第4話 ゴミ溜めの迷宮④
というわけで翌日。
早速仲間集めのための情報収集へと乗り出した。
この監獄島の探索者は、大きく4種に分類される。
運営の決めた階級で区分けされたそれらは、上に行くほど待遇が劇的に変わる。
多くの新人は下級に配属され、一定の評価を上げれば中級、そこから選りすぐられた上級が10層より下の深層の探索を許される。俺がいるのは真ん中の中級だ。
もう1段階上の特選級は、運営側が特別に雇い入れた私兵だという。
この区分け自体は世界中で統一されている。探索者の扱い――特に低級のそれは絶対に異なるが。
ここでは下級の奴らは定期的に外から船で送られてくる。
大体が借金で首が回らなくなった連中か犯罪者で、1月もしないうちに半分以上が迷宮に呑まれて死んでいく。だから寝床は大部屋で、仕切りがあるだけの、本当に寝るだけの場所に詰め込まれている。
だが稀にその中から有望な奴が現れる。
そういった奴らは一定期間生き延び、成果を上げることで中級への昇格を許される。
ならそいつらを仲間に誘えばいいかといえば、それは難しい。
下級からの昇格組は既に複数人でパーティーを組んでいる。そうしないと上がれないくらい過酷な場所だし、それくらい下級に放り込まれる連中は弱い……というよりは染獣が馬鹿みたいに強い。
そうして命を預けあいながら共同生活をしてきた連中に、後から混じって上手くいく筈もない。何かあった際は真っ先に切り捨てられる。
そんな状態で深層に行くのは危険すぎる。
そうなると、残ったのは別ルートから中級になった連中――スカウト組。
こいつらは借金持ちの中でも元々の実力を買われた連中だ。俺もこっちの枠で島にやってきている。
そういった出自のために、単独行動している奴らがそれなりにいるのだ。
そしてスカウト組は借金の額もそれなりで、深層へと潜りたい奴が多い。彼らもまた俺と同じ悩みを抱えている筈。
というわけで、このスカウト組の中でも特に有望そうな候補を探しているというわけである。
ちなみに上級以上はそもそも迷宮への入口すら違う様で殆ど見たことはない。
恐らくは柱の空洞の向こう側に昇降機や門を設置しているのだろう。
……例え話すことができても相手にすらされないだろうけどな。
気を取り直して、候補その1。
「よう、鉄塊の。今戻りか?」
「……」
俺の言葉に頷いていたのは、全身を分厚い金属鎧で包んだ巨漢。
その鎧で攻撃を受けながら、巨大な槌を振るって染獣を叩き殺す戦法を得意としている、見た目通りの腕力特化型な探索者だ。
そして中級以下で最も素性の知られていない探索者でもある。なにせこいつは寝る時でさえ鎧を脱がない。
監獄島に来てから恐らく殆どの人間が奴の素顔を見たことがなく、ロクに喋りもしねえから意思疎通も首の動きを見て判断するしかない。
まあ無口な分付き合いやすくはある。それに迷宮内ではむしろ長所だ。
ただそれ以上に鎧がうるさい。
全身を覆う金属鎧は当然の如くがちゃがちゃ音が鳴るので迷宮内でも奴が近づいてくると直ぐに分かるほどだ。
まあ奴は俺と違って鉱石を狙う探索者。壁を掘る必要があるため音はあまり気にしていないのだ。
うるせえし目的も微妙に違う。仲間候補としては正直微妙だが、その耐久力はかなり魅力的ではある。
「……貝殻蜥蜴」
「ん?」
「狩ったのか?」
ぼそりとしゃがれた声が聞こえる。
聞き取りにくいが言いたいことは直ぐにわかった。
「ああ。今日は殻の方を持ってきた。皮と骨は明日持ってくる。皮、要るか?」
「……」
こくりと頷きが返ってくる。鎧の内側や槌の持ち手に皮を使いたいのだろう。
そんくらい喋れよと思わないでもないが、前に偶然左目で見たときに兜の奥が光って見えた。
多分こいつは身体を――恐らく喉か顎のあたりをやられて再生したのだろう。喋らないのではなく、喋れないのだ。
こいつの無口さを嫌う奴らは多いが、似たような境遇なので俺は他と変わらず接するようにしている。そのせいか、中級の中では一番交流が多い。
「そうか。じゃあ赤毛に伝えとくよ」
「……助かる」
それに鎧はうるせえが、単独で潜っては素材を持ち帰ってくる実力は本物だ。
奴に囮役をやらせて俺の罠で殺す……なんてのも良さそうだ。
せっかく掘った鉱石も、てめえの鎧に使ってるから常に金欠。深層に潜る理由もある。
……いいかもしれねえな。
「なあ鉄塊の」
「……?」
「深層を目指そうと思うんだが、付き合わねえか?」
「……!!」
がちゃりと、驚いた奴の鎧が鳴った。
……こいつ仰け反りやがった。そんなに意外かね。
「……どこまで?」
「とりあえず10層だ。最終目的は……まあ、もっと下だな」
「……」
腕を組んで考え込み始めた。
即答しない辺り、こいつも考えてはいたのだろうが。果たして。
しばらくして、奴は首を横に振った。
「……今は、無理だ」
「そうか。残念だ」
まあ、なんでも直ぐに決まるわけはねえよな。
深層に潜るのは命がけ。多くはねえが安定して稼げる地位を捨ててまで行く奴は少ないだろう。
たがのんびりこいつの返答を待ってる時間はない。
「気が向いたら言ってくれ」
