると同時に、目の前に飛んできたカトルが、俺の両手をぎゅっと掴む。


「大丈夫!? 怪我はない? 体調は平気?」

「なんだ、どうした? どこも問題ねえよ」

「……本当? 嘘ついてない?」

「つくわけねえだろ、俺は子どもか」

「……そっか。良かったー」


 手を放してそう告げると、ようやく理解してくれたのか、肩を落として大きく息を吐き出した。

 ……なんなんだ?


「どうしたんだよ、んな慌てて」

「だって! ゼナウ、毒の魔女って人のところに行ったんでしょう? アンジェだって『死んだかもね?』なんて言うし、心配で……」

「あー……」


 確かにいきなり伝言だけ残したらそう騒がれても仕方ないか。

 それにあのスイレンは大分怖がられてたみたいだからな……。

 あの妖しい容姿に毒を扱うという噂は、ばっちりハマって恐怖を煽る。

 カトルとか遭遇したら絶対に固まるだろうしな。


「安心しろ。なにもなかったよ。いい人たちだった」

「そうなんだ……なら、良かった」


 ……こいつには毒をかがされたことは黙っておこう、うん。


「――あら、戻ったのね」


 アンジェリカ嬢が奥から顔を出した。

 俺の姿を認めると、いつもの妖艶な笑みを浮かべた。


「調薬クランはどうだった? その様子だと、いい報告が聞けそうだけれど」

「……ええ、ばっちりですよ」

「そう。じゃあ私の部屋に来なさい。報告を聞くわ」


 頷いて、彼女の後を追う。

 武器を得てから、深層での戦い方は考えていた。

 といってもんな複雑なもんじゃないが、まずは試してみる。

 

 11層へ向けた準備を、今度こそ進めていくのだった。

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