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第35話 それぞれの準備④



「迷宮には不思議な性質がある。夜が来ない――いや、正確には天候が変化しないんだ」


 それなりに広い部屋の中、教壇に立った上級探索者だという男、ギステルがそう言った。

 分厚い筋肉に身を包んでおり、刈り込んだ頭も含めて精悍さがにじみ出ている。

 鉄塊やアンジェリカ嬢とも違う強者の気配。


 間違いなく鎧猿(ガイエン)よりは強そうだ。


「深層では探索に数日をかける場合がある。そんなときも天候は一切変わらない」

「へー!」


 俺の前に座ったウィックがぶんぶんと頷いている。


「じゃあ野営とかどうすんだ?」

「そう、そこが問題だ。明るい階層だったら寝るのも一苦労だし、染獣たちは常に活発だから野営の危険度は跳ね上がる。そんな時はどうするか……じゃあ、ゼナウ」

「は? 俺?」


 本来の生徒であるウィックたちが揃って俺を振り返った。

 俺は生徒じゃねえんだが……。

 

「そうだ。良いから言ってみろ」

「あー……」


 答えるしかなさそうだが、確かにこれからは必要なことだ。

 何もなく、常に明るい平原で野営となると……。


「穴を掘るか、それか……魔法か」

「――おう、どちらも良い案だ」


 頷きながらそう言って、教導役(ギステル)は絵図を取り出した。


「ゼナウが言ってるのは11層――遮蔽のない階層についてだな。そういった階層の場合が特に危険だ。だからパーティーごとの方法で解決するんだ。例えば――」


 そうして、ギステルの講義は進んでいった。



***



 あの後、ルセラさんに連れられ、俺は協会内にある建物へとやってきた。

 地上に立てられた3階建てくらいの、どでかい箱形のその建物は、俺らが選抜試験を受けたあの疑似洞窟のような訓練施設なのだろう。


 広い建物の大半は室内運動場のようになっていて、武器や魔法の訓練が行えるらしい。

 

 その2階。石造りの柱が並ぶ広い空間の中を抜けて、椅子やら机が並べられた部屋でウィックたち新人の指導は行われていた。

 そこへ入って後程時間を貰えないかと尋ねたところ、「ついでに受けてけ」と言われ部屋に入れられたのだ。


 ……なんでだ?


