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第38話 調薬クラン③



 調薬クラン、その地下2階層を奥へと進む。

 用途不明の箱が無数に積まれ、こちらも流れる風と水のせせらぎの音が響く中、俺は並ぶ部屋の1つへと案内された。


 風と水で冷えた石の床に赤い厚手の絨毯を敷くことで、かろうじて室温を保っているらしいこの部屋が、スイレンの工房の様だった。


 周囲には多数の枯れ草やら干からびた皮のような何かが垂れ下がり、至る所に真鍮と硝子の筒に『何か』が入ったものが並べられている。


 いかにも毒の魔女らしいその部屋で、必死に周囲に視線を巡らせる。

 香は焚かれてない。妖しいものは……沢山あり過ぎてもう分からん。

 

 ビビる俺を余所に、工房の主たるスイレンは、部屋の中心にあるソファに座ると笑みを浮かべて手を合わせた。


「では、昨日の話の続きをしましょう。私たちが使っている、染獣たちに毒を打ち込む手段を、あなたにお教えします。さ、さあ座ってください」

「……わかった」


 慎重に周囲を警戒しつつ、向かいに腰かけた。

 僅かに冷えた感触のソファに、ふとカトルと会った地下室を思い出す。

 そのせいか少しだけ落ち着いたので、息を吐き出してスイレンの目を見つめた。


「教えてもらえるのはありがたいが、いいのか?」

「はい。私たちの独占技術ではありませんので。……あ、で、でも。代わりにあなたのその目……色々と調べさせてください、ね?」


 妖しく両目をきらめかせ、スイレンは言った。

 工房内では長く重そうだった髪を1つに纏めているらしく、隠れていた両頬が露わになっている。

 首から頬にかけていれられた、あの黒い茨の入れ墨がするすると蠢いている。

 ……結局あれはなんなんだ? まあ、それはいいとして……。


「くり貫いたり毒を盛るのは御免だぞ?」

「……」

「おい」


 スイレンは笑みを浮かべたまま視線をそらしやがった。

 さらっと毒を盛ってきた女だ。大人しく見えても絶対に油断はできない。

 腰を浮かせて身構えると、ようやく慌てて両手を振る。


「そ、そんなことはしませんよう……本当は、ちょっとだけ弱い毒を打って、毒の効きにくさも調べたいんですが……が、我慢します。イランにもたっぷり怒られちゃいましたし……」

「……」

「探索者によって、薬や毒が効きにくくなる人がいるんです。その原因が、身体の染まり具合なんじゃないかって、思ってて……」

「だから、顔がこうなって無事な俺で調べたいと?」

「は、はい。……でも、大丈夫です。我慢です」

「……そうしてくれ」


 今回はどうやら安全だと思って良さそうだ。次はわからないが、もう2度とここに来なければ大丈夫……大丈夫だよな?

 ぐっと我慢のポーズをしていたスイレンが、ばっとこちらを見て口を開く。


「代わりに少し検証を、その、お願いしたいんです」

「検証?」

「はい。毒を撃ち込んだ染獣の、身体や組織の変化を調べたいんです。あなたの目なら、それができる筈です。それに丁度、あなたの訓練にもなりますから」

「……? 毒を撃ち込む? 訓練?」


 どういうことだ?

 聞きなれない言葉に首を傾げていると、外から賑やかな声が聞こえてきた。


「あ、来ましたね」


 誰が、と答える前には部屋の扉が開き、その誰かが入ってきた。

 満面の笑みを浮かべて手を上げているその緑頭は、まさかの見知った人物。


「お待たせー!」

「……ニーナ?」


 そこにいたのは一昨日会ったばかりのニーナであった。

 大きな鞄を背負った彼女は俺を見て驚いたように目を見開く。


「あれ、眼帯君。どうしてここに?」

「そっちこそ……」

「あの、ニーナさんは私が呼びました。まさか、2人がお知り合いだったとは……知りませんでした」

「一昨日、アンジェリカ様が連れてきてね。武器を作る約束なんだ。……おっ、てことはこれの新しい使い手って眼帯君かあ! なになに、もう武器問題は解決? 優秀だねぇ」


 そう言って彼女は鞄を下すと、中をごそごそと漁り始めた。

 ……なんだ?


