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第32話 それぞれの準備①




「さあほらこっち来て! 今日は君たちの貸し切りだから」


 アンジェリカ嬢の案内でやってきた武器工房。

 その主であるニーナは俺たちを工房の奥へと案内した。


「わっ、広い……」

「へへー、いいでしょ。ここなら武器、なんでも作れるんだよねー」


 そこは入口からは想像できない程広い空間が存在しており、手前側には物が置かれていない広間が、奥には本来の彼女の工房だろう多種多様な設備が犇めく区画がある。


「さっ、座って座って! んー、楽しみー!」


 俺たちを手前の広間にある椅子へと案内すると、奥の工房へと駆け込んでいく。

 ご機嫌そうに跳ねていく緑の髪を見送ってから、取り残された俺とカトルは互いの顔を見合わせた。


「えっと……私たちは何をすれば……?」

「待ってればいいわ。直ぐに戻ってくるから」

「……あの人は誰なんです?」

「武器職人よ。探索者専門のね」


 ガチャガチャと何やら漁っている様子のニーナの方を見て問いかけると、アンジェリカ嬢はいつの間にか持っていた木の実ジュースを飲みながら口を開いた。


「ニーナは元々探索者なの。それなりに優秀だったんだけど、それ以上にこっちの才能が凄かったみたい。協会の承認を得て、今じゃすっかり武器作りに夢中よ」


 手を広げ、呆れた様にそう言う彼女の言葉に、唯一立ったままの鉄塊が頷いた。

 ちなみに彼は鎧の上から重たそうな外套に身を包んでおり、兜は工房に入った時点で外していた。


「彼女の顧客は、全て上級以上だ」

「へえ……優秀なんだな」


 実績も十分のようだ。

 わざわざアンジェリカ嬢が連れてくるだけのことはあるらしい。


「……」

「……」

「ん?」


 なんか、妙な間があったが……。

 視線を向けると、「ちなみに」とアンジェリカ嬢が手を合わせて言った。

 

「あなたの短剣も彼女の作品よ」

「そうなんですか」

「そだよー! まっ、何の面白みもないただの短剣だけどねー」

「いや、凄い短剣ですよ。これのおかげで俺は10層を突破できたし」

「ほんと? それは良かった。……でも」


 戻ってきたニーナが抱えるほどの大きさの箱をどん、と置いた。

 そこには大量の武器が積まれている。


「これからウチがもっといい武器を作ってあげるよ!」

「これは?」

「ウチの試作品! この中から君たちに合いそうなやつを選んで、改良するのさ。例えば眼帯の君は……これとかどう?」


 そう言って放り投げてきたのは、俺の短剣より更に小型のナイフだった。

 柄も短く、振るよりは投擲目的の武器に見えるが……。


「これは?」

「投げナイフだよ。君、使うんでしょ?」

「ええ、使いますが……」

「なら気にいるよ! これ、ちょっと仕掛けがしてあってね。ほら、あれに向かって投げてみて」

「……?」


 ニーナが指し示す方向には、分厚い木でできた人型が置かれている。

 隣には金属鎧を纏ったものと、半透明のぶにぶにしてそうなよくわからない材質のものが並べられている。


 投げろってどれに……まあ、あの木のやつでいいか。


 立ち上がって木人へと近づきながら、ナイフの重さや長さを触れて確かめる。

 いつものやつと長さは同じだがこちらのが重い。材質は染獣の素材っぽく、ずっしりとしてる。


 軽く投げたら途中で落ちそうだ。

 なので少し強めにナイフを投擲する。

 鈍い音が鳴ってナイフがその胴へと突き刺さった――瞬間。


 短剣の柄が一瞬光を帯びたかと思うと、カコッと軽い音が鳴った。


「なんだ?」


 驚いていると、ナイフが木人から抜け落ちてしまった。

 確かに刺さった筈なのにどうして……?  


「うん、上手くいったね。ほら、見てみなよ」

「……?」


 横で見ていたニーナが駆け寄っていき手招きするので、俺と、ついでにカトルも木人へと近づいた。


「ほら見て、ここがさっきナイフが刺さったところ。傷跡、大きくない?」

「……確かに」


 落ちたナイフを拾って傷跡に根元まで差し込むと、刺さりきらずに浮いてしまった。

 本来の刃より大きい傷跡ができてるってことだ。

 いくら強めに投げたからって、こんなになるほどの馬鹿力じゃねえぞ。

 

「どういうことだ? さっきの光は?」

「ふふーん。こいつには染獣の素材を使っててね、刃に衝撃が加わると……ほら」


 ニーナが刃を隣の金属鎧に叩きつけると、短い刀身が一瞬光り、刃先から黒い別の刃が飛び出したのだ。


「わっ、なに今の……?」

「魔力の刃ができるの。元々は……えーっと、どっかの国の染獣の牙にある特性でね? 自分より硬い外皮を砕くために備わった機構みたいなんだよね。面白いよねー」


 面白いよねー……って。


「んなもん投げて寄越したんですか? 発動してたら俺の手ぶった切れてたんですが……」

「あははっ、投げたくらいの衝撃じゃ大丈夫だよー」

「いや、これ()()ナイフ……てかこれじゃ身に着けて転がったら発動するんじゃ……」


 今は金属鎧に叩きつけて発動していたが、岩や地面にぶつかったり、それこそ染獣に殴られたりしてこいつで腰を貫かれる、なんて御免だぞ。

 さっきも箱の中でガチャガチャいわせて運んでたし……。

 管理が杜撰すぎないか?