 訳は分からなかったが、想像以上に勉強になった。

 思えばほとんど独学だったので、こうして他者の視点から迷宮について教わるのは新鮮だ。

 ウィックたちはこうして知識を叩き込まれて、迷宮に潜る準備をしてるのだろう。

 いい環境だ。実戦に向けた訓練の方は知らないが、この研修とやらを終える頃には新人としては十分な人材に育ってるんだろう。


「よし、じゃあここまで。この後はいつも通り鍛錬な。後から行くからお前らは先に訓練場へ行ってろ」

「はーい」

「は、はい……」

「えー。折角ゼナウの兄ちゃんに会えたのに……」

「いくらでも会えるだろ。ほら行った行った」

「ちぇー……。兄ちゃん、またな!」


 ギステルの掛け声で退出していく途中、ウィックがこっちへ笑顔で手を振ってきたので応えてやる。

 元気そうだな。

 今度改めて、時間を見つけて会いに来よう。


 なんて考えてたらギステルが前の椅子に腰かけた。


「待たせたな」

「いえ、助かります。すみません、時間をもらっちゃって」

「構わねえよ。今は新人の育成が俺の仕事だ。結構給料良いんだぜ?」

「へえ?」


 ニッと笑ってこそっと教えてくれる。

 いいね。こういう奴の方が付き合いやすい。


「でも探索した方が稼げるんじゃ?」

「そりゃな。ただ今はパーティーメンバーが治療中でな。丁度良かったんだよ……で、何の用だっけ?」

「実は――」


 今の状況を説明すると、彼は「なるほどなあ」と腕を組んで頷いている。


「お前さん罠師なのか。そりゃ苦労するなあ。11層以降じゃ俺らもほとんど使ったことはないな」

「……やっぱり」

「まあでも、やりようによっちゃアリだとは思うぜ。ただ効率は悪いな」


 予想通りの感想だ。

 だが想像と実際に否定されるのは全然違う。


「先生はどうしてるんです?」

「なあ、その呼び名はむず痒いからやめてくれないか。ギステルで良いよ。その口調もやめろ」

「……わかった。で、ギステルたちはどうやったんだ?」

「ホントはあんまり他のパーティーに話すようなことじゃねえんだが……まあいいか」


 ニッと笑って、彼は口を開いた。


「俺らは前衛3人に魔術師1人って組み合わせでな。どうしても力業で解決する必要があるから……鎖の魔道具を使ったんだ」

「鎖の?」

「ああ。鎖1つ1つが俺の腕よりデカい、ぶっとい鎖だ。魔法が仕込んであってな、ある程度自在に操れる。それで足を引っかけて転がすんだ」

「……なるほど、鎖」


 張った紐で転ばせたり、括り罠の類はある。

 それを人力で行うという手法なのだろう。

 どこまでも広がる草原を駆け抜ける染獣たちを狩るには確かにアリだ。


「慣れれば、小さい奴なら1人で倒せる。デカい奴だと3人がかりでやっとだけどな」

「……ふむ」


 ギステルの仲間がどんなものかは知らないが、多分同じような筋肉だらけな連中だろう。

 少なくとも、アンジェリカ嬢と鉄塊ならもっと簡単にやってのける筈だ。

 

「それは簡単に手に入るのか?」

「ああ。深層を探索する連中にはよく知られてるよ。経験のある工房に頼めば直ぐにやってくれる。金はかかるが……お前なら心配はないだろ?」


 いいね。

 わかりやすい解決例だ。


 アンジェリカ嬢と鉄塊がその剛力で染獣を転がして、カトルの魔法で仕留める。

 うん、その光景が鮮明にイメージできる。

 ……俺は? 


 案内役と、弱点を見つけて指示を出すくらいか……?

 ……ほぼなんもしてねえな。 

 この方法も良いが、他も考えないと駄目だな、うん。


「他にはどんな手法があるんだ?」

「他か? そうだな……人数が多いとこだと盾持ちを並べて受け止めたり、飛び乗って攻撃する曲芸持ちもいるし……あとは、魔法使いが使う手法だと足を狙い撃って破壊するって手があるが……」

「……!!」


 彼の言葉に、頭に痺れのようなものが走る感覚があった。

 ……今のか?