「あなたがお望みの、毒を扱うための武器です」

「そうそう。ほら、これ!」


 ニーナが鞄から取り出したのは、長い筒状の物体。光沢のない黒色で、細長い胴部分からは幾つもベルトが伸びている。

 こんなもの初めて見る、実に奇妙な物体だ。


「……これは?」

「ふふん、まあ見てて。スイレン、的ある?」

「は、はい。これを」


 スイレンが部屋の端から持ってきたのは、滑車のついた大きな獣……剥製か?


「毒の効果的な撃ち込み場所の調査のために、定期的に、その、防腐処理した染獣を持ってきてもらうんです」

「……そうか」


 少し形が変わってるが、これ鎧猪(ガガイ)か。殻もちゃんと持ってきているらしい。

 これ相手に毒の調査してんのか? 半分の探索者が踏破できてない階層の染獣だぞ……。

 流石は毒の魔女様ってとこか。


 部屋の中心近くに移動させた剥製の滑車を上げて固定させる。

 そこへ例の物体を右腕に着けたスイレンが、肩を回しながら近づいていく。


「じゃあちゃちゃっとやっちゃうよ。これを腕に巻いて装着して、近づいて……こう!」


 固定した獣の胴部分に腕を向け、謎の装置が僅かに発光したかと思うと――。

 どん、と爆発音が響いて筒の先端から棒状の何かが勢いよく射出され、獣へとぶっ刺さる。


「……!!」


 空気が揺れ、留めていた獣も、撃ち込んだニーナもどちらも衝撃で後退している。

 かなりの威力だ。

 

「……てて、これでも威力は最低限。全力ならもっと出せるよ」

「これ、貫き罠と同じ原理か」


 ついこの間4本腕を殺した際にも使用した、爆発で杭を打ち出し染獣を撃ち貫く機構。

 どうやらこれは、それを腕に装着するように改造を施したもののようだ。


「は、はい。ただこれは杭の部分に加工をしてもらっていて、選んだ毒を先端から流し込むようにしています」


 スイレンが小さな円筒型の容器を取り出した。

 指先程の大きさの、透明なその容器には蛍光色の妖しい液体が詰まっていた。


 杭着弾の衝撃で円筒型の容器(カプセル)が潰れ、液体を流し込むという代物らしい。


「射出は爆発魔法を仕込んであるから、自分の魔力で発動できる。一応燃料として魔石も入れてるよ。だから基本ずっと使える。杭が折れちゃったり、仕込む毒がなくなったら駄目だけどね」

容器(カプセル)は3つまで入れられるようにしてもらってます。なので、えっと、毒をその場で調合して投与、ということも可能です」

「……これなら、近づけさえすれば高威力の一撃を撃ち込める」

「そ。しかも毒付きのね? いいでしょ?」


 でも不評なんだよねー、とニーナは不満げに装置を取り外すと俺へと渡してきた。


「名付けて『爆裂お注射君』だよ、大事にしてね?」

「……わ、私は『毒撃ち』と呼んでいます」

「……毒撃ち、使わせていただきます」

「ちぇー、気に入ってるんだけどなぁ……」


 名前はともかく、この武器は使()()()

 俺の問題点であった非力であるが故に染獣の弱点を貫けない、という部分は完璧に補える。

 そしてその弱点から好きな毒を直接流し込める。


 ただ――。


「ゼナウさん、それ、本当に、使いますか? ……深層の染獣を貫くには、その、最大威力で撃つ必要があります。そうしたら、あなたの腕は無事ではすみません」

「それに、至近距離で毒を撃ち込むからねー。下手したら自分も毒を食らっちゃうよ?」

「……やっぱり、そういう問題があるか」


 なにせ腕で爆発を起こすんだ。間違いなく無事じゃ済まない。

 毒も一緒だ。使う毒が拡散性の強いものだったら、撃ち込んだ際に俺も取り込んじまう可能性がある。

 強力な故に問題もある武器なのだろう。


「あ、でも、腕に関しては平気だよ? 何回かやってるうちに身体が慣れて大丈夫になるからさ」

「毒も、同じですよ。あなたは耐性が強いですから、弱い毒から慣らせば、平気な筈です」

「……」


 互いに上げた問題点を互いでフォローしてやがる……使うからいいんだが、どんだけ使わせたいんだ……。


 まあ、化け物になる前提の武器ってのは恐ろしいが、深層に潜るならもう避けては通れない。

 染獣にやられてそうなるくらいなら、武器を使ってなる方が余程良い。


 ――見つけたぞ。これからを戦うための手段を。


 高鳴る鼓動に、自然と笑みが浮かんでいた。

 