 訝しげにニーナを見ていたら、あからさまに口を尖らせて視線をそらしやがった。

 

「ちっ……気付いたか」

「あ?」

「まあまあ、細かいことはいいの! これなら鎧猿(ガイエン)の殻も余裕で貫けるよー?」


 ……こいつ。


「……それに関してはいいな。きちんと使えるなら」


 もう、こいつ相手に口調を気にする必要はなさそうだ。

 向こうもなんとも思ってないようで、満足気に頷いている。


「そこは安心しなって。君が使えるようにちゃんと調整するからさ。……実際、問題がなきゃ強力でしょ?」

「ああ。()()()()使()()()()()ぜひ欲しい」

「そこは任せてよー! それに安心して! こういうの他にもあるから。確か麻痺毒のナイフ使ってたんでしょ? そういうのもあるよ」

「おお……」

「後で作れそうな効果纏めて教えてあげるから、好きなの選んで! 予備含めて作っておくからさ」


 俺に足りてなかった火力の面が一気に解決しそうだ。本当に、ちゃんと、使えるならだが!


 ニーナは次はねー、と再び箱を漁り始める。

 その様子を眺めてたら、近づいてきた鉄塊がこっそりと教えてくれた。


「……上級以上の、極一部に人気なんだ」

「……そうか」


 確かに、既にかなり怪しい気配はしている。

 だいぶ狂気が入った方の武器職人らしい。

 アンジェリカ嬢が紹介した以上、腕は確かなんだろうが……不安だ。


 しかし、なるほど。

 つまりこのニーナが作る装備ってのは、先輩が使っていた特殊な効果を持った武器ってわけだ。

 先輩のあの熱される剣は、4本腕の殻も傷つけることができていた。

 深層の化け物共は俺個人の戦闘能力ではもうどうにもならない。武器による火力補充は必須といえるだろう。


「ファムの装備はもうあるから、後はカトルとゼナウの武器ね。ニーナ、カトルの武器を見てあげて」

「はいはーい。じゃ、銀髪ちゃんこっちおいで」

「銀髪……私? あ、はい」

「ゼナウはこっち」


 アンジェリカ嬢に手招きされて元のテーブルへと戻る。


「これからあなたたちの装備をニーナに作ってもらう。でも、それには情報がいるでしょう?」

「情報? 身体測定でもしろってか?」


 問いかけに、しかし彼女は首を横に振る。


「ここは武器専門よ。防具はこの後別の店で見繕うわ。……問題は、戦う相手の事よ」


 そう言ってアンジェリカ嬢が手を叩くと、使用人たちがやってきて書類を配った。

 更に仕切り版に大きな紙を張り付ける。

 それらは全て、2()0()()()()の資料。


「次の目標は20層の踏破。そのためにあなたたちに必要な戦略と装備を考えるの。……いいわね、ゼナウ」

「……俺が考えていいんですか?」


 経験なら鉄塊の方があるだろうし、俺らの首魁はアンジェリカ嬢だ。

 何よりも、2人はこの先の景色を知っている筈。

 だが、その首魁は笑みを浮かべて俺を指さす。


「あなたが考えるの。このパーティーを導くのはゼナウ、あなた。カトルはまだ未熟だし、ファムも強いけど、探索に向いているわけじゃない。あなたの目がなければ、この迷宮を進むことは難しいわ。だからあらゆる判断をあなたがしないと駄目。でないと、もしもの時に必ず間違いが起きる」

「……命を懸ける判断をするのは、パーティーのリーダーでなければならない」


 レウさんから散々に叩き込まれた探索者の理念。

 先輩はそれを実践していたな。

 ……次は俺の番ってことだ。


「……わかりました。でも、今日決めろって言われても無理ですよ」

「そこは安心なさい。ニーナみたいな変態でも、直ぐに武器は作れないから」

「へへー、まあざっと1月はかかるかな。今日はざっくり必要な武器の案を貰って、いくつか試作してみるんだー。いっそがしいぞお……!!」


 ……なんで喜んでるんだ? まあいいか……。

 資料に目を通す。

 11層は、当然の如く10層よりも厳しい階層だ。主はいないが、環境も染獣も更に厄介さを増す。

 気軽に行ったら命が消し飛ぶのだけは間違いない。


 ……てかこれ、俺とカトル2人だったら速攻で全滅するな。アンジェリカ嬢が鉄塊を招集するわけだ。


「流石に10層までは強行軍だったけど、これからはそう気軽にはことは進められない。だから入念に、1月かけて準備をして、20層突破を目指すわよ」

「……了解です」


 1月じゃ全然足りないが……仕方ない。

 責任は重大だが、やることは驚くほど明確だ。

 20層――いや、目的の35層まで潜れるくらいの、俺たちの戦略を決める。

 今まで通りの罠の戦法は、あの4本腕みたいな想定外が出た瞬間に決壊することはよくわかった。


 今度は鉄塊を含めた3人で――。


「あ、言い忘れてたけど」

「……?」

「次からは私も一緒に潜るから。4人での作戦、よろしくね?」

「「……はあ!?」」


 俺とカトルの絶叫が、工房内に響き渡るのだった。

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