 いや、焦るな。


「それはどういう魔法を使うんだ?」

「即着弾する雷魔法とか、追尾機能を持たせた火魔法とかだな。強いけど技術がいるぜ?」

「そうだよな……」


 やはり即席で身に着けるには無理があるか。

 流石にそんな武器はニーナさんも作れないだろうし、1月程度の準備期間じゃ限界があるだろう。


「……」

「お気に召す方法はなかったか。後は……あ、そうだ。珍しい手法を使う奴らがいたな」

「……?」


 聞こえた声に顔を上げる。


「どんなのだ?」

「俺も話を聞いただけなんだが……毒とか使って染獣を弱らせるんだ」

「……それだ!」

「うぉっ!?」


 今度は全身を貫く痺れが走り、机をたたいて立ち上がった。

 俺に取れそうな手法、その一端を見た気がした。


「ギステル、その、最後のやつ。もう少し詳しく聞かせてくれ」

「あん? 構わねえけど……俺も良くは知らねえぜ?」

「いいんだよ。……何か掴めそうな気がするんだ」


 その感覚を逃さないために、もう少し深く話を聞きだしていくのだった。



***



 それからしばらく後。

 昇降機に乗って、アンジェリカたち3人が地表へと戻ってきた。

 その周囲には大量の背嚢が積まれている。


 昇降機付近にいた職員に頼んで応援を呼んで、運び出していく。


「ちょっと獲りすぎちゃったかしら?」 

「3回も往復するとは思わなかったよ……魔法の練習になったからいいんだけど」


 連れていかれたカトルがため息とともにそう言った。

 冷房役として連れていかれたが、後半はなんだかんだ戦力として魔法をひたすら放った。

 効率よく()()()()やり方や、魔力が濃密な迷宮内ならではの魔法の使い方を何となく掴めてきたのはいい経験になったと思う。


 結局王鎧猿(ガイエン)との戦いでは大した役には立てなかったカトル。

 今度は2人でも倒せるくらいに、魔法の技術を極めていこうと強く思うのであった。


「ゼナウ、大丈夫かなあ……」

「あら、心配? すっかり仲良しね」

「ちょっと、からかわないで! ……いきなり深層攻略の手段を考えるのよ? 私だったら無理よ」

「ふふっ、そこは大丈夫よ。ゼナウは優秀でしょ。ちゃんと期限内に回答は出すわ。……それに」


 振り返ると、アンジェリカは微笑んだ。


「11層からの草原地帯なら、定番の戦い方があるの。その準備ならもう終えてるわ」


 だから時間がかかっても問題ないのだと彼女は言う。


「そうなんだ! じゃあ大丈夫かな……」


 それでも彼なら何か回答を出してくれると信じて頷くカトルであった。


「そんなことよりカトルはどうする気? 深層に向かう準備はできそう?」

「……うん。大丈夫。ニーナさんが私にあった武器を作ってくれるみたいだし、それに……皆のお陰で、前よりずっとこの力に向き合えてるんだ」


 そう呟いて、カトルは自身の手を見つめる。

 美しい氷の結晶を生み出して、淡く微笑む。


「今は、少しだけこの力が嫌いじゃなくなったの」

「……そう。良かったわね」

「うん! 最近は魔術師向けの本を読んでもっと難しい氷魔法を覚えてるんだ。だから、深層でも頑張るよ!」


 ゼナウだけでなく、カトルもまた深層へ行くための準備を進めている。

 頼もしい限りだと頷いて、アンジェリカ嬢は先を進むのだった。



「お帰りなさいませ。……その、凄い戦果ですね……」


 そのまま受付へと戻ると、そこにはルセラが待っていた。

 もうすっかり慣れたのか、大量に運ばれている素材には苦笑い程度で済んでいる。

 その様子に申し訳なく思うカトルだったが、相変わらず話しかけるのは緊張するのでこちらも笑みを浮かべるだけにとどまった。


「依頼の処理をお願い。余った分は買取で」

「はい。……まさか1日でこの量を集めるとは……」

「ごめんなさいね? 急ぎだったから。もうやらないわ」

「そうしてもらえると助かります……」

「……?」


 繰り広げられる会話に首を傾げていると、背後のファムがこっそりと教えてくれる。


「……狩りすぎて迷宮の環境を乱すと、特殊個体が出てきたりと変異が起きる可能性が高まるからな」

「なるほど……!」


 あまり狩りすぎてもいけないらしい。

 迷宮とは難しい、とそう思うカトルであった。


「――では手続きは以上です。それと……」

「ん? なにかしら」

「ゼナウさんから伝言があります。『調薬クランの所に行っている』と」

「……あら」


 目をぱちくりさせた後、アンジェリカはカトルの方を振り返った。

 いきなり見つめられ、カトルは首を傾げている。

 

「ごめんなさいカトル。うちのリーダー……帰って来ないかもしれないわね」

「……え?」

「それどころか、下手したら死んじゃうかも」

「ええ!?」

「まさか、調薬クランとは……これは、楽しみね」

「……どこが!?」


 叫ぶカトルに、アンジェリカは満面の、妖艶な笑みを浮かべるのだった。

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