「後は、どう近づくかだな……」

「そっちも任せてー。はい、こっちはもう片腕用」


 そう言ってもう1つ、こちらは両掌に乗るほどの大きさの箱形装置。

 弩を小型化したようなそれは、先端から分厚い鏃が飛び出している。

 こちらもベルトが伸びており、腕に取り付けるものであった。

 それを再び腕に取り付けたニーナが部屋の端へと移動する。


「それは?」

「この鏃にワイヤーを繋いであってね、支点になる鏃を撃ち込んだり絡ませたりしてワイヤーを巻き取ると――」


 今度は滑車を接地させて動く状態にしたはく製に、装置から鏃を発射させて撃ち込むと、装置から甲高い回転音が鳴り響いた。

 と同時に剝製がぐっと移動を始めて、すぐさまニーナの下へと移動していった。


「実際は逆だけど、こうやって移動させるんだ。勿論鏃は魔法である程度操作できるようにしてるから、動く相手にも使える」

「近づく時もなんですが、逃げる時に便利なんです、よ?」

「……なるほど。これらを使って、毒を撃ち込むんだな」


 かなり曲芸的な動きは必要だが、やること自体は分かりやすい。

 何より俺がやりたいことを体現してくれる武器だ。

 毒撃ちと――もう片方は蔦撃ちとでも名付けよう。


「そそ。勿論全部これで戦うのは難しいだろうけど、それ以外は短剣とか投げナイフを使えばいいでしょ? あのナイフも改良してるし」

「……ああ。そうだな。うん、行ける気がする」


 盾役の鉄塊。破壊担当のアンジェリカ嬢。

 後衛から殲滅や氷漬けを狙うカトルに、俺は遊撃からの毒撃ちを狙う。


「ふふん、ウチの武器は完璧だからね! じゃあ操作説明するよ」

「そ、それが終わったら、簡単な毒の調合や、準備の仕方をお教えします」

「よろしく頼む」

「でも嬉しいねー。これで2人目だよ、この武器使ってくれるの」

「……? そうなのか? 他のクランメンバーは?」


 てっきり、このクランの人は皆使ってるのかと思ったが。


「あっ、わ、私は別の、専用の武器があるので……他の子たちも、今は使ってはいません」

「は……?」


 現役で使ってる奴すらいない……?

 ならなんで俺に使わせたんだ?


「前の人は毒を撃ち込んだ後に、染獣にこう……されちゃって」


 そう言って、ニーナが自分の胸をぐっと抱き締めた。

 ……潰されたのか。


「染獣はちゃんと倒せたんだけどねー。狙いどころと使う毒を見極めないと、相手の懐に飛び込んで自分から『固定』されるわけだから、危険度も高いよ。わかってるとは思うけど、ウチの武器も万能じゃないのさ」