「……ああ」
仕方ない。次だ。
というわけで、候補その2。
そいつの居場所は直ぐにわかる。
本来(盗まれるから)固定の場所がない中級の寝所を魔改造して個室にしているのだ。
並べられた扉のない部屋の奥、真っ白な骨の簾を避けて部屋を覗き込んだ。
「おい軍曹、いるか?」
「んんー? おや! 眼帯さんじゃないですかあ」
甲高い嫌な声が部屋に響く。
部屋の内装は悪趣味の一言。本来は質素な室内にベッドと棚が置かれているだけだが、ここは至る所に用途不明の物が敷き詰められている。
その大半は『骨』でできている。
ベッドも元のフレームの上から骨を張り付け、貴族の寝るような天蓋付きのものに改造してやがる。せり出た天蓋の前面には何かの頭蓋骨が飾られている。見ているだけで吐き気がする悪趣味さだ。
「わざわざ私の城まで来るなんて、どうされたんですかぁ?」
「いや……また貝殻蜥蜴が取れたんだが、要るか?」
「おおう! 勿論ですよぉ。全部買い取りますから、赤毛さんにお伝えくださいねえ」
こいつは迷宮中の生物の骨を集めている変な奴だ。
といってもただの趣味ってわけじゃない。こいつは死霊魔術っつう奇怪な魔法を扱う魔術師だ。
骨に魔力を通して人形みたいに動かして戦わせる。
普段は大体3~4体の骨染獣を連れ歩いて迷宮を回り、浅い層で腕鬼やら牙蝙蝠を狩っている。
骨に戦わせ、自分は後ろでふんぞり返ってるからついた呼び名が軍曹。
ただ、こいつ自身もそれなりに強い。魔術師だし、身体を隠すローブの下には骨を纏ってやがる。そいつも自在に操れるから、油断して近づけば貫かれて終わりだ。
つまりこいつにとって骨は武器であり盾であり手下。
皮の納品先が鉄塊なら、骨の納品先がこの軍曹なのだ。
「ああ。……ちなみにそれ、何してるんだ?」
「んん? これですかあ? ……ふふっ、内緒ですよお」
ちなみに奴は部屋の中に座り込んで、寝かせた状態の骨に文字を刻んでいるようだった。
……おかしいな。その骨、どう見ても人骨に見えるんだが……。そういう染獣だよな?
「……そうか。じゃあ、またよろしくな」
「はあい」
俺としては数少ない中級での顔見知りだが……いや、ないな。
あれは色々と駄目だ。
というわけで、最後の候補。……俺、全然知り合いいないんだな……。分かってたけどさ。
だが、最後の奴こそが最有力候補だ。
そいつは探索者としては珍しい石弓使いで、忍び寄って隙をついて急所を狙うという俺に近いスタイルをとっている。名前はそのまま石弓だ。
奴が撃って弱ったところに俺の罠を使う。まさに最高の相性といえる。
……ただ、さっきから探してるんだが一向に見つからない。
仕方ないので伊達男の方のコックに話しかける。
「なあ、石弓の奴を知らねえか? 話があるんだが」
「あー……あいつな。死んだよ」
「は?」
「昨日、お前さんが寝てる間に大慌てで医務室に運ばれてったんだよ。狙撃しようと待機しているところを後ろから槌蛇に後頭部をべしゃり。再生不可能の即死だってよ」
「……」
「もう少しで借金完済だったのにな。多分、焦っちまったんだろ」
「……そうか」
これで俺の当ては全滅した。
良く知らねえ奴と交渉するのもアリだが、どうしても時間がかかる。
俺の深層探索計画は、早速頓挫するのであった。
***
仲間の当てが全滅し、憂鬱な気分になりながら伊達男が作ってくれた昼食の野菜のクズ炒めを食べる。
もともと美味くはねえが、全然味を感じねえ……。
「……そうか。仲間を集めようとしてたのか。じゃあ石弓は惜しいことをしたなあ」
「いや、そもそももう直ぐ上がる予定だったんだろ。ならどのみち無理だったってことだ」
ああ、本当に気分が悪い。
他の中級連中に当たるとなると、一から関係を築かなきゃならない。また何ヶ月もかかるのだと思うと憂鬱だ。
「なあ、良い奴知らねえか?」
ダメ元で聞いてみるが、案の定首を横に振られた。
「んー、そうだな……。お前と相性がいいとなると、中々難しいな」
「……まあ、そうだよな」
わかっていたさ。自分の戦い方がパーティー向きじゃないことくらい。
別に俺だって普通に戦えはする。迷宮内じゃ左目は機能するからな。
ただそれを他の連中には知られたくねえし、なによりこの狩り方は安全なのだ。
石弓……なぜ死んでしまった……。
「他に当ては? ……ねえのか。そうしたら、行くところは決まってんだろ、眼帯の」
「うっ……」
だよな。行くしかねえよな。
あいつには頼りたくなかったんだが……仕方ない。これを食べたら行くとしよう。
これから頼ることになる人物を思い浮かべながら、俺は深く深くため息を吐きだすのだった。
「邪魔するわ」
ふと、声が聞こえて隣の席に誰かが腰かけた。
途端にむせ返るほどの香水の匂いが漂ってくる。
それを知覚した身体が、ぎくりと固まる。
……嘘だろ、なんで向こうから来るんだよ。
「久しぶりね、眼帯君」
「……ええ。ご無沙汰しております。アンジェリカ嬢」
そこには妖艶に微笑む美貌の令嬢が腰かけていた。
彼女はアンジェリカ。
この監獄島の管理者の1人で、数少ない特選級の探索者である。