 確かに、この武器はそう言った危険を多分に孕んでいるだろう。

 だが俺には目がある。 

 1撃で仕留めなければいけないなら、確実に仕留めればいいだけだ。


「まっ、そうならないように教えるから、しっかり覚えてね」

「……全力でやるよ」

「あ、つ、ついでにゼナウさんの目についても教えてくださいね」


 どのみち戻るつもりのない旅路。全力で突き進んでやる。

 2人の指導を受けながら、俺は新たな武器について理解を深めていくのだった。




「――よし、これで操作はばっちりだね!」

「毒についても、深層ならこれくらいでその、ばっちりかと」


 それから数時間をかけ、この毒撃ちに関しては一通り使い方を覚えた。

 といっても右腕の毒撃ち(こっち)に関しては俺の目があればそう難しいことはなく、どんな毒を撃ち込めば効果的かという知識の方が重要になる。

 技術でいえば、左腕の移動用装備――蔦撃ちの方が課題だ。


 こちらは明確に修練がいる。 

 後1月、ひたすら訓練する必要があるだろう。


「じゃあウチはこれで。……しかし、眼帯君」


 荷物を纏めていたニーナが、俺の顔を下から覗き込んでくる。


「……? なんだ?」

「アンジェリカ様の次はスイレン? ……君、凄いね!」

「……」

「じゃ、またね! 次は投げナイフの調整、よろしくねー!」


 何が凄いのかは怖くて聞けず、そのままニーナは帰っていった。

 途端に室温が数度下がった錯覚を覚える。

 その原因であるスイレンが、髪を解いて立ち上がった。


「で、では、私たちも行きましょうか」

「……どこへ?」

「あ、その、迷宮です。……約束通りあなたの目、調べさせてください」


 こうして、俺は今度は毒の魔女と迷宮に向かうことになるのだった。



***



 そして、何度目かの協会受付にて。

 俺はすんごい引き攣った笑みのルセラさんと対峙していた。


「……はぁあああ」

「あの……」


 おお、遂に盛大な溜息を吐き出した。

 もう取り繕うのはやめたのか、じとっとした恨めし気な視線を向けてくる。

 

「ゼナウさんは私の胃を壊す気ですか? もうここまで来たらわざとですよね?」

「は……?」

「確かに私はゼナウさんを調薬クランに送り出しましたが、まさかその翌日に、まじょ――っ、スイレンさんと一緒に迷宮に潜る? 何がどうなったらそんなことになるんですか?」

「その、俺にもよくわからな……」

「はあ?」

「……すみません……」


 ルセラさんには迷惑をかけまくってるので、こちらとしては謝るしかない。

 でも俺もどうしてこんなことになったのかはよくわからないんですよ……。


「そ、それくらいにしてあげてください。ルセラさん」

「……っ、スイレンさん」

「私がお願いしてることなんです、それに……」


 つっかえながらもはっきりと、スイレンは告げる。

 その言葉を受け、ルセラは今度は小さく息を吐き出す。


「……わかっています。目的は染獣狩りではなく植物採集。それと、イランさんの教導ですよね」

「はい。よろしくお願いします」


 そう告げるのは俺の世話役としてついてくれていたイラン少年。

 彼はまだ探索者になって1年ほどの新人で、5層も未踏破なのだそうだ。

 調薬クランの下っ端として働きながら、時折所属探索者の師事を受けて浅層に潜っているという。


 今も軽装の革鎧を身に纏い、幅広の片手剣(ファルシオン)を背中に括っている。

 俺の検証は彼の訓練のついでということらしい。


「では潜るのは……1層ですね」

「は、はい。そこで大丈夫です」

「分かりました。手続きしておきますね。どうぞ、いってらっしゃいま――」


 ルセラさんがそう告げる直前。


「おう、ゼナウ!」

「……ギステル」


 俺に話しかけてくる集団がいた。

 振り向くと、そこには見知った顔。

 新人たちの教導役であるギステルと、その背後にはウィックたち3人が武装した状態で並んでいる。

 ウィックが満面の笑みで手を振ってるので応えておく。


「それにウィックたちも……どうしたんだ?」

「これからこいつらを迷宮1層に連れていくのさ。実地訓練ってやつだな」

「へえ……意外と早いんだな」


 聞いていた話じゃもっと時間をかけて教えていくと思っていたんだが。


「思ったより優秀でな。そういうお前は無事に……うぉっ、スイレン!?」

「ギステルさん、こ、こんにちは」

「お、おう。久しぶりだな……お前、マジで行ったのか……」


 恐ろしいものを見る目でスイレンを、次いで俺を見てきやがった。

 マジで行って、マジで毒を盛られて来たよこの野郎。


「ん? イラン君がいるってことは……お前らも1層に行くのか?」

「そうらしい」

「……」

「ギステル?」

「丁度いいかもな。スイレン、ルセラ、ちょっといいか」

「?」

「はい、どうされましたか?」

「折角だし、一緒に潜らないか?」

「……は?」


 気付けばますますよくわからない事態に進んでいくのであった。

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